山吹さんが、山吹さんが住んでいるというアパートに連れていってくれた。

綺麗に整理整頓された部屋に、ほこりひとつない床。
全体的に白をベースにした部屋で、それが山吹さんの雰囲気にあっている。

「ひまりちゃん、これ。よかったら使って」

山吹さんが、あたしに白いふわふわのタオルを差し出した。

「・・・あ、ありがとうございます」

曖昧に頷いて、タオルを受け取る。

自分でもさっき抱きついてしまったことに恥ずかしさがあるのか、少し気まずさを覚えていた。
言いたいことはたくさんあるけれど、とりあえず今はこの濡れた体全体を拭くのが先だろう。

白いふわふわのタオルで水滴をふく。

山吹さんは、あたしが抱きついてしまったせいで濡れた茶色のコートを脱いでいた。

それを見て、あたしの口の中に苦い味が広がる。

「・・・ごめんなさい、山吹さん」

さまざまな罪悪感を覚えながらそういうと、山吹さんはあたしをじっと見つめて、乾いた笑いと共に言葉をもらした。

「・・・あは、気にしないでよひまりちゃん」

乾いた笑いで。
目は笑っていないような笑みで。

瞳の奥が、真っ暗な闇に包まれているような気さえした。

_山吹さんが、無理に笑っているように見えたのはこの時だっただろうか。

痩せ細っているような気もする。
目の下にはくまができているし、髪も少し乱れていた。

抱きついた時は必死で気づいていなかったけれど。

_何か、あったんだろうか

心の奥に、ポツンとあらわれたこの言葉。

でも、それをいうのも違う気がする。

山吹さんは、あたしが泣いた時黙ってあたしを撫でてくれた。

じゃあ、あたしはどうしてあげれる?

考えれば考えるほど、あたしの頭は回らない。
タオルで髪をかき乱してから、言葉を決めるとあたしは山吹さんを見つめた。

「_山吹さん」

山吹さんは少し驚いたような顔をして、あたしを見つめ返す。

山吹さん

もう一度心の中で呼びかけて、あたしはゆっくり口を開いた。

「水族館に行きませんか?」

「・・・・え?」





山吹さんを元気にさせてあげたい。
山吹さんを笑顔にさせてあげたい。
山吹さんを幸せでいっぱいにさせてあげたい。

山吹さんが助けてくれたから、今度はあたしが山吹さんを助けるんだ。

あたしの番なんだ。

そう、強く思った。

だから、こういった。

「水族館に、行きましょう」

驚く山吹さんに、もう一度言った。

山吹さんを元気にさせるためには?
それを数秒で考えた結果がこれだ。

別に動物園でも遊園地でも良かったのだけれど、頭に浮かんだのが水族館だった。

水族館に誘って、なんとか元気を出してもらおう、そう思った。

あたしは山吹さんを見つめた。
綺麗な瞳が、大きく見開いている。

整った口が動き出す。

「・・・な、なんで?」

掠れた声で、山吹さんはそういった。

・・・当たり前か。
いきなり水族館に行きましょうだもんね。

でも、あたしはめげずに山吹さんを見つめた。

「・・・だって、最近会えてなかったでしょう?明日水族館に行って、会えなかった日々を埋めるんです!」

適当な理由_だと自分でも思う。

もちろん本心もまざった理由だけど、本当の理由はそこじゃない。

山吹さんを救いたい。

その気持ち。

おせっかいかもしれない。
本当は何にもないのかもしれない。

でも、でも。

今、今この瞬間を少しでも笑顔にさせてあげたいよ_

_お願い、山吹さん。

山吹さんは驚きつつも大体冷静になってきて、力のない微笑みで頷いた。

「・・・いいよ」

その声をきいた瞬間、あたしは胸の中が喜びでいっぱいになったのがわかった。

「ほ、ほんとですか?」

抑えられない微笑みを山吹さんに向けて、何度も何度も確認をした。
その後場所や時間を決めて、あたしは家に帰らせてもらった。

少し、山吹さんが本当の微笑みを出してくれたような気がした。





恐る恐る、玄関の扉を開く。

_お母さんは、起きていないだろうか。

自分の家のはずなのに、お母さんが来てから居心地の悪いものになってしまった。
あたりを見回して、お母さんが起きていなことに安堵を覚える。

濡れた服を脱いで、洗濯機の中に入れると自分の部屋に駆け込んだ。

パジャマに着替えて布団に潜り込んで、目を閉じる。

明日は、山吹さんと水族館。

そのことに胸が躍っている。

お母さんのことなんて、心の端にすらなかった。

嬉しさで心の中がいっぱいになりながら、いつの間にか眠りに着いていた。