[序に代えて~運命の日にもかかわらず寝坊した女主人公つまり、あなたの取った信じられない悪行の数々その他の記録]

「あ~よく寝た。目覚めスッキリ、気分は最高! 晴れの舞台にふさわしい朝って感じなんだけど……えっと、今は何時なんだろ?」
 目覚まし時計を見て、あなたは驚いた。寝坊である。ただの寝坊ではない。完全な寝坊、大遅刻だ。
「やばい!」
 超適当に身支度して玄関を出る。歯は磨いていない。うがいをしただけだ。メイクもいいかげんである。本当は、もっと完璧な装いで家を出たい。何といっても今日は、あなたが主役の物語が始まる日なのだ。素敵な格好で行かないと、格好がつかない……そんなことを言うんだったら寝坊するなよ! と突っ込みたくなるけれども人には過ちがつきものだ。そして過ちは大抵、重なって起きる。
「やべ、どこに行くんだったか忘れた」
 運営から来たメールに行き先が書いてあった。あなたはスマホを見ようとして、持って来ていないことに気が付く。枕元に置きっぱなしだった。舌打ちをして後戻りする。近所に住む一人暮らしの優しいおばあさんが「おはようございます」と頭を下げたのに無視して通り過ぎ、ショートカットのため人の家の駐車場を突っ切る際にバッグの金具で車に傷をつける(ぶつかってサイドミラーを変な角度に曲げたが、これはすぐに直せるから良しとしておく)。前を歩く子猫が邪魔だったので威嚇し、それでも動かなかったので蹴ろうとして空振りする。やがて玄関にたどり着く。焦りのために玄関の鍵を開ける手が震えた。苛立ちで自然と悪態が出る。
「クソ※タレ! ヤ●マンビ○チ! ▼梅マ△コ! ▽モ▲ラ! ティ■ポ千本切□したい! 噛み◇って剥製にした◆よぉ!」
 あなたの奥にある隠れた本性を口からダラダラ漏らしながら寝室へ向かう。スマホ発見。メールをチェック。自分でも信じられないことだが、誤って削除していた。
「ガッデーム! ちくしょう、どうしよう?」
 歯ぎしりしつつ新着メールを見ると「物語について、困ったことがございましたら、こちらへ」というタイトルが目に入った。それを開くと、こんな説明が書いてある。
【物語の世界は広大です。慣れていない人は何が何だかわからず、入るのをためらってしまいますよね。そんなときは私たち、読書コンシェルジュにご相談ください。どんな方にも最適な物語をご紹介いたします】
 何を言っているのか分からないけれど、物語に関する悩み事なら聞いてくれそうな予感がした。初回無料というのを確認してから、あなたは読書コンシェルジュに連絡を取った。

[本文]
出演:あなた(つまり女主人公)、読書コンシェルジュ
「」セリフ
【】場所・状況の説明
『』ナレーション

読書コンシェルジュ「こんにちは。こちらは読書コンシェルジュサービスです。どのようなご用件でしょうか?」
あなた「実は、かくかくしかじか」
読「すみません、何をおっしゃりたいのかわからないのですが」
あ「あ、えっと。これは無料ですよね?」
読「はい、初回は無料となっております。二回目以降は――」
あ「二度と使わないつもりですから二回目以降の話はいいです。それより私、困ってるんです」
読「いかがしましたか?」
あ「自分の出る物語が分からなくなっちゃったんです」
読「それはお困りですね」
あ「困っているから読書コンシェルジェに連絡したんですけど」
読「読書コンシェルジュです」
あ「どっちでもいいでしょう! それより私の悩みを解決してくださいよ! 急いでるんですけどぉ」
読「失礼いたしました。それでは、どのような物語だったか、教えていただけますか?」
あ「それが分からないから困っているんです。面白そうなお話だったのは覚えているんですけど」
読「それでしたら、物語についたキーワードは覚えていらっしゃいますでしょうか?」
あ「えー、分かんない」
読「それでしたら、こちらからキーワードの例を送信いたします。そちらをご覧いただいて、その中からお選びください」

【スマホに以下の単語が表示される】

異世界
ファンタジー
転生
転移
バトル
魔法
冒険
勇者
チート
無双
最強
成り上がり
錬金術
悪役令嬢
ざまぁ
恋愛
ラブコメ
ほっこり
スローライフ
お仕事
バディ
美味しい
モフモフ
女主人公
男主人公

読「これは注目キーワードです。この中に、見覚えのあるものはございますか?」
あ「女主人公、これがわ・た・し」
読「何かのお間違いではございませんか?」
あ「揺るぎない事実です」
読「失礼しました。それ以外のキーワードはいかがです?」
あ「う~ん思い出せない!」
読「それでは次に、こちらをご覧ください」

【スマホに以下の単語が表示される】

ファンタジー
恋愛ファンタジー
異世界ファンタジー
現代ファンタジー
あやかし・和風ファンタジー
後宮ファンタジー
青春・恋愛
ヒューマンドラマ
ミステリー

読「こちらが物語の大まかなジャンルです。どれかに見覚えがございませんか?」
あ「ある! あるよ! 後宮ファンタジー! これだった!」
読「それでは、後宮ファンタジーのサブジャンルを表示いたします」

【スマホに以下の単語が一つずつ表示される】

後宮シンデレラストーリー
平安後宮シンデレラストーリー
男装後宮ラブファンタジー

あ「これ、これだよ! これよ、これ! 男装後宮ラブファンタジー、これだった! 男装後宮ラブファンタジーで間違いなし!」
読「この文章に見覚えがございませんか?」

【スマホに以下の文章が表示される】

異能を持ったヒロインがワケあって男装し後宮入りすることになるも、なぜか皇帝だけには男装がバレてしまい――そんな後宮を舞台にヒロインが活躍し、皇帝に愛されるストーリーを募集します。
男装しているのに、なぜか皇帝だけには女性扱いされてドギマギするなど、男装の仕掛けを効果的に描いて下さい。
実は異能やあやかし設定がある魅力増しヒーローも大歓迎です!

あ「見覚えありまくりだって! これ、これが私の物語。私がヒロインの物語よ! これに出るのが私、私なの! ねえ、どこへ行けばいいの? この物語に出るために、私はどこへ行けばいいのよ!?」
読「どこに行っても駄目みたいですね」
あ「なんで?」
読「この物語のコンテストは締め切られたようです」
あ「ヒロインがいないのに締切って、どういうこと!?」
読「他の人がヒロインになったのかもしれませんね」
あ「そんなの、絶対に許せない! ねえちょっと、何とかしてよ!」
読「そう言われましても」
あ「しっかりしてよ! あんた読書コンシェルジェなんでしょ!」
読「読書コンシェルジュです」
あ「どっちだっていい! それより私をヒロインにしてよ! それが出来ないのなら、読書コンシェルジュなんて名乗らないで!」
読「それでしたら、現在募集中のコンテストへ行かれて、その物語のヒロインになってみたらいかがでしょう?」
あ「現在募集中のコンテスト? それって男装後宮ラブファンタジーなの?」
読「いいえ。こちらは<第36回キャラクター短編小説コンテスト{予想外のラスト! 1万文字以下の超短編 第2弾}>ですね」
あ「何だかやたらと括弧の種類が多いね。ま、それはいいわ。その物語のヒロインに、私はなれるの? 何より大事なのは、これよ」
読「こちらは審査員ではございませんので、それは何とも」
あ「そりゃそうね。行ってみるわ、そのコンテストに。どうすればエントリーできるの?」
読「エントリーのページから、送信ボタンで行けると思います。ボタンを押すと、あなたが画面に吸い込まれるのですけど」
あ「それマジ? 凄くね。で、どうやるの?」
読「<小説サイト ノベマ!>の<コンテスト一覧>のページから該当する箇所をクリックすればよろしいかと」
あ「分かった。色々ありがとう、どうもね!」

ナレーション『あなたは読書コンシェルジュの指示に従い<第36回キャラクター短編小説コンテスト{予想外のラスト! 1万文字以下の超短編 第2弾}>へ向かった。自分が物語のヒロインになるのだ! と心に決めて。しかし、またも手違いが生じた。あなたは<第32回キャラクター短編小説コンテスト{予想外のラスト! 1万文字以下の超短編}>のページを開き、その送信ボタンを押してしまったのだ。第32回キャラクター短編小説コンテストは既に締め切られている。そして、その物語世界のヒロインは、あなた以外の誰かに決まっている。残念ながら、そこにあなたの居場所はないのだ。しかし諦めるのは、まだ早い。<第36回キャラクター短編小説コンテスト>の締め切りは2/28(火)13時である。それまでに<第32回(以下略)>から帰還し<第36回(以下略)>への投稿を完了するのだ。<第32回(以下略)>に一度エントリーした作品は<第36回(以下略)>への応募は不可と注意事項に明記されているけれども、ヒロインへの応募は不可と書いてないから大丈夫だろ多分。自分自身が素敵なヒロインとなる物語を完成させるために、全力を尽くせ。健闘を祈る』