「希望、もうすぐテストがあるわよね? ちゃんと勉強してるの?」


 ノックもなく扉が開く。

 中を見回して、横になってスマホをいじっている私を見て嫌味ったらしい言葉を投げてくる。


 「そうやってスマホばっかり見てるから成績が悪いんでしょう? それに、最近帰ってくる時間の連絡が遅いわよ。お母さんたちもあなたにわざわざ合わせて仕事してるんだから自分勝手にしないで頂戴」


 スマホをたまたま触ってる時に入ってきただけなのに、スマホばっかりって何?

 時間の目処があまり立ってないのに曖昧な連絡をしたらそっちが怒るから、目処が立ったら連絡してるだけ。

 私が全部自分の好きなことばかりしてると思ってるの?


 「ごめんなさい…」


 でも、どれだけ心の中で反論しても、実際言葉にすることはできない。

 反射的に俯き、顔を見ない様に、見られない様にする。

 顔を見ないでいるとこの苛立ちを少し抑えられる様な気がするから。

 私がここで反論して、いい子の真っ白な自分を汚すと、私の居場所はなくなる。

 勉強、勉強、勉強、勉強、勉強。

 時間、時間、時間、時間、時間。

 あぁ、息が詰まるな。


 「とりあえず、今回の試験で最低でもA判定はとるのよ」


 扉を閉める前の母親の顔を横目で見て、苛立ちがまたぶり返す。

 この厚い化粧で彩られた顔に水をぶっかけて、ぐちゃぐちゃにしたい。

 そんなことができたらどれほど気持ちが良いのだろう。

 カチャリと扉を閉める音を俯きながら聞き、音のした数分後にやっと顔を上げた。

 どうしたらいいんだろう。

 どうしたらこの気持ちを抑え込めるのかな。

 ブーブーとベッドに置いたスマホのバイブが震える。

 見てみるとついこの間の投稿へのいいね通知だった。


 「こんなくだらないのも見てる人いるんだ…」


 誰も見ていると思っていなかったため、驚きの声が漏れる。

 開いて自分のアカウントから投稿のいいね欄を見る。

 数人のいいねといくつかのコメントがついていた。


 [分かります。相手に頼まれたことだってしてるし、気分を害さないように気を付けてるのに、皆から好かれてるのは毒舌リーダー]

 [それなすぎる。こっちの努力全部かき消すかのように腹の立つ言葉使って、なんで気を遣ってた私が皆から妬まれて、遣ってない子は素直とか言われてるの?ってなる]

 [主様と同じです。最近の言葉にできないようなモヤモヤした気持ちと苛々した気持ちを言葉にしてくれたような感覚です]


 三つだけだけれど、それぞれが思いの丈をコメントして、かつ私の内容に共感してくれている。

 私の気持ちはみんなが持っているもので、私がこうやって文章として言葉にすることで、助かっている人もいる。

 このコメントしてくれた人たち、フォローもしてくれてる。

 今投稿したら見てくれるだろうかという思いが更なる投稿を生んでしまった。


 [たったの30分しか使わえないスマホを少し触ってただけでスマホの触りすぎっておかしくない? 自分だって送迎の都合を考えて空いてる時間に送迎頼んでるのに、そんなことも知らないで自分勝手とか言ってるのほんと腹立つ。そっちだって自分勝手に自分の意見を押し付けてるだけじゃん]


 投稿というワードを押すのに躊躇が少し減った気がする。

 投稿すると、すぐに同じ人からいいねとコメントが来た。

 そのコメントを見ようと思ったところでスマホが暗転した。

 おそらく30分使い切ったのだろう。

 芽生え始めた小さな承認欲求を、少しの共感コメントが心の瓶の外堀だけを埋めいく感じがした。

 なお、中の瓶が埋められていく感じはしていない。

 結局空っぽということだろう。