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少女の苦しみ
生まれたときから体が弱かった。ずっとベッドに居て、食事も家族とは別の病人食ばかりで、胃に負担がかからないようにと流動食ばかり。肉も魚も身体が受け付けなかった。タンパク質と云えるものは卵だけ摂っていた。だから顔色も青白くて、やせ細っていた。
幼稚園も小学校も中学校も沢山休んだ。だから勉強も付いて行けなかったし、運動の授業は休んだ。友達なんていないから、孤独と寂しさと虚しさを感じないように俯いてずっと自分の席で黙って過ごしていた。
中学生になった時、気味が悪いと言われて、男子が机に乗ってきて飛び蹴りされた。女子は完全無視した。遠足も課外授業も修学旅行も行かれなかったけど、行ったとしても何処のグループにも入れてもらえなかったと思う。先生も、黙って俯いて何もしゃべらない私に匙を投げ、私を居ない者として扱うようになった。
身体の具合が悪くて入院して、暫く学校を休んだ。やっと回復したので学校へ行ったら私の座っていた机と椅子が無かった。呆然として立っていたら、くすくすと女子の笑い声が聞こえた。
黙って探しに行った。そしたら、ゴミ置き場に捨てられていた。手が震え、涙が出てきたが、泣いたらダメだと言い聞かせて自分で運んで元に戻した。悲しくて、悔しくて、情けなかった。それから何回もそんなことが有った。でも先生は見て見ぬふりをした。
まだ夏休み前、水泳の授業があった。私は教室で自習することになった。私の席は窓際の前から四番目。夏の日差しは強烈だ。エアコンは効いていたが、カーテンを引いて暑さから身を守り、保健体育の教科書を見ようとしていた。そしたら、水泳の授業が始まる直前にクラスの女子がやってきた。
いつも決して近寄って来ないし、話すことも無かった。ただただ私がイジワルされているのを見て楽しんでいた子だった。その子が私に優しく親し気に話しかけてきた。
「先生がさっき言い忘れたって、伝言頼まれてきたの。あのね、この席勝手に離れちゃダメだって。先生の指示があるまで此処に居て静かにしていなさいって。そう言付けされたから。ちゃんと守ってね?」
「うん。」私はごく小さな声で返事をして頷いた。私の様子を見たその子はにやっと笑って、
「じゃ、約束守ってね。」そう言い残してその子は教室を後にした。
それから10分くらい経って、やけに体が熱くなってきた。エアコン入っているのにどうしてこんなに身体が熱いんだろう。またいつもみたいに熱でも出てきたのかな…。暑い、熱い。苦しい。時間を追うごとに暑さと熱さと苦しさが身体を苛んだ。頭が痛い。胸が苦しい。息が出来ない・・・。
そんな事思っていたけど、急に身体が楽になった。暑く無いし、熱くない。苦しくないし、身体も痛くない。しかも、とても心地いい風が吹いてきた。不思議に思って周りに目をやったら、とても綺麗な場所にいた。え?!此処はどこ?いつの間にこんなところに来たの?何で?
そこは色とりどりの美しい花が咲き乱れ、柔らかな風が吹いていた。遠くに目をやると、大きくてきれいな川が穏やかに悠々と流れていた。川まで歩いていくと、川の水は透明度が抜群で、川底から水が湧き出て、砂がぽこぽこと動いていた。白くて可憐な水中花が咲いて、川魚が優雅に泳ぎ、水面はキラキラと光っていた。川には白い小舟が浮かんでいたが、いつの間にかこちらの岸へスーッと近付いてきた。
(きれい・・・。)
暫く川の美しさに見入っていたら、どこかから声がすると思って辺りを見回した。すると川の向こうから若くて綺麗な女の人が私に手を振っていた。よく見たら、その女の人はお祖母ちゃんによく似ていた。お祖母ちゃんは私が10歳の時に儚くなったが、とても綺麗な人だった。
絶対お祖母ちゃんだ・・・。お祖母ちゃんは嬉しそうに手を振って、こっちにおいでと、私に笑顔を向けた。「よく頑張ったね。もう頑張らなくていいんだよ。こっちでお祖母ちゃんと幸せに暮らそう。その船に乗っておいで。」と言ってくれた。
行きたい・・。お祖母ちゃんの所に行けば幸せになれる。そう思い、船に近付いた。その時ふと声が聞こえた。
「先生からの伝言。先生の指示があるまでこの席勝手に離れちゃダメだって。此処に居て静かにしていなさいって。そう言付けされたから。ちゃんと守ってね・・」
勝手な行動をしたら、もっと嫌な目に遭う。だから元の場所にもどらないと・・・。
私は慌ててお祖母ちゃんに「ごめんお祖母ちゃん。私授業中だから帰る。」そう言って踵を返して
川とは逆の方向へ向かった・・・。
何処を通ってきたのかは分からない。でも確実に教室に帰ってきた。なのに、授業はもう終わっていた。それどころか、私の座っていた席に、夏にも拘らず菊、百合、デルフィニューム、ラン等の豪華な花が飾られていた。しかも、私はみんなの後ろに居るのに、誰も振り向かない。
取り敢えず私の席に着いた。言いつけを守らず席から離れたのに、先生から怒られないし、皆の視線も無い。皆授業に集中していて私の事は見ていない。何故…。
きっと、新たな嫌がらせなんだ。私が勝手に席から離れたから、皆で無視してしているんだ。これは私に対する罰だ。先生の指示があるまで私は此処に居ないといけなかったんだ…。
なら、指示があるまで動けないし、動かない。そして私は此処に居た。机と椅子が物置小屋に運ばれてもずっと居た。早くお祖母ちゃんの所へ行って幸せになりたいのに。私はずっと先生の指示を待っていた。
***
少女の苦しみ
生まれたときから体が弱かった。ずっとベッドに居て、食事も家族とは別の病人食ばかりで、胃に負担がかからないようにと流動食ばかり。肉も魚も身体が受け付けなかった。タンパク質と云えるものは卵だけ摂っていた。だから顔色も青白くて、やせ細っていた。
幼稚園も小学校も中学校も沢山休んだ。だから勉強も付いて行けなかったし、運動の授業は休んだ。友達なんていないから、孤独と寂しさと虚しさを感じないように俯いてずっと自分の席で黙って過ごしていた。
中学生になった時、気味が悪いと言われて、男子が机に乗ってきて飛び蹴りされた。女子は完全無視した。遠足も課外授業も修学旅行も行かれなかったけど、行ったとしても何処のグループにも入れてもらえなかったと思う。先生も、黙って俯いて何もしゃべらない私に匙を投げ、私を居ない者として扱うようになった。
身体の具合が悪くて入院して、暫く学校を休んだ。やっと回復したので学校へ行ったら私の座っていた机と椅子が無かった。呆然として立っていたら、くすくすと女子の笑い声が聞こえた。
黙って探しに行った。そしたら、ゴミ置き場に捨てられていた。手が震え、涙が出てきたが、泣いたらダメだと言い聞かせて自分で運んで元に戻した。悲しくて、悔しくて、情けなかった。それから何回もそんなことが有った。でも先生は見て見ぬふりをした。
まだ夏休み前、水泳の授業があった。私は教室で自習することになった。私の席は窓際の前から四番目。夏の日差しは強烈だ。エアコンは効いていたが、カーテンを引いて暑さから身を守り、保健体育の教科書を見ようとしていた。そしたら、水泳の授業が始まる直前にクラスの女子がやってきた。
いつも決して近寄って来ないし、話すことも無かった。ただただ私がイジワルされているのを見て楽しんでいた子だった。その子が私に優しく親し気に話しかけてきた。
「先生がさっき言い忘れたって、伝言頼まれてきたの。あのね、この席勝手に離れちゃダメだって。先生の指示があるまで此処に居て静かにしていなさいって。そう言付けされたから。ちゃんと守ってね?」
「うん。」私はごく小さな声で返事をして頷いた。私の様子を見たその子はにやっと笑って、
「じゃ、約束守ってね。」そう言い残してその子は教室を後にした。
それから10分くらい経って、やけに体が熱くなってきた。エアコン入っているのにどうしてこんなに身体が熱いんだろう。またいつもみたいに熱でも出てきたのかな…。暑い、熱い。苦しい。時間を追うごとに暑さと熱さと苦しさが身体を苛んだ。頭が痛い。胸が苦しい。息が出来ない・・・。
そんな事思っていたけど、急に身体が楽になった。暑く無いし、熱くない。苦しくないし、身体も痛くない。しかも、とても心地いい風が吹いてきた。不思議に思って周りに目をやったら、とても綺麗な場所にいた。え?!此処はどこ?いつの間にこんなところに来たの?何で?
そこは色とりどりの美しい花が咲き乱れ、柔らかな風が吹いていた。遠くに目をやると、大きくてきれいな川が穏やかに悠々と流れていた。川まで歩いていくと、川の水は透明度が抜群で、川底から水が湧き出て、砂がぽこぽこと動いていた。白くて可憐な水中花が咲いて、川魚が優雅に泳ぎ、水面はキラキラと光っていた。川には白い小舟が浮かんでいたが、いつの間にかこちらの岸へスーッと近付いてきた。
(きれい・・・。)
暫く川の美しさに見入っていたら、どこかから声がすると思って辺りを見回した。すると川の向こうから若くて綺麗な女の人が私に手を振っていた。よく見たら、その女の人はお祖母ちゃんによく似ていた。お祖母ちゃんは私が10歳の時に儚くなったが、とても綺麗な人だった。
絶対お祖母ちゃんだ・・・。お祖母ちゃんは嬉しそうに手を振って、こっちにおいでと、私に笑顔を向けた。「よく頑張ったね。もう頑張らなくていいんだよ。こっちでお祖母ちゃんと幸せに暮らそう。その船に乗っておいで。」と言ってくれた。
行きたい・・。お祖母ちゃんの所に行けば幸せになれる。そう思い、船に近付いた。その時ふと声が聞こえた。
「先生からの伝言。先生の指示があるまでこの席勝手に離れちゃダメだって。此処に居て静かにしていなさいって。そう言付けされたから。ちゃんと守ってね・・」
勝手な行動をしたら、もっと嫌な目に遭う。だから元の場所にもどらないと・・・。
私は慌ててお祖母ちゃんに「ごめんお祖母ちゃん。私授業中だから帰る。」そう言って踵を返して
川とは逆の方向へ向かった・・・。
何処を通ってきたのかは分からない。でも確実に教室に帰ってきた。なのに、授業はもう終わっていた。それどころか、私の座っていた席に、夏にも拘らず菊、百合、デルフィニューム、ラン等の豪華な花が飾られていた。しかも、私はみんなの後ろに居るのに、誰も振り向かない。
取り敢えず私の席に着いた。言いつけを守らず席から離れたのに、先生から怒られないし、皆の視線も無い。皆授業に集中していて私の事は見ていない。何故…。
きっと、新たな嫌がらせなんだ。私が勝手に席から離れたから、皆で無視してしているんだ。これは私に対する罰だ。先生の指示があるまで私は此処に居ないといけなかったんだ…。
なら、指示があるまで動けないし、動かない。そして私は此処に居た。机と椅子が物置小屋に運ばれてもずっと居た。早くお祖母ちゃんの所へ行って幸せになりたいのに。私はずっと先生の指示を待っていた。
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