「コンテストの演奏曲、一つ変えてもいいか?」
 練習用のスタジオに入ってすぐに、俊介はボクに提案してきた。

「で、どんな曲に変えたいんだ?」
「最後の曲は、あえてミディアムテンポの曲にしないか? その方が審査員ウケもいいように思ってさ」
 そして、「これ」と紙を渡してきた。紙には詞と、その文字の上にコードを書き込んである。さらに、ケータイでデモ音源を聴かせてきた。

「これ、すっげーいい曲じゃん!」
 相変わらず、俊介の才能には驚く。

 来週、ボクらは中部地区最大級のバンドコンテスト「Nagoya Wave」に出場することになっていた。
 このコンテストは、メジャー・レーベルのプロデューサーやディレクター、エンジニアが審査員を務め、入賞するとレーベルの担当者がついて、ほぼメジャーデビューできる。
 各地区の予選を勝ち抜いた実力者ばかりが集まるから、パフォーマンスのレベルも桁違いに高い。

「オレたちはプロになってメジャーからデビューするんだよ」
 俊介は自分に言い聞かせるように言った。
 この新曲はもちろん、才能があふれたいい曲だ。

 しかし、今までにはまったくなかった世界観があって、若干戸惑ってしまう。
「どうした? 何でいきなりラブソングなんかつくったんだ? 俊介が一番苦手な分野だろ?」
「勝ちたいからだ」
「ふーん」

 明らかに、美保を意識してつくっているのだろう。しかし、いつも強がってはかりいる俊介ではあるが、今日はいつになく弱々しかった。
「で、メインボーカルは俊介でいいのか?」
 普段、ミディアムテンポやスローな曲は俊介がメインボーカルになり、アップテンポなものはボクが担当するというやり方だったから、いつもどおりいけば、この曲は俊介がメインボーカルということになる。

 しかし、今回は違っていた。
「ごめん。オレはやめておくよ。すまないが、メインをやってくれないか?」
 俊介が、ガラになく譲ってきた。

「どうしたんだよ?」
「オレ、今まで、我を張りすぎていたかな?」
「それが俊介らしくて、いいんじゃないか」
「でも、……美保は、嫌みたいだ」
 美保の話題になると、ボクの胸も痛い。

「だから、もう少し、人に譲ったり、人の言うことに耳を傾けたりしようかなって、思うようになった」
「そうか」
「あさって、久しぶりに、美保とデートするから、変わったオレを見せたくってさ。強引に花火に行こうって誘ったよ」
「あさっての花火って、……ひょっとして、桑名市の花火か?」

「うん、このラブソングのように、ちゃんと美保と向き合って、……できればプロポーズしたいなって、思ってる」
「うまくいくと、いいな」
 それがいい。それでいいはずなのに、心をナイフで滅多刺しされたように、痛い。

 この日、練習が終わって家に帰ると、俊介のつくった新曲デモを何度も聴いた。
 歌詞もメロディーも美しい。
 あまりにも美しすぎて、ボクは涙が流れ続けた。