ついに、中部地区最大級のバンドコンテスト「Nagoya Wave」当日がやってきた。
会場は、憧れだった名古屋ダイアモンドホール。
ここで何とか入賞し、メジャーレーベルで本格的に活動していきたい、とここにいる誰もが願っている。
今日ばかりは、いつもクールな俊介も緊張の面持ちだ。
「あれ? 何で、今日はギターを二本持って来てるんだ?」
俊介が、いつもと違うギターをボクが持ち込んでいるのに気付いた。
「最後のラブソングだけは、いつものギブソンじゃなくて、これで弾くことにした」
ギターケースから、この日のために用意したギターを取り出す。
「どこのメーカーだ? 『Hatta』ってロゴが入ってるけど、聞いたことないな」
「家の近所に八田さんっていう、ギターやマンドリン、ウクレレのビルダーがいてね。その人の試奏用高級アコースティックギターを頼み込んで、無理やり借りた」
「すげえ、一点物のご当地ギターじゃん」
「そう。八田さんの楽器で演奏すると、有名になれるジンクスがあるそうだ」
「そうなのか!」
俊介はテンションが上がっている。
実際は嘘だ。
八田さんの楽器で演奏すると、有名になるのではなくて、幸せになるジンクスがある、と地元で噂されている。
というのも、ある年配の奥さんが元ミュージシャンの夫にサプライズとしてギターをプレゼントして、その感動話がSNSでバズったことから、そのようなジンクスが生まれたらしい。
ボクはもう、このコンテストで勝つことを意識していない。
勝てればラッキーだが、それ以上にただ、俊介がつくった美保へのラブソングを心の限り唄いたいのだ。
そうすることで、美保を想う気持ちへの卒業と、新しい自分だけの恋がしたい。
そんな幸せがほしくてギターのジンクスにすがってしまった。
「ホツマツタヱの皆さん、ステージにお願いします」とボランティア・スタッフが控室に伝えにきた。
舞台のスタッフから十分以内にセットアップをするよう説明を受け、ライトが煌めくステージに立った。
この光景、……最高だ!
最前列にはふんぞり返っている審査員たちが、斜に構えている。
観客はたくさんいるらしいが、ライトが眩しすぎて見えない。
それでいい。
シールドをつないで簡単に音を出して、チューニングを確認すると、もうボクの準備は終了だ。
アイコンタクトを取ると、俊介も準備を終えたのが分かった。
いよいよ、始まる。
演奏開始直前、俊介がボクに耳打ちしてきた。
「あのな、オレ、美保にフラれたよ」
このタイミングでショッキングなことを言うのが、俊介らしい。
「そうか……」
今日はボク自身も、美保への気持ちを吹っ切ろうと、ここへやってきたのだ。だから、戦友のような不思議な気持ちになる。
「ボクも、このステージ最後のラブソングを唄い終わったら、新しい恋を見つてみせる。一緒だな」
「そうだな」と俊介は笑う。
「また、ゼロからやりゃあいい」
「ああ」
そしてボクらはステージでグータッチをすると、一呼吸おいて、ボクは力強くカッティングで演奏を始める。
ついに、ショーの幕が上がった。
バンド一組の持ち時間は十五分。
ボクらは三曲演奏するが、そのうちの前二曲はいつもの定番の曲だ。
一曲目のキーは、E。
俊介はタッピングとピッキングを織り交ぜて、開放弦のプレーを多用し、まずは観客の心を掴む。
いい。
ボクのメインボーカルに俊介はうまくハモってくれた。リズムも安定している。
ステージには魔物がよくいるが、ここの魔物はボクらに優しいに違いない。
俊介も、同じことを考えているのか、演奏中ボクにウインクしてきた。
もしかすると、もしかするかもしれない。
完璧なパフォーマンスで一曲目を終えると、観衆から一際強く拍手してくれた。
二曲目は、最初が難しい。ボーカルのカットインから始まるのだが、俊介はうまくキメた!
ボクも程よい緊張の中で、小気味よく指先がメロディを奏で続けた。
いけるかもしれない。
二曲目終わりに、ボクたちは完全に審査員と観衆を虜にしていた。
そしてついに、最後の曲を演奏するタイミングがやってきた。
Hattaのアコースティックギターに持ち替えて、マイクの前に立つ。
「最後の曲は、どうしても忘れられない、ある人を想って唄います」
予定にはないMCを入れたので、俊介は驚いている。
「聴いてください。『The Last Love Song』」
その時、思いもしない不協和音が大音量で鳴り出した。
まさか!
ギターソロから入り始めたその時、不運にも三弦が切れてしまったのだ。まだ鈍い音がホールに響いている。
ここまでいい感触だったステージの流れが急に止まった。
演奏を一旦ボクが止めたせいで、俊介は慌ててミュートしようとしたせいか、ピックを落としてしまった。
もう、勝てないだろう。
俊介には悪いことをした。後でいろいろ詫びるとして、もう開き直るしかない。
「このまま続けます!」とボクがマイクで叫ぶと、三弦が切れたままのギターで演奏を再会した。
俊介の演奏も立て直し、ピッキングで追いついてくる。
三弦がないアコースティックは致命的だ。しかし仕方ない。
ステージでイントロのソロを弾きながら「美保さんのおかげで成長できたよ」と自分でも驚くことをマイクで口にした。
この状況になってやっと本心が話せるようになっている。
俊介を見ると、笑っていた。もう、気付いていたのか。
スポットライトがボクに当たる。
さあ、力の限り、唄おう。
唄い続けていると、さっきまで眩しくて見えなかった観衆がうっすらと捉えられる。
スポットライトの明るさに慣れたせいだろうか。
ふと、その中に、美保がいて、ボクと目が合った。
パフォーマンスすべてが終わると、一瞬、会場は沈黙に包まれる。
しかし、その直後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
そして、ボクらの時間が止まった。
結論を言おう。
ボクらのユニット、ホツマツタヱは、このコンテストで残念ながら入賞できなかった。
その後、俊介は新しい恋人と結婚したり、ボクはボクで仕事が忙しくなるなど、音楽が継続できず、実質、解散状態だ。
……ただ、あの時弾いたHattaのアコースティックギターのジンクスは、今思うと、当たっていたのだろう。(了)
会場は、憧れだった名古屋ダイアモンドホール。
ここで何とか入賞し、メジャーレーベルで本格的に活動していきたい、とここにいる誰もが願っている。
今日ばかりは、いつもクールな俊介も緊張の面持ちだ。
「あれ? 何で、今日はギターを二本持って来てるんだ?」
俊介が、いつもと違うギターをボクが持ち込んでいるのに気付いた。
「最後のラブソングだけは、いつものギブソンじゃなくて、これで弾くことにした」
ギターケースから、この日のために用意したギターを取り出す。
「どこのメーカーだ? 『Hatta』ってロゴが入ってるけど、聞いたことないな」
「家の近所に八田さんっていう、ギターやマンドリン、ウクレレのビルダーがいてね。その人の試奏用高級アコースティックギターを頼み込んで、無理やり借りた」
「すげえ、一点物のご当地ギターじゃん」
「そう。八田さんの楽器で演奏すると、有名になれるジンクスがあるそうだ」
「そうなのか!」
俊介はテンションが上がっている。
実際は嘘だ。
八田さんの楽器で演奏すると、有名になるのではなくて、幸せになるジンクスがある、と地元で噂されている。
というのも、ある年配の奥さんが元ミュージシャンの夫にサプライズとしてギターをプレゼントして、その感動話がSNSでバズったことから、そのようなジンクスが生まれたらしい。
ボクはもう、このコンテストで勝つことを意識していない。
勝てればラッキーだが、それ以上にただ、俊介がつくった美保へのラブソングを心の限り唄いたいのだ。
そうすることで、美保を想う気持ちへの卒業と、新しい自分だけの恋がしたい。
そんな幸せがほしくてギターのジンクスにすがってしまった。
「ホツマツタヱの皆さん、ステージにお願いします」とボランティア・スタッフが控室に伝えにきた。
舞台のスタッフから十分以内にセットアップをするよう説明を受け、ライトが煌めくステージに立った。
この光景、……最高だ!
最前列にはふんぞり返っている審査員たちが、斜に構えている。
観客はたくさんいるらしいが、ライトが眩しすぎて見えない。
それでいい。
シールドをつないで簡単に音を出して、チューニングを確認すると、もうボクの準備は終了だ。
アイコンタクトを取ると、俊介も準備を終えたのが分かった。
いよいよ、始まる。
演奏開始直前、俊介がボクに耳打ちしてきた。
「あのな、オレ、美保にフラれたよ」
このタイミングでショッキングなことを言うのが、俊介らしい。
「そうか……」
今日はボク自身も、美保への気持ちを吹っ切ろうと、ここへやってきたのだ。だから、戦友のような不思議な気持ちになる。
「ボクも、このステージ最後のラブソングを唄い終わったら、新しい恋を見つてみせる。一緒だな」
「そうだな」と俊介は笑う。
「また、ゼロからやりゃあいい」
「ああ」
そしてボクらはステージでグータッチをすると、一呼吸おいて、ボクは力強くカッティングで演奏を始める。
ついに、ショーの幕が上がった。
バンド一組の持ち時間は十五分。
ボクらは三曲演奏するが、そのうちの前二曲はいつもの定番の曲だ。
一曲目のキーは、E。
俊介はタッピングとピッキングを織り交ぜて、開放弦のプレーを多用し、まずは観客の心を掴む。
いい。
ボクのメインボーカルに俊介はうまくハモってくれた。リズムも安定している。
ステージには魔物がよくいるが、ここの魔物はボクらに優しいに違いない。
俊介も、同じことを考えているのか、演奏中ボクにウインクしてきた。
もしかすると、もしかするかもしれない。
完璧なパフォーマンスで一曲目を終えると、観衆から一際強く拍手してくれた。
二曲目は、最初が難しい。ボーカルのカットインから始まるのだが、俊介はうまくキメた!
ボクも程よい緊張の中で、小気味よく指先がメロディを奏で続けた。
いけるかもしれない。
二曲目終わりに、ボクたちは完全に審査員と観衆を虜にしていた。
そしてついに、最後の曲を演奏するタイミングがやってきた。
Hattaのアコースティックギターに持ち替えて、マイクの前に立つ。
「最後の曲は、どうしても忘れられない、ある人を想って唄います」
予定にはないMCを入れたので、俊介は驚いている。
「聴いてください。『The Last Love Song』」
その時、思いもしない不協和音が大音量で鳴り出した。
まさか!
ギターソロから入り始めたその時、不運にも三弦が切れてしまったのだ。まだ鈍い音がホールに響いている。
ここまでいい感触だったステージの流れが急に止まった。
演奏を一旦ボクが止めたせいで、俊介は慌ててミュートしようとしたせいか、ピックを落としてしまった。
もう、勝てないだろう。
俊介には悪いことをした。後でいろいろ詫びるとして、もう開き直るしかない。
「このまま続けます!」とボクがマイクで叫ぶと、三弦が切れたままのギターで演奏を再会した。
俊介の演奏も立て直し、ピッキングで追いついてくる。
三弦がないアコースティックは致命的だ。しかし仕方ない。
ステージでイントロのソロを弾きながら「美保さんのおかげで成長できたよ」と自分でも驚くことをマイクで口にした。
この状況になってやっと本心が話せるようになっている。
俊介を見ると、笑っていた。もう、気付いていたのか。
スポットライトがボクに当たる。
さあ、力の限り、唄おう。
唄い続けていると、さっきまで眩しくて見えなかった観衆がうっすらと捉えられる。
スポットライトの明るさに慣れたせいだろうか。
ふと、その中に、美保がいて、ボクと目が合った。
パフォーマンスすべてが終わると、一瞬、会場は沈黙に包まれる。
しかし、その直後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
そして、ボクらの時間が止まった。
結論を言おう。
ボクらのユニット、ホツマツタヱは、このコンテストで残念ながら入賞できなかった。
その後、俊介は新しい恋人と結婚したり、ボクはボクで仕事が忙しくなるなど、音楽が継続できず、実質、解散状態だ。
……ただ、あの時弾いたHattaのアコースティックギターのジンクスは、今思うと、当たっていたのだろう。(了)