「母さん、花瓶ある?」
部屋に荷物を置くと、制服を脱ぐ前に母に花瓶を出してもらう。
母が用意してくれたのは、四角く細長くて透明なガラスの花瓶。そこに半分ほど水を入れて、未亜がくれた赤いチューリップと学校からもらってきたピンクのカーネーションを一本ずつ差す。
二本の花がなんとなくアンバランスに差してある花瓶をキッチンのカウンターに置いてから、そういえば……、と思い出す。
制服のポケットからスマホを取り出して調べたのは、チューリップの花言葉。
「チューリップ全般の花言葉は、思いやり、博愛……」
ふーんと思いながら、スマホの画面をスクロールしていたおれは、ふと、目に飛び込んできた情報に指を止めた。
『チューリップの花言葉は、色や本数によっても変わります。赤いチューリップの花言葉は――』
それを知った瞬間、偽物の恋人を演じていたあいだの未亜との記憶が、頭の中をぶわーっと一気に駆け抜けていく。
『バカだなあ、吏玖』
『わざわざ花を渡すのなんて、何か意味があるに決まってるじゃん』
『これバラしたらダメって言われてるけど、未亜は高一のときから吏玖のこと見てたんだよ』
赤いチューリップと、さっき灯里に言われた言葉。そのふたつの意味を結びつけると、偽物の恋人でいたあいだに未亜が口にした言葉の意味が、全て違う方向にひっくり返る。