交錯の異世界 〜異世界転移したらインフレチート性能だったので1000年に1度の厄災を終わらせてから帰ります〜


龍己から告げられた真実に驚きながらも、バラバラだったパズルのピースが埋まる感覚を覚えた虎次郎。

大浴場を出て自室に戻ると馬で遠征した疲れもあるのだろう、聖人は女とともにベットで眠りに落ちていた。
そんな聖人を切なげに見つめると虎次郎も自分のベットに潜り込んだ。

自分に出来る事はこれしかない。
虎次郎は龍己と話をし身の振り方を自分なりに考えると枕を抱き締めながらそのまま眠りに落ち、気がつけば朝が訪れる。

まだぼやけている視界には昨晩と変わらず女を抱き眠る聖人が映る。
寝返りを打つと龍己と目が合い「起きたか」と言われると「おはよ」と小さく返した。

ベットから起き上がると小さな背を大きく伸ばし、龍己の耳元で何かを囁く。
龍己はいまいちよくわからずポカンとしているが構うことなく顔を洗うとカーテンを勢いよく開けた。

「聖ちゃん! 朝だよー! おはよっ!」

と聖人の顔元で言うとビクッとし聖人も目覚めた。
虎次郎は聖人の横にいる女の手を取ると体を起こさせ、女の背中を部屋の扉まで両手で軽く押し進めると「いつもありがとねー」と言い部屋から追いやる。

「......虎ぁ、なんだよ朝から......るせぇぞ......」

聖人が目を擦りながら言うと虎次郎は聖人の上に飛び乗るった。

「グェッ! お前、虎!」

その勢いで完全に目が覚める聖人、そしてそれを見ながら笑う龍己。

「聖ちゃん! あのさあのさ! 僕、王都って言うとこ行ってみたい! 昨日はさ、結局あれこれ忙しくて行けなかったし! 王都って言うくらいなんだから、日本で言ったら都会なんじゃないのかなぁ!? 行きたい行きたい! ねぇ、聖ちゃんも一緒に行ってくれるよね!?」

そう言うと聖人が断れない事も知っている上、断らせないと言う事にも虎次郎は自負がある。

虎次郎は女ばかりの4姉弟(きょうだい)の末っ子として比較的裕福な家に生まれ、両親は4人目にして生まれた男児をそれは可愛がった。
3人の姉も虎次郎を両親同様可愛がり、目がくりっとし小柄で女の子のような虎次郎の事をまるでお人形のように着せ替えをして楽しむが、虎次郎はいつも優しい姉たちに遊ばれる事に特に負の感情などを抱く事もなくすくすくと育つ。
末っ子気質で甘えん坊、そして寂しがりな虎次郎は持ち前の可愛さを無意識下で武器にし両親や姉に構ってもらうのが常であった。
彼が欲するのは無理な要求でない、ただの愛情の請求である。
これを拒む必要などなく、むしろ家族はそんな虎次郎に日々癒されていた。
虎次郎が男色だと打ち明けても家族は理解し、むしろ姉の1人は「女の子よりも可愛い虎ちゃんなんて男たちはほっとかないわ! 自衛するのよ、虎ちゃん」と声をかけるほどだった。

そんな家庭で育ち、無意識からいつしか意識的にも可愛いさを武器にしはじめた虎次郎。
自身が男色と言う事もあり自分の事をどう見られているか、押せる限界のラインや負担に思われない言い方、それにあくまでもここぞと言う時にしかそのわがままを出さない事など自分の魅せ方や心の埋め方をとてもよく理解しているのだ。

そんな虎次郎は聖人が好きだった。
家族には恵まれた虎次郎だが、やはり男色であり女子のような見た目である事で特に一部の男子からは格好の的にされた。
それは物心ついた頃からはじまり、傷つき怯え続けた彼だが、幼馴染の聖人と龍己は受け入れてくれたのだ。
それが虎次郎にとってとても嬉しい事だと言うのは言うまでもないが、そんな中でも龍己は無口であり受け入れてくれた事はわかるがそれ以上ではなく、しかし聖人は「気にすんな、お前はお前だ」と頭を優しく撫でたのだ。
聖人への恋心が芽生えたのはそれからだろう、気付けばいつも聖人の背中を追っていた。

そんな虎次郎のたまに言う無理のないわがままを断れる訳もなく断る理由さえない聖人、虎次郎は聖人にふと可愛いと思わせる事さえできるほどには観察眼と自分の事、そして聖人の事を熟知しているのだ。

既に聖人がこのわがままを聞き入れる事はわかっていたが、虎次郎にはもう一つの狙いがある。

虎次郎が龍己に目配せをして合図をすると、龍己はハッとしながらも聖人の元へ近付く。
聖人もそれに気がつくと昨日の事もあり顔をふいと逸らしたが、逸らした方までいそいそと回り込むと小さく屈んで目線を合わせた。

「昨日はごめんね......俺も行きたいなあ......」

こんな台詞を無口な龍己が言える訳もない。
そう、ここまでが虎次郎の策である。

「あーもう! わーったよ! お前らにはほんと調子狂わされるぜ!」

聖人はそう言うと虎次郎と龍己の頭をワシャワシャと撫で自身の上に乗っかっている虎次郎を抱き抱えると龍己にパスしベットから立ち上がった。

「おら! 支度すんぞ! 行くんだろ!」

その聖人の言葉を聞き虎次郎は龍己の顔を見るとウインクした。
それを見て龍己は赤らんだ顔をしながらはにかむと、2人は聖人に「うん!」と返事をしいそいそと身支度を整えるのだった。

ーー竜の渓谷

全と武仁はアルテミスとルナ、そして召喚したズチと使役(テイム)したレディオーガを率いて崖下に降り、竜の渓谷に足を踏み入れる。

竜の渓谷は魔素が濃いとは聞いていたが、魔素とは通常目には見えない。
渓谷に入るや薄紫色の霧が立ち込めており、ズチはそれが魔素であると話した。

魔素が人体に影響を及ぼす事もあり、厄災の芽が発現していたムツノハシ村の村人に与えた変化もそれが原因である。

となると心配になるのはアルテミスとルナだ。

全は2人の体を心配しフォルダンに帰るよう促したが、アルテミスは一刻も早く少しでも強くなり無事に兄を助け出したいのだろう、引き下がらない。
ルナはアルテミスを支えようとしているのか「道中だけでもかなりレベルが上昇しているし無理しない方が良いわよ」と言うがアルテミスの様子を見て進む事を選ぶと、危険と感じれは強制的に転移(ワープ)をするよう全に耳打ちする。
全は頷くと「じゃあ進もうか!」と竜の渓谷を一歩また一歩と進みはじめた。

霧は視界を邪魔しアルテミスとルナははぐれないよう注意しながら全と武仁についていく。
その後ろをズチとレディオーガが続く。

最後尾であり前を進む全と武仁には聞こえず、アルテミスとルナも集中していてこちらには意識が向いていないとみてレディオーガはズチに話しかける。

「お主はなぜ人に味方するのだ。聖人の器と言っていたがお主からは魔物の匂いがするぞ」

魔物召喚で召喚されたと言う事はそう言う事なのだろう、と理解はしていたがなぜ人だった者が魔物と分類されたのか、鑑定でも種族が人となっていた事もありズチは返答に困りながらも率直に返した。

「我は人として生まれ人として生き、その最中聖人の器と言う職業(ジョブ)になったが人として天寿を全うしたのだ。しかし、死して召喚された今、我は魔物と言う枠の中にある。その理は我にもわからぬが、我は我である。そしてこの世界を救う為に動く事に人だ魔物だと言うのは関係のない事ですからな、レディオーガ殿のような存在を早く知っていたなれば我は生ある間に全殿や武仁殿のように......いや、我にその考え、そして行動が出来ただろうか......我がお2人について行くのはお2人だからこそですな!」

ズチの話に耳を傾けながらレディオーガはまた鼻でフンと笑うと口を閉ざした。

竜の渓谷を進みながらも武仁は変わらず第六感を発動させていたが魔素は濃いが魔物の気配はない。
渓谷はおよそ一本道になっている為迷う事もなさそうだが、霧の影響もあるのか陽が落ちはじめると視界は更に悪くなった。
全は魔素の影響も危惧し「流石にアルテミスとルナをここで夜営させるのは安全とは言えない。今日は一旦フォルダンに戻り宿で休もう」と提案すると、レディオーガは「人里などに行くものか! 妾はここから動かぬぞ!」と言い放つ。

「......うーん......そうだな、じゃあ......」

全は最善をと考えながら口を開いたが、続く言葉は武仁の声にかき消された。

「魔物だ! 早ぇぞ!」

その言葉に空気は一気に張り詰め、アルテミスとルナは臨戦体制をとり、全は魔物からの先制攻撃に備え防御結界(シールプロテクト)を展開する。
レディオーガは自身が魔物であるからなのか特に何をするわけでもないが、そんな彼女の前にズチと武仁が並ぶ様に立った。

時間にして1分にも満たないほどのスピードで全と武仁達の目の前に現れた魔物はその大きな体から生える両翼をバッサバッサと上下させるとそれにより生じた風圧で魔素の霧はたちまち渦を巻き流れを乱した。

「ヒトがナニ用だ、イマすぐニたち去レ」

重く響く声で空気が更に揺れる。

「あ? それはできねぇな。それよかよ、お前秘境って知ってっか? 俺らはそこに用があんだ、用が済めば帰るからよ、案内してくんねぇ?」

武仁はその魔物を見上げながら言う。
緑色でまるでワニの様な質感、どこか気高くも見える、これが3強と謳われる魔物の1種、竜である。

竜は武仁の言葉を聞くや返事をする事なく躊躇わずにら口から眩いほどの光線を放った。
光の速さで打ち出された光線は防御結界(シールプロテクト)により分散されたが、分散されてなお渓谷の崖を綺麗につけ抜ける威力である。

これにより砂埃まで立ち込め更に視界が悪くなる。

「おい! 話しかけてきた割に言葉がわかんねぇのか? 俺らじゃなけりゃ死んでたぜ?」

武仁がいうと竜は今度は返答した。

「おマエらのヨウな劣等二かマうモノか」

それを言うや再び光線を繰り出そうと口を開いたが全の方が早く「雷撃(サンダーショック)!」と力み唱える。

雷撃(サンダーショック)は視界の悪い渓谷内でも関係なく一直線に空気を割り竜に直撃すると、瞬時に地面に這う格好となり翼も焦げ落ち蟲の息だ。
どうやら麻痺して動く事さえできないのだろう、全はアルテミスに短剣を握らせるとその柄をルナにも握らせ強化(ブースト)を唱えると短剣を強化させた。

「アルテミス、ルナ。竜にとどめを」

そう言われ2人は恐る恐る竜に近づくと首元に短剣を突き立てる。
竜はこれにより息絶えると討伐証明である竜の心臓を残すと例のごとくその存在は灰のようにサラサラと崩れ消えた。

「......さぁ、今日はもう戻ろうか」

全は言うと転移(ワープ)を唱え、レディオーガはそれに気付くと抗議をしようとするが間に合う事なく6人はフォルダンへ瞬時に帰還したのだった。

フォルダンに到着すると真っ直ぐ宿屋へ向かい2部屋を取ると全が宿屋の主人の気を引いている間に武仁はレディオーガを部屋の中へ押し入れる。
アルテミスとルナはフォルダンに家がある為各々自宅で休むと言ったが、全は遅れて部屋に入ると会話に割って入る。

「アルテミス、ルナ。今日1日で君達はかなり力をつけたよ。既にSランクの討伐クエストも問題なくこなせるだろう......明日以降の竜の渓谷へは連れて行くことは出来ない。決して足手まといだとかではないんだ......しかし魔素濃度、あれは君達にとっては厄介だろう」

そう話すとルナは「それが賢明ね」と言ったがアルテミスの表情は明るくはなかった。

「大丈夫! もちろんお兄さんについての情報が入り次第伝えるし、救出の際にはもちろん手伝わせてほしいとも思っているよ。それにここまでの討伐証明も折半するよ」

そう言うとベットカバーを手に取り複製しそれを錬成してエコバッグの様な形態の鞄を造ると、収納から竜の渓谷への道中で倒した魔物たちの討伐証明をその中に入れ渡した。

アルテミスも何となくそう言われる事を予測していたのだろう、切なげに笑うと「お帰りを待っていますね!」と気持ちを押し込め引き下がる。
アルテミスとルナは頭を深々と下げると部屋を後にし、全と武仁とズチは2人を見送った。

「おい全。お前魔素濃度って、どうにかできるんじゃねえの?」

2人が去った後に武仁が全に尋ねた。

「......そうだね。例えば防御結界(シールプロテクト)を常時発動したり、あとは強化(ブースト)でバフをかけたり、他にも光属性魔法の常時回復(リジェネ)や......」

そう言う全に武仁は「じゃあなんでだ?」と聞く。

「焦りの余り危なっかしいと感じたんだ。このまま同行させれば心に忠実になるあまり体を蔑ろにするんじゃないかってね。それにいくら僕らがフォローしたところでそれはかなりゴリ押しな戦法になるし、彼女達は僕らと動くよりもある程度力をつけたしあとは自力で訓練した方が自信にも繋がるんじゃないかなって」

武仁も納得した様で「明日からの竜の渓谷の攻略は俺たち4人だ、よろしくな」とズチやレディオーガに言う。
全はテーブルに非常食と水を出すと「今日はこれですまないが」と断りを入れると4人は部屋で食事を摂りズチとレディオーガは隣の部屋へ移るとそれぞれ床に着いた。

翌朝、身支度を整えるとズチとレディオーガの部屋を訪れる。
2人も準備はできている様だ、挨拶を交わすと全がレディオーガに声をかける。

「人里に無理矢理連れて来てごめんね、慣れて行く必要もあるかなと思ったけど強引過ぎたね。ベッドはよく眠れたかな?」

強制的にレディオーガを連れて来た事に彼女は立腹している様子だが「まぁまぁ」とズチがなだめると気に食わないながらにも不満を飲み込んだ。
魔物と分類されるズチだからなのか、レディオーガは全と武仁に比べればズチの声は少しだけ彼女に届きやすい様に見えた。

それから4人は竜の渓谷へ転移(ワープ)を使用し移動すると昨日の地点から再び進行をはじめる。
相変わらず魔素の霧が立ち込めているが、朝出発してから陽が傾くまでに昨日の様な竜と1度交戦しただけで渓谷内は基本的には静かなものだった。

完全に陽が沈みきる前、少しずつ狭くなったいく渓谷の道でここまで口を開くこともなかったレディオーガがぽつりと問いかけた。

「お主ら古竜に会うのか?」

「あぁ、3強の魔物は仲間にしてぇからな」

武仁がそう答えるとレディオーガは「笑わせるな。仲間を使役するのか?」と鋭い目をする。

「厄災まで時間がねぇんだ。何とでも言えよ」

主従関係となる使役(テイム)を使い無理矢理レディオーガを連れてきている事に仲間と言うのは矛盾している。
武仁もわかってはいるが一気に空気が重たくなった。

「今日はここで野営だね」

全はそこに触れる事なく野営の準備をしはじめた。
テントを複製するとテキパキと設営し食事を摂ると武仁の希望で武仁はズチと、全はレディオーガと一夜を過ごす事になった。

「......あいつの言うことは間違ってねぇ......俺はあいつを傷つけてんだよな......正義を通すっつーのは難しいんだな。俺間違ってねぇかな?」

テントの中で寝転がると天を仰ぎながら武仁はズチに問いかけた。

「武仁殿......我は武仁殿の成し遂げようとする大義を間違いなどとは思いませぬ。武仁殿はお優しい。世界平和に魔物と人の住み良い世界......レディオーガ殿の信頼を得るのはなかなかに難しいでしょうが、その世界が現実となればきっとレディオーガ殿も我々と目線の高さを合わせて下さると信じましょうぞ」

武仁は内心苦しくて仕方がなかったのだろう。
少しの弱音を吐くと、誰かにこの信じる正義が折れない様に後押しして欲しかったのだ。
盗賊に堕ちた人に対しては手を貸す事が全てではないと主張したが、魔物であればまた話が違う。
言わば敵対している勢力、これを協力関係にしようとすれば反発が起きるのは不可避である。

ズチに漏らして少し胸のつかえも取れたのか武仁は眠りにつき、それを見届けるとズチも床についた。

翌朝も変わらず竜の渓谷をひたすら進む4人。
武仁は前日までが嘘の様に張り切った様子でズカズカと先頭を進んだ。
そんな武仁の後ろ姿を昨晩レディオーガと同じテントで過ごした全は彼女との会話を思い出しながら見つめる。

「君はなぜ武仁にばかり辛く当たるんだい?僕やズチよりも武仁に当たりがきついように感じるんだけど、気のせいかな?」

全が寝る前にレディオーガへ尋ねた。

「フン......さほど変わらぬ。人と言うのは瑣末な事を気にするのだな。しかしズチは魔物だからな、言うならばその程度だ」

レディオーガが答えると全は更に尋ねる。

「それなら尚更、僕よりも武仁へきついのは何故だい?」

そんなつもりのないレディオーガはそう問われると再びフンと鼻で笑いその問いに答える事はなくそっぽを向いて次第に眠りに落ちた様だった。

ああは言っていたが彼女は武仁にだけ僅かながらに全やズチとは別のものを感じている、全はそんな気がしていたのだ。

「武仁殿、張り切ってますなあ! どれ! 我も追いかけましょうぞ!」

ズチは武仁の背中を追い全とレディオーガを抜いて行く。

「お主も行けば良い。あやつらの足であれば今日のうちに古竜にも会えるやもしれぬぞ」

レディオーガが全にふと話しかける。

「いや、僕は体力には自信がないからね。君とゆっくり進むよ。それより古竜と言うのが竜の上位種なのかい?」

「フン、男だと言うに情けのない奴だな......まぁ良い......察しの通り古竜は上位種じゃ。総称のようなものであるからな、名前は別に持っておるがな」

意外にも会話が続く事に全は少し驚きながらも、決して表情には出さずに続ける。

「......じゃあ君にも名前があるの?」

レディオーガはそれを聞かれると顔を赤らめながら声を荒げた。

「お主! 上位種に名を聞くなど! 無礼ぞ!」

地雷を踏んでしまったのか、全はすぐに謝罪したがレディオーガはフンとそっぽを向くと口を閉ざした。

昼を過ぎていよいよ渓谷の道は人が横並びに3人入るかと言うほどまで細くなり、魔素の霧も道が狭まるにつれて紫色が濃ゆくなっているように感じる。
この辺りで武仁の第六感は強い力の反応を感知した。

「レディオーガみてぇなデカい反応があるな。あと3kmでいよいよご対面だ!」

武仁は後ろにいる3人にそう言うと更に足早に進む。

「お主らは人だと言うのによくこの魔素の中で平然としておれるな」

レディオーガがぽつりと言葉を漏らすと、それを聞き漏らす事なく全は拾い上げ答える。

「ズチは魔物とされているから、平気なのかな? 僕と武仁については......よく驚かれたりするから、人と魔物のハーフとでも思ってくれた方が良いかもしれないね」

全はこれまでもその桁外れな能力で様々な人を驚かしてきた事もあり、我ながら良い例えなのではないかと微笑みながら答える。
レディオーガはこの言葉に目を丸くしながらもフンと言うと全を追い抜かした。

武仁の感知した通り3kmほど進むと狭まる一方だった渓谷の道が一気に開けた。
円を描くように丸いその広場の真ん中には道中で遭遇した竜とは違い真っ黒な体をした古竜が静かに横たわっている。

「人よ、何用か」

古竜は横たわったまま片目をチラリと開くと見下ろしながら言葉少なに声を出した。
その中にレディオーガの姿を確認すると「ほぅ、珍妙だ」と加えた。

「人と協力関係を築いて欲しいんだ、3強の魔物なら他の魔物達に与える影響はデカいだろ。仲間になってくれねぇか?」

武仁は古竜を見上げると物怖じする事なく言う。

「人よ、其方は我より強き者。何故尋ねる? 見るにあのプライドの高いレディオーガさえ其方の手中。我に権限はないのではないのか?」

古竜はやはりレディオーガと似通った思考で武仁は眉を顰めたが力強く答えた。

「確かに俺はお前らより強ぇ。実際こいつは力づくで使役した......けどよぉ、ちょっとで良いんだ。考えて見てほしいんだよ。人と魔物が手を取り合えればもっと住みやすいんじゃねぇかってよ......俺は上手く言えねぇ、だが俺はお前らを裏切らねぇ! 俺に言えんのはそんだけだ! 無理ってんなら悪ぃけど力づくだ!」

武仁がそう言い放つと古竜は目を瞑り、しばらく考えていたのかパッと両目を開くと身を起こした。

「人よ、我は其方のような者に出会った事はない......よかろう、丁度この景色にも飽きていたところ。此度の厄災、そしてその後まで、其方が何を成すのか見届ける事とする。我が名はラドン。其方の名を聞こう」

古竜ラドンはただの気まぐれだったのかもしれない、だが使役せずに迎えた魔物に武仁は感無量の様子だ。

「お......おぅ! 俺は武仁だ! こっちが全、そっちはズチで、あっちのがレディオーガだ! ラドン、よろしく頼むぜ!」

武仁の返事の中でレディオーガをレディオーガと紹介されたラドンは彼女に視線を流すと「其方、名を名乗らんのか?」と一言かける。

「まさか古竜ともあろうお主が名を明かすなどとは......妾はお主のように戯れで明かす名など持っておらぬ!」

レディオーガの言葉に大きな体を揺らしながら笑うと渓谷の空気すら震えた。

「強情でプライドの高いレディオーガよ。お主は武仁らに生かされておる。共に生きる事こそ1番それらを維持も出来ように......意地を通すとは、不便よのう」

ラドンがそう言うと「お主に何がわかる!?」と声を荒げるとレディオーガはフンとそっぽを向くのだった。

 ラドンの協力を得る事が叶ったところで、全はラドンに秘境について尋ねた。

 「竜の渓谷に秘境と呼ばれる場所はないかい? これまであまり人の目についていない場所なんだと思うんだが......」

 ラドンはしばらく考えるてから答える。

 「ここは魔素濃度が高い。人が気安く足を運べる様な場所ではない。我の元まで来た人すらおらぬが......しいて言うなれば......我の後ろに渓谷はもう少し続いておる。そこの事かも知れぬな」

 それを聞き全がラドンの後方にまわり込むと、確かに洞窟状に道が続いていたが、そこは到底竜が通れる様な大きさではない。

 「すまないがこの先に行きたいんだ。ラドンは少しここで待っていてくれ」

 全がそう言いラドンは了承すると、レディオーガも「妾もここで待っておるぞ」とその場に座り込んだ。

 全と武仁とズチは3人で渓谷の奥地、洞窟状になった道に足を踏み入れた。
 洞窟状だと思っていたそこは、どちらかと言えば筒状で、少し進むと光が差し込んでいるのが確認出来る。

 出口を抜けると、天井には空と繋ぐかの様に穴が空いており、地面には一面に草花が生い茂る。
 不思議なのは、この場所だけ魔素が薄くなっている事だ。
 そして、天井に空いた穴から直に光が当たるこの場所の真ん中には、根さえ立派だが、幹の途中からは形を成してない、痛ましい大樹があった。

 「......これは......」

 全はそう呟くと鑑定をかけながら、武仁とズチと共にその大樹に近づいて行く。


 【雷神の大樹】


 鑑定の結果にさほど驚く事はなく、一目見た時から何となくそんな予感はしていた3人。
 人知れず、この世界が創生されてからずっとここにあったのか......。

 「ズチ、何か知っているかい?」

 全が問いかける。

 「いや......我も雷神の大樹の存在をはじめて知った......まさかこの様な人気のない場所に、それにお姿も痛ましい......」

 ズチはなかなか言葉にならない様子だ。
 全は続けてリンを顕現させると、メロディに乗ってリンが姿を現した。

 「リン、雷神の大樹を見つけたんだ。しかし......生気を感じない......これが見つけられなかった原因なのかな」

 『......私も......神々でさえ、その存在を知る事は出来ませんでした〜。これは......創生時の事象が影響しているのかもしれません〜......』

 リンは、はじめて見るその痛ましい雷神の大樹の姿に、やはり創生に起きた何かが要因ではないか、と話すとズチに目をやる。

 『全様、ズチが魔物化しております〜。不思議ですね〜』

 笑いながらそう言うと、武仁がリンにも「リンも召喚してやろうか? 魔物になっちまうが」と聞いた。
 リンは首を大きく横に振りながら断ったが、ある提案をする。

 『神の使いの立場が1人もいなくなると、少し不便かもしれません〜。ズチは記憶を一部失ったと......確かに話す事は叶いませんが、それを知る存在である私は、いつかどこかでまだお役に立つかもしれません〜。召喚するのであれば、まだ見ぬ他の神の使いがよろしいかと〜♪』

 それを聞いて全も納得した様だ、武仁に「厄災に備えて各領地に転移者を配置して置くのも、悪くないかも知れないね」と言うと、武仁も「悪くねぇな」と答えると、思い出したかの様にリンが話しはじめた。

 『.......そう言えば、神々はお2人の行動に、とても興味を抱いていらっしゃるようです〜。もしかすると、更なるボーナスを授かるかもしれませんよ〜』

 そう言うと、ズチにヒラヒラと手を振り、全と武仁にお辞儀をすると、リンはスゥっと姿を消した。

 「よし! とりあえず渓谷はここで終わりの様だ! 今はなす術もないし......雷神の大樹が存在した事がわかり、大収穫だね。戻ろうか!」

 武仁とズチが頷くと、3人はその場を後にし、ラドンとレディオーガの元へ戻った。

 「しかし......依頼主はなぜ秘境だなんて......どう言う事だったのかな......大体さっきラドンの言った通り、この魔素濃度でここまで来られる?」

 全はギルドへの報告を前に、改めて今回のクエストについて考えている様だ。
 するとラドンが口を開く。

 「魔素に当てられた人は幻覚を見る事もある。秘境と言うのはわからぬが、可能性としてはそれが1番考えられるが......そう言えば......」

 ラドンが途中で口籠ったため「そう言えば?」と全は聞き返したが「いや、なんでもない」と答えた。

 「んじゃあ、魔素にやられて幻覚を見たんだろう、奥地まで言ったが秘境はなかった、っつー事だな!」

 武仁がそう言うと全も納得し、ズチとも会話をしている様だが、ラドンは1人言い掛けた続きを思い返していた。
 はるか昔、渓谷に置いて行かれた人がいた事、魔素に当てられ幻覚を見ていたその人を、人里近くまで運んだ事。
 ただの気まぐれだったが......義理深い人もいるのだな、とラドンは瑣末な思い出まで話す事はないと、これを自身の胸におさめたのだった。

 「さぁ! フォルダンに戻ろうか! 折角なら......乗せて?」

 全は目を輝かせながらラドンに頼むと、ラドンは嫌々ながらに全員を背に乗せた。

 「振り落とされるな、人よ!」

 黒く大きな両翼を開くと、空へ向かって羽ばたいた。
 全と武仁は顔を見合わせながら微笑むと、まるで絶叫マシンに乗った時の様に声を高らかに上げて、はじめて空を飛ぶ感覚に興奮するのだった。

 ラドンの背に乗り、水上の街フォルダンに戻ってきた一行は、街の入り口で頭を抱えていた。

 「レディオーガは大丈夫そうだけど、ラドンは......そのままの姿で街入るのは厳しいね......」

 全はラドンの大きな体を見上げながら言う。

 「しかし......レディオーガ殿も角がありますからな......冒険者が見れば、魔物だと言う事はわかってしまいますぞ」

 ズチも危惧している様だが、武仁の考えは違った。

 「いや、いい。魔物と協力して行くんだぜ? そのままで行こうぜ。ただ......全が言うみてぇに、ラドンはデカすぎて街に入れねぇな......」

 それを聞いてズチは「また我は......! 流石は武仁殿......!」と言いながら1人騒いでいる。

 「あはは......ズチは置いておいて......うん、武仁の言う通りだね。だとすれば......ラドン、ちょっと魔法で小さくしても良いかな?」

 全ははじめからそう提案しようとしていた様だ。

 「構わぬ。人里など初めてだ、これは当面退屈しないな」

 ラドンはそれなりに楽しみの様だ、しかし、レディオーガはやはり難しい顔をしていた。

 「妾も行かねばならぬのか? 人の群れに混ざるなど......」

 俯きながら言うレディオーガに、武仁が近づくと顔を覗き込みまじまじと見つめながら話しかける。

 「嫌なのはわかる、けどよ、お前の力は必要だ。信じろ......っつーのは無理があるかもしれねぇが、悪ぃ様にはしねぇ。俺に着いてきてくれねぇか?」

 レディオーガは武仁の言葉に、フン、と鼻で笑いながら「拒否権はあるのか?」と憎まれ口を叩いたものの、「行くなら早くしろ!」と街の入り口に向かいながら急かした。

 少し面食らった武仁だが「おう!」と返事をすると、レディオーガを追いかけ、その後ろをズチが追う。

 全は魔法創造スキルを使用し、変化(チェンジ)を生み出すとラドンに使うと、見た目はそのままにみるみる小さくなっていく。

 「......これは......どう言う原理だ?」

 人の頭ほどの大きさにまで小さくなったラドンは、不思議そうにしている。

 「僕の思い描く形に変化するように魔法を作って、それをラドンに掛けたんだよ。解除しない限りそのままだけど、街の中では困らないかなって! 不便だったらもう少し大きくする? それとも人型が良かったかな?」

 「魔法を作るとは......長いこと生きているが、其方らは実に愉快だな......いや、このままで良い! 身軽だな!」

 ラドンは満足気に宙を飛び回ると「良かった。じゃあ行こうか!」と言う全に着いていきフォルダンの門を潜ると、冒険者ギルドまで真っ直ぐ足を運ぶ。

 ギルドまでの道で街人の視線を感じながらも、構うことなく堂々と歩いた。
 レディオーガは特に関心もなさそうだが、初めての人里とありラドンはキョロキョロと目配せに忙しない様子だ。

 一行は無事に冒険者ギルドに到着すると、ギルド内にいる冒険者達はレディオーガとラドンの姿を見て騒ついた。
 その声に気が付いたのか、同じくギルドに居合わせたアルテミスとルナが駆け寄ってくる。

 「お疲れ様です!」

 そう言うアルテミスに、「クエストの報告をするけど、同席するかい?」と全が尋ねると、「はい!」と返事をするアルテミス。
 ルナは他の冒険者同様、ラドンやレディオーガの事が気になる様子だ。

 ギルドの窓口で受付のムムに、竜の渓谷にあるとされていた秘境について、クエストの報告をする。

 「全さん、武仁さん、おかえりなさい。そしてお疲れ様です! ......そちらは......?」

 ムムの言葉に反応したのか、ギルドマスターのサードも仕事の手を止め、ムムの横から窓口に顔を出す。
 ムムはレディオーガとラドン、そしてズチに対して恐る恐る聞いてきた。
 ギルドマスターも意外な訪問者に驚いている様に見える。

 「こんにちは、まずはクエストの報告を。僕たちは竜の渓谷を隈なく探しましたが、秘境と言われる場所はありませんでした。ただ、渓谷内は進むに連れて魔素濃度が高くなっており、依頼主は魔素に当てられて、幻覚を見た可能性があります。それから、奥地でこの古竜に遭遇し、武仁のスキルで使役しました。レディオーガも同じく。更に、渓谷の最奥にある場所には、未発見とされていた雷神の大樹を確認しました」

 全がクエストの報告と合わせて、信憑性を高めるために古竜との遭遇、そして雷神の大樹の発見についても話す。
 また、レディオーガとラドンについて、使役と言うワードを使えば、人を襲う事はない、と認識させようと考えたのだ。

 報告を受けて、サードが口を開く。

 「クエストについては、なるほど......依頼者亡き今、これ以上は探求も難しいでしょう。理屈としても納得の行くものです。それに......古竜とは......長年に渡り張り出されていたクエストですが、クリアとしましょう。お疲れ様でした。......しかし信じ難い......聖人の器とは言え、本当に規格外が過ぎて驚かされます......使役とは......それにレディオーガや古竜と言えば3強の魔物......伝記や図鑑でしかその存在を知る者はいませんよ......その上、雷神様の大樹とは......」

 サードがそう話すと、武仁が割って入る。

 「おう、だからよ、3強の魔物に頼んでよ、人と協力関係になろうって話なんだわ! 魔物のトップが言えば、それよか下の魔物は聞く耳持つだろ? 厄災前に話詰めてぇからよ、国王に話通しに行ってくる」

 「......凄い話ですね......わかりました。そう言う事でしたら早い方が良いでしょう。雷神様の大樹を発見された件も陛下に報告された方が良いかと」

 サードは驚嘆しながらも淡々と答え、事務処理を済ませるとクエスト報酬の白金貨1枚を差し出した。

 「サードさん、ムムさん、ありがとうございます。では急ぎ王都へ向かいます!」

 全はそう言いながら頭を下げると、アルテミスとルナの方を向き声を掛けた。

 「と、言う訳で王都へ行ってくるね。バタバタとしてすまないが、まだお兄さんの件は連絡がないし、今後連絡があればアルテミスやルナにもすぐ伝達できた方が便利だと思うんだ。良ければ念話を使ってもいいかな?」

 それを聞いてアルテミスは「是非お願いします!」と答え、ルナは首を横に振った。

 「私は遠慮するわ。しばらくアルテミスと2人で行動しようと話をしていたの。アルテミスに連絡してくれれば私も把握できるでしょう」

 全は「わかったよ」と言うと、アルテミスに念話スキルを使った。

 アルテミスとルナに再び別れを告げると、全は転移(ワープ)を唱え、一行は王都ボルディアの謁見の間へ移動したのだった。

 --聖ライガ教会

 虎次郎の思惑通り、王都ボルディアへ向かう事になった聖人と龍己だったが、聖人はふいにオダーに言われた言葉を思い出した。

 「なぁ、王都って言えば独裁主義な国王のいる場所だよな? そんなとこに俺らがウロチョロしても大丈夫なのか?」

 虎次郎は、痛いところをつかれた、と一瞬思ったが、顔には出さない。

 「大丈夫だよー! だってさぁ、オダーさんみたいく、鑑定! ってやらないとバレないんだよ? それに人も多いだろうし、誰も僕らの事なんて気にしないよー! まぁ、聖ちゃんはカッコいいから目立っちゃうけど......いざとなれば帰ってくればいいんだし!」

 それを聞くと、「あっはっは! そうだな! 俺のせいでバレちまったらごめんな!」と、聖人の疑問は虎次郎の煽てに掻き消された様だ。

 「うし! 準備も出来たし、出発するか!」

 聖人が切り出すと、虎次郎と龍己も「行こう!」と続け、部屋の扉を開ける。
 廊下にいるシスターに、「オダーはいないのか?」と聞くと、「ただいま礼拝中でございます」と答えるシスター。

 「僕たち、教会周辺で鍛錬してくるから、オダーさんに言っといて! 2〜3日野営するから、野営の準備もしてもらえる? 龍っちゃんに早く追いつかないといけないからさ! 外で待ってるから、準備が出来たら持ってきてね!」

 虎次郎がシスターにそう言うと、「かしこまりました」と言ってシスターは準備のためにその場を離れた。

 「虎は本当に......たまに怖くなるぜ......」

 聖人が呟くと龍己もうんうんと頷き、「えー! なんでだよぉー!」と虎次郎はバタバタと手を動かしながら抗議した。

 それから3人は、教会の外にある厩舎から馬を連れ出し、入り口で待機する。

 しばらくしてシスターが3人にそれぞれ鞄を手渡すと、中身を確認する3人。

 3日分の食糧は傷みにくい干し肉をメインに、飲料水は瓶で3本と、ポーションが3つ、それに簡易テントだ。

 不思議な鞄で、重さをそんなに感じない。

 「これ、なんでこんなに軽いんだ? それに中身の割にペタンコだな」

 聖人が聞くと、シスターは「収納魔法を施した鞄になります」と言った。

 3人は一様に感嘆の表情を浮かべると、「じゃあ行ってくる!」と聖人が先頭を、次いで虎次郎が、そして最後に龍己がシスターに頭を下げると、馬に跨り教会を出発した。

 教会は木々に取り囲まれており、それは深い森のようではあるが、よく見ればそれなりに道になっている。

 龍己は日々訓練していた事や、竜の渓谷方面、そして王都ボルディア方面へも行っており、聖人や虎次郎とは違い、道なりを把握しようと意識していた為、大体の方角はわかる様だ。

 先頭は聖人だが、後方から虎次郎へ進行方向を教え、それを虎次郎が聖人に伝える。

 「なぁ、実際さ、俺と虎は龍より弱ぇんだよな? 王都でヤバい奴らに出会した時の為に、ちょっと魔物狩っとかねぇ?」

 しばらく進んだ辺り、一回目の休憩で聖人が切り出した。
 虎次郎は怖がったが、龍己は「いざとなれば助ける」と言い、聖人の案に乗った。

 「龍に教わるのもなんか癪だが......俺はすぐお前を追い越すぞ!」

 聖人がそう言うと龍己は優しく微笑み、虎次郎は「聖ちゃん、言い方ぁ!」と言いながら顔を見合わせて笑う3人。

 それから龍己にステータスオープンでステータスが確認できる事、そこから使える魔法の種類も確認できる事、魔法は相手に向かって唱えれば発動する事を教わると、早速ステータスウィンドウを見る聖人と虎次郎。

 「俺と虎はレベル1、龍が158か......使える魔法は全員同じ......条件は同じ......なのか? ますます負けらんねぇな!」

 聖人は意気込むと立ち上がり、木に向かって雷撃(サンダーショック)を放った。

 木は雷に打たれた様に縦に割れると、炭と化し、風に崩れ落ちた。
 虎次郎は目を丸くしながら驚き、放った聖人もその威力に唖然とする。

 「......こりゃ凄ぇ」

 聖人が呟くと、虎次郎も我に返り手を叩きながら「聖ちゃん! 凄い!」と囃し立てた。

 しかし、雷撃(サンダーショック)が木に直撃したその音で、どうやら魔物が近寄ってきた様だ。

 感知のステータスが聖人と虎次郎よりも高い龍己が、一瞬早くその気配に気づくと、「魔物だ!」と声を上げると同時に立ち上がる。
 龍己の声に反応して虎次郎も立ち上がった。

 木々を掻き分けて姿を現したのは、猪の魔物で、魔物はこちらを目視し立ち止まると、地面を幾度も掻き荒らす。

 「聖人! 突進してくるぞ! 魔法を撃て!」

 龍己が言うと同時に猪の魔物は虎次郎目がけて突進する。
 複数の敵の中で、まずは1番小さな獲物を狙う、生物の本能なのかもしれない。

 聖人は竦んで初動が遅れたが、虎次郎は咄嗟に叫んだ。

 「雷撃(サンダーショック)!」

 虎次郎が放った雷撃(サンダーショック)は魔物を直撃した。
 消し炭となった魔物は、討伐証明である牙を落とす。

 「......びっくりしたあ......!」

 虎次郎はその場にへたり込むと、龍己が落ちた牙を拾う。

 「......いきなりは卑怯だぞ! 次は俺がやるからな!」

 聖人はやっと緊張が解けたのだろう、いつもの威勢を取り戻した。

 「龍っちゃん、それは何?」

 虎次郎が龍己に聞くと、龍己は「魔物を倒すと何かを落とすんだ。猪は牙......一応今までのも拾っている、役に立つかもしれないから」と答えながら、拾った牙を虎次郎に渡した。

 「つぅ事は! それをいっぱい持ってた奴が勝ちだな! こっからは早いもん勝ちな!」

 聖人は何事も負けず嫌いで、討伐証明の数で競うつもりの様だ。

 虎次郎が「じゃあ龍っちゃんは今までの分もあるし、今回は審判ね!」と言うと龍己は頷き、「しばらくここで待ち伏せして狩るぞ!」と聖人は息巻くのだった。

 陽が暮れるまで狩りを続けた聖人と虎次郎。
 途中から猪の魔物ではレベルも上がりづらくなって来た為、竜の渓谷方面へ場所を変え、熊の魔物を狩り、狩り尽くすと大蛇の魔物にまで挑戦した。

 「聖ちゃん......もう暗くなって来たよ......僕もうヘトヘトだし、そろそろ切り上げようよお」

 肩で息をしながら虎次郎はその場に座り込む。

 「だらしがねぇなぁ! ......だが、確かに狩り続けで腹も減ったなぁ......魔物が落としたやつも数えてぇし、今日は切り上げるか」

 聖人がそう言うと、龍己が口添えする。

 「この辺りの魔物の方が強い、進路を戻してテントを張ろう」

 聖人と虎次郎も同意し、猪の魔物の出没エリアである、王都ボルディア方面まで馬を走らせ戻った。

 3人は簡易テントを張ると、雷属性生活魔法の電灯(ライト)を使用し、その灯りを頼りに各々が倒した魔物から得た討伐証明を数えながら干し肉を頬張る。

 「牙が......21に、毛皮が6と、ヘビ皮が3......」

 聖人が数えると、虎次郎も鞄から討伐証明を取り出した。

 「僕は、牙が33、毛皮が2と、ヘビ皮が1だよ! 数では買ったけど、流石聖ちゃんだね! 強い魔物は全然狩れなかったぁ」

 少し気を落とす虎次郎の肩を、ポンっと叩き、聖人は満足げに言った。

 「まぁ数ではお前の勝ちだ! レベルが上がったか見てみようぜ!」

 そう言いながら、ステータスウィンドウを開いた聖人と虎次郎のレベルは、確実に上がっていたものの、龍己に及ばない事実を目の当たりにした聖人は険しい顔をした。

 「22......」

 ぽつりと漏らした一言に虎次郎は、「え! 僕21だよ! やっぱり聖ちゃんは凄いなぁ!」、と素直に褒める。

 「......おい、龍。お前どうやったら91なんかに上がるんだよ?」

 聖人が少し不貞腐れながら龍己に聞いた。

 「......この世界に来て2日目に、厄災の芽を討伐したんだ。その時、同行してくれた人が俺を庇って亡くなった......。力不足だと思った......だから、7日目に2つ目の厄災の芽の討伐に出るまで、ずっと魔物と戦っていたんだ」

 それを聞いて虎次郎は胸が苦しくなり、切なげに龍己を見つめる。

 「お前、何日目だとか......日記でもつけてんのか!? 暇なやつだな! ......まぁ、それじゃあすぐには追いつけねぇか......。だが! ここからは俺のターンだからな! まぁ見てろ、数日ですぐに超えてやるからな!」

 聖人はそう息巻くと、龍己は「うん。それから、日記はつけてるよ」と返すと、「本当につけてんのかよ! 見せろ!」と聖人はゲラゲラと笑いながら、頬を赤らめる龍己から日記帳を取り上げる。

 しかし、龍己の日記は存外細かく記録されており、その日に何がありどう過ごしたかをはじめ、どの魔物が何を落とし、経験値がどれ程あるのかなどまで記されており、聖人と虎次郎にとっても有用な内容が多く記載されていた。

 「......お前って......オタク気質だよな」

 聖人が呟くと、「龍っちゃんは生真面目なんだよね!」と虎次郎がフォローした。

 「まぁいい、もう寝ようぜ! 明日はいよいよ王都だからな!」

 聖人がそう切り出すと、3人は「おやすみ」と交わすと、それぞれのテントに潜り込んだ。

 聖人は取り上げたままの龍己の日記を眺めながら、主に経験値の部分を見て計算している。
 どれだけ倒せば91なんて言うレベルに至るのか、それを考えている様だ。

 「......猪1匹で経験値が300......熊が600で、蛇が1000か......俺らは1レベル上がる毎に次のレベルアップに必要な経験値が50増えてくから......今で俺が稼いだ経験値が12900で......まじであいつ、一体どんだけ1人で戦ったんだよ......」

 聖人は独り言を呟きながら、戦いの疲れか、そのまま眠りに落ちたのだった。

 翌朝、夜襲に遭うこともなく無事に目覚め3人は、飲料水で顔を洗い口を濯ぐと、干し肉を齧りながらテントを片付け、馬に跨った。

 「さて、いよいよ王都! 行くぞ!」

 聖人が先陣を切り馬を走らせると、虎次郎と龍己も後を追った。

 途中で休憩を挟みながらも、昼頃には王都ボルディアへ辿り着いたが、入り口で門兵に止められてしまう。

 「どのような後用向きで?」

 門兵に尋ねられると、龍己が前に出る。

 「魔物を討伐している者だ。これらを......」

 そう言いながら討伐証明を見せると、門兵はその数に驚きながら食い気味に答えた。

 「冒険者の方でしたか! 登録証を無くされたのですか? それにしてもこの討伐証明の数......売るのですね、いつもお疲れ様です! お通り下さい」

 なぜだか門兵がにこやかに通してくれると、3人は足早に門を潜り王都ボルディアへ足を踏み入れた。

 「おい! 見ろよ! 教会とは違って賑やかだぞ! それにさっきの奴も意外といい奴だったな!」

 聖人が言うと、虎次郎が続ける。

 「うん! 凄いね! 色々見て回ろうよ! ......でも、冒険者って言ってたね、何のことだろう......?」

 龍己は、以前全と武仁に連れられて来た際に、はじめに行った冒険者ギルドの事を思い出しながら、2人にそれとなく話す。

 「門兵の人は、これを見て売るのかと言っていた......きっと、これを売れる場所があるんだ。教会は俺たちに金銭は渡さないし、折角なら売ってご飯でも食べないか......」

 それを聞いて、聖人も虎次郎も賛成の様子で、聖人も楽しそうに言った。

 「確かに、教会内で金銭なんかいらねぇし、何にも困らねぇが......外に出りゃやっぱし必要だよな! 冒険者って言ってたし、それっぽいとこ探そうぜ!」

 それから3人はそれらしき建物を探して歩き、少しして龍己が冒険者ギルドを見つけると、聖人と虎次郎に声をかけ、ギルドの扉を開いた。

 王都ボルディアの冒険者ギルドを見つけ、その扉を開いた3人は、ギルド内に居る冒険者を見渡す。

 「異世界転生とかの漫画でよく見るやつだー! 見て、あそこの杖を持った人はきっとマジシャンだよ! あ! あっちの人はディフェンダーかな!? 凄いー!」

 大通りでは見かけなかった、戦闘職と思われる彼らを見て、虎次郎は目を輝かせている。

 「あぁ......本当だな......。けどあまりジロジロ見るなよ、絡まれたら面倒だからな。用を済ませて早く出ようぜ」

 まだオダーの教えを信じており、龍己から真実を聞いていない聖人は、冒険者を見て警戒している様だ。

 「......受付の人に聞いてみよう」

 龍己はそう言うと、受付カウンターへと進み窓口にいる女性に声をかける。

 「すみません......こう言った物の買取が出来ると聞いたのですが......」

 龍己が討伐証明をいくつか見せながら聞くと、窓口の女性は丁寧に案内をしてくれた。

 「ようこそ、ボルディアの冒険者ギルドへ。私は当ギルドの受付係、ミムと申します。討伐証明の買取ですね、可能ですよ。冒険者登録はお済みですか? まだでしたらこれを機に登録される事をお勧めします。買取時の手続きがスムーズになりますし、魔物を討伐出来るほどの腕前でしたら、クエストをこなせば更に報酬を得られますよ」

 どうやらミムは龍己の顔は覚えていない様だ、案内を聞き終わり、龍己は聖人と虎次郎にどうするか尋ねた。

 「冒険者って言う肩書きも持っていた方が便利かもな......万が一の時はバックれれば良いんだし、登録しても良いんじゃねぇ?」

 聖人は、教会から外へ出た際、冒険者として振る舞う事で、聖人の器と言う職業の隠れ蓑にしようと考えたのだ。

 虎次郎は龍己から既に真相を聞いていたが、良いように提案してくれた聖人の意見に賛成し、龍己が「お願いします」、とミムに伝えた。

 「はい! では登録用紙に記入をお願いします。買取希望の討伐証明は、査定をしますのでこちらにお出し下さい」

 そう言われたが、到底カウンターに収まる量ではない事を伝えると、ミムは「では査定室にてお1人ずつ査定をしましょう」、と言うと受付奥の査定室へとまずは龍己を通した。

 マムは「あとはお願いします!」、と査定室内の椅子に腰掛け、レンズを片手に討伐証明を品定めしている男に言うと、窓口へ戻った。

 「討伐証明の買取か? この卓に全部出してくれ」

 言いながら男は顔を上げ、龍己の方を向くと、お互いに「あっ」と声を漏らす。

 「......お前は......全と武仁が連れてきた、聖人の器の兄ちゃんじゃねぇか! あれからどうなったんだ!?」

 査定をしていた男はギルドマスターのニドだった。

 「あの時は、お騒がせしました......。あれから王様に会って、色々お話して、今は別行動をしています。幼馴染と3人で冒険者としても活動しようと登録しに来ましたが、1人にはまだ王様に会ったりした事も言えていなくて......すみませんが、話を合わせてもらえませんか? 自分からタイミングを見て伝えたいので......」

 龍己の言葉を聞き、ニドは「若いっつーのは、色々あるよなぁ! 任せな! 言わねーよ!」、と胸をドンと叩いて言う。

 龍己はホッと胸を撫で下ろすと、討伐証明を作業台と言うにはとても広い卓の上に出し、「これ、全部お願いできますか?」と尋ねた。

 ニドはその量に驚きながら、根っからの討伐証明マニアの心に火がついたのか、「任せろ!」と言うと黙々と査定に取り掛かる。
 その様子を見て、邪魔しては悪い、と無言でお辞儀をし査定室から出るのだった。

 受付窓口に戻った龍己は、聖人と虎次郎に混ざり登録用紙に記入をしはじめる。

 「名前と年齢、使用する武器は良いとして、職業と出身地はどうする?」

 聖人が小声で言うと、虎次郎が答えた。

 「ここにいる冒険者の人たちを見て思ったんだけど、僕ら3人いるし、ポジションで分けるのはどうかな? 聖ちゃんはやっぱりアタッカーだよね! 龍っちゃんがディフェンダーで、僕は......なんだろう?」

 話しながら、自分の事となるとピンと来ない虎次郎は照れ笑いをしている。

 「おぉ! 良いじゃん虎! 虎はサポーターだな! 器用だしよ!」

 そう言って聖人が虎の頭をワシャワシャと撫でると、聖人はにっこり微笑んだ。

 話している間に、査定室からニドが出てくる。

 「あとの2人! 討伐証明持ってきていいぞ! 案内してくれミム!」

 そう言うとミムは聖人と虎次郎を査定室に連れて入り、その間にニドは冒険者登録用紙を手際良く回収した。

 「良いタイミングだったな! 登録するって言ってたのに気が回らずすまん、肝を冷やしただろう。出身地は王都にしておく......ほら、これが登録証だ。後の説明はミムに聞いてくれ。頑張れよ!」

 ニドが気を回してくれたおかげで、無事に冒険者登録もでき、ニドが査定室に戻るのと入れ替わりで、ミムと聖人と虎次郎も窓口に戻ってきた。

 「あ! ギルマス登録業務してくれたんですね! 珍しい......!」

 戻ってきたミムが言うと、聖人と虎次郎は不思議そうにしていたが、とりあえず冒険者ランクについてや注意事項などの説明を聞いた。

 説明が終わる頃には買取査定も終わり、順番にまず虎次郎が金貨53枚、次に聖人が金貨82枚、最後に龍己が白金貨6枚と金貨74枚を受け取った。

 3人にはこの世界のお金の知識がないが、龍己だけ群を抜いている事だけは何となく理解し、聖人がミムに尋ねる。

 「こいつの査定額が高い理由は何だったんだ?」

 「ワイルドボアの討伐証明が600を超えていましたので、単純に数の差かと思います」

 ミムがそう返すと、その数に呆けながら「そりゃレベルも96な訳だ......」、と呟き、聖人は冒険者ギルドを出て行った。

 虎次郎はお礼を伝えると、慌てて聖人を追いかける。
 龍己も「ニドさんによろしく伝えて下さい」とミムに言付けると、お辞儀をして2人の後を追うのだった。

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