「おぉ! カロージェロ、イルミナート頭を上げよ!」
「ただいま戻りました。ムツィオ…陛下!」
王国側が大量のスケルトンと奴隷化した市民兵によって後退せざるを得ない状況になるなか、元はルイゼン領の領主邸を改築した王城の玉座の間に、カロージェロとイルミナートの親子が入室してきた。
玉座に座るムツィオから少し離れた位置で止まり、2人は片膝をついて頭を下げる。
2人に対して、ムツィオは鷹揚な態度で対応する。
それに挨拶を返すカロージェロだが、ムツィオのことを陛下呼びすることになれていないのか、危うく殿と言いそうになった。
「今回の戦いでの働きご苦労であった。イルミナートは男爵位の者の首を獲ったというではないか……」
「いえ、ちょうど目の前にいた兎を狩ったまでです」
「ハハハ、そうか……」
中央をわざと開けて誘い込み、あらかじめ設置しておいたスケルトンを出現させての攻撃。
最初の戦いにおいて、王国側がまんまとこの策にハマってくれた。
欲を言えばもう一人くらい貴族位の者を潰しておきたかったが、撤退させることができたのだからとりあえずは良しとしておこう。
策のお陰だというのにもかかわらず、イルミナートはしたり顔で返事をする。
それに対し、ムツィオは表面上では笑って済ませる。
「陛下! 以前交わした約束の方は……」
「大丈夫だ。ちゃんと履行する」
カロージェロの言葉に、ムツィオは僅かな笑顔を崩すことなく答えを返す。
しかし、毎度のように確認してくるのには些かうんざりしている。
「今回の戦いで王国の領地を奪えたら、その中から好きな領を与えよう」
「おぉ! ありがとう存じます」
両者で交わした約束とは、ルイゼン側が王国軍を追い返して逆に攻め込んだ時、奪いとった領地をカロージェロたちに与えるというものだ。
まだ初戦を有利に運べただけで、先は長いというのに気の早い話だ。
元は伯爵位で大きな領地を持っていたカロージェロたちからすると、以前同様に領地を得ることがここに来た目的の1つなのだろう。
これからの策などは後々話すとして、カロージェロたちは今回の報告だけをしてこの部屋から去っていった。
「……宜しいのですか? 陛下……」
カロージェロたちが部屋から退室すると、どこからともなく1人の男が姿を現す。
フードを深くかぶり表情の方は良く見えないが、引き締まった腕をして黒い装束を身に纏っている。
さっき出て行った2人が鈍感なのかもしれないが、気付かれずにずっと部屋に潜んでいたようである。
「あんな約束をしたことか?」
「えぇ」
「もしかしたら陛下のことも狙っているかもしれません」
その男は、ムツィオがカロージェロたちと交わした先程の約束のことが気がかりのようだ。
依頼と金次第で誰にでもつくようなこの男だが、受けた依頼はキッチリとやり遂げることで有名な組織の者だ。
多くの雇い主に従ってきた彼からすると、カロージェロたちのような者たちは野心ばかりが立派で、こちらに置いておいてもたいして利にならないことが多い。
むしろ、こちらの邪魔にならないか悩まされるような存在だ。
今はまだしも、もしも国として認められるようになった時、皇帝の地位すらも狙ってくる可能性すら考えられるような人間だ。
領地を与えられただけでおとなしくなるかは、いまいち信用できない。
「カロージェロの奴は裏の人間とのパイプがあった。それを利用するために王国から匿ってやったが、あんなのでもまだ使い道はある」
カロージェロたちを拾う前から、ムツィオには独立計画が存在していた。
しかし、王国相手に戦うには色々と手駒を増やす必要があった。
その1つが、今目の前にいる男のように裏の組織との繋がりだ。
彼らとの契約により、王国内に存在している仲間によって色々と情報を収集できる。
場合によっては、暗殺も依頼できる。
カロージェロを拾ったのは、彼ら裏組織とのつながりを持つためというのが目的だった。
しかし、それも済んだ今、男の言うようにあの2人は邪魔な存在になり得るが、ムツィオには2人の使い道があるようだ。
「最終的にこの国が多くの国に認められれば、市民にはあいつらが奴隷兵を主導したということにして罪を着せられる」
「……なるほど」
奴隷兵を作り出していることは、ムツィオによる考えだ。
しかし、その奴隷を指揮しているのはカロージェロたち親子ということになっている。
ここが国として認められるようになった時、市民が知ったら反乱がおこる可能性が高い。
そうなった時に自分たちは知らぬ存ぜぬで通すために、カロージェロたちの首を市民に晒して収めようと考えているのだ。
「スケルトン軍団が増えれば奴隷もその内必要なくなる。それまでは奴らに働いてもらわないとな……」
奴隷兵を作り出したのは、数の不利を減らすための策だった。
王国の考えたように、ルイゼン側にはスケルトンを増やす方法が存在している。
それによって、数年で万に近い数を増やすことに成功した。
そして、スケルトンの量産はまだまだ続けている。
市民兵を作り出すのも王国の兵数に対抗するためで、その内大量のスケルトン軍団が王国を蹂躙する日が来ると、ムツィオは考えている。
「そう言えば、奴らの末息子が参戦するとか言う話を聞いたが?」
「……えぇ」
王国内には、この男の組織の人間が潜んでいる。
その者からの情報により、カロージェロの末の息子が参戦することが決まったとのことだ。
当時の貴族内の噂だと、カロージェロたちが送り込んだ暗殺者を何度も跳ね返した者だという話だ。
他人のことなので、その話はムツィオも面白そうだと興味があった。
「その息子はどんな奴だ?」
「呼んだ意図は分かりませんが、あの父親から生まれたのが不思議な存在ですね。市民を思いやり、領地開拓に定評があるようです。あの者以外の血がそうさせたのかもしれないですね」
「フッ! あれは人としておかしいからな……」
参戦するとなると、戦力として使えると読んでなのか、知略家としてなのか気になる所だ。
そのため、その息子のことを聞いてみると、男からは称賛の言葉が続いた。
戦力としてなのかは分からないが、人としては優秀な人間のようだ。
それにしても、確かに領民思いなんてカロージェロたちとは真逆に感じる人間だ。
ムツィオも自分のことは棚に上げて、思わず吹き出してしまった。
「その息子のことで気になることが……」
「何だ?」
面白い話が聞けたと笑みを浮かべているが、ムツィオは男の次の言葉で表情を一変することになる。
「エレナ嬢の生存が考えられます」
「何っ!!」
その言葉に、ムツィオは驚きと共に玉座から立ち上がった。
さっきの笑みなど完全に吹き飛んだようだ。
「おのれ!! 生きていた上に匿われていたのか!? 何としても始末せねば……」
「あくまでも確証のない話ですし、陛下が前領主を始末したといっても、証拠もないのだから放っておいて良いのではないですか?」
エレナが生存している可能性を聞いて、ムツィオは男が思っている以上に慌てだす。
当時、王国の人間が証拠探しをしていたが、結局は見つからずじまいだった。
今となっては、ムツィオを強制隷属させて吐かせる以外に証拠を得られることもないだろう。
証拠もなしに強制隷属なんて出来る訳もないし、そもそも前領主の娘が生きていようと何か出来る訳もない。
男の言うように、放っておいて良いような存在でしかないように思える。
「放っておいては後々まずい。始末するのが一番だ。暗殺をおこなうことは可能か?」
「……今は王国の情報収集の方が重要です。暗殺に人を割くわけにはいきません」
「クッ!!」
何でそこまでムツィオが慌てているのか、男には疑問でしょうがない。
暗殺を送ることはできるが、今は王国と睨み合っている状況で、そんなことしている場合じゃない。
そのため、男はムツィオの言うことに従う訳にはいかなかった。
ムツィオもそれが分かっているので、玉座に座って親指の爪を噛むことしか出来なかった。
「……成功するかは分かりませんが、1人送ってみましょうか?」
「そうか!? 頼む!!」
「分かりました……」
自分たちの組織も危ないのだから、王国の情報収集に注視するのが最善に思える。
しかし、何だか切羽詰まるようなムツィオに、何かあるのだと思った男はとりあえず提案してみる。
その提案に、ムツィオは食い気味に反応してきた。
その態度で更に訝しく思いつつ、男はエレナの暗殺を指示することになったのだった。
「ただいま戻りました。ムツィオ…陛下!」
王国側が大量のスケルトンと奴隷化した市民兵によって後退せざるを得ない状況になるなか、元はルイゼン領の領主邸を改築した王城の玉座の間に、カロージェロとイルミナートの親子が入室してきた。
玉座に座るムツィオから少し離れた位置で止まり、2人は片膝をついて頭を下げる。
2人に対して、ムツィオは鷹揚な態度で対応する。
それに挨拶を返すカロージェロだが、ムツィオのことを陛下呼びすることになれていないのか、危うく殿と言いそうになった。
「今回の戦いでの働きご苦労であった。イルミナートは男爵位の者の首を獲ったというではないか……」
「いえ、ちょうど目の前にいた兎を狩ったまでです」
「ハハハ、そうか……」
中央をわざと開けて誘い込み、あらかじめ設置しておいたスケルトンを出現させての攻撃。
最初の戦いにおいて、王国側がまんまとこの策にハマってくれた。
欲を言えばもう一人くらい貴族位の者を潰しておきたかったが、撤退させることができたのだからとりあえずは良しとしておこう。
策のお陰だというのにもかかわらず、イルミナートはしたり顔で返事をする。
それに対し、ムツィオは表面上では笑って済ませる。
「陛下! 以前交わした約束の方は……」
「大丈夫だ。ちゃんと履行する」
カロージェロの言葉に、ムツィオは僅かな笑顔を崩すことなく答えを返す。
しかし、毎度のように確認してくるのには些かうんざりしている。
「今回の戦いで王国の領地を奪えたら、その中から好きな領を与えよう」
「おぉ! ありがとう存じます」
両者で交わした約束とは、ルイゼン側が王国軍を追い返して逆に攻め込んだ時、奪いとった領地をカロージェロたちに与えるというものだ。
まだ初戦を有利に運べただけで、先は長いというのに気の早い話だ。
元は伯爵位で大きな領地を持っていたカロージェロたちからすると、以前同様に領地を得ることがここに来た目的の1つなのだろう。
これからの策などは後々話すとして、カロージェロたちは今回の報告だけをしてこの部屋から去っていった。
「……宜しいのですか? 陛下……」
カロージェロたちが部屋から退室すると、どこからともなく1人の男が姿を現す。
フードを深くかぶり表情の方は良く見えないが、引き締まった腕をして黒い装束を身に纏っている。
さっき出て行った2人が鈍感なのかもしれないが、気付かれずにずっと部屋に潜んでいたようである。
「あんな約束をしたことか?」
「えぇ」
「もしかしたら陛下のことも狙っているかもしれません」
その男は、ムツィオがカロージェロたちと交わした先程の約束のことが気がかりのようだ。
依頼と金次第で誰にでもつくようなこの男だが、受けた依頼はキッチリとやり遂げることで有名な組織の者だ。
多くの雇い主に従ってきた彼からすると、カロージェロたちのような者たちは野心ばかりが立派で、こちらに置いておいてもたいして利にならないことが多い。
むしろ、こちらの邪魔にならないか悩まされるような存在だ。
今はまだしも、もしも国として認められるようになった時、皇帝の地位すらも狙ってくる可能性すら考えられるような人間だ。
領地を与えられただけでおとなしくなるかは、いまいち信用できない。
「カロージェロの奴は裏の人間とのパイプがあった。それを利用するために王国から匿ってやったが、あんなのでもまだ使い道はある」
カロージェロたちを拾う前から、ムツィオには独立計画が存在していた。
しかし、王国相手に戦うには色々と手駒を増やす必要があった。
その1つが、今目の前にいる男のように裏の組織との繋がりだ。
彼らとの契約により、王国内に存在している仲間によって色々と情報を収集できる。
場合によっては、暗殺も依頼できる。
カロージェロを拾ったのは、彼ら裏組織とのつながりを持つためというのが目的だった。
しかし、それも済んだ今、男の言うようにあの2人は邪魔な存在になり得るが、ムツィオには2人の使い道があるようだ。
「最終的にこの国が多くの国に認められれば、市民にはあいつらが奴隷兵を主導したということにして罪を着せられる」
「……なるほど」
奴隷兵を作り出していることは、ムツィオによる考えだ。
しかし、その奴隷を指揮しているのはカロージェロたち親子ということになっている。
ここが国として認められるようになった時、市民が知ったら反乱がおこる可能性が高い。
そうなった時に自分たちは知らぬ存ぜぬで通すために、カロージェロたちの首を市民に晒して収めようと考えているのだ。
「スケルトン軍団が増えれば奴隷もその内必要なくなる。それまでは奴らに働いてもらわないとな……」
奴隷兵を作り出したのは、数の不利を減らすための策だった。
王国の考えたように、ルイゼン側にはスケルトンを増やす方法が存在している。
それによって、数年で万に近い数を増やすことに成功した。
そして、スケルトンの量産はまだまだ続けている。
市民兵を作り出すのも王国の兵数に対抗するためで、その内大量のスケルトン軍団が王国を蹂躙する日が来ると、ムツィオは考えている。
「そう言えば、奴らの末息子が参戦するとか言う話を聞いたが?」
「……えぇ」
王国内には、この男の組織の人間が潜んでいる。
その者からの情報により、カロージェロの末の息子が参戦することが決まったとのことだ。
当時の貴族内の噂だと、カロージェロたちが送り込んだ暗殺者を何度も跳ね返した者だという話だ。
他人のことなので、その話はムツィオも面白そうだと興味があった。
「その息子はどんな奴だ?」
「呼んだ意図は分かりませんが、あの父親から生まれたのが不思議な存在ですね。市民を思いやり、領地開拓に定評があるようです。あの者以外の血がそうさせたのかもしれないですね」
「フッ! あれは人としておかしいからな……」
参戦するとなると、戦力として使えると読んでなのか、知略家としてなのか気になる所だ。
そのため、その息子のことを聞いてみると、男からは称賛の言葉が続いた。
戦力としてなのかは分からないが、人としては優秀な人間のようだ。
それにしても、確かに領民思いなんてカロージェロたちとは真逆に感じる人間だ。
ムツィオも自分のことは棚に上げて、思わず吹き出してしまった。
「その息子のことで気になることが……」
「何だ?」
面白い話が聞けたと笑みを浮かべているが、ムツィオは男の次の言葉で表情を一変することになる。
「エレナ嬢の生存が考えられます」
「何っ!!」
その言葉に、ムツィオは驚きと共に玉座から立ち上がった。
さっきの笑みなど完全に吹き飛んだようだ。
「おのれ!! 生きていた上に匿われていたのか!? 何としても始末せねば……」
「あくまでも確証のない話ですし、陛下が前領主を始末したといっても、証拠もないのだから放っておいて良いのではないですか?」
エレナが生存している可能性を聞いて、ムツィオは男が思っている以上に慌てだす。
当時、王国の人間が証拠探しをしていたが、結局は見つからずじまいだった。
今となっては、ムツィオを強制隷属させて吐かせる以外に証拠を得られることもないだろう。
証拠もなしに強制隷属なんて出来る訳もないし、そもそも前領主の娘が生きていようと何か出来る訳もない。
男の言うように、放っておいて良いような存在でしかないように思える。
「放っておいては後々まずい。始末するのが一番だ。暗殺をおこなうことは可能か?」
「……今は王国の情報収集の方が重要です。暗殺に人を割くわけにはいきません」
「クッ!!」
何でそこまでムツィオが慌てているのか、男には疑問でしょうがない。
暗殺を送ることはできるが、今は王国と睨み合っている状況で、そんなことしている場合じゃない。
そのため、男はムツィオの言うことに従う訳にはいかなかった。
ムツィオもそれが分かっているので、玉座に座って親指の爪を噛むことしか出来なかった。
「……成功するかは分かりませんが、1人送ってみましょうか?」
「そうか!? 頼む!!」
「分かりました……」
自分たちの組織も危ないのだから、王国の情報収集に注視するのが最善に思える。
しかし、何だか切羽詰まるようなムツィオに、何かあるのだと思った男はとりあえず提案してみる。
その提案に、ムツィオは食い気味に反応してきた。
その態度で更に訝しく思いつつ、男はエレナの暗殺を指示することになったのだった。