「私会社辞めたから」
三年ぶりに、なんの前触れもなく電話がかかってくるから何事かと思ったら近況報告だった。
なんて反応すればいいのか分からないから「あ、うん、そーなの。」なんてどうしようもない返事しちゃった。だって、三年ぶりに話すのよ。そんな、「会社辞めた」よりも電話がかかってきたことに吃驚するものよ、普通。
彼女ったらそのまま私のことなんてお構いなしに、
「今日の夜、やかんで待ちあわせね。」って、勝手に予定を決めてしまう性格、直ってないのね。しかも、あわてんぼさんなのも相変わらず。
「何時に?」
呆れながら聞いてやったわ。けど、彼女ったら鈍感だから気付かないの。
「そんなの、夜って言ったら六時に決まってるじゃない。」っていうの。なんだか、すっかり昔に戻ったような気分になったの。彼女には内緒だけど。
だから私、わざと腹を立てたようにして、
「わかったわ。ならその時間にね。」って切ってやったの。「またあとでね」の一言も無しにね。
私だけ懐かしく感じているのが彼女にばれたら悔しいもの。
やかんっていうのは地元の人の暗号みたいなもので駅の中にあるモニュメントのこと。ここに住んでいる人なら誰でもすぐにわかる、定番の集合場所なの。けどね、私会ったら言ってやりたいの。三年ぶりに会うのにやかんに集合って、どんな神経しているのかしら。きっと、金太郎飴みたいになっていると思うの。彼女の神経が彼女の顔の金太郎飴になっているのを想像するとおかしくって、鼻で笑っちゃった。
何着ようか迷うのも、よくよく思い返してみれば久しぶりだったの。仕事一辺倒だったから、誰かと待ち合わせするのが、なんだか十年ぶりのように感じる。実際はそんなことないけど、人間の感覚って不思議。
彼女の指定した時間まで、かなり余裕があるけど、気にせず服を選ぶのに夢中になっちゃった。春先だから、カーディガンでも羽織ろうかな、ヒールだと意識しているように感じるかな、とかいろいろ考えちゃって、しまいには駅前のファッションビルに黒のフレンチヒールを買いに出かけたの。そのまま履いて、もともと履いていた靴は邪魔になるから車の中に置いておいたの。だって、食事をしにいくのに大きい紙袋なんか持って店の中に入ったら雰囲気が台無しになると思ったの。
彼女に「その紙袋どうしたの」なんて聞かれたら、うまく返せる自信がないもの。「別にあなたの為に買った訳じゃないの。私が欲しくて、可愛いから買ったの。」なんて言って信じてくれたら楽なのに。きっと、私の考えを見透かしたように、にやけながら「ふーん」って言うに決まっているもの。容易に想像がつくわ。
だから、余計なものは全部車の中に置いてきたの。履いてきた靴もそうだし、ピンクのシュシュや指輪も外してきた。だんだん恥ずかしくなってきちゃって。兎に角、浮かれていると勘付かれたくないわけ。
そうこうしていたら、約束の時間まであと二時間で、暇つぶしにファッションビル内のカフェで時間を潰すことにした。普段使わない、ありえないくらい小さい鞄の中に暇つぶし用の本が入るわけもなく、若者っぽくフラペチーノ片手にスマホをいじることにしたの。
あなたと会う前に「ライ麦畑でつかまえて」を読みたかったけど、仕方ないわ。
三年ぶりに、なんの前触れもなく電話がかかってくるから何事かと思ったら近況報告だった。
なんて反応すればいいのか分からないから「あ、うん、そーなの。」なんてどうしようもない返事しちゃった。だって、三年ぶりに話すのよ。そんな、「会社辞めた」よりも電話がかかってきたことに吃驚するものよ、普通。
彼女ったらそのまま私のことなんてお構いなしに、
「今日の夜、やかんで待ちあわせね。」って、勝手に予定を決めてしまう性格、直ってないのね。しかも、あわてんぼさんなのも相変わらず。
「何時に?」
呆れながら聞いてやったわ。けど、彼女ったら鈍感だから気付かないの。
「そんなの、夜って言ったら六時に決まってるじゃない。」っていうの。なんだか、すっかり昔に戻ったような気分になったの。彼女には内緒だけど。
だから私、わざと腹を立てたようにして、
「わかったわ。ならその時間にね。」って切ってやったの。「またあとでね」の一言も無しにね。
私だけ懐かしく感じているのが彼女にばれたら悔しいもの。
やかんっていうのは地元の人の暗号みたいなもので駅の中にあるモニュメントのこと。ここに住んでいる人なら誰でもすぐにわかる、定番の集合場所なの。けどね、私会ったら言ってやりたいの。三年ぶりに会うのにやかんに集合って、どんな神経しているのかしら。きっと、金太郎飴みたいになっていると思うの。彼女の神経が彼女の顔の金太郎飴になっているのを想像するとおかしくって、鼻で笑っちゃった。
何着ようか迷うのも、よくよく思い返してみれば久しぶりだったの。仕事一辺倒だったから、誰かと待ち合わせするのが、なんだか十年ぶりのように感じる。実際はそんなことないけど、人間の感覚って不思議。
彼女の指定した時間まで、かなり余裕があるけど、気にせず服を選ぶのに夢中になっちゃった。春先だから、カーディガンでも羽織ろうかな、ヒールだと意識しているように感じるかな、とかいろいろ考えちゃって、しまいには駅前のファッションビルに黒のフレンチヒールを買いに出かけたの。そのまま履いて、もともと履いていた靴は邪魔になるから車の中に置いておいたの。だって、食事をしにいくのに大きい紙袋なんか持って店の中に入ったら雰囲気が台無しになると思ったの。
彼女に「その紙袋どうしたの」なんて聞かれたら、うまく返せる自信がないもの。「別にあなたの為に買った訳じゃないの。私が欲しくて、可愛いから買ったの。」なんて言って信じてくれたら楽なのに。きっと、私の考えを見透かしたように、にやけながら「ふーん」って言うに決まっているもの。容易に想像がつくわ。
だから、余計なものは全部車の中に置いてきたの。履いてきた靴もそうだし、ピンクのシュシュや指輪も外してきた。だんだん恥ずかしくなってきちゃって。兎に角、浮かれていると勘付かれたくないわけ。
そうこうしていたら、約束の時間まであと二時間で、暇つぶしにファッションビル内のカフェで時間を潰すことにした。普段使わない、ありえないくらい小さい鞄の中に暇つぶし用の本が入るわけもなく、若者っぽくフラペチーノ片手にスマホをいじることにしたの。
あなたと会う前に「ライ麦畑でつかまえて」を読みたかったけど、仕方ないわ。