「どんな理由があっても!どんな経緯があっても!夜空は朝日を思ってた…!夜空は体がそこまで強くないから、私たちがバスケしてても、一回も『やめて』『一緒に何かしよう』なんて言わなかったでしょう…?静かにこっちを見て、笑ってた…」

 会ってすぐの頃は本当に体が弱くて、季節の変わり目で風邪は引くし、登下校は毎回送り迎えで体育もハードなやつはいつも見学だった。ある程度体調が安定し出したのは高校生になるぐらいのころだった。
 知ってるようで、知らない黒い彼岸花。

「……朝日のエゴを突き通す為だか何だかは、僕は知らない……でも、朝日は…お前に向いている信頼や視線を無視し続けて、その終いにはっ……夜空を…」
「それ…は……っ………その…」
「お前も…、夜空も……、自分の心を押し込めのは、もう……やめてくれ…」
「兄貴………真昼……」
「お姉ちゃんはっ!……朝日が思っているよりも、……ずっとずっと……朝日のことを、心から好きでいたんだよ……部屋来たと思ったら、いつもあんたの話しかしないんだから………」
 いつもとは真反対とも言える消えそうな声で言うと、下を向いたままピクリともしなくなってしまった。そうして、暫くして、「ごめん。」と一言言って前を向いた……
 俺をじっと見て……

「葬式終わりに済まなかったね……それに、つい感情的になってしまったね。」
「追い詰める様なことも言ったわ…本当にごめん……」
「別に………俺が……悪いから…」
「っ……まぁ、否定はしないこともないよ。でも……お前まで死んでは夜空も救われない。分かったね?」

 兄貴はそれだけ残して、立ち去っていった。

「……さっ、お風呂入ろうっと!朝日も一緒に入る?」
「入るか……馬鹿…………」

 頭の中が………ぐるぐる…ぐるぐる………痛い………。

 もし、夜空が、俺を好きだったとして………俺は何をした?
 特に知りもしなかった女子、夜空の親友と1ヶ月も無駄に一緒にいて………姉弟である夜空の気持ちを勝手に決めつけて………避けて……傷付けて………追い込んで…………
 結局、何を招いた?

 そりゃ、自分の親友が意中の相手と仮でも付き合ってたら…辛いに決まってる…明日香なら、きっと夜空に俺のことを話すだろう…親友なのだから…
 俺は夜空をどうしたかったんだ?本当に、守りたかっただけなのか?俺のエゴを押し付けただけなんじゃないのか?

(そうだ…………俺は………)

「夜空と幸せな日々を………ただ…過ごしたかった………だけだ……」

 葬式の時とは違う、心の感情がつまった涙が、頬を伝ったのを最後に、心の底の何かが切れた……

「兄貴………ちょっと……出てくる……」
「?あぁ、早めに帰っておいで。」
「……………」

 俺らの高校…………俺の母校の中学校………行きつけの喫茶店…………彼岸花の綺麗な公園……………最後には、どこかわからない橋の上に一人、俺は立っていた……
 もう一歩と足を出すと、下は…………海だった。

(夜空……………ごめん………)

 この世には彼岸花のような「諦め」が必要だった。
 気づくと俺は自分の部屋で制服を着ていた。記憶が正しければ、俺はさっき夜空の後を追って死んだはずだ。スマホで日付を確認すると、一ヶ月前つまり、俺が明日香と仮交際を始めた日だった。
 過去に戻っている。

(走馬灯?夢にしては、はっきりしすぎてる気がする…)

 遠くから真昼と夜空の話し声が聞こえてくる。俺を呼ぶ声も聞こえた。

「おはよう、夜空、真昼…」
「おはよう、朝日。元気なさそうね、大丈夫?」

 黒曜石の瞳がこちらを見る。

「実は今日、夜空昼休みに何も予定ないんだって!」
「だから、三人でランチにしないかって話してたの。どうかしら?」

 あの日はいつもよりちょっと特別な日だった。

「いいな、俺も賛成…!」
「よし決まり!」
「楽しみよ…!」
 朝食を食った後、荷物を取りに一度部屋に戻った。
 その時だった。

『朝日、これは走馬灯じゃないよ?』
「っ!誰だ!」
『しー…!僕の声は君にしか聞こえてないから。僕は何だろうね?君に任せるよ。いつか分かるから。』

 時計の秒針は動いている。何が起こってるか、分からない。

『もう一度言うよ?これは走馬灯じゃない。僕が君を過去に戻したのさ。理由も後々わかるよ。とにかく、上手くやるんだ。分かったかな、暁朝日くん?』

 走馬灯じゃない?現実なのか?上手くやるって…

『下手したら、何度でも過去に戻すから。じゃあね。』
「おい!っ…!」

 何だよあいつ…でも、感謝すべきか。要は、やり直せるということなのだから。
 俺の記憶が正しければ、今日明日香から告白される。それを断れば、上手くやったことになるはずだ。

「ごめん、俺関さんのことよく知んないし…付き合えない、ごめんなさい。」
「あ…ううん、大丈夫。そうだよね、こっちこそいきなりごめんね。ありがと、じゃあね…!」

 彼女の目がキラッと光った。これで、大丈夫なはずだ。そのまま数日過ごした。

 その間に生徒会選挙もあって、夜空は当選した。学年の先頭に立てと先生に念を押されていたと、言っていた。俺は頑張れよって、背中を押した…気づくとまた朝だった。
 夜空が自殺した、周りからのプレッシャーに耐えられなかったと遺書に残っていた。

『言ったじゃないか。上手くやれってさ。もう一回、だよ?』

 また一からやり直し。明日香の告白を断り、夜空が生徒会に当選すれば「俺にいつでも相談しろよ」と前向きな言葉をかける。
 彼女は安心した顔を見せた。今度こそいつも通りだ。
 心のどこか安心している自分がいた。油断していた。

 ある日、下校中だった。

「デュフフ、今日も夜空たん可愛いね、ヒヒ…!そろそろ、僕ちんのプリンセスに、さ。デュフフ…!」
「っ…!何度言ったらいいの…!やめて!気持ち悪いわ…!」
「な、で…何でだよぅ!こんなに、こんなに夜空たんを愛しているのにぃ!僕ちんのこと、嫌いな夜空たんなら!」

 たまたま俺は通りかかったのだ。

「きゃぁぁぁぁ!」

 悲鳴に気付き反射的に2人を見た。フルーツナイフのようなものが夜空の胸を突いた瞬間を。そのまま彼女は力なく倒れた。胸にナイフは刺さったまま、床に血がひろがる。
 一瞬怖気づいたが、すぐさまストーカーをぶっ飛ばし夜空にかけよった。

「夜空!しっかりしろ!夜空!」

 返事はない、目を覚ましてもくれなかった。手は、少し冷たかった。

 気づけばまだあの朝だ、記憶があるのが一番こたえた。思い出そうとすると、うっ、と吐き気がする。

『まただよ、また。上手くやって言っただろう?ほら、もう一回。』

 そして頭の中のこいつがまぁウザい。でも、誰かに似てる気がしてならない。

 でも、3回繰り返して分かったことがある。
 一つ、夜空はプレッシャーに弱い。少し横から力を加えるとすぐ折れてしまうシャー芯の様に。細く、脆く、折れると直らない。
 二つ、夜空を恨む人が多いこと。彼女の性格上、敵が多いのだ。上から目線、気真面目な行動、だから、『黒い彼岸花』なんて言われてるのだ。
 これも、線路から突き落とされて、もう一回。その後も、いじめで自殺、通り魔、交通事故、アナフィラキシーショック…
 もう何回『あの朝』をやったか分からない。

(やばい…頭がバグりそう…)

 全ての事件事故に居合わせてしまったので、どうしても忘れられない。枯れかけの金盞花が揺れる。

 今日は告白から1ヶ月、夜空と一緒に帰る約束をしていた。そもそも、早々に夜空と付き合えば、また話が変わってくるのだろう。でも、そうしないのは俺を決心がついていないから。勇気がない、自信がない。
 それにしても、どこ探してもいないな。教室にも、部活にも、図書室にもいない。
 嫌な予感しかしないのは、今までのことがあったからだろうか。

「あれ?朝日くん?どうしたの、誰か探してる?」
「関さん…!夜空探してるんだけど、いなくて。」
「夜空?あの子なら、クラスの子と一緒に帰ったと思うよ?さっき、校門出たの見たよ。」

 帰った?朝から約束してたから、忘れてたか?いや、夜空に限ってそれはないはずだ。寧ろ、俺が忘れてて機嫌を損ねてしまう。
 なら…

「誰といたか分かる?!」
「えぇ…!えーっと…美優(みゆう)姫乃(ひめの)結奈(ゆな)だったと思うけど…」

 美優と取り巻きか…!何回か前、そいつらに陰湿ないじめを受けて夜空は自殺している。敵だ。

「ヤバい、急がないと…!」

 ありがとう、と言い捨てると駆け出した。
 校門を出てすぐ電話を鳴らす。メッセージも入れて、居場所を知らせる様言う。

「ちょ…朝日くん待ってよ…!」
「明日香さん…!なんで?!」
「いやいや、『ヤバい』とか言ってる時点で心配だし。夜空探すんでしょ?私も手伝うよ。」
「っ…!ありがとう、明日香さん。助かる。」

(朝日くん、夜空のことほんとに好きなんだなぁ)