あれから、あたしは毎日あのカフェに通った。
山吹さんも、毎日あのカフェにいる。

困った時、悩んだ時このカフェに来たらいいよ、と優しく言ってくれた山吹さん。

悩んでいるわけでも、困っているわけでもないのに毎日カフェに来ている。

一緒にご飯を食べて、話をして。

_少し、いつもいないあたしの母親のことを話したりして。

泣きそうになっても、山吹さんがゆっくり、優しく撫でてくれる。

誰かと一緒に晩御飯を食べると言うのがどれだけ嬉しいことか。
誰かがあたしの話を聞いてくれると言うのがどれだけ嬉しいことか。

嬉しくて嬉しくて。

ついついカフェに通ってしまう。

_いつか、山吹さんの力になりたい。

そんな思いを秘めて、あたしは今日もカフェに向かった。





今日も、息を切らせながらチョコレート色のドアを開く。
いつもの木の香りを吸い込んで、あたしは周りを見回した。

いつも山吹さんは端の席に_

でも、あたしはぴたりと首の動きを止めた。

_いない。

真っ先に浮かんだ思いはそれだった。

本当に、いない。

額から汗が落ちる。

_もしかしたらまだ来ていないのかも。
もう少したったら来るのかも。

そんな思いが頭をよぎり、自分で自分に納得した。
とりあえず、山吹さんがいつも座っている端の席に座る。

そして、少しの間何もせずにドアを見つめながら待っていた。

_こなかった。

さらに額から汗が落ちた。

もしかして、何か事故にあったのでは_?

そんなことを思ってしまい、慌てて自分で否定する。

用事があっただけだ。
事故なんて、あっていないはず。

でも、いくらドアを見つめていてもドアが開くことはない。
待とうと思ってもお腹は空いてくるものだ。

あたしはお腹をさすり、先にご飯を食べてしまおうと考えウエイトレスさんを呼んだ。

美味しそうなカレーを頼み、またドアを見つめる。

カレーが来た後も、こなかった。
カレーを食べた後も、こなかった。

結局外が暗くなってきたので、山吹さんのことを待つのは諦めて帰った。

あたしは、帰る時奥歯を噛み締めた。

わかっている。

山吹さんとあたしは、このカフェに集まる、と言う約束なんてしていない。
だから、来なかっただけでそんなふうに思うのは違う、と言うことも。

でも、このカフェに集まると言うのはあたしの中では暗黙の了解だったのだ。

山吹さんは違うかったのだろうか。

そんな思いがどんどん溢れてきて、自分の自己中さにまた嫌になる。

山吹さんは、用事があっただけ。
来れなかっただけ。

そう自分に言い聞かせて、あたしは重い足取りのまま家に帰った。





その次の日も、その次の日もいなかった。

まさか本当に事故に遭ってしまったのだろうか。
否定しようにも、何日もカフェにきていないと言うことは事実なので否定をすることができない。

不安で胸がいっぱいになりながら、あたしは家に帰った。

いつものように誰もいない家にただいまを_といきたいところだった。

でも、思わず言葉というものを失った。
呆然として、その「目の前の人」を見つめる。

「目の前の人」は恐ろしいぐらいの美しい笑みで、こう言うのだ。

「おかえり、ひまりちゃん」

「目の前の人」_そう、それは_

あたしの母親だった。

美しい容姿をもった女の人は、まぎれもなくあたしの母親だ。

呆然としているあたしを見て、女の人_ううん、お母さんは、さらに微笑む。
そして、あたしを白い腕で抱きしめた。

「今までいなくてごめんね」

その言葉を聞いた瞬間、あたしの気持ちは悲しみに_いや、怒りに包まれた。

「ごめんね」のその言葉の一つで、あたしが今まで体験した苦しみがなくなると思っているのか。

そんな言葉が頭をぐるぐる回り、あたしは何も言えないでいた。

お母さんはあたしを離すと、またニコリと微笑む。
その笑みに、今度こそ背筋に寒気を感じた。

「どこに行っていたのか知らないけれど、今日はもう疲れているでしょう?お風呂に入ってすぐに寝なさい。お風呂できてるわよ」

_今まで放ってたくせに、母親面しないでよ

そんなことを心の底で思って、あたしは目の前で微笑んでいる母親を睨みつけてやろうかと思った。
でもそんなことはもちろんできず、あたしはそそくさにお風呂に入った。

あの母親の恐ろしい微笑みを見たくなくて、いつもより長めにつかった。

お風呂にあがった後も、寝る時も。

あたしが疑問と怒りの海に溺れている中母親だけは笑顔だった。

それが、逆に怖かった。