「やあ、和花ちゃん。俺のこと、覚えてる?」
「……えっと、すみません。何処かでお会いしたことありますか?」
「あー……ごめんね、人違いかも」
「でも、今名前……」
「あはは、きみが俺の恋人だった子にそっくりでさ」
「その人も和花さんだったんですね……?」
「うん、本の好きな控え目な子だったよ」
「……本当にわたしにそっくりですね?」
「……うん。本当に。さて、そろそろ行くよ。……先月買ったずっと探してた本、大事にしてね!」
「えっ!? ……何で、知って……」
その不思議な男の人は、少し長めの髪を揺らしながら、後ろ手に手を振って去ってしまった。
終始笑顔だった彼の瞳が、一瞬切な気に揺らいだことだけが印象に残ったけれど、わたしはすぐに、その人のことを忘れてしまった。
それでもわたしは、何処か胸に残る熱を抱いたまま、彼とは反対の方向へと歩き出した。
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「やあ、玲乃ちゃん、久しぶり。俺のこと、覚えてる?」
「……どちら様?」
「あー……いや、ごめんね。人違いだ」
「今、名前呼んだわよね」
「きみ、俺の恋人だった子にそっくりなんだ」
「あら、何それナンパ? それとも、ドッペルゲンガーってやつかしら?」
「はは。ワインに拘りのあるレディだったよ」
「……ドッペルゲンガーって、嗜好まで似るのね」
「……そうかもしれないな。さて、そろそろ行くよ。……夜景の見えるレストラン、また行けるといいね」
「えっ……?」
その不思議な男の人は、少し長めの髪を揺らしながら、振り向くことなく去ってしまった。
終始冷静だった彼の瞳が、一瞬切な気に揺らいだことだけが印象に残ったけれど、私はすぐに、その人のことを忘れてしまった。
それでも私は、何処か胸に残る違和感を抱いたまま、彼とは反対の方向へと歩き出した。
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彼女は、新種の病気だった。
発症したのはもう七年も前。約二年ごとに記憶を失くして、その度に新しい人格を生み出すきみ。治療法は、まだ見つかっていない。
和花ちゃんはおとなしい女の子だった。だから俺は、引っ込み思案な彼女に近付くために明るく振る舞った。ムードメーカーキャラなら距離が近くても怪しまれない。初心な彼女は、警戒しながらもすぐに俺に夢中になってくれた。
玲乃ちゃんは少し大人びたタイプだった。だから俺は、彼女に釣り合うようにクールな振る舞いをした。和花ちゃんに対するような女の子扱いする優しいエスコートよりは、相手を尊重する距離感の方が好きなようだった。
他のきみも、以前の人格とは性格も口調も服の趣味も、どれも全く違った。
それでも、どのきみも俺を忘れているのに、傍に置いてくれた。かつて贈ってくれたピアスを、綺麗だと褒めてくれた。
そして徐々に俺に関する記憶を失ってから、最後に自分を失くすのだ。
「きみが忘れてしまっても、大丈夫……俺は、全部のきみを覚えてる」
一番初め、俺が恋したきみは、もう何処にも居ないのかもしれない。
一番初め、きみが好きになってくれた俺も、もう居ないのかもしれない。
ムードメーカー、大人の余裕、俺様タイプ、クール、草食系、わんこ気質……新しいきみの好みに合わせて演じるばかりで、本当の自分を忘れてしまった。
それでも、きみの傍に居られるのなら構わなかった。自分を失くした者同士、きっとお似合いだろう。
「何度生まれ変わっても、何度だって、きみを愛するよ……✕✕✕ちゃん」
一人呟いた名前は、誰にも届くことなく、遠い記憶のように消えていった。