「私授業行かないと」
「そんな状態で行けるならいけばいいけど、いけないでしょ」
そんな嫌味な言い方にイラッとしたものの、教科担任の先生に体調不良だと伝えてくれたらしく、反逆はできない。
立とうと思い地面につけた手を、大人しくゆっくりと解放する。
もう一度コメントを見てみると、チラホラとさっきのアンチコメントに便乗するコメントが見えた。
いつもと同じ人にだけいいねを返す。
「ネットっておもしれーの?」
「別に」
突き当たりにある使われていない教室で静寂が充満する。
別に何か話さなければいけないということではないのだけれど、これほどまでに静かだと気まずい。
そう思ってくだらないことに思考を巡らせると、昔杉中さんが見せてくれた滝采の写真を思い出す。
「滝采って中学の頃まで眼鏡だったんだね」
「は? なんでそれ知ってんの?」
杉中さんに本人には言わないでと言われた記憶があるため一応名前は伏せておくことにしたが、目の前の彼は頭をひねらせて考えている。
「いいな」
「なにがだよ」
静かだからなのか彼の優しさからなのか知らないが、小さく漏れた独り言まで全部拾ってくれる。
単なる感想が口をついて出ただけなのに何がと聞かれると少し悩むな。
「高校デビュー成功して」
思いついた高い感覚の言葉を口に出す。
中学の頃は静かに生活していて、高校になって心機一転といったところだろうか。
「なんにも成功じゃねーよ。失敗だ失敗」
空き教室はこれといって何もなく、お互い何をするでもなく、ただぼーっとそこに座る。
滝采が立って床に落ちてたルーズリーフをぱらりと拾う。
「春露は完璧主義すぎるんだよ」
「なにそれ」と言い返そうと思ったが、滝采のあまりにも真剣な横顔に何も口を開けなくなる。
「春露はドがつくほどの完璧主義者だよ。勉強においても、性格においても。だから周りの行動が気になって、イライラする。怒られると完璧な自分じゃなくなるから壊したくなる。違うか?」
そんなこと、私からは何も言えない。
「私だって、思いたくてああやって思ってるわけじゃない、だから、分からない…」
「でも、どれだけ思ってても言わないのは春露の優しさだろ」
そうなのだろうか。
「楽しそうにやってる奴らを止めるのは嫌だろ? だってあんなくだらねーことでもあんだけ笑ってるんだから」
わざわざ言わないのは私の優しさがあるからなんて、なんて都合のいい話だろう。
私は優しいんじゃない、怖いんだ。
自分が相手に何かを言って自分の立場を失ってしまうのが。
優しいなんていう言葉は、臆病で弱い自分を美化しているだけだ。
「どれだけイライラしても、春露の心の中にある優しさは残ってるんだよ」
そうわかっているのに、いつもみたいな太陽じゃない滝采に言われると、なぜだかそう思ってしまう。
でも、それでも私は。
「でも、私は滝采のこと嫌い。いつも時間通り座らない。ヘラヘラして反省した感じがしないし、なにより、人生勝ち組って感じがして嫌い」
私の嫌い宣言になにか水を差そうとする滝采を無視して話を続ける。
「でも、今の滝采は許容範囲」
「何様だよ」
そう言って笑う滝采を見て少し心が軽くなった気がした。
そして、笑いが続いている滝采を見て、私も笑ってしまった。
「春露はさ、嫌なところに目が行き過ぎなんだよ。真面目すぎる、真面目バカだよ。だから、もっと楽しかったなとか幸せだなって思え。毎日一つずつでもいいから幸せ話を見つけろ。そして毎日話せ」
「なにそれ」
滝采はずっと優しく笑っている。
茶化すでも何でもなく真剣に向き合ってくれている。
「思うんだけどさ、成功談なんか聞いたって何になるんだよ。クソ喰らえだ。でも、幸せ話って聞く方も話す方も幸せにならねー? だから、幸せな話なら俺がいくらでも聞いてやる」
空の瓶に少し優しさが埋まった。