ーー竜の渓谷

全と武仁はアルテミスとルナ、そして召喚したズチと使役(テイム)したレディオーガを率いて崖下に降り、竜の渓谷に足を踏み入れる。

竜の渓谷は魔素が濃いとは聞いていたが、魔素とは通常目には見えない。
渓谷に入るや薄紫色の霧が立ち込めており、ズチはそれが魔素であると話した。

魔素が人体に影響を及ぼす事もあり、厄災の芽が発現していたムツノハシ村の村人に与えた変化もそれが原因である。

となると心配になるのはアルテミスとルナだ。

全は2人の体を心配しフォルダンに帰るよう促したが、アルテミスは一刻も早く少しでも強くなり無事に兄を助け出したいのだろう、引き下がらない。
ルナはアルテミスを支えようとしているのか「道中だけでもかなりレベルが上昇しているし無理しない方が良いわよ」と言うがアルテミスの様子を見て進む事を選ぶと、危険と感じれは強制的に転移(ワープ)をするよう全に耳打ちする。
全は頷くと「じゃあ進もうか!」と竜の渓谷を一歩また一歩と進みはじめた。

霧は視界を邪魔しアルテミスとルナははぐれないよう注意しながら全と武仁についていく。
その後ろをズチとレディオーガが続く。

最後尾であり前を進む全と武仁には聞こえず、アルテミスとルナも集中していてこちらには意識が向いていないとみてレディオーガはズチに話しかける。

「お主はなぜ人に味方するのだ。聖人の器と言っていたがお主からは魔物の匂いがするぞ」

魔物召喚で召喚されたと言う事はそう言う事なのだろう、と理解はしていたがなぜ人だった者が魔物と分類されたのか、鑑定でも種族が人となっていた事もありズチは返答に困りながらも率直に返した。

「我は人として生まれ人として生き、その最中聖人の器と言う職業(ジョブ)になったが人として天寿を全うしたのだ。しかし、死して召喚された今、我は魔物と言う枠の中にある。その理は我にもわからぬが、我は我である。そしてこの世界を救う為に動く事に人だ魔物だと言うのは関係のない事ですからな、レディオーガ殿のような存在を早く知っていたなれば我は生ある間に全殿や武仁殿のように......いや、我にその考え、そして行動が出来ただろうか......我がお2人について行くのはお2人だからこそですな!」

ズチの話に耳を傾けながらレディオーガはまた鼻でフンと笑うと口を閉ざした。

竜の渓谷を進みながらも武仁は変わらず第六感を発動させていたが魔素は濃いが魔物の気配はない。
渓谷はおよそ一本道になっている為迷う事もなさそうだが、霧の影響もあるのか陽が落ちはじめると視界は更に悪くなった。
全は魔素の影響も危惧し「流石にアルテミスとルナをここで夜営させるのは安全とは言えない。今日は一旦フォルダンに戻り宿で休もう」と提案すると、レディオーガは「人里などに行くものか! 妾はここから動かぬぞ!」と言い放つ。

「......うーん......そうだな、じゃあ......」

全は最善をと考えながら口を開いたが、続く言葉は武仁の声にかき消された。

「魔物だ! 早ぇぞ!」

その言葉に空気は一気に張り詰め、アルテミスとルナは臨戦体制をとり、全は魔物からの先制攻撃に備え防御結界(シールプロテクト)を展開する。
レディオーガは自身が魔物であるからなのか特に何をするわけでもないが、そんな彼女の前にズチと武仁が並ぶ様に立った。

時間にして1分にも満たないほどのスピードで全と武仁達の目の前に現れた魔物はその大きな体から生える両翼をバッサバッサと上下させるとそれにより生じた風圧で魔素の霧はたちまち渦を巻き流れを乱した。

「ヒトがナニ用だ、イマすぐニたち去レ」

重く響く声で空気が更に揺れる。

「あ? それはできねぇな。それよかよ、お前秘境って知ってっか? 俺らはそこに用があんだ、用が済めば帰るからよ、案内してくんねぇ?」

武仁はその魔物を見上げながら言う。
緑色でまるでワニの様な質感、どこか気高くも見える、これが3強と謳われる魔物の1種、竜である。

竜は武仁の言葉を聞くや返事をする事なく躊躇わずにら口から眩いほどの光線を放った。
光の速さで打ち出された光線は防御結界(シールプロテクト)により分散されたが、分散されてなお渓谷の崖を綺麗につけ抜ける威力である。

これにより砂埃まで立ち込め更に視界が悪くなる。

「おい! 話しかけてきた割に言葉がわかんねぇのか? 俺らじゃなけりゃ死んでたぜ?」

武仁がいうと竜は今度は返答した。

「おマエらのヨウな劣等二かマうモノか」

それを言うや再び光線を繰り出そうと口を開いたが全の方が早く「雷撃(サンダーショック)!」と力み唱える。

雷撃(サンダーショック)は視界の悪い渓谷内でも関係なく一直線に空気を割り竜に直撃すると、瞬時に地面に這う格好となり翼も焦げ落ち蟲の息だ。
どうやら麻痺して動く事さえできないのだろう、全はアルテミスに短剣を握らせるとその柄をルナにも握らせ強化(ブースト)を唱えると短剣を強化させた。

「アルテミス、ルナ。竜にとどめを」

そう言われ2人は恐る恐る竜に近づくと首元に短剣を突き立てる。
竜はこれにより息絶えると討伐証明である竜の心臓を残すと例のごとくその存在は灰のようにサラサラと崩れ消えた。

「......さぁ、今日はもう戻ろうか」

全は言うと転移(ワープ)を唱え、レディオーガはそれに気付くと抗議をしようとするが間に合う事なく6人はフォルダンへ瞬時に帰還したのだった。