土日は学校がないから彼と会うこともストレスが溜まることもなく、平穏な日々を過ごすことができる。

 と思っていたのだ。

 階段を登ってくる音が聞こえて、急いで勉強机にかじりつく。

 おそらく母親が釘を刺しにきたのだろう。

 面倒くさい。


 「ちゃんと勉強してるわね?」


 扉を開けてチラリと部屋を見回してから尋ねてくるあたり本当に性格が出てる。


 「うん。でも、午後からは少し休もうかなって思ってるの」


 クラスの子と話すのと同じような声色でそう伝えるが、あまりいい顔をされるわけもなかった。


 「休憩? ただでさえこの間の模試が悪かったっていうのに休むっていうの?どんな冗談よもう」

 そう言って笑いながらこちらを見てくる。

 声と顔は笑っているが目は少しも笑っていなかった。


 「そもそも、あなたは特別頭がいいわけでも容量がいいわけでもないんだから、休んでる暇なんてないのも分からないの?せめてお兄ちゃんみたいに海外に留学して通訳の勤務に就くとか国際的なものならまだしも、特に夢もないんだから医学部に行くと将来安泰でしょう?だから希望は医者になるためにお兄ちゃんを見習ってもっともっと勉強する必要があるわけ。わかる? 何度も言うけど、あなたのためなのよ」


 こちらの意見を取り入れない一方通行すぎる言い分にイライラが積もり積もっていく。

 変わろう。

 この思いは私だけのものなんだ。

 私の思いは私にしか伝えられない。

 私が伝えない限り、自分にも、親にも届くことはないんだ。


 「なにそれ…私の人生だよ? それくらい私が決めるし、お母さんが何もかも決めるものじゃないでしょ。わたしが何も言わないからって、なんにも言い返さないからってなんでも好き勝手言って! あなたのためってなに。わたしの為になってるかどうかは私が決める。これはわたしの人生なの! お母さんが何もかも口出ししないで!!」


 肩で息をするほどぜぇはぁ言いながら思ったことをお母さんにぶつける。

 お母さんもまさか私が反抗するとは、露にも思っていなかったのだろう。

 口をあんぐりと開けて固まっている。

 あぁもしかしたら怒られるかもしれない、最悪叩かれるかな。

 そう思って次に来る衝撃に備える。

 が、思っていたものは何も来なかった。

 
 「そうね、希望ももう子供じゃないものね。ごめんね…」


 逆に母親の方が抱きしめて謝ってきた。

 
 「え…、? 怒らない、の?」

 「怒るわけないでしょう。希望、今までごめんね。たくさん我慢もさせちゃって。お兄ちゃんが留年して、希望もあんな風になりたいものかと思って、勝手にわたしが進めすぎてた…」


 生まれて初めてお母さんが泣いているのを見た気がする。

 お母さんも苦労してきてくれたことは分かっている。

 なのに私はうるさいや面倒くさいなどと言って、なんて親不孝な子供だろう。


 「ううん、私こそごめんなさい。わがままばかり言って」

 「いいのよ。希望もいつのまにか大人になってたのね」


 そう言って、目を見て伝えてくれるお母さんに涙が止まらなくなる。

 私の書く作文はどこか空白だった。

 両親に言われたことの受け売りをそれっぽく書いているような、それこそ最近のAIのようだった。

 それが今、少しだけかもしれないけれど意味を持ったのだ。

 医者になるかならないかはまだ悩むだろう。

 それでも、ここまで勉強をしてこれたのも両親がここまで環境を整えてくれたからだ。

 今までしてしまった行動を許してほしい。

 そして、今まで反発してばかりで言えていなかった分、たくさんありがとうって言おう。


 「うん、ありがとうお母さん。これからはたくさん買い物も行こうね」

 「えぇ、そうね…」


 滝采が優しく染めてくれた私の心と思いが、がお母さんの心を染めたのだ。


 「ねぇ希望。あなたをここまで変えてくれたのは誰?」

 「私の心を救ってくれた人」


 もう、わたしは大丈夫だ。

 SNSに頼らなくても、もうわたしはやっていける。

 だって、幸せ話を聞いてくれる人がいて、こんなにも身近にわたしのことを認めてくれる人がいる。

 明日、滝采にお礼を言おう。