僕は部屋の片付けをせねばならない。
 これは『宿題を後回しにし過ぎて気付けば夏休み最終日』などと微笑ましくもありがちな光景とはまた違い、何とも切実なものだった。

 もし今このありのままの状態の部屋を見せたなら、十人に八人は「うわ……」だの「やばっ」だのと、端的かつ明瞭な感想を口から漏らすだろうし、残り二人はきっと、優しさからそっと視線を逸らして曖昧に口籠りながら、何ともひきつった笑みを浮かべるだろう。
 つまり、まあ、そういうことだ。

 足の踏み場がない、というよりも、辛うじて物の上を歩くことで道とすることは出来るが、些細な振動ですらこの絶妙なバランスを以て保持されている歪な空間が崩壊してしまいそうで、一歩踏み出すのにも勇気がいる。
 よくもまあ、ここまで物を溜め込めたものだと、いっそ自分を褒めてやりたくもなった。

 何かの紙やら布やら、食べてそのまま捨てたお惣菜のパックやらで床はとうに見えないし、壁沿いには天井近くまで堆く積まれた、物、物、物。

 封を開けてすらいないネット通販の段ボール箱や読み掛けの積ん読本はまだ良い方で、脱ぎ散らかした裏返しのままの衣類達は最後に洗濯したのがいつとも知れず、そこら辺に埋まっている半端な飲み残しの缶やペットボトルは、その中で菌や微生物により新種のオリジナルカクテルと化しているかもしれない。

 端的にいえばカオスなその空間に、家主である僕ですら溜め息を吐く。
 しかしながら、こんな地獄の底の最果てのような部屋を、僕は何とかして片付けなくてはならないのだ。

『忘れ物を思い出したの。赤いポーチなんだけど……来月一日の午前中に取りに行くから、よろしく』

 ある日突然、そんな一方的なメッセージを送って来たのは、一年も前に別れた人生唯一の恋人『千里』だった。


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