「え、じゃああなた達もパーティーを追放されたんですか!?」
マルクスが思わぬ情報に声を上げると、焚き火を囲む3人の冒険者達はそれぞれ恥ずかしそうに小さく頷いた。冒険者パーティーを追放されたのが自分だけではないと知って、マルクスも少し安心して微笑んだ。
焚き火を囲んでいるのはマルクスを含めて全部で4人。他の皆もパーティーを離れた後はしばらく森をさまよった後に、夜になって水場を求めて川べりに集まってきたという。捨てる神あれば拾う神あり。マルクスにも笑顔がこぼれる。
「お互い脛に傷のある者達同士、今夜は仲良くやりましょう。」
焚き火を囲んでいる者のうち、一番年長の男が酒の入った椀を手渡しながら音頭を取る。
白髪まじりの男はガブリエルと名乗ってから、他の二人の紹介を始めた。
緑のバンダナを頭に巻き金のドクロがついた指輪がトレードマークのキザな男はナシーム。メンバーの中で一番歳が若く、途方に暮れたような、少しおびえた顔の少年がバーニー。
どちらもマルクスのことを不安そうにちらっと見たが、闇夜にうろつくモンスターのことを考えると、いないよりはマシと考えたらしい。とにかく、今夜はこの4人で過ごすことになった。
4人はそれぞれの持ち出しで食料を分けあった。疲れからか皆黙りがちで、パチパチと焚き火の弾ける音と一緒に木々を揺らす風の音がする。
沈黙を破って、マルクスは自らが先陣をきって己の失敗談を披露することにした。まずは打ち解けるきっかけを提供するのが、遅れて参加した者の礼儀である。
「パーティーを追い出されたっていうのも、実のところヘマしちゃったんです。あんまりとろすぎて、お前みたいなやつとは一緒に冒険できないって追い出されちゃったんですよ。」
マルクスがそう言うと、ガブリエルも笑みを浮かべて頷いた。
「私も似たようなものです、少し年齢を重ねてきたこともあり、最近は体力が足りなくて若い冒険者の足を引っ張る事がありまして・・・そうすると『使えない奴』ポジションの仲間入りです。風当たりが強い強い。」
頭を垂れたガブリエルは、ため息と共に言葉を吐き出した。
「俺はちょっと違うぜ。6人パーティーで男女3人ずつの仲良しパーティーだったんだが、女の子みーんな俺のことを好きになっちまってな。どうにかこうにか上手くやっていたつもりだったんだが・・・ま、男連中にとっては目の上のたんこぶってやつよ。女の子達が寝てる夜の間に男連中から締め出されちまった。」
ナシームは、くるくると髪の毛を弄びながらサラッと言ってのけた。焚き火の炎に指輪がきらめいて怪しく光っている。
「それは災難でしたね。俺はナシームさんと同じパーティじゃなくてよかった。雰囲気悪くなりそうだもん。」
マルクスがとぼけた顔で言うと、ナシームは口の端を吊り上げてキッキと引き攣るように笑った。
「お前はなんでパーティーを追放されたんだ? お前みたいなガキを追い出すなんてよっぽどだろ。ひょっとして盗みやらかしたんじゃないだろうな?」
ナシームは冗談めかしてバーニーに水を向ける。バーニーはビクッと肩を震わせたきり何も答えない。
「図星かよ・・・。けっ・・・勘弁してくれよ。盗人と同じキャンプで寝るのかよ。」
ナシームが金の指輪を反対の人差し指で撫でながら吐き捨てる。
「・・・妹が・・・病気なんだ。それで、どうしても金が必要で・・・。」
バーニーがポツリと漏らすと、罰が悪くなったのかナシームも口をつぐんだ。
「まあまあ、今夜限りの集まりですよ。過去のことをあまりとやかく言わずに仲良くやりましょう。ほら、お酒もまだまだありますよ。」
年長者のガブリエルがなんとか場を和ませようと、声音を明るくした。せっかくの出会いですしね、とマルクスも同調する。
そうしているうち、酒が進んで催してきたマルクスは、中座して下流の方に移動して小便をすることにした。火のそばを離れると、途端に闇である。上を見上げれば頼りなげに星が光を放っている。モンスターがうろついているとも限らない、さっさと放尿を済ませて戻ろうと川に近づいたマルクスが股間からナニを取り出した時だった。
「気をつけたほうがいいですよ。」
こっそりとマルクスの後を追ってきていたバーニーの声だった。
「なんのこと?」
急に話しかけられたマルクスは目を丸くした。
「あの二人のことです、ガブリエルとナシームの二人です」
心当たりがなく、マルクスは返答に窮してしまう。
「ナシームに惚れちゃうってこと?」
マルクスは振り返り、軽い調子で聞き返す。
「違いますよ。あんたみたいなボーッとしている人初めて見ました。そういう感じだからかえって信用できるかと思ったんですけど・・・」
バーニーはブツブツと言いながら、何か考え込んでいる。しばらくマルクスが待っていると、ようやく何かを決心したようにバーニーが話を始めた。
「あの二人がパーティーを追放されたって言っていた理由、嘘が混じってますよ。」
バーニーの台詞に、マルクスは眉をひそめた。
「ナシームって名乗っているあいつ、有名なパーティークラッシャーなんです。」
バーニーの話によると、ナシームはパーティー内の女性をあの手この手でやりこめて、パーティー内の男性に近づかせて貢がせる。
それらの物資や金を改めてナシームに上納させるという大変回りくどい手を使う男だということだ。被害者も色恋沙汰で金を失ったとは大っぴらにしにくいところもあって、表立って危険性が叫ばれることは少ないが陰で疎まれているタイプらしい。
「聞いた話とあんまり変わんないね。」
ナシームについての報告を聞き終えたマルクスは、バーニーの忠告も響いていなさそうにあっけらかんとしている。
「じゃあ、ガブリエルの話はどうですか。」
バーニーはムキになって捲し立てる。
バーニーの話によると、ガブリエルは組んだパーティーの実力に見合わないクエストをわざと受注し、パーティーのメンバーを死に追いやる。
そうしてパーティーの持ち物や事前のダンジョン踏破分までの報酬を掠め取る「潰し屋」だという。こっちは、冒険者としてグレーのラインを飛び越えているが、被害に合った人間は全員いなくなるので警戒するのが難しい存在のようだ。
「うわ、すごい。頭いいなあ。」
マルクスがつい口に出すと、バーニーは深くため息をついた。
「バーニー君と言ったっけ。君はなんで二人の正体を知ってるんだい?特にガブリエルのパターンなんて見てないとわからなそうなものだけど」
「俺、耳だけはめちゃくちゃ良くて、あの二人が話してるの聞いちゃったんですよ。ガキは金取れそうにないけど、あの男はちょっとは持ってそうだなって・・・。」
「・・・とりあえず、おしっこしていいかな?」
顔をしかめたバーニーをよそに、改めて川に向き直ったマルクスは勢いよく放尿した。
「ふう」
マルクスはブツをしまう時にしくじって悲鳴を上げたが、なんとか収拾をつけるとバーニーに向かって手を差し出した。
「いや〜痛い、ちょっとはさんじゃったよ。ともかく教えてくれてありがとう、気をつけることにするよ。」
「・・・手を洗ってください。」
バーニーにピシャリと言われたマルクスは、川に転がるゴロタ石の上を渡っていき、適当な岩の上に到着すると屈んで手を川につけた。
「バーニーくん。彼らも君と同じかもしれないよ。」
冷たい川の水で手を洗いながら、マルクスは問いかけた。
「どういうことですか?」
「彼らにだって病気の家族がいるかもしれないってことさ。」
バーニーはマルクスの言葉に目を見開いた。
「そうかもしれないですが・・・それでも、してはいけないことっていうのは・・・。」
モゴモゴとバーニーは口ごもる。
バーニーは腕組みをして、眉間にシワを寄せた。そうして、一度咳払いをしてからまた喋り出した。
「だからやっぱりそういう人たちが煙たがられて、困った時に誰も助けてくれなくなったとしても仕方ないのかもしれないと思います。」
「そうだよね、パーティーを追い出されるってことはそうなってしまうものなのか。」
マルクスの言葉に、バーニーは困惑した表情を浮かべながらも頷いた。
「でも、君はどうして俺に彼らの事を教えてくれたんだい?」
マルクスは器用に川中からバーニーの側に戻り、彼の瞳を覗き込みながら言った。
「なんででしょう、俺も味方が欲しくて楽になりたかったからだと思います。」
バーニーの言葉を受けて、マルクスは口をにかりと広げて笑った。
「ありがとう、こんなにいい情報はないかもしれない。」
「じゃあ、貸しってことでお願いします。」
バーニーは少し誇らしそうな笑みを浮かべた。