「みかんくん、おやつよ」みかんママ。
「はーい」みかんくん。
「はい。今日は蜜柑よ」みかんママ。
「はぁ。だからさぁ、今まで何回も言ってるけど僕、蜜柑嫌いなんだよね」みかんくん。
「えっ!?みかんくん、あなた蜜柑嫌いなの?」みかんママ。
「何回、言ったらわかるんだよ。幼いころからずっと言ってるだろ」みかんくん。
「そうだったかしら。でもおいしいから騙されたと思って食べてみなさいよ」みかんママ。
「無理だよ。味もさることながら、この見た目。好きにはなれないよ」みかんくん。
「そうなの?こんなに美味しいのに?」そう言いながら、みかんママは一つ、蜜柑を食べた。そして、続けて言った。「そういえば、みかんくんって林檎みたいに顔、赤いわよね」
「えっ!?そうなの?」
「そうよ。赤いわぁ。自分でわからないの?」
「自分では自分の顔、見れないからわからないよ。そんなに赤いの?」
「赤い。赤いわぁ。ホント赤いわ。真っ赤よ、真っ赤。マッカーサーと見間違うほど赤いわ」
「マッカーサーかぁ」みかんくんはまんざらでもない様子でそう言った。そして続けた。「そ、そんなことはどうでもいいんだよ。僕は蜜柑なんて食べないからね」
「そう?困ったわねぇ。みかんくんが蜜柑好きだと思ってこんなにも買ってきてしまったわ」そう言ってみかんママは蜜柑の箱を持ってきた。
「こ、こん、こんなに買ったの?」
「そうよ。だってみかんくん、好きだろうなぁって思ったから。親心よ」
「いったい何個買ってきたの?」
「わからないわ。箱ごとよ」
「そ、そんなに!どうするんだよ、これ」
「みかんくん、食べて」
「だから無理だよ。嫌いなんだよ」
「シクシク」そう声に出して嘘泣きしながらみかんママは続けた。「こんなとき、ミカン・ザ・レッドさえあれば……」
「え!?ミカン・ザ・レッド?なにそれ?」
「知らないのみかんくん。あの伝説のミカン・ザ・レッドよ」
「そんなの聞いたこともないけど」
「みかんくん、知らなかったのね。ミカン・ザ・レッドを知らないなんていい恥さらしだわ。いいわ。教えてあげる。ミカン・ザ・レッドっていうのはね、食べればどんなに蜜柑が嫌いな人でも蜜柑好きになってしまうという伝説の蜜柑よ」
「えっ!?そんな話、聞いたことないけど……。それを食べれば、僕でも蜜柑食べれるようになるかな」
「そりゃなるわよ。ミカン・ザ・レッドをナメちゃいけないわ」
「じゃあ、それさえあれば……」
 みかんくんの言葉をさえぎって、みかんママは言った。「でもね、みかんくん。ミカン・ザ・レッドは伝説の蜜柑なのよ。そう簡単には見つからないわ」
「そうなんだ。さすが伝説。レジェンドだね。でも、それさえあれば、僕でも蜜柑食べれるようになるんだよね」
「まぁ、そうだけど。……まさかみかんくん、探しに行く気なの?」
「うん。僕、探しに行くよ」
「でも危ないわよ。どこにあるかもわからないのに探しに行くなんて」
「大丈夫だよ。必ず、ミカン・ザ・レッドを食べて、この蜜柑は僕が全部食べるから、ママは何も心配しないで」
「みかんくん……」
「じゃあね、ママ」そう言ってみかんくんは旅立とうとした。
「待って」そう言ってみかんママが呼び止めた。
 みかんくんは振り返った。するとみかんママの手に蜜柑が持たれていた。
「これ。持って行きなさい」そう言ってみかんママはみかんくんに蜜柑を手渡した。
 みかんくんは蜜柑を受け取り、みかんママの方を見た。
「お腹が空いたときにでも食べなさい」みかんママ。
「えっ!?」
「気をつけていってらっしゃい」
「い、いってきます」
 こうしてみかんくんは、なぜか嫌いな蜜柑を片手に、ミカン・ザ・レッドを探す冒険へと旅立つこととなった。

 みかんくんは、とぼとぼと歩いた。なぜか、嫌いな蜜柑を持って。
 陽気な日光を浴びながら、ひたすら歩いていると、足を引きずっている、はっさく老人とすれ違った。
「あっ!お爺さん、大丈夫ですか?」みかんくんは手を差し延べた。
「わしはお爺さんじゃない!!お兄さんじゃ!!見間違うな!!」
「えっ!?あー、すいません」
「この若輩者が!何、ボサッとしとるんじゃ。はよ、肩を貸さんかい!」
「すいません。大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないわい。見りゃわかるじゃろ。わしが足をひきずってたら、それはもう……えーと、あれだ……えーと……とにかく大丈夫じゃないんじゃ!」
「……」五月蝿いじじいだ。みかんくんは内心、イラッとした。声をかけたことを後悔しつつも、仕方なくクソじじいを支えながら歩いた。「どこまで行くんですか?」
「別に目的地はない。ただの散歩じゃ」
「えっ!ええぇぇー。散歩だったら自分で歩いたほうがいいんじゃないですか?僕、行かなきゃいけないところがあるんですけど」
「どこに行くというんじゃ。どうせ、くだらんところじゃろ」
「そんなことないですよ。僕、ミカン・ザ・レッドを探して旅をしてるんです」
「何!?まことか!?あの柑橘界最強を欲しいままにした、あのミカン・ザ・レッドか!?」
「お爺さん……いや、お兄さん、知ってるんですか!?」
「そりゃ、ミカン・ザ・レッドを知らんものはおらんじゃろ。ただ、わしも実際には見たことはない。いや、見たことがあるやつがいてるのかどうかも怪しいものじゃ。それくらい、見つけるのは困難なんじゃ」
「そうなんですかぁ」みかんくんは落胆した。どうやら想像以上にミカン・ザ・レッドを見つけるのは難しいようだ。
「おぬしは、なにゆえミカン・ザ・レッドを探しているのじゃ」
「僕、蜜柑が食べられないんです。だから、ミカン・ザ・レッドを食べて蜜柑を克服したいんです」
「偉い!偉いじゃないか。若輩者とばかり思っとったが、どうやらわしの目が節穴だったようじゃ。いやー、そのような心意気の若者、めったに見れるもんじゃない。よし、わかった。わしからこれをおぬしにさずけよう」そういってはっさく老人は八朔を差し出した。「きっとこれが役に立つときがくるはずじゃ」
「あ、あぁ、ありがとうございます」八朔なんかが一体なんの役に立つのか皆目見当もつかなかったが、みかんくんは八朔を受け取った。
「そのかわりといってはなんじゃが、おぬしの手に持っている蜜柑をわしにくれんかの。どうせ、蜜柑食べれないんじゃろ。実はわし、蜜柑には目がないんじゃ。わしの目が節穴なだけに、目に穴があいてて目がないってか」
「……」
「ウシャシャシャ!こりゃ、何を言わせるんじゃ。いい加減にしなさい。ホント近頃の若いもんは、言わせるのがうまいのぉ」
「……」
「じゃあ、もらうぞ」そう言ってはっさく老人は半ば強引に蜜柑を奪った。「じゃあ、わしの家ここじゃから。気をつけての」はっさく老人はそそくさと家の中へと入っていった。
 みかんくんは呆気に取られていた。八朔片手にしばらく、呆然と立ち尽くしていた。

 どれくらい経ったのだろう。このままではいけない。時間の無駄だ。そう思い、みかんくんは歩き始めた。
 なにしろ、みかんくんにはミカン・ザ・レッドを見つけなければならないという重要な任務があるのだから。
 どこに向かって歩けばいいのかわからないが、とりあえず歩いた。歩いていると前からサングラスをかけた変なやつがこっちに向かって歩いてきた。
「おい、そこの少年。拙者を知っているか?」
「いや、知らないです。レモン一族の方ですか?」みかんくんは見た目から推測して、そう答えた。
「拙者を知らないのか!?レモン忍者のレモンじゃだぞ!」
「す、すいません。知らないです」
「なにー!?知らないのか!?……時代か。今度、お父さんかお母さんに聞いてみなさい」
「は、はぁ」
 そもそも、時代を語るほどレモンじゃも歳を取ってるようには見えないけどな。
 みかんくんは、こいつとは関わってはいけないと直感的というか第六感的というか、もはや見た目的にそう思った。
「じゃあ僕、急いでるんで」そう言ってみかんくんは逃げるようにその場を離れようとした。
「そ、その手に持ってるのは八朔か?」レモンじゃ。
「えっ、そうですけど」みかんくんは仕方なく答えた。
「くれ!くれ、くれ、くれ!!八朔くれよ!!拙者、八朔に目がないんだよ。……あっ、目がないって勘違いするなよ。ちゃんと目、付いてるからな」そう言って、レモンじゃはサングラスを外した。
「はぁー、そうですか……」
「頼むよー、くれよー、欲しいんだよー」
「そう言われても見ず知らずの人にタダであげるというのもなんかねぇ」
「なんて強欲なやつなんだ。そんな強欲なやつ未だかつて見たこともない……が、背に腹はかえれないか。よし、わかった。そこまでいうのなら仕方がない。特別にこれをやろう」そう言ってレモンじゃは檸檬を差し出した。「本来なら八朔ごときでは拙者の檸檬と釣り合わないんだぞ。ありがたく思いたまえ」
「え!?」みかんくんは驚きながら檸檬を受け取らされた。……と、その瞬間、レモンじゃに八朔を無理矢理奪われた。
「ありがとう。じゃあ、もらって行くな。ヒャッホー」そう言ってレモンじゃは一目散に走って逃げた。
 みかんくんは必死に追いかけた。走って走って走ったが、すぐにレモンじゃの姿は見えなくなった。
 さすがに忍者を名乗るだけのことはあって早いな。みかんくんは仕方なく追いかけるのを諦めた。みかんくんの手には檸檬が握り締められていた。

 みかんくんは当てもなく歩いた。
 いったい、どこにミカン・ザ・レッドがあるんだ。やはり伝説だけあって手がかりさえつかめない。もはやミカン・ザ・レッドなんてものはただの空想だったのかもしれないとさえ思えてきた。
 しばらく歩くと前にグレープフルーツとみられる女が早歩きで進んでいるのが見えた。なんとなく、抜きたい衝動に駆られたので、みかんくんは小走りで追いかけ追い抜いた。
 やったね。抜いてやった。
 みかんくんは『どうだ』と言わんばかりにグレープフルーツの方を見た。するとそこには、グレープフルーツの姿がない。
 どこに行ったんだ?まさか、あのグレープフルーツまでもが忍者だとでもいうのか。みかんくんが不思議に思ったその瞬間、みかんくんは気配を感じ見るとみかんくんを抜き去ろうとしているグレープフルーツがいた。
「うわっ!」みかんくんは思わず声が出てしまった。
 それを見ていたグレープフルーツはしてやったりと不敵な笑みを浮かべながら、みかんくんを抜いていった。
 くっそー!!グレ子め!調子に乗るなよ!
 みかんくんは更に抜き返した。すると、すかさず、グレ子が抜き返してきた。
 みかんくんが抜く。グレ子が抜く。みかんくんが抜く。グレ子が抜く。みかんくんとグレ子の抜きつ抜かれつのデットヒートが繰り広げられた。
 みかんくんはつい心の声が口から出てしまった。
「まてー!!グレ子ー!!」
 するとグレ子はみかんくんの方を見て言った。
「ちょっと、グレ子って私のことぉ?」
「あ、いや……」みかんくんは口ごもってしまった。
「失礼な。私、グレてなんかないんだけど……」
 そっちかい!誰も不良娘だなんて思ってないわ。グレープフルーツだからグレ子だろ。
「はぁ。すいません」
「乙女の心を傷つけといて、謝ったからって許してもらえると思ったら大間違いよ。そもそも、さっきからなんで私の後ろ、ついてくるのよ」
「いや、別にそんなつもりはないんですけど……。たまたま行く方向が同じみたいで……」
「どこまで行くつもりなの?」
「いや、わからないです」
「わからないってどういうことよ。……あっ、私のあとについてくるってこと?私の行き先がわからないから、どこに行くかはわからないってことね。何?いやー!もしかしてストーカー?私の熱烈なストーカーなのね。何?怖い。怖いんですけどー」
「ストーカーなんかじゃないです!」みかんくんは強く否定した。
「いや、どう考えてもストーカーでしょ。それ以外の何者でもないわ」
「違いますよ!」
「ここにストーカーが居てるんですけどー。怖すぎるんですけどー。ストーキングに命を燃やしている人がいてるんですけどー」
「だから、ストーカーじゃないって言ってるじゃないですか!」
「何?逆ギレ?やだー、ちょっとこの子カルシウム足りてないんですけどー。檸檬でも食べに帰ったほうがいいんじゃないの」
「カルシウムだったら牛乳とかでしょ!なんで檸檬なんだよ!それに檸檬だったら持ってるわ!」
「またキレてる。怖いんですけどー」
 みかんくんはものすごくイラっとした。もう無視しよう。みかんくんはスピードを上げてグレ子から離れた。しかし、グレ子はすぐに追いついてきて並走してきた。
「だから、私がこっち行くんですけど」
「いや、僕もこっちなんで」
「ついて来ないでくれますか、ストーカーさん」
「だから、ストーカーじゃないです。僕はただ、ミカン・ザ・レッドを探しているだけなんです」
「へぇー、あなたもミカン・ザ・レッド探してるんだ」
「あなたもミカン・ザ・レッドを探してるんですか!?」
「いや、私は興味ないんだけど、知り合いにミカン・ザ・レッドを探している人がいてるから……」
「えっ!?お知り合いにミカン・ザ・レッドを探している人がいてるんですか?」
「うん。そういえば最近、その子がミカン・ザ・レッドの情報を手に入れたって喜んでたな」
「情報?情報ってなんですか?」
「なんでも、ミカン・ザ・レッドの生息場所を印した地図を手に入れたって言ってたっけ」
「ど、ど、どこなんですか?」
「正確な場所は聞いてないけど、その子も今、探しに行ってるみたい」
「だいたいの場所ならわかるんですか?教えてください」
「えー、タダでは教えられないなぁ」
「……」
 みかんくんはこれといってグレ子が喜びそうなものは何も持っていなかった。
 クソ!どうする。せっかく有力な情報を聞き出せそうなのに。
「じゃあ、その檸檬くれたら教えてあげてもいいけど……。実は今、妊娠してるから酸っぱいものがちょうど食べたかったんだよね」
 グレ子、妊娠してたのか!妊娠してるやつがこんなに走ってていいのかよ!ずっと、並走してきてるぞ。
 まさか、さっきのカルシウムに対しての檸檬は自分が食べたかっただけか。
「檸檬でいいんですか?こんな檸檬でよければいくらでもあげますよ」
「いくらでもって何個持ってるの?」
「いや、一個だけなんですけど……」
「一個だけかよ!いくらでもって言ったじゃん!」
「すいません。一個しか持ってないです」
「仕方ないわね。じゃあ、その一個でいいわ」
「ありがとうございます」
 みかんくんはグレ子に檸檬を一つ渡すかわりにミカン・ザ・レッドのだいたいの場所を教えてもらった。そして、みかんくんは進行方向を変えて、グレ子と別れた。

 みかんくんはグレ子に教えてもらった場所へと急いで向かった。
 正確な場所はわからなかったが、どうやらみかんくんの家の近くにミカン・ザ・レッドがあるみたいだ。
 灯台下暗しとは正にこのことか。しかし、やっと家に帰れるということで、みかんくんの気持ちも晴れやかだった。
 歩いているのかスキップしているのか……。軽やかな足取りで進んでいると、見たことのある道へと出てきた。
 やった!もうすぐ家だ!
 みかんくんは嬉しくなって小走りで家へと向かった。家に着くと、みかんくんは感慨深く立ち尽くしていた。
 思い返せば色々なことがあったな。変なじじいや変な忍者や変なグレ子や……。変なやつにしか会ってないじゃないか。まぁ、それも今となってはいい思い出だ。
「ただいまー」みかんくんは元気にそう言って玄関を開けた。
「あら?みかんくん、おかえり。どこか行ってたの?」みかんママ。
「えっ!?どこってミカン・ザ・レッドを探しに行ってたんじゃないか」
「へぇー、そうなの?ママ、みかんくんがいてないことに気がつかなかったわ」
「なんでだよ!出て行くときにママが蜜柑を持たせてくれたじゃないか!」
「うーん。そうだったっけ。ごめんなさい。忘れちゃったわ」
「なんで忘れるんだよ!!ミカン・ザ・レッドを見つけて、うちにある蜜柑全部食べてあげるって言ったじゃん!」
「蜜柑?蜜柑ならあと二つしかないわよ。欲しいの?」
「なんであと二つしかないんだよ!」
「ママが食べちゃったからよ」
「食べちゃった!?箱ごとあったのに?」
「そうよ。蜜柑は美容にいいのよ」そう言いながらみかんママは一つ蜜柑を手に取って食べた。
「なんでだよ!美容とか知らないよ!」みかんくんはその場で崩れ落ちながら続けて言った。「僕が蜜柑を食べるためにミカン・ザ・レッドを探しに行ったんじゃないかぁ」
みかんママはポカンとした表情をしながら蜜柑を食べるのをやめなかった。
「もうママなんて嫌いだー!!」
 みかんくんは家を飛び出した。一体、今まで何のために冒険していたのかわからなくなったみかんくんはただただ家の周りを歩いていた。
 すると、前から大きなリュックを背負ったゆずが歩いてきた。
「♪ふん、ふふん♪ふんふん、ふん♪」
 大きな声で歌いながら歩いているゆずを見て、みかんくんはなんだか関わってはいけない気がしたので、うつむきながら通り過ぎようとした。……そのとき、そのゆずが宝の地図のようなものを持っているのが目に入った。
 まさか、こいつがグレ子の言っていた、もう一人のミカン・ザ・レッドを探しているやつなのか。すると、あの手に持っているのがミカン・ザ・レッドの正確な場所を印した地図かもしれない。
 もはやみかんくんにとって、もうミカン・ザ・レッドなんて無用の長物に成り下がっていたが、これだけ探して見つからなかったミカン・ザ・レッドがどこにあるのかは気になっていた。
「すいません」みかんくんは意を決して声をかけた。
「誰だ。私は忙しいだ。お菓子ならまた今度あげるから向こうに行くんだ」
 なんだこいつわ。やはり関わってはいけないやつだった。誰がお菓子が欲しくて見ず知らずのやつに声をかけるんだよ!
「いえ、もしかしたらミカン・ザ・レッドを探しているのかなと思いまして」
「なんで知ってるんだ。そうだ。探している」
「やっぱりそうですか」
「なんでわかった。……あー、このリュックに入ってる大量の蜜柑でわかったのか」
「……」いや、リュックの中身が見えるはずないだろ。
「何を隠そう、私は蜜柑が食べれないんだ。なのにこの大量の蜜柑を食べないといけないと自分で決めたのだ。だからミカン・ザ・レッドを食べて、どうしても蜜柑を食べれるようになりたいんだ」
 いや、なんでわざわざ蜜柑が食べられないのに、そんなことを決めるんだよ!
「そうなんですか……」
「そうなんだ。そのために、この蜜柑を買ってきたのだ」
 しかも、買ってきたのかよ!食べれないのに買うなよ!
「もしかして、それミカン・ザ・レッドの場所を印した地図ですか?」
「そうだ」
「どこにミカン・ザ・レッドがあるか、もうわかってるんですか?」
「いや、それがこの地図ではだいたいの場所しかわからないんだ」
 地図にもだいたいの位置しか印してないのか。
「どこら辺って印してるんですか?」
「さっきから質問ばっかりだな。お前、ちょっとウンザリだ。でも答えてやる。あそこにある家があるな」
「えっ、あの家ですか?」
「そうだ。あの家らへんにあるはずだ」
「あの家、僕の家なんですけど……」
「へぇー」
「はい」
「……」
「……」
 なんだか気まずい沈黙が続いた。
「ということは、お前がミカン・ザ・レッドの重要なカギを握っているのか?」
「いえ、僕も探してたくらいです。何も知りません」
「そうなのか」
「はい。残念ながら」
「そういえば、この地図の裏にはミカン・ザ・レッドの絵も載ってたんだった」
「絵が載ってるんですか!?それ、見せてくださいよ!」
「それはダメだ。これを手に入れるのに、どれだけ苦労したか。そんな簡単には見せられない」
「そこをなんとかお願いします。どんなのか僕にも見せてください」みかんくんは必死にお願いした。
「うーん。それは無理だな」そう言いながらゆずは地図を裏向けた。
 すると急にゆずの様子がおかしくなった。みかんくんのほうをまじまじと見ては絵と見比べている。
「ど、どうしたんですか?」みかんくんは聞いた。
「ほら、これを見ろ」
 ゆずがミカン・ザ・レッドの絵を見せてきた。
「見せてくれるんですか。ありがとうございます」
 ついにこの時がきた。ミカン・ザ・レッドの正体がわかるんだ。みかんくんはなんだか怖い気もしたがまぶたに焼き付けようと見た。
「これ、お前か。どう見ても、お前の似顔絵だ」
 みかんくんも見た瞬間、これは自分じゃないかと思った。しかし、自分の顔を見たことがなかったので確信は持てないでいた。
「ほら、注意書きのところに顔が真っ赤って書いてあるぞ」
「……」もはや、みかんくんは言葉をなくしていた。ママに『みかんくんの顔、マッカーサーよりも真っ赤よ』って言われたのを思い出した。
「ということはお前がミカン・ザ・レッドだ。お前を食べれば蜜柑を食べれるようになるんだな」
 ゆずが大きく口を開けてみかんくんに襲いかかってきた。みかんくんは逃げようとしたがゆずの瞬発力に勝てずに顔の半分をかじられてしまった。
「やったー。これで蜜柑を食べれるようになったはずだー」
 みかんくんが意識朦朧としている中、ゆずはリュックから蜜柑を取り出して食べた。
「おいしいー。蜜柑、おいしいー。蜜柑がこんなに甘くておいしいものだったなんて知らなかった!これでもう蜜柑なんて怖くない」そう言ってゆずは嬉しそうにどこかへと駆けていった。
 みかんくんは薄れていく意識の中で、その場に倒れてしまった。
 あー、ダメだ。死んでしまった。まさか顔を食べられて死ぬなんて思ってもいなかった。というよりも自分がミカン・ザ・レッドだったなんて思いもよらなかった。マッカーサーよりも真っ赤だと言ったママの言葉が頭をよぎった。……って、ちょっと待てよ。死んだはずなのに、こんなに考えられるものなのか?もしかしてまだ死んでない?
 みかんくんはゆっくりと立ってみた。すると立つことができた。そのまま歩を進めて、無意識のうちに家へとたどり着いた。
 さきほどのような元気はなく、ただただ無言で玄関を開けた。
「あら?みかんくん、どうしたの?顔が半分しかないじゃない」みかんママ。
「ママ……。どうやら僕がミカン・ザ・レッドだったみたいなんだ。蜜柑嫌いなやつに襲われて顔を半分食べられたんだ」
「そうなの?大変だったわね。じゃあ、今食べようと思っていた、この最後の一個の蜜柑を新しい顔にする?」
「えっ!?新しい顔?どういうこと?」
「みかんくんは蜜柑があれば、それと顔をすり替えることができるのよ」
「何言ってるのママ。そんなことできるわけないじゃないか」
「できるわよ」
「本当にできるの?」
「できるわよ」
「僕、このまま死ぬんじゃないの?」
「大丈夫よ。ほら、じゃあ、行くわよ、みかんくん」
 みかんママは、最後の一個の蜜柑を勢いよくみかんくんの顔めがけて投げた。すると、今まで付いていたみかんくんの顔が取れて、投げられた蜜柑がみかんくんの新しい顔として定着した。
「ほら、今度は赤くないから食べられる心配もないわよ」
 こうして、みかんくんは新しい顔へと生まれ変わり、ミカン・ザ・レッドを探す冒険の旅は終わった。