「それで……?」

 夜が明ける前に、セバスティアーノはガイオの所へと戻ってきた。
 そして、ガイオはすぐに自分がエレナの側にいるように言われたことの理由を尋ねた。
 短い言葉で分かるのは、付き合いが長いからだろう。

「刺客らしき者が侵入していました」

「……だからか」

 自分がエレナの側にいる理由がすぐに分かった。
 はっきりいって、セバスティアーノと比べるなら、ガイオの方が実力は上だ。
 侵入者の情報を伝えて、ガイオに行かせることも出来たはず。
 セバスティアーノがそうしなかったのは、怪我が治りたてのガイオを行かせて、取り逃がすようなことがあってはいけないと感じたからだ。
 ガイオの実力は上だろうが、それは万全の状態でのガイオだ。
 リハビリ中のガイオに行かせるより、自分が行った方が確実だと考えたことによる行動だった。

「お前が行ったんなら、ちゃんと仕留めたんだろ?」

「手紙を送ろうとしているのを阻止はしましたが、尋問をする前に自害されてしまいました」

「そうか……」

 脚のことがなくても、いつの間にか侵入した人間を相手にするなら、自分よりもセバスティアーノの方が適している。
 執事とは言っても、セバスティアーノは裏でエレナの護衛の任務もこなしていた。
 裏には裏の人間が対応する方がいいということだ。
 どういう状況だったかは分からないが、セバスティアーノが動いてそれなら、自分も良くて同等の成果しかできなかっただろうと、ガイオはその結果に納得した。

「どこからの刺客かは分からないのか?」

「えぇ、申し訳ない」

 自害した遺体から何かしらの情報が得られなかったのか問いかけられるが、何も手掛かりになるようなものを所持していなかった。
 相手も裏の者としての覚悟があったのだろう。
 いつ死んでも身元がバレないようにしていたようだ。
 せめて生かして捕まえていれば、情報を得ることも出来たかもしれない。
 そのため、セバスティアーノは捕獲し損ねたことを詫びた。

「奴が生きていたという呟きをしていたところを見ると、可能性は2人のどちらかですね」

「そうだな」

 周りに人がいないと僅かに気が弛んだのか、侵入者はたった一言だけ情報を残していった。
 何者かの生存を意外に思っている口ぶりだった。
 そうなると2人に思い至るのは、ある人物たちだ。

「ムツィオの指示で海賊がどこに行ったのかの捜索で来た。そして、エレナ様の生存も発見されてしまったか……」

「もしくは、レオが生存していたことか……だな」

「えぇ」

 追っ手が仕向けられるようなことの心当たりはある。
 海賊がいなくなったことで、ムツィオは群島を領地にしてしまうという考えが失敗に終わった。
 王族に願い出てまでおこなったにもかかわらず、対象となる海賊がいなかったという見事な空振りに、ムツィオの失敗が笑い話として国中に知れ渡ってしまった。
 ムツィオは怒り心頭となっていることだろう。
 海賊がどこへいなくなったかを探すために、闇の者を国中に広げた可能性がある。
 その一環でこの島に目を付けた1人が侵入して、エレナを見つけて報告しようとしていたというのが1つの可能性。
 もう一つが、レオの親兄弟が、レオの死亡を確認するために送り込み、生存を確認して報告しようとした可能性だ。
 この島に病弱だったレオを送り、エドモンドの腕を斬り落として揉み消したということからも分かるように、レオの親兄弟もムツィオ同様頭がおかしい人種だと分かる。
 こっちもこっちで面倒なことになりかねない。

「どちらにしてもまずいな……」

「えぇ、自害したことで、奴の仲間が現れる可能性がありますね……」

 仲間の生存が確認できなくなれば、何かしら問題が起きたと分かる。
 何の情報も得られない捜索に時間を割くより、そちらに人員を向かわせた方が情報を得られる可能性が高いと、この島へ人員を送ってくるかもしれない。

「抑えきれるか?」

「どうでしょう……」

 ガイオの脚も治り、ガイオの船の部下や元海賊たちのほとんどが兵として仕えることになる。
 しかし、その人数は少ない。
 実力のある闇の者たちが集団で来た時に、エレナとレオを守れるか怪しいと2人は思わずにはいられない。

「レオには言っておくか?」

 ガイオとセバスティアーノは、エレナの身の安全が一番大事だ。
 恩を返すためにも、守り切らなければならないと思っている。
 しかし、だからといってレオのことをどうでも良いと考えている訳ではない。
 むしろ、エレナが穏やかに過ごせているのは、レオのお陰でもあると考えている。
 何者かが侵入したのだから、2人は領主のレオに知らせるべきなのではないかと考えるが、レオの今の実力はまだまだだ。
 人形たちの戦闘力も、侵入してきた者たちにどこまで通用するか分からないため、侵入されたことを教えるべきか悩むところだ。

「隠しておくことも出来ますが……話しておいた方が良いでしょう」

「そうだな」

 不安にさせる訳にはいかないため、エレナには知らせる必要は無いと思える。
しかし、レオはなかなか賢い。
 もしかしたら、何かしら策を講じてくれる可能性がある。
 そのため、2人は侵入者が現れたことをレオに伝えることにして、話を終えたのだった。





「……侵入者ですか?」

「あぁ……」

 昨日の深夜の出来事を聞いて、レオは驚きつつも冷静にガイオの報告に耳を傾けた。
 たしかに、生存を確認されたらエレナに追っ手を向けられる可能性はある。

「ベンさん。父たちは僕のことを気にしていると思いますか?」

「……恐らく、気にしていないと思われます」

「じゃあ、エレナの方が有力かな……」

 ガイオたちが言うように、自分にも追っ手を送られる可能性もなくはない。
 しかし、レオはその可能性は低いと考えている。
 ベンヴェヌートの言うように、父たちは自分をもう死んだものだと思っているはずだ。
 それに、いらない人間を実家から追い出せて、いらない領地が捨てられたのだから、関わっても何のメリットも感じていないだろう。
 実の父親に関心を持たれていたに発言になってしまうため、ベンヴェヌートが少し躊躇ったようだが、レオとしても興味がないので気にしにない。

「これから先の開拓のことも考えて、何か対策はあるか?」

 レオの中ではエレナが狙われる可能性が高いと考えたようだが、何にしても防衛力を上げることを考えた方が良い。
 島の開拓もまだまだほんの一部。
 侵入してくる人間もそうだが、どんな魔物が潜んでいるかも分からない。
 そっちへの対応のことも考えて、策がないかガイオは尋ねた。

「……人形を増やすくらいしか、今は考えられないですね……」

「そうか……」

 レオの考え付く戦力増強となると、自分のスキルに頼るしかない。
 ドナートとヴィートからすると、一般兵と変わりない程度の戦力という評価の木製人形のロイたち。
 まだ島には人がいないのだから、人形たちを増やして補えばいい。
 島での作業に加え、毎日のように人形を作るための作業も行っている。
 言っては何だが、ガイオたちに秘密にしていることもある。
 今できることとなるとその程度だ。

「早めに対策を考えます!」

「分かった」

 エレナの安全のためにも、出来ればもっと何か考えた方が良いのは分かる。
 そのため、レオは直近の課題の1つとして、島の防衛力の増強を考えることを約束し、ガイオに今のところは納得してもらうことにした。

「俺は自分のリハビリと、兵のみんなの訓練に力を入れる」

「そうですか……」

 ガイオの完全復活はたしかに望ましいが、兵のみんなのことを考えると何だか同情してしまう。
 恐らく、ドナートとヴィートと同じように、きつい稽古を付けられることになるのだろう。
 2人と同じように落ち込む人間が出ないか不安になりつつ、レオは頷きを返したのだった。