追手に怯えながらも夜が何度も明けて、陸地へと流れ着いた。春が訪れようとしているというのにセイラムに比べて少しだけ肌寒い気がした。北極星を頼りに、北へ北へと人里を避けるように進んだ。

 涼しい夏の終わりごろ、私たちは北の果ての草原に小屋を建ててそこに住み始めた。私たちはまるで夫婦のように暮らした。父のいる家庭を知らず、母を早くに亡くした私にレオは家族の温もりをくれた。人生で1番幸せなひと時だった。川で魚を釣り、野菜を育て、薪を割って自給自足の生活をしていた。

 でも、幸せな時間は冬には終わりを告げた。長旅や心労で体に蓄積したダメージと、極度の寒さでレオは肺を患った。リスクを承知で遠くの街から呼んだ医者は今の医学では治療法はないと首を横に振った。

 とても空気が澄んだ夜のことだった。

「なあ、一つだけお願いがあるんだ」

最期の、という枕詞が付くような気がした。

「外で光のカーテンが見たい。連れて行ってくれないか?」

「でも……」

こんな極寒の中で外に出たら、体が弱っているレオはきっと……。レオを失いたくなかった。

「死ぬ前に一度だけでも、光のカーテンが見たいんだ」

 彼に肩を貸して、ありったけの上着を彼に羽織らせて外に出る。綺麗だとレオがつぶやいた。悲しいほどに光るオーロラは700年生きてきて初めて見るほどに美しかった。あのカーテンの向こうに神様がいるのならどうかレオを連れ去らないでほしいと思った。

「俺が死んだら、俺も花になる?」

厳密には、レオが花になるのではない。レオと私の記憶が、植物の種か何かになる。

「ここは綺麗だけど、少し寒いなぁ」

だから、ともうほとんど力の入らない手にかすかな力を込めてレオが言った。

「俺が花になったら、暖かくて綺麗な場所に咲きたいんだ。君がずっと住んでもいいと思えるような優しくて暖かい街を見つけたら、君の部屋に咲きたい」

一つだけ、とさっきいったはずなのに二つ目のお願いをされた。レオのお願いならば何でもかなえてあげたいけれど、死が前提になるようなお願いは聞きたくなかった。

「君のお母さんが生まれた場所でも、どこでもいいから、君が怯えて眠らなくてもいい場所に巡り合えたら、そこでずっと君を見守るから」

レオは静かに目を閉じた。

「どうか、幸せで」

 それがレオの最期の言葉だった。春を待ち望んだ彼は冬の村で死んだ。どうして私から離れていくの。神様、お願いです。レオを奪わないでください。私をひとりにしないでください。彼だけが私の支えなんです。

 どんなに泣いても、彼が二度と目を開けることはなかった。