殺風景な窓枠に切り取られた外は快晴だった。
もうそろそろ三限目が始まる頃だろう。
味の薄いご飯に不味い薬、よくわからないリハビリを続ける日々。
ついこの間まで秋だったような気がするのに、もう今は冬景色がうかがえる。
一ヶ月ほど前から進んでいなかった読みかけの本を開く。
ぱたりと押し花のしおりが落ちてきた。
春露に借りた本だからしおり入れっぱじゃん。
丁寧にそれを拾って虫眼鏡を持ちよく見てみる。
ちゃんと見えているわけではないけれど、鮮やかな秋色の黄色い葉っぱが見えた。
「あー、学校行きてー…」
春露希望とは初めて同じクラスになった。
第一印象は生真面目な優等生。
そんな印象で変わらず同じクラスとして共存していた時、将来の夢という題材で作文を書くことになった。
すぐさま思いついた『太陽になりたい』という題名で書き始めた。
『太陽になりたい』
二年 滝采琥珀
太陽ってどれくらい明るいんだろう。宇宙も細かく見えるくらい、惑星の形も空気感もわかるくらい明るいのかな? もしそうだとしたらなんでも見えて、羨ましいなー
感想文かのような内容に思わず笑いながら、続きに詰まって首を捻らせる。
そして、呑気に書いているのもつまらなくなって席を立って他の子たちのも見に行ってみた。
優等生班の人たちは全員手が止まることなくさらさら動いているんだろうなと思いながら見てみると、予想の通りほぼ全員の手が前後に動いていた。
そうただ一人、春露希望を除いて。
珍しく優等生班の人が何かを書くことに滞ってるところを見てしまったからか、気がついたら春露の席に行っていた。
近づいて見てみると、思っていたよりもぎっしりと書いてあったから拍子抜けした。
できてないと言っても人と価値観が違うんだと思わされた。
医者になるという題名で書いていると言う無意味な予想を立てながら題名を盗み見させてもらう。
そうすると、優等生と言われている一人が『太陽になりたい』と書いていたのだ。
優等生のなりたい太陽はどんな太陽なんだろうと思い内容も読ませてもらう。
どうせ後々の授業で読むんだから今読んだって変わらないだろうと思ったのだ。
ウキウキとした気持ちで読んでみたものの、文章の一番目から自分を否定するような言葉の数々にうへぇと声が出そうになる。
でも、よくよく考えてみる。
昔から春露は医者になると決めているという話を聞いたことがある。
そうやって心に決めた職業があるのになんでまた太陽なのだろう。
そして気がついたのだ。
これが春露の本音なんだと言うことに。
優等生班の班員は全員医者になるだの医学部に行くだのと書いていた。
でも、どれも心の底からなりたいものを書いているというより、これを書けというテンプレ通りに書いているだけにしか見えなかった。
そう思うと春露のこの作文は枚数以外で考えると、誰よりも早く、一番進んでいると思った。
また別の時、ふと気になったことがある。
春露がスマホを触ったり見たりする時間が増えたような気がしたのだ。
そんな時にスマホを触る春露と廊下で遭遇した。
その時から徐々に視力が落ち始めてきていて、それが今のこの状況へのサインだったのかもしれない。
少し近づくと背格好が春露に似ているなと思い、もっと近づくと、だんだん春露だという確証が持てるようになっていった。
疲れ果てたようなすべてを諦めたような顔をしてスマホを握っていた彼女はとても辛そうに見えた。
突き当たりの廊下で震えていた時もあった。
あの時はこんなことでと思ったが、恐怖に怯えるでもないけれど、不安に煽られているでもなさそうな雰囲気の春露を置いていくことは流石にできなかった。
先生に体調不良の連絡をしてから戻っても何も変わっていなかったため、近くにあった空き教室に入って少しだけ話をした。
そのときに一緒にこう伝えたような記憶がある。
「幸せ話ならいくらでも聞いてやる。だから一日一つでいいからもってこい」と。
そう言った日から毎日欠かさず嬉しかったことを話してくれる春露に自然と気持ちを許していった自分がいた。
そんな中で病気が急に悪化し、いきなり視界の全てがぼやけて見えるようになった。
視界から色というものが消え、真っ白になっていた。
今更ながらに気がついたのだが、ああやって毎日昼休みに春露と会って話した時間は、俺にとってかけがえのないものだったのだ。
クラスと空き教室での雰囲気の違いを指摘されたときは驚いた。
クラスでは明るく振る舞うということしか決めていなかったからだろう。
その時点で、そんなところに気がついた春露に自然と心が惹かれていたんだと思う。
「会いたいな…」
口から自然と溢れた言葉に悲しくなる。
自分からもう会えないなんて言ったのに、春露が希望を見てほしい、私が見させるなんていうから、知らぬ間に心の何処かで彼女が来るのを期待しているところがあるのだろう。
そんなことがあるはずもないのに。
物思いに耽るのはやめよう。
虚しくなるだけだ。
そう思って寝ようとしたとき、スライド扉がするりと開いた。
小さな光が差し込んで外の音が大きく聞こえる。
風がすーっと通り過ぎていく。
「滝采琥珀様、病室」
開いた扉の先には春露がいたのだ。