30分前だけど、なんだか無性に落ち着かないから早めにカフェを後にした。やかんに着いたのは約束の25分前なのに、なんだがここにいた方が落ち着くの。春先で、風が吹くとまだ肌に悪い寒さが服を透けるのに、ここの方が心地良いの。やかんにいてもやることは変わらずスマホをいじるだけなのに、ここにいた方が待っている時間を感じないの。
 彼女にスマホで「少し早いけど、今着いたよ」って連絡を入れてから、ワイヤレスイヤフォンでお気に入りの楽曲を聴いたの。下を向いて目を瞑りながら、ゆっくりと呼吸をして待ったの。
 体感で二分おきに(実際は三十秒だったかも)彼女の既読を確認していたら、約束の10分前に彼女から「私も今駅に着いたよ。そっち向かってるから」って連絡が来て既読が付かないように見たの。ポケットにスマホを入れて、音楽を聴いていたら前から彼女がやってくるのが見えた。私は、気づかないふりをしながら音楽に熱中しているふりをしたの。彼女はそのままこっちに向かってくるので、ゆっくりと鼻で深呼吸した。疲れているようにゆっくりと。
「到着するの、早いね。」
 第一声が嫌味ともとれるようなセリフで、また懐かしく感じた。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「連絡したけど、見た?」
「え、そうなの。気付かなかった。」
「そう、まあ、じゃあ行こっか。」
 あなたは気にしないの、私が嘘を吐いていることに。気付かなくて良いけれど、気付いてほしかった。「本当は連絡見てたでしょ。」って言って欲しかった。そしたらきっと私は「見てないよ。」って素っ気なく返していたと思うの。それでも言って欲しかった。
「どこ行くか決めてるの。」
「駅前に串カツがあるからそこ行こうかなって。」
 なんだが無性に腹が立って、スマホを投げつけて帰ってやろうかと考えちゃった。実際、三年前の私はそうだったわけで、それから私も大人になったわけで、だからちゃんと大人の対応をしたの。「串カツ久しぶりに食べるから楽しみ。」って。こんなことなら、紙袋持っていても良かったかも。
「ごねると思っていたけれど、喜んでくれてよかった。」
 あなたが平然とそんなことをいうものだから、もう頭に来ちゃって平手打ちしちゃうところだった。けど、少しうれしかったから、それでチャラにしてあげることにしたの。
 あなたの横を並んで歩くのが久しぶりで、歩幅なんて忘れちゃったけど、それでもまだ付いていけるよ。