一蓮托生


どこまでも広がる闇。誰もいない、何も写さない、何も音がしない、ただの闇が広がる無の世界。

そこに地の底から響くような不気味な声が延々と響いていた。



〈何故このような所に居るのだ!闇が五感を奪っていく‥。悔しい!このような事になったのは全てあの忌々しい山犬のせいだ!このままでは済まさぬ・・・。必ず報復してくれる!!〉



その叫びは無の世界であっても何処までも響くほどの大声で、何百年も続いていた。

〈忌々しい!悔しい!必ずや此処を出る!我が恨み晴らしてくれん!!〉



叫んでいる者は何百年も前人間だったが、悪事の限りを尽くした為、人間でありながら半分妖怪に変化した。半妖怪になって更に極悪非道な所業を繰り返し、危険極まり無いと判断した颯が浄化をしたが、歪んだ魂が拒否して完全に浄化せず、無の世界に落ちてしまったのだった。



以来何百年間、無の世界で叫び声をあげていたのだった。そんな中突如、〔ここから出してやろう〕という、地を這うような不気味な声と共に ゴゴゴ、ゴゴ、ゴゴゴォォ!!!



と、轟音が響き渡り、暗闇と無が支配する世界に亀裂が入った。そしてビシッ!!という音がし、闇はあっけなく破れた。



そこに、得体の知れない恐ろしい威圧感と、ドロドロの禍々しさを併せ持った巨大な黒い影が、ずっと叫んでいた者に近付き声を掛けた。叫んでいた者は、身震いするほどの禍々しさと威圧感に冷や汗が出るのを止められなかった。



〈こいつは最恐最悪の魔神だ・・・。〉心の中で恐怖に震えながらそう思った。そしてそれは正解だった。

〔吾は闇を支配する者。お前の歪み切った魂、執念、怨嗟。気に入ったぞ。人間でありながらその強く捻じ曲がった魂のせいで妖怪になったというのも気に入った。中々に骨がある。お前、吾に従え!さすれば、お前の願いを聞き届け、此処から出してやる。〉

叫んでいた者は、黒い影の出している、あまりの禍々しさに恐怖を覚えて一瞬たじろいだが、此処から出られる千載一遇のチャンスとばかりに、黒く禍々しい塊に従うのが得策だと判断した。



〈此処から出られ、あの忌々しい山犬に復讐できるなら従います。〉

〔ならば吾に忠誠を誓え!吾の為に働け!そうすればお前の願いは聞いてやる。〕

あまりに禍々しい威圧感に、叫んでいた者は跪いた。



〈貴方様に永遠の忠誠を誓います。〉

〔裏切りは許さぬぞ!!裏切れば、その身を引き裂いて地獄に落とし、また再生させて引き裂いてくれる。地獄の痛みと苦しみを永遠に味わう事になるぞ!〕



ぞっとする言葉に、叫んでいた者は声を震わせながら、〈決して裏切ったり致しません・・・。〉と小さい声で答えた。



〔名は何と言う?〕

〈あまりに昔の為、生きていた頃の名前は忘れました‥。〉



〔ならば吾が名前と闇の力を与えてやる。お前の名は”怨幸”だ。〕

〈怨幸・・・。〉



〔次に闇の力を与える。〕

〈え?!〉



そう言われた瞬間、物凄い重圧と、電気ショックのような痛みが全身に走った。

例えれば、滝壺に落ちて物凄い水の重圧を受けている状態に加え、雷に打たれているショックが同時に来た感じだ。

耐え難い痛みと苦しみは永遠に続くかと思うほどだったが、実際、時間にすれば数分の事だった。



怨幸は永遠にも感じていた痛みと苦しみが急に無くなったのを感じた。が、全身に違和感があった。

怨幸は自分の体を見やった。すると、全身剛毛に覆われ、足と手の爪は長く伸び、鉤爪になっていた。頭も重く感じ、手を当てると捻じ曲がった角が生えていた。歯は、犬歯が異常に伸び、鋭く光っていた。

それに加え、身体も大きくなって身長は雄に3m以上あった。怨幸は自分の姿に驚愕し、魔神に詰め寄った。



〈こんな姿では現世に戻れないじゃないか!!どうしてくれるんだ!〉

すると魔神は面白そうな声を出した。

〔心配するな。その姿は吾の僕となった証。その姿は自由自在に変化させることが出来る。〕



〈?!〉





怨幸が戸惑っていると、また違和感がしたので、自分の姿を見てみると、人間の姿になっていた。

そして手に何か握っていた。黒い塊のような物。怨幸はそれが何なのか分からなかった。



〔クク。その塊は吾の一部。なりたいモノや欲しい武器があれば、それを握って願え。そうすればどんな事も叶う。今からお前は闇の狩人だ。吾の手足となって働くのだ。まずはお前の恨んでいる山犬を始末しろ!手段は任せる。行け、わが僕。〕



怨幸はそれを聞いて口の端を上げてにやりと笑い、大きく頷いて閉じ込められていた無の世界から出て行った。

それを後ろから見ていた魔神は、禍々しい妖気を一層強めて〔ククク…。見ものだな。〕そう呟いて

煙となって消えた。



**



明日香がプロの演奏家として活動し始めてから十数年が経ち、30代の若さで巨匠と呼ばれて大人気の演奏家となった。



明日香は家族との時間を大切にしたいという思いから、以前は全国を飛び回っていたリサイタルは一年に一度、数日間だけにした。チケットも通常よりかなり低価格にしてある 。その為、発売一週間前からチケットを求めて行列が出来る超が付くプレミアムで、入手困難である。

CD制作と動画配信にも力を入れ、動画を配信すれば2~3日以内に100万回再生以上、義姉であり親友の結芽とのコラボも大人気だ。



最近、瑠衣が500号のキャンバスに桜の大木を描いた日本画を背景に、ピアノとフルートでクラシック演奏や、日本の伝統的な曲を洋風にアレンジした曲を配信したら、更に再生回数が爆上がりとなった。これをきっかけに瑠衣の絵も世界中で大人気となり、日本画家として大成功を収めることとなった。



演奏家として大忙しの明日香だったが、颯との浄化も相変わらず一緒に行っていた。

音楽活動が忙しくてどうしても行けない時は子供たちに任せているが、最早明日香と颯の浄化は

息ぴったりで阿吽の呼吸だった。





山粧(やまよそお)う秋晴れの午前。颯と明日香は久しぶりにのんびりしていた。

父と兄はお務めがあり、母と結芽は演奏会で共演することになり、その打ち合わせで出かけた。子供たちは学校に行っている。



10人の大家族になったので、それぞれが忙しい。なので手の空いている人が食事を作ることになっている。今日手が空いているのは明日香。明日香は食材を調達する為、颯に声を掛けた。



「颯さん、キノコ採りに行きませんか?!」

「そうだね。行こうか。」



お寺の裏山は、少し奥に入れば春は山菜、秋はキノコが豊富で色々な種類が採れる。

明日香は頭に赤いペイズリー柄のバンダナを海賊巻きにし、上下黒のスウェット姿に黒い運動靴。腰に大型の魚籠(びく)を巻き付けている。一見すればとてもフルートの巨匠には見えない。



颯は明日香の格好に苦笑いしつつも、自身も明日香と似たり寄ったりの、頭に藍染の大判バンダナを海賊巻きにし、濃紺の作務衣に紺色の運動靴姿。そして腰に大型の魚籠。二人はお互いの姿を確認して笑いあった。



裏山へと入った二人は二手に分かれることにしたが、あまり離れ過ぎないようにお互い注意しつつ、キノコを探し始めた。すると明日香は早速”りこぼう”を見つけた。ひとつ見つけると周囲を探せば沢山あるはずだ。りこぼうは非常に美味しいので、明日香はりこぼうを中心に探しつつ、夢中になってキノコ狩りを楽しんでいた。



颯はキノコの匂いを追って探す。うしびたい、クリタケ、しめじ、ムラサキシメジにマイタケなどが見つかった。人間では中々見つからないキノコも颯なら問題無く見つかる。オオカミとしての野生の本能と匂いで場所が特定できるからだ。因みに毒キノコの見わけも匂いで判別できるという。



二人は二時間ほどキノコ狩りを楽しみ、そろそろお昼時なので帰ろうかと云う事になった。

戦利品は二人共魚籠の縁ぎりぎりまで入っていた。 大漁(⁈) に二人は満足して笑った。  



颯は色々な種類のキノコを採り、明日香はりこぼうを主に採ったが、アケビの木も見つけ、実をたくさん採ってきた。今夜はキノコとアケビの料理が食卓を彩ることになる。



二人は山から下り始めたその時、颯はビクッとして今来た道を鋭い目付きで振り返った。

颯は禍々しい”気”を感じ取ったが一瞬の事で、すぐにその気配は無くなった。



「颯さん?!どうかしましたか?」

「いや・・・。」



「気になることがあったら、言ってくださいね?!」

「ああ。今、一瞬禍々しい気配がしたんだ。だが、もう感じなくなった。」



「また魔物でしょうか…。」

「いや。違う…。もっと禍々しい、ドロドロとした気配がした。一瞬感じた気配は、魔神、魔王の系統だ。」



「・・・。気を付けた方がいいですね。」

「そうだね。急いで帰ろう。暫く此処には来ない方が良い。」



「分かりました。」



そうして急いで寺へと帰った。その様子を鋭い目つきで亜空間から覗いている怨幸の姿があった。



〈クックック・・・。山犬を見つけた…。もう俺の手から逃れられん。必ずひねり潰してやる!!〉

不穏な言葉を吐き、開かれていた亜空間が閉じた。