『まだ其方とは出会う以前の話だが、人間でありながら妖怪に変化した男がいた事を覚えておるか?!その男は、極悪非道の限りを尽くす行為を行っていた者じゃ。』

「覚えている。私は人間に手出しは出来なかったのでずっと見ているしかなかった。だが、その男の一切容赦の無い邪悪な心が身体に変化をもたらし妖怪に変化した。こんな事は初めてだった。私は妖怪に変化した男を危険と判断し、即刻浄化した。」と、颯さんはその時の事を話した。

『が、その者の凄まじいまでの邪悪な魂は浄化を拒否したのだ。男の拒否する力と其方の浄化の力がせめぎ合って、紙一重で其方の力が勝った。だが、拒否する力は完全なる浄化には至らなかったのだ。その結果、現世でもなく地獄でもなく幽世でもない、上も下も無い、音も無い、時間も感覚も一切の無。ただ暗闇が広がるだけの”無の空間”に落ちたのだ。』

「私の浄化の力が足りずに、今までずっと無の世界に居たというのですか。」

『其方の力が足りなかったのでは無い。男の心がどうしようない闇に覆われていた為、その魂にふさわしい場所に行ったに過ぎない。そして今までずっと無の世界に居た。だが、先日物凄い邪気と共に無の空間を破る気配がしたのだ。同時に、男の気配が無の世界から消えた。』

「何者かが無の空間から魂を連れ出したと云う事か。」
『空間を破った者は間違いなく暗黒神だ。』

「暗黒神・・・。」
『今まで相まみえた魔神のレベルでは無い。闇という闇を支配する最恐にして最悪の魔神だ。無の空間は、おいそれと破る事は叶わない。それをいとも簡単に破ったのは暗黒神だから可能だったと云う事だ。そして、男の魂は其方に非常に強い恨みを抱いている。おそらくその男を使って其方と、其方の大切にしている全てを”無”にしようと企んでいるはずだ。』

「それは・・・。」
『大切というのは全て含めての事だ。暗黒神が出てきた以上は、現世も狙っている可能性は十分にあるのだ。』

奏白様の言葉はそこに居た全員が言葉を失い震撼した。明日香も言葉が出なかった。だが、何とか言葉を吐き出した。

「それは、颯さんと私達の力だけでは勝てる気がしません。最恐にして最悪の暗黒神なんて、どうやって戦えばいいのでしょう…。」私は他に言葉が見つからずそう口にした。

私の言葉は、重い空気を余計に重くしてしまった。だが、父が明るい声でこう言ったのだ。
「だが、超えられない試練は無いというのも事実だよ。神仏は必ず超えられる試練しか与えないからね。」

『其方達と共に吾もおる。此度の事に暗黒神が関わってるとなれば、人間だけの問題ではないからな。』