走り_続けていた。

何故か、学校へいく道と逆向きだと足はよく進んだ。

男の人に腕を掴まれながら、走った。
必死に、走った。

途中で学校のことを思い出してしまって、涙を流しても、男の人は気にする様子もなく走ってくれる。

_それが、嬉しかった。

泣いてること、気づいていただろうに。
あたしの気持ちを悟って言わないでくれたんだ。

あたしの気持ちがじんわりあたたかくなった頃、男の人はおしゃれなカフェの近くで止まった。

たくさん走ったからか、息が切れている。
男の人は、そんなあたしを見て慌てて口を開いた。

「あっ、ご、ごめん!いきなり走り出しちゃって・・・!無理しないでね!」

すごく明るくて元気な声で、男の人はそういった。

明るい人なんだなあ_

そう思いつつも、息がしんどいのは変わらずただコクコクとうなずく。
そんなあたしを見かねてか、男の人はあたしに手を差し伸べた。

_え

驚いて、あたしは男の人の大きくて暖かい手をまじまじと見つめる。
そんなあたしを見たからか、男の人は気まずそうに、でも優しい目をしながら口を開いた。

「・・・俺のせいなんだけど、しんどいならこのカフェに入らない?きっと気分も落ち着くよ」

優しさに溢れた声で、そういった。

気分も落ち着く、というのは、あたしの気を遣ってのことだろう。
優しい、とじんわり思いながら、反射的に男の人が差し伸べてくれた暖かい手を取ってしまった。

取った後で、恥ずかしさがどんどん上がってくるも男の人は気にした様子もなくカフェへと連れて行ってくれた。

カフェの中に入ると、ふんわり暖かい木の香りがした。
すごくゆったりしたカフェで、確かに気分も落ち着く。

椅子に座ると、男の人はメニュー表をとりあたしを優しい目で見つめる。
そして、こういった。

「何がいい?」

と。
ふんわりした優しい声で。

「・・・えっ?」

驚きのあまり、思わず変な声が飛び出た。

あたし、お金持ってない___

そんなあたしの気持ちを察したのか、男の人は固まった後、あははと楽しそうに笑う。

「ちなみに、お金は俺が払うから気にしないでね」

その言葉を聞いて、あたしは慌てるほかない。
だから、気づけば口を開いていた。

「む、むりです!見ず知らずの人にお金を借りるなんてそんな・・・」

あたしの慌てた様子を見て、男の人はまた楽しそうに笑う。
この人は、一体何が面白いんだろう。

男の人はなんとか笑いをおさめて、今度は少し真剣な笑顔でこういった。

「見ず知らず・・・なら、俺のことしれば俺はおごってもいいってこと?」

その言葉に、あたしはもう慌てるも超えて絶句した。

おごりをこんなに否定する人に対して、こんなにめげない人あたしの中では初めて見たんだけど・・・。

その時、ふと気づいた。
あたしが、素直な感情でこの男の人と喋れていることに。
そのことに少し驚いて、チラリと男の人を見ると、男の人はお決まりのニコニコ笑顔で笑っている。

その笑顔を見て、あたしは悟った。

この男の人は、あたしが予想している答えとは全く別物を出してくるからだ、と。
あたしのペースをかき混ぜ、ごっちゃごちゃにしてしまう、楽しそうで優しい男の人。

それに気づいた時、あたしは男の人の優しさに胸が温かくなった。

なんて優しい人なんだろう。

あたしは、ゆっくり口を開いてこういった。

「_おごりは断じて許しませんが、お互い自己紹介はしましょう」

その後男の人はもちろん楽しそうに笑ったんだけどね。



    

そうして、あたしたちの自己紹介タイムが始まった。

男の人は元気よく自分を親指でさし、大きく口を開いた。

「まずは俺から!俺の名前は山吹蓮。年は19歳!アパートで一人暮らし中〜」

元気な声で自慢げにそういう男の人_いや、山吹さんは、本当に19歳とは思えないほど子供らしい。
むしろあたしより年下にすら見えそうだ。

小さな子供のように自慢げにいう山吹さんに思わず微笑むと、山吹さんは驚いたようにパチパチと目を開かせる。
そしてあたしに近づいてくると、あたしの顔を覗き込んだ。

「_な、なんですか・・・」

思わずそんな声を出すと、山吹さんは満面の笑みで口を開いた。

「ねね!今の笑顔めっちゃよかった!かわいいよ!」

_は?

飴玉をもらった子供のような笑みは、あたしがしけた反応をしても変わることはない。
あたしは困惑のあまり、その笑みをまじまじと見つめてしまったものだ。

確かに、あたしはさっき素直に笑うことができた。
それを山吹さんはわかってくれたということに嬉しさと焦りが混じった。

でも、最後の_

思い出しただけで、みるみる顔が赤く染まっていくような気がした。
山吹さんも自分が言ったことに気づいたのか、どんどん顔を赤らめていく。

恥ずかしさともどかしさに追われていると、山吹さんはおそるおそる口を開いた。

「・・・じゃ、自己紹介・・・どぞ・・・」

少し照れながらいった山吹さんは珍しくて、あたしは思わず声に出して笑ってしまった。

「・・・あははっ、山吹さんが照れてる」

思わずそんなこともいってしまい、言った後で、まずかったかな、と焦り山吹さんを見る。
でも、そんなあたしを見て山吹さんはまたもや驚いたように目をパチパチさせると山吹さんも声に出して大笑い。

「照れてないよ!」

そんな嘘と笑いで、あたしは嫌な学校のことなんて忘れていた。