朝歩いていてふと気がついたことがある。
銀杏の葉がだんだん散っているということだ。
ついこの間まで何も感じていなかったのに、ふとした瞬間に足元に葉っぱが落ちると嬉しくなるようになった。
「はぁー!? なにそれー! まじ腹立つんだけど! 死ねよ!!」
耳を塞ぎたくなるような甲高い声と少し低い声を多様に使って発せられた言葉は、他人を不快にさせる以外使い道のなさそうなものだっ
た。
[人通りの多い場所で死ねとか叫ぶ人、周りのこと気にしてなさすぎる。他人がどう思うかとか何も考えてないわけ? でも、すごい綺麗な形の銀杏の葉っぱが目の前に落ちて少しラッキーだったんだよね]
未だにイラっとすることがあった時に投稿をしてしまうのは辞められていない。
けれど、少し見つけた幸せな話のおかげか心持ちは楽になった気がした。
*
「今朝歩いてたら暴言言いまくる同い年くらいの子に会って、めっちゃイライラしたんだよね」
「だからさー、毎日初めの土産話愚痴にするなっていってるだろ」
そう言いながらも笑ってくれている彼は、私が欠かさず嬉しかったことを見つけてきているということを見透かしているのだろう。
「ごめんって。朝ロータリを歩いてたら散り始めた銀杏が足元に落ちてきて、その色味と形がすごく綺麗だったから押し花にしようと思ってファイリングしておいたんだ」
「ちゃんとやってこいって言ったことができるのは真面目なところが垣間見えるな」
頬杖をつきながらにやにやと笑う滝采。
今思ってみれば滝采はいつも私の話を聞いてくれるけれど、彼が私に話をしてくれることはない。
プラスアルファで教室にいる時ほどのうるささも無い。
「ねぇ、何で滝采はここにいるときはこんなに静かっていうか、大人しいの?」
「んー、息抜き?」
「滝采でも疲れるっていう感情あるんだね」
「んだよそれ」
かすかに笑っているけれど、そんな疑問が思い浮かぶくらい、疲れている滝采が想像ができないのだ。
「俺だって」と言い、座っていた椅子を立って窓枠に手をかける。
あまり開けていなかったカーテンを開け、扉の鍵を解き放ち、窓を開ける。
一つ一つの動作を滝采のしなやかな指が美しく行なっていく。
風がふわりと空き教室に流れ込んでくる。
滝采の少し茶けた髪の毛がさらさらと揺れて、光を浴びた滝采は、悔しいけれど物語の中の人物かと思うくらい綺麗に見えた。
「ぜんぜん疲れるよ。なんなら誰が誰だか見分けるだけで疲れる」
冬景色に模様替えするため、断捨離された銀杏や紅葉がはらりと舞い降りてくる。
滝采の柔らかそうな髪の毛の上に銀杏が乗るが、目を瞑って風に当たっている彼は気がついていない。
「でも、誰か一人が明るいだけで、誰か一人が疲れた顔してるよりも気持ちが軽くなるだろ。嫌なことばかり見てたって人生楽しくないからな」
彼が目を開けてこちらを向いた拍子に頭に乗っていた銀杏は、ハラハラと滝采の足下に落ちていった。
茶色い床に鮮やかな黄色いコントラストが入る。
「だから、春露も楽しいことを見ろ。辛いこと見たって辛いだけだ。それで、幸せな話は周りにシェアしろ。幸せを蔓延させろ。幸せな伝染源が一つあるだけで、それぞれの世界は少し明るくなる」
底抜けに明るいだけだと思っていた滝采の心の核心。
それに迫れた気がして少し嬉しくなりながら彼の言葉を胸に止める。
彼が明るいのは天から与えられたパッシブでも、アビリティでもないんだ。
「春露が嬉しいとか、楽しいとか、そういう気持ちを持っている限り、世界は色づいている。春露の気持ちは春露だけのものなんだから、春露だけの色で染められてるんだよ」
優しい彼の言葉は、空虚な私を優しく淡く色づけてくれた。
「滝采は、なんかいいね。人生楽しそうっていうか、こんな話聞いた後にいうのはあれだけど、悩みとかあんまりなさそう。やっぱり太陽みたいだね」
「だから、そんなこともないって言ってるだろ」
静かに言い返す彼からはいつも以上に儚い雰囲気を感じた。