「ねぇ滝采ここどこ?」
「空き教室みたいだろ?」
彼が場所を変えようと言って来たのは小さな空き教室のようなところだった。
第一談話室というプレートがあるから一応談話室なのだろう。
といっても、最近新しく談笑スペースができたのか、ほぼ物置状態だった。
「俺の話を聞いてほしい」
滝采がこちらを向いて真剣な面持ちで言う。
「うん。聞かせて」
聞かせてほしい、君の足りないところを。
君の苦悩を私がなんとかしたいから。
◇
今までずっと考えてきた。
なんで俺の目は見えないんだろう、と。
遺伝があるからしょうがないと言われるけど、しょうがないで諦められるほど簡単な話ではないと思っていた。
中学の頃から目が悪く、病気のせいで見えないですと公表した。
すると次の日から全員の態度が変わったのだ。
腫れ物扱いではないけれど、滝采琥珀は目が見えない可哀想な子と思われていたのだろう。
別の俺に接するような態度が違和感で、嫌だった。
その接し方が嫌だというと、そんなことを言ったって自分たちが居なかったら何もできないだろうと言われた。
そんなことないと怒ったら何故か俺が怒られた。
みんなに手伝ってもらってるのにそれはないって。
見えもしなくなるこんな世界に生きている価値はあるのだろうかという疑問を抱くようになった。
でも、自殺をしてしまおうと思うほど強くもなかった。
そして、なんで俺の目は見えないんだろう、なんで俺だけ、とずっとネガティブな発言ばかりしてきた。
それで気がついたのだ。
暗い発言より明るい発言をしている方が相手側も心持ちが楽になるということに。
でも、常に明るくいるなんて疲れるだけだった。
その事実は高校生になってから知った。
病気のことを公表するのを辞め、外見から目が悪いとわかってしまう眼鏡からコンタクトに変えた。
高校では中学みたいにならないようにしようと決意をして学校に来た。
いわゆる高校デビューというものを果たしたわけだけれど、中学の同級生が少ない高校を選んだ結果、だいぶ無理してこの学校に入った。
急激に見えなくなってきた瞬間、この世の終わりのような絶望を感じた。
もう、この世界を見ることはできない。
俺の目はただの飾り物になってしまうのだと。
何も見えないのに生きる価値はどこにあるのだろう。
病室で何度も何度も繰り返した問の答えを、俺の脳は考えたがらない。
俺の世界は空っぽになってしまった。
こんな自分のことなんかずっとずっと大嫌いだった。
◇
語りかけるでもない、説明するでもない、自分の心の整理のような感じで喋ってくれる滝采。
ずっと彼は悩みなんかないものだと思っていた。
病気のことを言われて、学校に来れないと言われるその時までずっと。
これは考えて彼が望んで頑張って作り出したものだ。
でも、こんな思いを一人で誰にも言わずに抱えていくなんて重たすぎる。
疲れるに決まっている。
彼の横顔をどれだけ見ても、彼の瞳に私が写っても、彼から私がちゃんと見えることはないんだ。
何を頼りに彼は時を過ごしているんだろう。
「でも、春露が希望を与えてくれるっていうから、その時までは全力で生きようと思ってた。でも、怖かった。春露が来たときにもし分からなかったら、もう見えくなってたら」
「でも_」
「でもちゃんとわかった」
彼の恐怖は、私には測れないほど大きいものに違いない。
彼が私を救ってくれたように、私もまた彼を少しでも救いたい。
だから、伝えに来たのだ。
「ねぇ滝采。私医者になることにしたの」
「は? でもそれって親に言われてだったんじゃねーの?」
「うん。前まではそうだった。でも、私に滝采の病気を治させてほしい。だから、私は自分の意志で勉強して医学部に行く」
ぽかんと口を開けて「は?」と口から漏れている彼を見て思わず笑ってしまった。
彼もつられて笑う。
「春露はほんとに馬鹿だな。ほんとになんで…」
「いったでしょ。私が希望を与えるって」
そう言いながら家から持ってきたタブレットを取り出す。
SNSのアカウントを開けて、滝采に見せる。
「まだこんなのやってたのかよ」といいながらも画面を覗き込んでくれる。
拡散希望で投稿した文に100も200も超えるコメントがついていた。
「SNSは瓦礫だけじゃないんだよ。これだけの人が滝采の病気の改善を祈ってる。私もそのうちの一人だよ」
勝手に彼の話をしましまったことに対して怒られるだろうか?
怒られてもいい。
SNSは瓦礫だけじゃないことを知ってほしかった。
沢山の祈りがあるって知って欲しかった。
「祈りに優劣なんかつけるものじゃないってわかってるけどさ、春露の祈りが一番嬉しい。俺の今日の幸せ話だ」
私達の空っぽは何にも問題ない。
こうやって誰か一緒に埋めてくれる人がいるから。
問題だってヘトヘトになるまでぶつかればいい。
そして、みんなで一緒に解こう。
疲れたなら少し息をつこう。
空白は明日に置いておいたってなんにも問題ないんだから。
そう思うと少しだけ心が楽になる。
空白の君も、空白な私も何も問題ない。
その空白は明日への伸び代であり、希望なんだ。
「真っ白な世界はまた色をつけていけばいいんだよ」
少しだけ息がしやすくなった気がした。