え、琴乃ちゃん。今度の日曜日、暇?」

 夢の中で居なくなってしまった梓ちゃんは、いつもと変わらずバイト先に居た。そのことに安堵しながらも、やはり夢の始まりが何処なのかわからずにふわふわした心地だ。

「シフトも入ってないし暇だけど……どうしたの?」
「じゃあさ、メモリーズパークに行こうよ」
「……え?」

 彼女の言葉に、思わずタイムカードを押そうとした手が止まる。

「えっと、先週行ったよね?」
「え?」
「いや、メモリーズパーク、一緒に……」
「先週?」

 至極不思議そうにする梓ちゃんの様子に戸惑う。これは冗談なんかではなく、本気で忘れていそうだ。それとも、行ったことすら夢なのだろうか。自分の認識に自信が持てず、声が震える。

「ほら、全アトラクション制覇しよう、って……」

 行ったことを証明しようにも、あいにく証拠も持ち合わせていなかった。映えないからと特に写真も撮らなかったし、ショップも冷やかしだけでお土産のひとつも買わなかったことを後悔した。
 しかしふと、入場チケットの半券を財布に入れっぱなしにしていたことを思い出し、わたしは慌てて鞄を漁る。

「あっ、待ってね……ほら、証拠!」

 そうしてチケットを取り出し梓ちゃんに渡すけれど、彼女はそれを見て更に首を傾げる。

「……琴乃ちゃん。日付、見て」
「日付? だから先週の……、……?」

 返された半券を見ると、そこには可愛らしいマスコットキャラクターのスタンプに、約十年前の日付が印字されていた。

「……は?」

 よくよく確認すると紙自体少しよれて黄ばんでいる。先週受け取ったばかりの真新しいものとは思えなかった。

「なんで……」
「琴乃ちゃん。……メモリーズパーク、行こう?」

 チケットに視線を落としていると、不意にあの遊園地に流れていたノイズ混じりの閉園のアナウンスが、店内放送に紛れて聞こえる。

「え……?」

 動揺し顔を上げると、目の中に居たはずの梓ちゃんは、既に居なくなっていた。


*****


 目を覚まし、進んだ日付とやはり何処からが夢かわからない感覚に、疲れきった頭を抱える。
 タイムカードを押す前に目が覚めたから、もしあれが現実だったとしても証拠はない。

「……今は、夢なの? 現実なの?」

 今まで、こんなことはなかった。夢は忘れ物を教えてくれるいいもので、生活の一部。けれどそれが現実と混ざり合うなんて、有り得るのだろうか。

 ふわふわとする頭の中で、わたしはかつて見てきた夢の忘れ物達を振り返る。何か、何でも良いからヒントが欲しかった。

 あの時、忘れた宿題はどうしたんだっけ。
 あの時、テーマパークからぬいぐるみは返ってきた?
 あの時、「また明日」って言うのを忘れたあとには、結局、言えたんだったっけ?
 ついこの間買い忘れたお醤油は、メモのあと買い足した?

「……何も、思い出せない……」

 部屋の角の山積みのメモはそのままなのに、どれも解決したのか記憶にない。
 夢は忘れ物を補ってくれるはずなのに、わたしはその後の現実を、覚えてはいなかった。


*****