子供にとって、公園は一種の社交場だった。近所の公園というのは、遊んでいるのは大抵同じく近所の子供達。
 学校の違う知らない子と知り合う機会だったり、特に約束をしていなかった顔見知り程度の子でも、ひと度公園で会えば何となく誘い誘われ、そのまま一緒に遊んだりもした。

 テーブルとベンチのある区画で、時折中学生がお菓子をたくさん持ち寄って宿題をしている姿は、公園近くのスーパーで単価数十円のお菓子を毎回吟味して選んでいたわたしにはやけに大人に見えた。

 その日は、天気が不安定な昼下がりだった。どんよりとした憂鬱な空の、特に誰とも遊ぶ約束をしていなかった日曜日。

 わたしは基本的にインドア派で、予定のない引きこもるだけの休みが苦にならないし、寧ろ一人時間を欲するタイプだったのだが、社交的で常に遊び回っていた姉との対比で『せっかくの休日に家に居るなんて、友達が居ない寂しい子みたいに思われるのではないか』『わたしのことを、いじめられっ子だとか思うんじゃないか』子供ながらに、そんな風に感じていた。

 だから、予定のない休みの三回に一回は、偽装工作のため図書館やら友達の家やら、何処かしらに行くと言って家を出て、少し散歩して帰るようにしていた。

 事実、本来人見知りで引っ込み思案で、学校の休み時間だって大抵一人で本を読んで過ごすから、友達なんてほとんど居ないのに、だ。

「公園いってきまーす」
「あら茉莉。午後からお天気悪くなるから、雨が降ったら風邪引く前に帰ってくるのよ」
「はぁい」

 公園は歩いて十分程の近所だ。せっかくだから、今日は本当に公園に行こう。
 あそこなら、誰かしら知ってる子が居るだろう。自分から声をかけるのは苦手だけど、見える場所に一人で居たら仲間に入れてくれるかもしれない。仲良くなれなくていい、空気でいいから混ぜてくれれば、体裁を保てる。

 そんな希望的観測も虚しく、日曜日ということもあり公園には普段見かけない知らない子供が多く居た。

 普段ここらで遊んでいる子達は、友達の家に遊びに行ったか、家族と出掛けたりしているのか。ジャングルジムに登って公園内を見渡したけれど、サッカーに興じるクラスメイトの男子達以外に見知った顔はなかった。

 さすがに男子に混ざってサッカーをする訳にはいかない。一通り遊具で遊んだら今日はおとなしく家に帰ろう。そう思っていると、不意にどこからか視線を感じた。

 不思議に思い辺りを見回すと、ジャングルジムの下、同い年くらいの見知らぬ女の子が一人、じっとわたしを見上げているのに気付いた。

「えっと、何か……?」
「……一緒に、遊ぼう?」
「えっ」

 控えめに小さな声で呟かれた突然の誘いに驚きはしたものの、その子も一人で心許なかったのだろう。
 見るからに緊張した様子で、僅かに青ざめながらも勇気を振り絞って同じく一人のわたしに声をかけてきたという様子に、思わず笑みが溢れる。

「うん、いいよ。遊ぼう! 何して遊ぶ?」

 わたしはジャングルジムから降りて、その子の側に並び立つ。
 背丈はわたしより高め、少しぼさぼさの髪は結ばれることなくそのまま下ろされて、長めの前髪で顔はよく見えない。服も部屋着なのか、なんだか着古した感じだ。
 近所の子だろうか、それにしては見たことがない子だ。

「わたしは茉莉、あなたは?」
「……えっと、夢花」
「かわいい名前! 夢花ちゃん、よろしくね!」

 わたしと夢花ちゃんは、ひとまず公園の遊具を端からひとつずつ制覇していくことにした。ブランコ、大型ブランコ、アスレチック、タイヤ、砂場……シーソーだけは、重たくて恥ずかしいからしたくないと断られた。

 わたしは基本インドア派な人見知りの自覚はあったけれど、夢花ちゃんはとても大人しく、わたしよりも緊張した様子だった。だから、不馴れながらわたしの方がリードして、遊びを教える。それは予想よりも、とても楽しいことだった。

 人見知りというのは特殊なもので、初めて会う子とは寧ろ話しやすいものだ。
 複数だとまた違うのだが、短時間の一対一の初対面ならば、取り繕った理想の自分を見せても問題ないし、最悪失敗しても今後の縁がなければ恥はかき捨てられる。

 子供ながらに色々と空気を読みがちなわたしは、遊びながらいつもより明るい笑顔を作る度、ついそんな風に自己分析してしまう。こんなだから、クラスの子ともあまり馴染めないのだろうか。

 それでも、夢花ちゃんと遊ぶのはいつしか表情を作るのをやめる程、本当に楽しかった。
 お家の場所を聞いても「その辺」だとか、学年を聞いても「茉莉ちゃんと同じくらい」だとか、質問をしても曖昧にはぐらかされたりするので、特に会話が盛り上がる訳でもない。
 けれどその分変に踏み込む必要もなく、嫌われないようにと気を使う必要もなかった。

 それはある意味気楽で、何よりいつもならついて回るだけのわたしが自分から遊びたいものを提案するのも、新鮮でよかった。

「ね、次は滑り台でお城から脱け出すお姫様ごっこ……あ、雨」

 不意にぽつりと鼻先を濡らした雨粒に、わたしは天を仰ぐ。
 残念だが仕方ない、わたしは滑り台から普通に滑り降りて、夢花ちゃんに声をかける。

「夢花ちゃん、そろそろ帰ろっか」
「……えっ、帰っちゃうの?」
「うん、雨降ったら帰ってくるようにって、お母さんと約束したの」
「そう……」

 夢花ちゃんは帰らなくて大丈夫なのだろうか。まだぽつぽつ降り程度の小雨とはいえ、これから本降りになるかも知れない。

「……ねえ、茉莉ちゃん、明日も遊べる?」
「え、うーん。明日は学校あるからわかんない」
「そっか……」
「でも、来れたら来るよ」
「本当?」
「うん。学校終わってからだから、夕方になっちゃうけど」
「なら私、明日待ってるよ。約束ね」
「……うん、わかった、約束」

 今日一の笑顔を見せる夢花ちゃんの様子に、彼女もわたしと遊んでいて楽しかったのかと安心した。

 それにしても『来れたら来る』なんて曖昧な約束を、指切りまでして交わすなんて、やっぱりちょっと変わった子だ。それに、待ってるなんて、彼女は学校はないのだろうか。

 色んな疑問が頭をもたげるが、誰かと約束のある日というのはそれだけで満たされるものだった。必要とされているような気がするし、お母さんへの言い訳に悩む必要もない。

「それじゃあ、また遊んでね……茉莉ちゃん」
「うん、またね!」

 絡めた指を離し夢花ちゃんに手を振って、わたしはすっかり土砂降りになった公園から駆け出す。

 次に会ったら、どこに住んでるのか、どこの学校なのか、何年生なのか、今度は改めて色々聞いてみよう。わたしは初対面とは思えないほど、彼女のことが気に入っていた。

 そして、不意に気になり一度振り返ると、彼女は一切濡れることなく、その場でわたしを見送るように佇んでいた。

「え……?」
「茉莉ちゃん、また明日」

 驚き立ち止まったわたしの身体は、次の瞬間、強い衝撃に宙を舞った。


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