懐中電灯を近くの棚に置いて、二人は少女と対峙した。目も暗さに慣れてきて、少女の姿を大分はっきり捉えることが出来るようになった。



少女は身体をこちらに向けたが、下を向いたままの少女の顔ははっきりと分からない。その少女の周りは、夜の闇よりも深い黒い靄が纏わりついていた。



「い、つも、一人、だ、た。」

注意深く聞いていないと聞きとれないくらいに小さい声で話している。



仁「友達がいなかったの?」

「から、だ、よわ、か、った。たく、さ、ん、やすん、だ・・・。」



天「それで友達がいなかったの?」



「せき、で、ひ、とり、いた。おとこ、の、こ、たち、に、なぐら、れ、た。」



仁「!。同級生の男の子達に?何でそんなことするんだ!」



「おん、な、のこ、は、むし、した。」



天「どうして・・・。」



そんな私達の反応に、少女は受けた仕打ちを淡々と語り、今度は止まらなかった



「つく、え、いす、すてら、れた。じぶん、で、もどし、た。また、すて、ら、れた。また、も、どした。ねつ、でて、やすんだ。また、とうこう、した、ら、きょうか、しょ、かくさ、れた。てすと、てんすう、わた、し、だけ、みんな、の、まえ、で、よまれた。げた、ばこ、の、くつ、すてら、れた。とい、れ、はいっ、たら、みず、はいっ、た、ばけつ、どあ、の、まえ、おいて、あけた、ら、ころん、で、みず、びたし、に、な、った。せんせ、い、むし、した。」



「「信じられない・・・・・。」」



少女が語った驚愕の内容に、私達は呆然とするだけだった。だが話は終わらず、この後少女が語った内容に、私達は更に驚愕した。



「じゅぎょう、で、みん、な、ぷー、る、いっ、た。わた、し、やすん、で、まど、がわ、まえ、よん、ばん、め、の、じぶ、んの、せき、いた。せき、から、うごい、ちゃ、だめ、と、せんせ、い、の、でんごん、くらす、の、こ、が、いいに、きた。れいぼ、う、いつの、ま、にか、きれてた。あつ、く、なった。ぐあい、わるく、なった。からだ、ちから、なくな、った。くるし、かっ、た。でも、すこし、した、ら、きれ、いな、はなが、いっぱい、あって、かわ、が、みえた。かわ、むこ、う、から、きれ、い、な、ひとが、おいで、と、いっ、た。でも、せき、から、うご、いちゃ、だめ、だっ、た、から、また、せき、もどっ、て、ここ、に、いた。はなれ、ちゃ、だめ、だから。」



そう言い終わると、少女の纏っている黒い靄が一層黒くなった気がした。それは、悲しみ、苦しみの感情がより強くなったのだと思った。



「「なんてことなの(なんだ)!!」」



少女の語った内容があまりにも酷くて、仁と天そらは身体を震わせ言葉を無くした。少女は冷房の効かなくなったクラスで、自分の席で熱中症で亡くなったということか・・・。そして、多分だが・・誰かが故意にその状況を作ったのかもしれないし、そうではないかもしれない。故意だったとしたらこれは絶対に許されないことだ。これは虐めどころか、犯罪ではないか・・・。だが、30年も経ってしまった今、真実は闇の中だ。



少女は何も悪くない。身体が弱くて学校を休みがちだったというだけで、何でここまで酷い事をされたのか、全く意味が分からない。



私達は少女の気持ちを思うと、本当にやるせない気持ちでいっぱいになった。この少女の魂は浄化ではなく成仏して、絶対幸せになって欲しいと心から思った。



その為には魂を正しく導かないといけない。私達は精一杯の思いを伝えることにした。



天「辛かったね。苦しかったね・・・。貴女は何も悪くないのに、どうしてこんな事をされたのか、私は虐めた人たちに対する怒りで心の中がいっぱいだよ。今すぐにでも此処にクラス全員連れて来て貴女に誠心誠意謝ってもらいたいと思う。でも・・でもね、貴女が生きてた時から30年も経ってるの。貴女は言われた事を守ってここに居るのに、クラスメイトと担任の先生は、貴女の事を忘れて”今”を生きてる。だから、忘れられて悔しいかもしれないけれど、貴女も前に進まないといけないと思う。もうここに居る必要はないの。魂の戻るべき所に戻って幸せを掴んで欲しい。」



仁「ごめん…。本当にごめん。俺達は過去の無念を晴らしてやることは出来ない。でも、君が誰よりも幸せになるのを願う事は出来る。君の幸せをずっと願ってる。君の好きな食べ物や花を持って墓参りに行くよ。君の名前を教えて?僕たちと友達になろう。」



「・・・・・。」



天「私達は貴女が受けた仕打ちに対してどうしてあげることも出来ないけれど、こうして話す事が出来る。私達が友達になるから。」



「ともだ、ち・・・。」



「「うん。」」



だがそれ以上少女は話すことなく沈黙が続いた。どのくらいの間沈黙が続いたのかは分からないが、

少女はまた話し始めた。



「ともだ、ち・・。とも、だち・・。ずっと、いっ、しょ・・。ここ、にきて・・。こっち、きて。」



仁「それは出来ない。僕たちはまだこっちでやることが沢山あるから。」



仁がそう言うと、少女に纏わりついている黒い靄がまるで生きているかのように急激に広がり出し、小屋を覆い始めたが、小屋の周囲は仁が結界を張ってあるので、黒い靄は広がりを見せなかった。



「さみし、い・・。かな、しい・・。くるし、い・・。なんで、わ、たし、だけ・・・。くやし、い。ゆるさ、ない・・。こっちに、き、て。」と、ついに少女は叫んだ。ずっと我慢していたものが、30年経って崩壊した感じだった。天は少女の悲痛な叫びに涙を流した。



天「そうだよね…。悲しくて、悔しくて、辛かったね…。気持ちはよく解る。でも、私達は貴方の世界にはまだ行くことは出来ない。私達にはやらなきゃいけないことがあるから。私達はまだそっちへ行けないけど、貴女がこっちへ来ることは出来る。生まれ変わることが出来るから。こっちの世界に帰って来て今度は幸せになろう?だから、今は戻るべき所へ戻ろう?」



ガタ…。ガタガタ…。ガタガタガタガタ…。



突然小屋が揺れ始め、黒い靄が辺りを支配した。同時に俯いていた少女が徐々に顔を上げた。

異常に青白い顔で、頬がこけてやせ細り、顔の半分が目かと思うくらいの大きな目が見開かれ、口元に異様な笑顔を浮かべてこちらを見た。



「ここに、いな、い、といけない・・・。ひとり、は、いや。きて・・・。ゆるさな、い・・・。」



そう言い放つと、ますます靄が色濃く強くなっていった。



仁「!!。これは、俺たちの声が聞こえなくなったのか?!」



天「感情が爆発して、溜まっていた憎しみと怒りが出てきて、私達の言う事が分からなくなったのかもしれない・・・。」



ガタガタガタガタ…。ガタガタガタガタ・・・。ぶるぶると振動し、益々小屋は揺れた。更には黒い靄が仁の張った結界を突き破り、黒い靄は夜空を凌駕してしまった。それは、少女の30年分の我慢が一気に外に出てしまった様だった。



黒い靄は夜空を覆いつくし、更には竜巻のように、何十ケ所も渦を巻いた靄が蠢いていた。

靄は、街の明かりも奪い始め、街中停電で真っ暗になってしまったのだ。これは、速く対応しないと大変な事になる。



何か良い方法は無いのか…。と、天は必死で考えた。お父さんもこの状況は把握済みだと思うし、きっと動いていると思うが、極力二人で解決したい。この哀れな少女の魂を絶対に消滅させられない。浄化など絶対しない。生まれ変わって、今度は誰よりも幸せな人生を歩んでほしいと、そう思った。仁も同じ気持ちだったようで、必死に何か考えていた。そして、



「天、俺は真言唱えるから、白龍様を呼んで。それからどの曲でもいいから”鎮魂歌”吹いて!」



「そうだね!分かった!」



そう言うと、仁は胸の前で印を結んで真言を早口で何回も唱えた。



”のうまく さんまんだ ばざらだん せんだん まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん”



私は白龍様を呼ぶために、まず”龍神”を吹いた。暫く吹いていると、外に白龍様の気配がした。時間にして1~2分。



”ゴオオ------------!!” 物凄い風の音がしたと思った瞬間、金粉が舞い降りてきて、瞬間頭の中に声が降りてきた。



『仁、天、挨拶は後じゃ。状況は分かっておるからこちらは心配いらぬ。其方等はちゃんと対応するのじゃぞ。其方等の初陣、篤と見せてもらおうぞ。』



白龍様の声を聞き、私達は「「はい!!」」と力強く返事をした。そして私達はまた、それぞれ行動に移した。



仁は精一杯真言を唱え、私は”鎮魂歌”を吹き始めた。私の選んだ”鎮魂歌”。それは、大ヒットアニメの鎮魂の歌。心に染み入る名曲である。少女の魂に届け!とばかりに心を込めて吹き続けた。



30年分の我慢が外に出た途端、タガが外れた少女の魂は荒れに荒れた。悔しい!憎い!何で私ばかり!皆いなくなってしまえ!私と同じ思いをすればいい!皆大嫌いだ!



生きていた時から我慢を強いられ、死んでからも我慢をし続けた少女の魂はもう止められなかった。