「お前がいなくなってもだれも困らないぞ」
「うるせえな、早く死ねよ」
「帰れよ」
「学校くるなよ」
毎日毎日私に浴びせられる言葉は暴言ばかり、かつての友達も私と関わることでいじめの被害が自分にも及んでしまうと考えたのか、私の支えにはなってくれなかった。
いじめを見ている人も見て見ぬふりをするだけで、だれも助けてくれない。
クラスの全員が私を排除しようとしているように感じる。きっと学校での居場所はもうないのだろう。
今日も一日耐えたはいいものの、また明日も学校に行かなければならない。また今日のように明日も耐えなければいけないのだろう。
明日が二度と来ませんようにと神様に願ってみても、現状は変わらない。
彼らを殺してくださいと願っても、その願いは叶えてくれない。
きっとこんな願いをするくらいだから、私はもう壊れているのかもしれない。
家に帰るまでの道に大きめのビルが目に入った。
何も考えずに知らないビルの屋上に行く。このビルに入ること自体初めてで、いまいちなんのビルなのかもよくわからないが、案外屋上に行くのは難しくなかった。
屋上からは学校どころか町全体が見渡せるくらいの高さ。こんなに眺めがいいものなのかと感心し、私は屋上の柵越しに下を見る。足がすくむほどの高さだ。
ここから落ちれば
楽になれるのだろうか。
柵から身を乗り出し、景色を眺めてみる。この町はこんなに広いものなのか。
風が吹いている。ここから飛び降りるというのに、恐怖なんて感じなかった。
私の人生は辛いことしかなかった。さっさと終わらせてしまおう。
「そんなことしたら駄目だ!」
突然後ろから大きな声がしたと思えば、私の体は屋上の方に引っ張られてしまった。
「なんてことしてるんだよ!」
なんで飛び降りるとわかったのだろう。まだ柵を越えただけで飛び降りるそぶりなんか見せなかったはずなのに。
このビルの関係者かと思えば、私と同じ学年の隣のクラスの子だった。
あんまり話したこともないし、そもそもなんでこんなところに彼がいるのだろう。
「なんで止めるのよ!」
「いやいや、ありえないでしょ。目の前に人が飛び降りそうなのに止めないって。いや、そんなことよりもういいよ、帰ろう。」
彼が強引に私の手を引こうとしたが、私はそれを振り払う。
「離して!」
「なんでとめるの! あなたには関係ないでしょ!」
「そんな事どうだっていいだろ・・・」
彼は返す言葉がみつからなかったのだろう、そんな事しか言えなかった。
私は死ねなかったことに対しての悲しみがこみ上げてきてその場で泣き崩れてしまった。ここで死ねなければ明日もまた地獄みたいな日々が続くのだから。
「早く楽になりたかったのに・・・」
消え入りそうな声でそうつぶやいた。もう声も出せないくらいに涙があふれてくる。
「とりあえず明日だけ生きてみようよ。明日になったら何か変わるかもしれないしさ」
正直明日になったところで何も変わらないことくらいわかっている。それはきっと彼も同じだろう。
でもなぜだろう。そんな根拠のない希望を今は信じたくて仕方がなかった。
きっと私は死にたかったわけじゃない。今のこの地獄みたいな毎日を変えたかったんだろう。心のどこかで生きたいと願っていたのだ。
だから私は
「わかった。明日だけ生きてみる」
「それならよかった。じゃあ約束ね」
私は彼に手を引かれて、そのまま家に帰った。彼は私の家を知らないから方向だけ伝えていたけれど、気付いたらここでしょ。と私の家の前まで送り届けてくれた。
その日は眠れなかった。今日の出来事が頭の中を駆け巡って寝かせてくれない。
でも途中で強い耳鳴りがして、眩暈がして、頭が割れるように痛くなって、
テレビの電源を消すように、私の意識が途切れた。
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ビルの屋上に私は立っている。でも何かがおかしい。
例えば空は見たことないくらいの赤色に染まっているし、このビルはありえないくらいに荒れ果てている。ビルだけじゃなく、辺りを見回してみると町全体がこの世の終わりみたいな状態になっている。それはもう汚れているとか壊れているとかそんな生易しいものなんかじゃなくて、言葉で言い表せないほどの恐ろしさがそこにはあった。
そんな荒れ果てた世界の中心に、誰か立っている。
「あれは・・・」
生気を失ったようにそこに立っている私がいた。何をするでもなく、ただ地面を見つめてそこに立っていた。
私の姿をしたそれは、落ちている刃物のようなものを拾って、ゆっくりと私の方を見つめた。
私と目が合った瞬間、恐ろしい笑顔を作り自ら喉に刃物を突き刺した。
その瞬間、世界がぐるぐるとまわりだし、気が付けば、
私はいつも寝ている自分の部屋にいた。
「夢・・・か・・・」
夢だとわかっていてもあの恐ろしい出来事を見なかったことにはできないだろう。
夢の中の自分は自ら死を選んだ。おそらく生きていることが許されなかった環境だったから夢の中の自分は死を選んだのだろう。
でも実際、現実の自分も学校に行けば夢と変わらないような環境にいる。
私は学校なんかに居場所はない。そこにいるのが許されていない。
夢は現実の私の状況とその後の未来を遠回しに表していたのだろうか。
ありえないとわかっていても、そう考えてしまう。
近い未来、私は夢のような結末を迎えてしまうのだろうか。
なんだか生きていること自体が許されない気がしてきて、その日は学校に行けなかった。
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何日か学校に行かない日が続いていると、ある日突然家のインターフォンが鳴った。
先生が課題か何かを届けに来たのだろうと思ったけれど違った。
「久し振りだね」
そこにはあの時の彼がいた。
「なにしにきたの?」
驚きからそんな失礼極まりないことを口走ってしまう。
「俺、引っ越すことになったからさ」
「え」
「嘘じゃないんだぜ、もう時間が無いからとりあえず来てくれないか?今日の6時くらいに迎えに来るから」
とだけ言い残して彼は学校に行ってしまった。私も本来は学校に行かないといけないのだろうけれど、最近は行く気にならないからきっと行ったところでマイナスにしかならないだろう。学校に居場所が出来たわけでもないんだし。
まだ時間があるのでもう一度眠った。約束の六時くらいまで寝れたらいいなと思っていたが、案の定昼前に目が覚めてしまった。
学校を見事にさぼったのでやることはあまりない。迎えに来ると言っていたけれど何か用意するものとか聞かなかったのがいけなかった。
暇な時間は私にとって都合が悪すぎる。それは余計なことを考えたり思い出したりしてしまうからだ。
学校のいじめられる様子や、私に向けられた醜い言葉の数々が頭の中でぐるぐる回りだし、見えない何かから徹底的に追い詰められる感覚がある。
こういう時に自我を失ってしまえば、前みたいにビルでの出来事みたいな行動をしてしまうのだと彼が助けてくれた時に感じた。
あの時、彼が助けてくれなかったら今ここにはいないだろう。

彼を待っている間に掃除をしていたら小学生のころの写真が出てきた。修学旅行の時のだったり運動会の時の写真など私の面白みのない過去を映したものだった。
昔は今よりもっと生きるということに活力があった気がする。今みたいにいじめにあって人生に絶望するなんて思ってもみなかった。
幼いころの自分に申し訳なくなる。知らないうちに涙がこみ上げてきた。
心の中で過去の自分に謝り、やっぱりもう一度寝ようとカーテンを閉め、ベッドに横になった。

約束の時間の五分前に目が覚めた。あの状態からよく寝ることができたなと思うけれどまあこの際どうでもいい。
おしゃれする必要はないので最低限外に出れる格好をして彼を待った。
けれども、約束の時間になっても彼は来ない。
それどころか、約束の時間を三十分過ぎても彼は来なかった。
彼との連絡手段は何もないので彼に確認すらできない。
感情の中に苛立ちが芽生え、もう晩御飯の準備をしようとキッチンに向かう途中に、インターフォンが鳴った。
扉を開けると彼がいた。今が約束の時間ぴったりだと言わんばかりの笑顔で
「さ、行こ」
「どこにいくの?」
「山に行こう」
「え」
予想外の答えが返ってきたことに動揺を隠せなかったけれど、とりあえず彼についていくことにした。彼が言う山というのはこの町にある山で、そこは登山みたいに重たい荷物を持って挑むような山ではなく、比較的誰でも気軽に入れるような山だった。

時間ももう夜と言えるくらいの時間になりつつある。
話す内容もほとんどない為、目的地までほぼ無言だった。
坂をずーっと上っていくと開けた場所があった。傍に何やら観光用の建物もあった。
その建物に上って街を見渡す。この高い場所からは自分たちの住んでいる街を一望できるほどのものだった。
いわゆる夜景というもので、その美しさに声が出なかった。
「上を見てみて、星がきれいだよ」
見ると空一面に星が広がっていた。来る途中にはこんなに星がきれいに見えるなんて思ってもみなかったから驚いた。
「今日は俺この景色を見たかったから来たんだ。君にもこの景色みせたかったってのもあったから」
「案外幸せは近くにあったりするものなんだよ」
そんなことを彼は言った。けれども私の周りには幸せなんて落ちてないだろう。それは私より生きることに執着があるから幸せを見つけられるのであって、そもそも幸せにあなろうとしていない私に幸せはやってこないと心の中で思う。
でもそれを口にするのは違う気がして声には出さなかった。
私の人生に幸せだと思える時期はなかった。学校に行けばいじめられるし、親とのかかわりもほとんどない。死にたいと何回も願ったけれど死ぬことができず、そのまま今の私がいる。今日だって、もしかしたら自殺しようとしていたかもしれない。
それでも彼が私を必要としてくれている気がしたから今日生きることが出来た。
それだけは感謝しないといけないだろう。
「あとちょっと話があるんだけどさ」
「何?」
「もう自殺しようとなんてしないでくれるかな」
彼はやさしい口調でそう言った。
「やっぱり死んでしまうのはもったいないよ。学校にいくのが嫌だったら転校って言う選択もあるし・・・とにかく俺は君に死んでほしくない。でも人生長いから嫌になっちゃうかもしれないから、とりあえずもう一年だけ生きてみようよ」
きっと一年が過ぎたらもう一年生きてみようと彼は言ってくるだろう。
でもそんなことより、私をこんなに心配してくれる人がいることが、私は何よりうれしかった。人の優しさが、こんなにも暖かいなんて今まで知らなかった。
「わかった。あと一年生きてみる」
「ふふ。じゃあ約束ね。」
私は彼と指切りをして約束をした。この約束だけは絶対に破ってはいけない。
私の光のなかった人生に、一筋の明かりが差し込んだ。
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私はそれから学校に行った。
けれどもいじめは止まることはなかった。いつものように醜い言葉を投げつけられた。
それでも自殺なんて考えなかった。彼との約束を守らないといけなかったから。
彼は隣のクラスで、学校ではあまり関わることはなかったが、あれ以来時々彼と一緒に帰ったり、あの日のように山に行って星を見たりした。
彼といる時間が、私にとってかけがえのないものになっていった。
それから私たちはおんなじ高校に進学した。
高校はそこそこ偏差値が高いところに行ったので、私をいじめていた奴らとは離れ離れになった。いじめもきっぱりなくなった。
高校一年の秋に、彼から告白をされた。私はすごくうれしかった。
あの時助けてくれた彼がこれからもずっとそばにいてくれるのだから。
私は幸せだった。
幸せだった。
幸せになるはずだった・・・

高校二年の時に、彼は自殺をした。なぜそんなことをしたのか、私にはわからなかった。私の知らないところで、彼が絶望の淵に立たされていることに気付けなかったのが、何よりつらかった。
大人になった今でも、私は幸せになれていない。私は彼と一緒に幸せになりたかったのに。
彼が眠るお墓に花を添えて、彼に願う。
「あなたともう一度星を見に行きたいです。」
もう彼とあのきれいな星を見ることができない。取り返しのつかないその現実が胸を苦しめる。幸せだった時を思い出してしまい、涙があふれる。
もう二度と叶うことのない思いが彼に届きますように。