総合学習の時間というのは本当に面倒くさいことが多い。

 高校生にもなって将来の夢という話題で作文をかくだなんて滅相ごめんだ。

 みんなカリカリ書いてるな。

 周りの席の子たちを見て多少の尊敬の眼差しを向ける。

 私達の班はいわゆる優等生班。皆真面目な子が多く、他の班の子たちが喋っている中でも皆各々静かに書き進めている。

 その中で一人、シャーペンを持っているだけの私は他から見ると浮いているのかな。

 手元の原稿用紙は、題名の欄を空けて二行目に春露希望と書いてあるだけ。

 全員が名門大学の医学部を志望しているというところから優等生班と言われている班の一員の私が別のことを書くとさぞみんな驚くだろう。

 だけど私には「医学部に行って医者になる」ということしか言えない。

 私にはもともと、この道以外の選択肢がないのだ。


 「滝采お前なんだよ『太陽になりたい』って!」


 私達の少し離れた班の一人がぎゃははと笑う。

 笑われた本人も一緒に笑っている。

 太陽になりたい。そんなこと、考えたことも無かった。

 そんなことが言える彼をみてふと嫉妬の念が籠もってしまう。

 真っ白なシャーペンを持ち、空白の原稿用紙を見つめる。


  『太陽になりたい。』

 二年 春露希望(ひかり)

 私は医学部に行くと決めている。そんな私が太陽だなんて言うとおかしいだろうか。太陽になんかなれるはずも無い。人の心を温められるとか、人を明るくできるとか、そんな比喩でもなんでもなく私は太陽になれない。
 月というものを知っているだろうか。月の自転する速さと公転する速さが等しいため、地球に住む私達からはきれいなうさぎが餅つきをしている面しか見えない。私達が月の裏側を見るには月の裏側に行かない限り、見ることができないのだ。月の裏側が気になるなと思って、本当に月に行ける人はどれくらいいるだろう。そもそもそんなことに興味を持たない人のほうが過半数だ。私を月に例えるとすると、地球から見える面は、普段みんなと接している面。月の裏側の面は、



 「春露書くのはえー!」


 そう言ってひょっこりと私の原稿用紙を覗き込む気配を感じた。

 声で誰だか分かるけれど、一応顔を上げておく。

 大きいけれど少しツリ目で微妙に不透明な瞳、あまり高くなさそうに見える身長に、寝癖の付いた髪の毛。

 脳で思い描いていた通りの滝采琥珀の姿にため息が漏れそうになる。

 私より班の他の子たちの方が早いっていうのになんでわざわざ私に言うの?

 嫌がらせ?


 「私より班の子たちのほうが断然早いよ。私もまだ半分だし…」


 思っていることと口に出すことは大分異なってくる。

 思っていることははち切れそうなくらいあるのに、口に出すのは私の言葉じゃないみたいな知らない感情。


 「いーや、春露が一番早いね」
 

 そんなことないのくらい見ればわかるでしょ。

 当てつけか何か?

 是が非でも引かない彼に苛立ちを覚えながら、それでもそれを表に出せるほど強くない私は一番の安全策を取る。


 「お世辞でもそんなこと言ってくれてありがと」

 「いや、お世辞なんかじゃない。その作文は、誰よりも早く_」

 「滝采何してんだよー! これ書き終わらないと課題だって! 早くやるぞー!」


 一瞬の静けさの後、彼は元気に「おう!」と返事をして友人のもとに行ってしまった。

 彼が何を言おうとしていたのか、私には分からない。

 作文用紙を見直して、消しゴムですべて消す。

 私の埋める文章ではちゃんと空白は埋まらない。


 『人を救うために医者になる』


 周りのみんなは、書かなければいけない4枚の原稿用紙の4枚目に取り掛かっていた。

 私と班員の思いの強さの差がここでも顕著に表れてしまう。

 とりあえず埋めるだけの文章は、誰の心にも届かない。

 どれだけ原稿用紙のマス目を埋めても、結局私は空白なままだ。