「レオポルド・ディ・ヴェントレ!」

「ハッ!」

 前回のように、片膝をつくレオと、その背後でカーテシーをするエレナ。
 玉座の間に入った2人の内、まずはレオに関することから始めるらしく、王のクラウディオから声がかけられ、レオは短く返事をした。
 エレナの回復魔法によって左腕以外の怪我は完治したため、レオへの褒賞を与えられる日が思ったよりも速く来ることになった。

「今回のルイゼン領奪還戦において、お主は多大な成果を果たした。感謝する」

「もったいないお言葉」

 王であるクラウディオは、今回のレオの貢献を評価しつつ感謝の言葉をかけてきた。
 直々の言葉に、レオは恐縮したように言葉を述べる。
 フェリーラ領のメルクリオに一言告げたとはいえ、レオのやったことは、戦場からいなくなる単独行動だった。
 そのことを注意されるかと思ったが、そのことには触れて来ない。
 少しだけ気になってはいたが、帳消しするだけの成果を出したから問題なしとなったようだ。

「それだけではない。王都の民、それに我が妹のレーナまで救ってくれた。感謝してもしきれんくらいだ。よって……」

 エレナを奪いに来たジェロニモを放置していたら、スケルトンによって王都市民にも被害が及んでいた可能性もある。
 それに、エレナと共にレーナ王女も救うことができた。
 そのことを考えると、レオは男爵には陞爵させてもらえると思って、一旦溜めるように止まったクラウディオの言葉の続きを待った。

「お主に伯爵位を与える!!」

「……謹んでお受けいたします!」

 クラウディオの言葉に、周囲に立つ貴族たちが小さくざわめく。
 準男爵のレオが、男爵・子爵を飛ばしての陞爵になったのだからその気持ちも分からなくない。
 レオも予想外のランクアップに驚きを隠せない。
 そのため、思わず返答が遅れてしまった。

「資金による褒賞も出したいところだが、この度の戦いに思わぬほどの多額の資金を出資することになった。それゆえ陞爵と共に向こう5年の税の徴収をなくすことを褒賞とする」

「ありがとうございます!」

 元々資金的な報酬は期待していなかった。
 そのため、陞爵だけでもありがたかったのだが、まさかの税の免除までしてもらえることになった。
 ヴェントレ島の発展は途上のため、勢いを持ったままこれからも発展させ続けるには、資金的な面で問題になってくるかもしれない。
 税に取られる分の資金を島の開拓に回せるのでありがたいところだ。

「ジェロニモが生きていた場合のことを考えると、まだまだこれでも足りないくらいだ。他に褒賞として望むものはないか? 何でも良いから申してよいぞ!」

「他に……でしょうか?」

 一気に伯爵までの陞爵に税の免除。
 それだけで充分もらい過ぎている気がする。
 元ディステ家と同等の爵位にまでなれ、領地も順調に発展していっている。
 これ以上何か欲しいものと言われても、レオの中では全然思いつかない。

「あぁ! 何でも良いぞ! どんな我が儘も許そう!」

「我が儘……」

 クラウディオからの好きなことを言って良いという状況に、レオは思考に入る。
 振り返って思えば、自分は我が儘など言ったことがない。
 幼少期から体が弱く、望むものと言えば健康な体ということしかなかった。
 それが、運よく特殊なスキルを得ることにより手に入った。
 もうそれだけで望みは叶ったため、これ以上を求めるのは不相応だという思いがあった。
 我が儘と言う言葉を聞いて、あることが思いついた。

「……陛下の御前ながら、少々失礼します!」

 この時、一度くらい我が儘に生きてもいいのではないか。
 何故かその時に思えたレオは立ち上がり、クラウディオに頭を下げて先に非礼を詫びる。
 そして、少し後ろに立つエレナに体を向けた。

「…………?」

 何をするつもりなのか分からず、エレナはただ不思議そうにレオのことを見つめた。

「っ!?」

 次にレオの獲った行動に、エレナは目を見開く。
 エレナだけでなく、この場にいた人間全てが驚いていたかもしれない。
 レオが、今度はエレナに向かって片膝をついたからだ。

「エレナ!」

「……は、はい!」

 レオ自身、何故この時にそうしたのか分からないくらいだ。
 本当は、レオはエレナをこのままルイゼン領の領主として見送るつもりだった。
 あれほど望んだ健康な体を得たのに、これ以上の高望みは神に失礼なのではないかという考えがあったからだ。
 最後の最後に何でも望みを言って良いといわれて、何となく背中を押されたような気がしたのかもしれない。





「僕は君が好きだ! 僕と結婚して欲しい!」





「…………はい! 謹んでお受けします!!」

 まさかの片膝をついての婚姻の申し込み。
 玉座の間に、時が止まったような時間が流れた。
 こんな時に何を言っていいのか分からないという思いと、エレナがどう返答するのかを見守る空気が全員に流れたからかもしれない。
 すると、目に涙を浮かべたエレナが、嬉しそうな笑顔と共に差し出したレオの手を握った。

“パチ……パチ…パチ……!!”

“パチパチパチ……!!”

「……み、皆様の御前にて失礼しました!」

 手を握り合い見つめ合う2人。
 そんな2人を祝福するように、まばらに拍手がされ始め、この場にいた人間全てがおこなう大きなものへと変わっていった。
 その祝福の拍手によって、レオは今更顔を赤くして周囲へいた貴族たちへと頭を下げ始めた。

「申し訳ありませんでした。陛下!」

「ハハハハハッ!! このような貴重なものを見せてもらえて、私は気分が良いぞ!!」

 事前に謝罪をしていたとはいえ、王であるクラウディオの前でやるようなことではない。
 そのため、またクラウディオに対して片膝をつき、レオは謝罪の言葉を述べたのだが、クラウディオは腹を立てるどころか、全く気にしていないように大笑いを始めた。

「お主の我が儘篤と見せてもらった!! 私とここにいる多くの貴族が2人の見届け人になるぞ!!」

「「ありがとうございます!!」」

 プロポーズをこの場で見られるとは思っていなかったためか、クラウディオはとても上機嫌のようだ。
 側に立つ王女のレーナは、友人のエレナの幸せそうな表情に、自分も嬉しくなったらしく涙を浮かべている。
 他の貴族たちも面白いものが見られたからだろうか、若い2人を微笑ましく見ている。

「エレナ・ディ・ルイゼンよ!」

「はい!」

「私はお主にルイゼン領を任せるつもりだった。お主のレオに対する返答は、領地を手放すことになるが、それでよいか?」

 事前にレーナによって、クラウディオがルイゼン領をエレナへ渡すということは伝わっていた。
 まだそれをクラウディオから直接言われたわけではないが、レオのプロポーズを受けるということは、ルイゼン領を他の者に任せるということになる。
 先祖から受け継ぎ、祖父や父が領主をして来た地だ。
 先程の笑顔で答えは決まっているとは思うが、クラウディオはその選択でいいのかの確認を取ることにした。

「はい。今回の騒動は叔父や従兄のおこなったことです。本来止めるべき私は何もすることはできませんでした。そのため、もしも陛下から領地のことを言われたら辞退申し上げることも考えていました」

 王の命に背くことはできない。
 もしも、レオへの褒賞の授与が終わり、次にエレナにルイゼン領を与えられるということが言われていたら、断ることはできなかっただろう。
 エレナのことを望む者もいれば、逆の者もいる。
 民同士で揉めないようにするためには、新しい領主による統治が望ましいため、何なら罪人になる覚悟でその命に背くことも考えていた。
 しかし、愛するレオとの婚姻による領地譲渡なら、みんなにとって望ましい結果になると思えた。

「民のためには、新しき領主により、平和な地へと発展させてくれることを望みます」

「そうか。了解した」

 先程クラウディオは2人の見届け人になるといった。
 そのため、ルイゼン領をエレナに渡すなどと言い、今さら2人を別つ様な事を言う訳にはいかない。
 当然そんなことをするつもりはないため、クラウディオはエレナの発言を受け入れた。





 王や多くの貴族が集まる場所でのプロポーズ。
 それをおこなったのが、今回の戦いの英雄とも言うべきレオ。
 このことが国中の市民たちへと広まったのは言うまでもない。