翌日、故郷の村が火に包まれたことを、私は懺悔に来た人達の噂話で知った。
深夜に何者かによって放たれた火によって、村はほぼ全焼。眠っていたであろう人々は、ほとんど助からなかったという。
町では朝からその話題で持ちきりらしい。
「怖いわねぇ……放火なんですって? そんな所業、神様だってお赦しにならないのに」
「あの村には有名な不良が居ただろう? 犯人はきっと彼奴だ。いやあ、いつかとんでもないことをやらかすと思ってたんだよな!」
人々の話は、どれも表面的な噂ばかりだ。
犯人はアイザック。証拠も目撃情報も何もないのに、誰もがそう語る。
そして誰一人として、彼の事情も心情も、知ろうとはしていなかった。
「聖女様も気をつけて下さいね、いつ逆恨みされるかわかりませんから!」
「……。ええ、ありがとうございます」
その日の聖女の間を閉めて、私は一人、溜め息を吐く。
これは一晩考え抜いて出した答え。私は聖女となって初めて、神の意向に逆らうことにした。
「……例え神が赦さなくても」
犯人がアイザックかは、断定出来ない。もしそうだとして、放火による大量殺人なんて、人々を愛される神がお赦しになるわけがない。
そうなれば、そのきっかけとなったクロエを奪った者達よりも、アイザックの方がより罪深い罪人となる。
それが私の仕えていた神だ。
それが正しいのだと、ずっと思っていた。
「……私は、あなたを赦します。アイザック」
それでも私は、彼を赦してあげたかった。
神すら絶対に赦さないその行いを、彼の抱えた痛みや苦しみを、私だけは、受け入れたかった。
神のご意志を無視して、神の赦しの基準を疑い、被害者と加害者の境界にも悩む。こんなの、聖女失格だ。
「私セシリアは、本日をもって聖女の任を降ります……と」
簡単な置き手紙をして、私は数年ぶりに神殿を出る。理由や私の考えを纏めた物も用意したけれど、何と無く見付かってはいけない気がして、引き出しの奥に隠した。次の聖女が見付けて、考えるきっかけになるといい。
私の前任も、確かまだ若くして代替わりをした。もしかすると、私と同じように自分の立場に疑問を抱き、自ら聖女を退いたのかもしれない。
故郷は燃えた。帰る場所もなければ、神殿入りしてから町に降りても居なかったから、これからどうやって生活すればいいのかもわからない。
それでも、皆と同じように何とか暮らしていこう。時には間違え、罪を犯し、赦して赦される、普通の人と同じように。悩んで、苦しんで、その中に希望を見出だして、日々を繰り返す。そうする中で見えてくるものもあるはずだ。
そんな未来を思い描きながら神殿の敷地から出ると、夜だというのに複数の人々に見咎められてしまった。
「おい、あの女……」
「あれは、聖女……?」
彼等は、道端で生活しているのだろうか。地べたに座り込み、汚れた服を着ている。痩せこけた頬にぎらつく瞳で、私を見るなりふらつきながら駆け寄ってきた。
「あんた、聖女か!?」
「まさか神殿から出てくるなんて……!」
「なあ、あんた! 神に赦しを願ってくれ! 俺たちがこんな暮らしをしてるのは、何かの罰なんだろう? だったら今すぐ赦してくれよ!」
「え、あの、ええと……ごめんなさい、実は私、聖女を辞めようと思いまして……」
あっという間に人々に囲まれて、神殿の周辺だというのに家すら持たない民がこんなにも居たことに驚く。
度々懺悔に訪れる作物泥棒の少女でさえ、帰る家もあり家族も居たというのに。
彼等は私の言葉を聞くなり表情を変え、痩せ細った手で私を逃がすまいと腕や髪を掴み始めた。
「痛……っ!?」
「聖女を辞める? 何だそれは、神に背く罰当たりな悪魔め!」
「貧乏人は聖女の間にすら通して貰えない! 細やかな罪も赦しを得られない俺達は、罪人扱いだ!」
「小賢しい本物の罪人を赦すあんたのせいで、うちの財産はみんな盗人に持って行かれた!」
「!?」
口々に罵られる内容に、思わず痛みも抵抗も忘れ絶句する。
聖女が神殿から出てはいけない理由。そして、町がこんな状態にも関わらず神殿が潤っている理由を、ようやく悟った。
何も知らなかったのは、私だけだ。
世界はこんなにも理不尽に溢れていたのに、素晴らしい世界に貢献しているだなんて、世間知らずにも程がある。
悔しさと、悲しさと、もどかしさと、言葉に出来ないたくさんの思いが胸の中で渦巻くのに、私は迷子の子供のように、喧騒の中立ち尽くすしか出来ない。
「この女は聖女を騙って俺達を貶めた悪魔だ!」
「俺達を散々見捨てて来た報いを受けろ!」
「神よ! 見ていて下さい!」
暗闇の中降りしきる暴言と痛みの中で、私はぼんやりと考える。
神とは一体、何なのだろう。人々に救いをもたらしてくれるものではなかったのか。
こんな状態に陥っても尚、見方を変えれば謗られる原因となった神に救いを求める人々を見て、私は思わず笑みが溢れた。
「な、何笑ってんだ」
「やっぱり悪魔だ! やっちまえ!」
赦し続けてきた私は、もう誰も赦さない。
私ももう、誰からも赦されない。
それでいい。私達の間に、神の介在は必要ない。
赦すも赦さないも、罪も罰も、背負う覚悟をすれば自らの心で判断していいんだ。
やっと答えが出た瞬間、私の心はようやく、解き放たれた気がした。
*****
「セシリアは、あろうことか神の教えに背き神殿を脱け出し、その先で暴徒に襲われ命を落としました。彼女の先代も、その前も、神に抗ったことにより裁きが下ったのです」
「まあ……恐ろしい」
「大丈夫ですよ、新たな聖女様。神の教えに背かなければいいのです。あなたは神を疑わず、懺悔する者に赦しを与え続け、決して神殿から出てはいけません。わかりましたね?」
「はい……!」
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