交錯の異世界 〜異世界転移したらインフレチート性能だったので1000年に1度の厄災を終わらせてから帰ります〜


武仁を睨みつけるレディオーガだったが、武仁は眉一つ動かすことなくレディオーガの目を真っ直ぐ見据えた。

「......お前、人を襲ったことねぇだろ? お前からは悪意を感じなかった。ただ強ぇヤツなら誰でも良いっつー訳じゃねぇんだ、だがこの先魔物と人間の間をとりもてるくらいには強ぇヤツじゃねぇとな」

武仁がレディオーガに話すと全は「武仁、どう言うつもり?」と問いかける。

「あぁ、俺らは厄災をどうにかするだろ?だけどよ、結局千年に一回の厄災をおさめてもこの世界に魔物がいる事は変わらねぇ。なら、魔物の中でも話が通じて力も強ぇヤツに魔物をまとめさせられねぇかなって。そうしたら人間も魔物ももっと平和に暮らせるんじゃねぇの?」

武仁を終始睨んでいたレディオーガだが、話を聞きながら一瞬目を丸くした。

オークやゴブリンの上位種が戦術を立て戦うほどの知性があったとしても、その知性は勝つための手段でしかない。
群れをなすのも実力主義の縦社会が故でありそこにそれ以外の要素はないのだ。
しかしオーガの上位種であるレディオーガ、彼女は魔物名鑑に記載の通りこの世界で3強と言われる魔物の1種であった。
その所以は魔物の中で随一を誇るパワー、そして非常に高い知力である。
その能力でオーガを束ね集落を築くとその長を務め横社会説き種を繁栄させると言うが、そこまでを武仁も知る由がない。

「貴様......妾が仲間を死に追いやりよくもまぁ抜け抜けと......」

レディオーガは怒りを露わに震えている。

「......それは......」

強気だった武仁もレディオーガのたった一言の言葉を聞き喉が詰まった。
これまで魔物とは害をなす者であり、まさか自分達と同じように仲間を重んじ胸を痛め怒り震えることができる魔物がいるとまでは思わなかったのだ。
その様子を見ていたズチは武仁に変わり口を開いた。

「レディオーガ殿、我は武仁殿に召喚されし古の時代の聖人の器、ズチと申す。我らは近い未来に訪れる厄災を再び鎮めるため腕を磨いていた。貴殿の仲間を奪ってしまったのはこれまで魔物を害なす存在であるとしか思っていなかった人間の傲慢が招いた事である、詫びても許される事ではない......だが、厄災の度に貴殿らは何をしていたのだ? 厄災は魔物には害はない、貴殿のような強く聡明な魔物達は人間が倒れゆく最中、厄災に交わるでもなく影を潜めておった。同じ世界に生き、手を取り合う事さえ出来たはず。確かに我らはこれまでさまざまな種の魔物を倒してきたが、我らが傲慢であったならばこれは貴殿らの怠惰が要因でもあると言おう。お互いに知り、そして動かねば幾度も繰り返す。我は遠い昔に厄災を退け、それにより平和を守った気であったが......この過ちを恥に思う。貴殿は何を胸に抱くか?」

ズチの話を変わらず鋭い目つきで聞き届けるとレディオーガはフッと鼻で笑うとその問いに答えた。

「そうだ、貴様らは魔物の事などつゆ程も思慮した事はなかろうな。いつも勝手気ままにやって来ては妾達の平穏を奪ってゆくではないか、そんな貴様らとなぜ手を取らねばならぬのか? 確かに貴様の言う通りどの種であれ知力が低いほど理由なく人を襲うがこれはさきにそいつの言った通り弱肉強食の本能ではないか。貴様らに言われる覚えはないよ、賊めが」

レディオーガが言い終えると、今度は全が口を開いた。

「そうだな、なら君はやはり武仁に使役(テイム)される運命だ。だってこの世界は弱肉強食なんだろう? それで君は僕らとともに魔物と人間の架け橋になってもらう。もちろん僕らは人間側に、君は魔物側に教えて行かねばならない。その為には相手を知り、そして行動しなければ。共にこの世界に生きる者としてね。強引かもしれないが、君も同意した部分だし問題ないよね?」

全が話し終えるとレディオーガは再び鼻で笑うと言い放つ。

「まさに人族らしい傲慢さだな......弱者に拒否権などあるまい。だが、思う通りになると思うな」

そう言うと観念したのか力任せに拘束(バインドブランチ)を解こうとしていたレディオーガの力が緩んだ。

武仁は複雑な心境なのだろう、しかし表情を曇らせながらも使役(テイム)を実行した。

己の正義は必ずしも正しいとは限らず、それを行使する事により違う正義が時として折られていると言う事実。
ここに来て知る現実に打ちのめされながらも一行は全が浮遊(フロート)を唱えるとついに竜の渓谷に足を踏み入れたのであった。

ーー聖ライガ協会

不屈の洞穴から戻った聖人、虎次郎、龍己。
オダーに出迎えられると龍己は「厄災の種は粉砕した」と伝え自室に戻る。

「龍っちゃん......一人で背負わせてたんだね......ごめんね......」

部屋に入るや虎次郎は龍己に声をかけた。
龍己は「......俺が好きでやっていたんだ。気にするな」と答ると湯浴みをしに部屋を出た。
まだ話し足りなかったのか虎次郎も後を追い部屋を出ると、自室に一人残された聖人は舌打ちをすると「おい! 誰かいねぇか! 俺の相手をしろ!」と怒鳴った。

部屋でも湯浴みはできるが、教会内にある大浴場は天井がガラス張りで空が見えるようになっている為、解放感を求めて龍己は大浴場を利用するようになっていた。

龍己は身体を洗い流すと湯に浸かり天を仰ぐと空に輝く無数の星を眺めながら考えを巡らせる。

オダーと言う男の嘘、魔物と対峙する危険、聖人と虎次郎とともに元の世界に帰る方法......最善の選択をする為にはやはり2人に話した上で協力し合い全と武仁と合流するべきか、タイミングはどうする......龍己が1人考えていると大浴場へ虎次郎が入ってきた。
虎次郎はかけ湯をすると湯に浸かり龍己の顔色を伺いながら声をかける。

「龍っちゃん、お疲れ様! 黙って着いていってごめんね。それに......龍っちゃんが僕らを思ってしんどい思いをしていた時、僕は自分の欲ばかりで......それにいつも聖ちゃんについて回るばかりでさ、怒ってるよね......」

「......虎、気にするな。怒る理由もない......俺の方こそすまなかった。2人の考えも聞かず独りよがりな行動をした......俺は2人を危険な目に合わせたくなかったが、俺の力だけでは難しそうだ......」

虎次郎に問われた龍己はそう言うと自身の脳内を巡る問題を整理しながら不屈の洞穴での出来事を話した。
しかし龍己は不安だった。
これを共有すれば虎次郎は混乱し恐怖に震えないか、自分の事を最悪の場合裏切り者だと言われないか、果たして信じてくれるのだろうか。
だがそんな想いは話を聞き終えた虎次郎が発した言葉で打ち消される。

「あの日のサラリーマンさんが......あのヤンキーの人までこっちに来ていたんだね......あの日は聖ちゃん機嫌が悪くって......そっか、僕もきちんと謝らないとだ......。それにしても......確かにはじめはこの協会の雰囲気に圧倒されたしオダーさんが見ず知らずの僕らに優しいことに気味が悪くも感じたけど、まさかそう言う話だったなんて......」

虎次郎は龍己を疑うどころか、当初抱いた印象や自分達に注がれる妙な優しさと施しに合点がいくと言うような口ぶりだ。
それに全と武仁に対しては聖人を止められなかった事を思い出しながら、迷惑をかけた事実をきちんと受け止めている様子である。

「この世界のことや戦い方だって龍っちゃんの方がわかってるし、力だってあるし......僕は足を引っ張っちゃうかもしれないけど、一緒に元の世界に帰る方法を考えよう! 僕も一度彼らに会いたい......と言うか会わなければいけない。ただ、今はまだ聖ちゃんには言わない方がいいかもしれない......ほら、聖ちゃん仲間はずれにされたりするの凄く嫌がるでしょ? 機嫌を見ながら!」

虎次郎は龍己のいない間の聖人の言動に不安を抱えていた為タイミングをみた方が良いと判断し龍己が気に止めないように上手く誤魔化す。

「......それから、厄災の芽の討伐でなくても協会からはいくらでも出れると思うんだ! 勝手気ままに振る舞った事が唯一いきるとこだよ、そこは僕に任せて」

と言うと、体の小さな虎次郎は長湯でのぼせてきたのだろう。
龍己に改めて謝り、そして感謝の意を伝えた上で風呂を出ていった。

龍己はこれまで1人で抱えていた想いが虎次郎と共有できた事で胸の支えや肩にのる重圧が軽くなっていくのを感じながら、これで良かったのだろうか、と自身の行動に正解を見出すのを辞めた。
むしろはじめからこうしておけば良かったな、と思いながら満点の星空を見上げながら口元が緩むと、この世界にきてはじめて薄っすらと笑みを浮かべる。

「......三人寄れば文殊の知恵」

この世界に来た当初、自身がつぶやいたあのことわざ。
龍己は幼馴染の虎次郎が理解を示してくれた事できっと聖人も理解をしてくれる、そうすれば3人で力を合わせ知恵を絞り元の世界にだって帰れると言う希望を胸に再び1人そう呟くのだった。

龍己から告げられた真実に驚きながらも、バラバラだったパズルのピースが埋まる感覚を覚えた虎次郎。

大浴場を出て自室に戻ると馬で遠征した疲れもあるのだろう、聖人は女とともにベットで眠りに落ちていた。
そんな聖人を切なげに見つめると虎次郎も自分のベットに潜り込んだ。

自分に出来る事はこれしかない。
虎次郎は龍己と話をし身の振り方を自分なりに考えると枕を抱き締めながらそのまま眠りに落ち、気がつけば朝が訪れる。

まだぼやけている視界には昨晩と変わらず女を抱き眠る聖人が映る。
寝返りを打つと龍己と目が合い「起きたか」と言われると「おはよ」と小さく返した。

ベットから起き上がると小さな背を大きく伸ばし、龍己の耳元で何かを囁く。
龍己はいまいちよくわからずポカンとしているが構うことなく顔を洗うとカーテンを勢いよく開けた。

「聖ちゃん! 朝だよー! おはよっ!」

と聖人の顔元で言うとビクッとし聖人も目覚めた。
虎次郎は聖人の横にいる女の手を取ると体を起こさせ、女の背中を部屋の扉まで両手で軽く押し進めると「いつもありがとねー」と言い部屋から追いやる。

「......虎ぁ、なんだよ朝から......るせぇぞ......」

聖人が目を擦りながら言うと虎次郎は聖人の上に飛び乗るった。

「グェッ! お前、虎!」

その勢いで完全に目が覚める聖人、そしてそれを見ながら笑う龍己。

「聖ちゃん! あのさあのさ! 僕、王都って言うとこ行ってみたい! 昨日はさ、結局あれこれ忙しくて行けなかったし! 王都って言うくらいなんだから、日本で言ったら都会なんじゃないのかなぁ!? 行きたい行きたい! ねぇ、聖ちゃんも一緒に行ってくれるよね!?」

そう言うと聖人が断れない事も知っている上、断らせないと言う事にも虎次郎は自負がある。

虎次郎は女ばかりの4姉弟(きょうだい)の末っ子として比較的裕福な家に生まれ、両親は4人目にして生まれた男児をそれは可愛がった。
3人の姉も虎次郎を両親同様可愛がり、目がくりっとし小柄で女の子のような虎次郎の事をまるでお人形のように着せ替えをして楽しむが、虎次郎はいつも優しい姉たちに遊ばれる事に特に負の感情などを抱く事もなくすくすくと育つ。
末っ子気質で甘えん坊、そして寂しがりな虎次郎は持ち前の可愛さを無意識下で武器にし両親や姉に構ってもらうのが常であった。
彼が欲するのは無理な要求でない、ただの愛情の請求である。
これを拒む必要などなく、むしろ家族はそんな虎次郎に日々癒されていた。
虎次郎が男色だと打ち明けても家族は理解し、むしろ姉の1人は「女の子よりも可愛い虎ちゃんなんて男たちはほっとかないわ! 自衛するのよ、虎ちゃん」と声をかけるほどだった。

そんな家庭で育ち、無意識からいつしか意識的にも可愛いさを武器にしはじめた虎次郎。
自身が男色と言う事もあり自分の事をどう見られているか、押せる限界のラインや負担に思われない言い方、それにあくまでもここぞと言う時にしかそのわがままを出さない事など自分の魅せ方や心の埋め方をとてもよく理解しているのだ。

そんな虎次郎は聖人が好きだった。
家族には恵まれた虎次郎だが、やはり男色であり女子のような見た目である事で特に一部の男子からは格好の的にされた。
それは物心ついた頃からはじまり、傷つき怯え続けた彼だが、幼馴染の聖人と龍己は受け入れてくれたのだ。
それが虎次郎にとってとても嬉しい事だと言うのは言うまでもないが、そんな中でも龍己は無口であり受け入れてくれた事はわかるがそれ以上ではなく、しかし聖人は「気にすんな、お前はお前だ」と頭を優しく撫でたのだ。
聖人への恋心が芽生えたのはそれからだろう、気付けばいつも聖人の背中を追っていた。

そんな虎次郎のたまに言う無理のないわがままを断れる訳もなく断る理由さえない聖人、虎次郎は聖人にふと可愛いと思わせる事さえできるほどには観察眼と自分の事、そして聖人の事を熟知しているのだ。

既に聖人がこのわがままを聞き入れる事はわかっていたが、虎次郎にはもう一つの狙いがある。

虎次郎が龍己に目配せをして合図をすると、龍己はハッとしながらも聖人の元へ近付く。
聖人もそれに気がつくと昨日の事もあり顔をふいと逸らしたが、逸らした方までいそいそと回り込むと小さく屈んで目線を合わせた。

「昨日はごめんね......俺も行きたいなあ......」

こんな台詞を無口な龍己が言える訳もない。
そう、ここまでが虎次郎の策である。

「あーもう! わーったよ! お前らにはほんと調子狂わされるぜ!」

聖人はそう言うと虎次郎と龍己の頭をワシャワシャと撫で自身の上に乗っかっている虎次郎を抱き抱えると龍己にパスしベットから立ち上がった。

「おら! 支度すんぞ! 行くんだろ!」

その聖人の言葉を聞き虎次郎は龍己の顔を見るとウインクした。
それを見て龍己は赤らんだ顔をしながらはにかむと、2人は聖人に「うん!」と返事をしいそいそと身支度を整えるのだった。

ーー竜の渓谷

全と武仁はアルテミスとルナ、そして召喚したズチと使役(テイム)したレディオーガを率いて崖下に降り、竜の渓谷に足を踏み入れる。

竜の渓谷は魔素が濃いとは聞いていたが、魔素とは通常目には見えない。
渓谷に入るや薄紫色の霧が立ち込めており、ズチはそれが魔素であると話した。

魔素が人体に影響を及ぼす事もあり、厄災の芽が発現していたムツノハシ村の村人に与えた変化もそれが原因である。

となると心配になるのはアルテミスとルナだ。

全は2人の体を心配しフォルダンに帰るよう促したが、アルテミスは一刻も早く少しでも強くなり無事に兄を助け出したいのだろう、引き下がらない。
ルナはアルテミスを支えようとしているのか「道中だけでもかなりレベルが上昇しているし無理しない方が良いわよ」と言うがアルテミスの様子を見て進む事を選ぶと、危険と感じれは強制的に転移(ワープ)をするよう全に耳打ちする。
全は頷くと「じゃあ進もうか!」と竜の渓谷を一歩また一歩と進みはじめた。

霧は視界を邪魔しアルテミスとルナははぐれないよう注意しながら全と武仁についていく。
その後ろをズチとレディオーガが続く。

最後尾であり前を進む全と武仁には聞こえず、アルテミスとルナも集中していてこちらには意識が向いていないとみてレディオーガはズチに話しかける。

「お主はなぜ人に味方するのだ。聖人の器と言っていたがお主からは魔物の匂いがするぞ」

魔物召喚で召喚されたと言う事はそう言う事なのだろう、と理解はしていたがなぜ人だった者が魔物と分類されたのか、鑑定でも種族が人となっていた事もありズチは返答に困りながらも率直に返した。

「我は人として生まれ人として生き、その最中聖人の器と言う職業(ジョブ)になったが人として天寿を全うしたのだ。しかし、死して召喚された今、我は魔物と言う枠の中にある。その理は我にもわからぬが、我は我である。そしてこの世界を救う為に動く事に人だ魔物だと言うのは関係のない事ですからな、レディオーガ殿のような存在を早く知っていたなれば我は生ある間に全殿や武仁殿のように......いや、我にその考え、そして行動が出来ただろうか......我がお2人について行くのはお2人だからこそですな!」

ズチの話に耳を傾けながらレディオーガはまた鼻でフンと笑うと口を閉ざした。

竜の渓谷を進みながらも武仁は変わらず第六感を発動させていたが魔素は濃いが魔物の気配はない。
渓谷はおよそ一本道になっている為迷う事もなさそうだが、霧の影響もあるのか陽が落ちはじめると視界は更に悪くなった。
全は魔素の影響も危惧し「流石にアルテミスとルナをここで夜営させるのは安全とは言えない。今日は一旦フォルダンに戻り宿で休もう」と提案すると、レディオーガは「人里などに行くものか! 妾はここから動かぬぞ!」と言い放つ。

「......うーん......そうだな、じゃあ......」

全は最善をと考えながら口を開いたが、続く言葉は武仁の声にかき消された。

「魔物だ! 早ぇぞ!」

その言葉に空気は一気に張り詰め、アルテミスとルナは臨戦体制をとり、全は魔物からの先制攻撃に備え防御結界(シールプロテクト)を展開する。
レディオーガは自身が魔物であるからなのか特に何をするわけでもないが、そんな彼女の前にズチと武仁が並ぶ様に立った。

時間にして1分にも満たないほどのスピードで全と武仁達の目の前に現れた魔物はその大きな体から生える両翼をバッサバッサと上下させるとそれにより生じた風圧で魔素の霧はたちまち渦を巻き流れを乱した。

「ヒトがナニ用だ、イマすぐニたち去レ」

重く響く声で空気が更に揺れる。

「あ? それはできねぇな。それよかよ、お前秘境って知ってっか? 俺らはそこに用があんだ、用が済めば帰るからよ、案内してくんねぇ?」

武仁はその魔物を見上げながら言う。
緑色でまるでワニの様な質感、どこか気高くも見える、これが3強と謳われる魔物の1種、竜である。

竜は武仁の言葉を聞くや返事をする事なく躊躇わずにら口から眩いほどの光線を放った。
光の速さで打ち出された光線は防御結界(シールプロテクト)により分散されたが、分散されてなお渓谷の崖を綺麗につけ抜ける威力である。

これにより砂埃まで立ち込め更に視界が悪くなる。

「おい! 話しかけてきた割に言葉がわかんねぇのか? 俺らじゃなけりゃ死んでたぜ?」

武仁がいうと竜は今度は返答した。

「おマエらのヨウな劣等二かマうモノか」

それを言うや再び光線を繰り出そうと口を開いたが全の方が早く「雷撃(サンダーショック)!」と力み唱える。

雷撃(サンダーショック)は視界の悪い渓谷内でも関係なく一直線に空気を割り竜に直撃すると、瞬時に地面に這う格好となり翼も焦げ落ち蟲の息だ。
どうやら麻痺して動く事さえできないのだろう、全はアルテミスに短剣を握らせるとその柄をルナにも握らせ強化(ブースト)を唱えると短剣を強化させた。

「アルテミス、ルナ。竜にとどめを」

そう言われ2人は恐る恐る竜に近づくと首元に短剣を突き立てる。
竜はこれにより息絶えると討伐証明である竜の心臓を残すと例のごとくその存在は灰のようにサラサラと崩れ消えた。

「......さぁ、今日はもう戻ろうか」

全は言うと転移(ワープ)を唱え、レディオーガはそれに気付くと抗議をしようとするが間に合う事なく6人はフォルダンへ瞬時に帰還したのだった。

フォルダンに到着すると真っ直ぐ宿屋へ向かい2部屋を取ると全が宿屋の主人の気を引いている間に武仁はレディオーガを部屋の中へ押し入れる。
アルテミスとルナはフォルダンに家がある為各々自宅で休むと言ったが、全は遅れて部屋に入ると会話に割って入る。

「アルテミス、ルナ。今日1日で君達はかなり力をつけたよ。既にSランクの討伐クエストも問題なくこなせるだろう......明日以降の竜の渓谷へは連れて行くことは出来ない。決して足手まといだとかではないんだ......しかし魔素濃度、あれは君達にとっては厄介だろう」

そう話すとルナは「それが賢明ね」と言ったがアルテミスの表情は明るくはなかった。

「大丈夫! もちろんお兄さんについての情報が入り次第伝えるし、救出の際にはもちろん手伝わせてほしいとも思っているよ。それにここまでの討伐証明も折半するよ」

そう言うとベットカバーを手に取り複製しそれを錬成してエコバッグの様な形態の鞄を造ると、収納から竜の渓谷への道中で倒した魔物たちの討伐証明をその中に入れ渡した。

アルテミスも何となくそう言われる事を予測していたのだろう、切なげに笑うと「お帰りを待っていますね!」と気持ちを押し込め引き下がる。
アルテミスとルナは頭を深々と下げると部屋を後にし、全と武仁とズチは2人を見送った。

「おい全。お前魔素濃度って、どうにかできるんじゃねえの?」

2人が去った後に武仁が全に尋ねた。

「......そうだね。例えば防御結界(シールプロテクト)を常時発動したり、あとは強化(ブースト)でバフをかけたり、他にも光属性魔法の常時回復(リジェネ)や......」

そう言う全に武仁は「じゃあなんでだ?」と聞く。

「焦りの余り危なっかしいと感じたんだ。このまま同行させれば心に忠実になるあまり体を蔑ろにするんじゃないかってね。それにいくら僕らがフォローしたところでそれはかなりゴリ押しな戦法になるし、彼女達は僕らと動くよりもある程度力をつけたしあとは自力で訓練した方が自信にも繋がるんじゃないかなって」

武仁も納得した様で「明日からの竜の渓谷の攻略は俺たち4人だ、よろしくな」とズチやレディオーガに言う。
全はテーブルに非常食と水を出すと「今日はこれですまないが」と断りを入れると4人は部屋で食事を摂りズチとレディオーガは隣の部屋へ移るとそれぞれ床に着いた。

翌朝、身支度を整えるとズチとレディオーガの部屋を訪れる。
2人も準備はできている様だ、挨拶を交わすと全がレディオーガに声をかける。

「人里に無理矢理連れて来てごめんね、慣れて行く必要もあるかなと思ったけど強引過ぎたね。ベッドはよく眠れたかな?」

強制的にレディオーガを連れて来た事に彼女は立腹している様子だが「まぁまぁ」とズチがなだめると気に食わないながらにも不満を飲み込んだ。
魔物と分類されるズチだからなのか、レディオーガは全と武仁に比べればズチの声は少しだけ彼女に届きやすい様に見えた。

それから4人は竜の渓谷へ転移(ワープ)を使用し移動すると昨日の地点から再び進行をはじめる。
相変わらず魔素の霧が立ち込めているが、朝出発してから陽が傾くまでに昨日の様な竜と1度交戦しただけで渓谷内は基本的には静かなものだった。

完全に陽が沈みきる前、少しずつ狭くなったいく渓谷の道でここまで口を開くこともなかったレディオーガがぽつりと問いかけた。

「お主ら古竜に会うのか?」

「あぁ、3強の魔物は仲間にしてぇからな」

武仁がそう答えるとレディオーガは「笑わせるな。仲間を使役するのか?」と鋭い目をする。

「厄災まで時間がねぇんだ。何とでも言えよ」

主従関係となる使役(テイム)を使い無理矢理レディオーガを連れてきている事に仲間と言うのは矛盾している。
武仁もわかってはいるが一気に空気が重たくなった。

「今日はここで野営だね」

全はそこに触れる事なく野営の準備をしはじめた。
テントを複製するとテキパキと設営し食事を摂ると武仁の希望で武仁はズチと、全はレディオーガと一夜を過ごす事になった。

「......あいつの言うことは間違ってねぇ......俺はあいつを傷つけてんだよな......正義を通すっつーのは難しいんだな。俺間違ってねぇかな?」

テントの中で寝転がると天を仰ぎながら武仁はズチに問いかけた。

「武仁殿......我は武仁殿の成し遂げようとする大義を間違いなどとは思いませぬ。武仁殿はお優しい。世界平和に魔物と人の住み良い世界......レディオーガ殿の信頼を得るのはなかなかに難しいでしょうが、その世界が現実となればきっとレディオーガ殿も我々と目線の高さを合わせて下さると信じましょうぞ」

武仁は内心苦しくて仕方がなかったのだろう。
少しの弱音を吐くと、誰かにこの信じる正義が折れない様に後押しして欲しかったのだ。
盗賊に堕ちた人に対しては手を貸す事が全てではないと主張したが、魔物であればまた話が違う。
言わば敵対している勢力、これを協力関係にしようとすれば反発が起きるのは不可避である。

ズチに漏らして少し胸のつかえも取れたのか武仁は眠りにつき、それを見届けるとズチも床についた。

翌朝も変わらず竜の渓谷をひたすら進む4人。
武仁は前日までが嘘の様に張り切った様子でズカズカと先頭を進んだ。
そんな武仁の後ろ姿を昨晩レディオーガと同じテントで過ごした全は彼女との会話を思い出しながら見つめる。

「君はなぜ武仁にばかり辛く当たるんだい?僕やズチよりも武仁に当たりがきついように感じるんだけど、気のせいかな?」

全が寝る前にレディオーガへ尋ねた。

「フン......さほど変わらぬ。人と言うのは瑣末な事を気にするのだな。しかしズチは魔物だからな、言うならばその程度だ」

レディオーガが答えると全は更に尋ねる。

「それなら尚更、僕よりも武仁へきついのは何故だい?」

そんなつもりのないレディオーガはそう問われると再びフンと鼻で笑いその問いに答える事はなくそっぽを向いて次第に眠りに落ちた様だった。

ああは言っていたが彼女は武仁にだけ僅かながらに全やズチとは別のものを感じている、全はそんな気がしていたのだ。

「武仁殿、張り切ってますなあ! どれ! 我も追いかけましょうぞ!」

ズチは武仁の背中を追い全とレディオーガを抜いて行く。

「お主も行けば良い。あやつらの足であれば今日のうちに古竜にも会えるやもしれぬぞ」

レディオーガが全にふと話しかける。

「いや、僕は体力には自信がないからね。君とゆっくり進むよ。それより古竜と言うのが竜の上位種なのかい?」

「フン、男だと言うに情けのない奴だな......まぁ良い......察しの通り古竜は上位種じゃ。総称のようなものであるからな、名前は別に持っておるがな」

意外にも会話が続く事に全は少し驚きながらも、決して表情には出さずに続ける。

「......じゃあ君にも名前があるの?」

レディオーガはそれを聞かれると顔を赤らめながら声を荒げた。

「お主! 上位種に名を聞くなど! 無礼ぞ!」

地雷を踏んでしまったのか、全はすぐに謝罪したがレディオーガはフンとそっぽを向くと口を閉ざした。

昼を過ぎていよいよ渓谷の道は人が横並びに3人入るかと言うほどまで細くなり、魔素の霧も道が狭まるにつれて紫色が濃ゆくなっているように感じる。
この辺りで武仁の第六感は強い力の反応を感知した。

「レディオーガみてぇなデカい反応があるな。あと3kmでいよいよご対面だ!」

武仁は後ろにいる3人にそう言うと更に足早に進む。

「お主らは人だと言うのによくこの魔素の中で平然としておれるな」

レディオーガがぽつりと言葉を漏らすと、それを聞き漏らす事なく全は拾い上げ答える。

「ズチは魔物とされているから、平気なのかな? 僕と武仁については......よく驚かれたりするから、人と魔物のハーフとでも思ってくれた方が良いかもしれないね」

全はこれまでもその桁外れな能力で様々な人を驚かしてきた事もあり、我ながら良い例えなのではないかと微笑みながら答える。
レディオーガはこの言葉に目を丸くしながらもフンと言うと全を追い抜かした。

武仁の感知した通り3kmほど進むと狭まる一方だった渓谷の道が一気に開けた。
円を描くように丸いその広場の真ん中には道中で遭遇した竜とは違い真っ黒な体をした古竜が静かに横たわっている。

「人よ、何用か」

古竜は横たわったまま片目をチラリと開くと見下ろしながら言葉少なに声を出した。
その中にレディオーガの姿を確認すると「ほぅ、珍妙だ」と加えた。

「人と協力関係を築いて欲しいんだ、3強の魔物なら他の魔物達に与える影響はデカいだろ。仲間になってくれねぇか?」

武仁は古竜を見上げると物怖じする事なく言う。

「人よ、其方は我より強き者。何故尋ねる? 見るにあのプライドの高いレディオーガさえ其方の手中。我に権限はないのではないのか?」

古竜はやはりレディオーガと似通った思考で武仁は眉を顰めたが力強く答えた。

「確かに俺はお前らより強ぇ。実際こいつは力づくで使役した......けどよぉ、ちょっとで良いんだ。考えて見てほしいんだよ。人と魔物が手を取り合えればもっと住みやすいんじゃねぇかってよ......俺は上手く言えねぇ、だが俺はお前らを裏切らねぇ! 俺に言えんのはそんだけだ! 無理ってんなら悪ぃけど力づくだ!」

武仁がそう言い放つと古竜は目を瞑り、しばらく考えていたのかパッと両目を開くと身を起こした。

「人よ、我は其方のような者に出会った事はない......よかろう、丁度この景色にも飽きていたところ。此度の厄災、そしてその後まで、其方が何を成すのか見届ける事とする。我が名はラドン。其方の名を聞こう」

古竜ラドンはただの気まぐれだったのかもしれない、だが使役せずに迎えた魔物に武仁は感無量の様子だ。

「お......おぅ! 俺は武仁だ! こっちが全、そっちはズチで、あっちのがレディオーガだ! ラドン、よろしく頼むぜ!」

武仁の返事の中でレディオーガをレディオーガと紹介されたラドンは彼女に視線を流すと「其方、名を名乗らんのか?」と一言かける。

「まさか古竜ともあろうお主が名を明かすなどとは......妾はお主のように戯れで明かす名など持っておらぬ!」

レディオーガの言葉に大きな体を揺らしながら笑うと渓谷の空気すら震えた。

「強情でプライドの高いレディオーガよ。お主は武仁らに生かされておる。共に生きる事こそ1番それらを維持も出来ように......意地を通すとは、不便よのう」

ラドンがそう言うと「お主に何がわかる!?」と声を荒げるとレディオーガはフンとそっぽを向くのだった。

 ラドンの協力を得る事が叶ったところで、全はラドンに秘境について尋ねた。

 「竜の渓谷に秘境と呼ばれる場所はないかい? これまであまり人の目についていない場所なんだと思うんだが......」

 ラドンはしばらく考えるてから答える。

 「ここは魔素濃度が高い。人が気安く足を運べる様な場所ではない。我の元まで来た人すらおらぬが......しいて言うなれば......我の後ろに渓谷はもう少し続いておる。そこの事かも知れぬな」

 それを聞き全がラドンの後方にまわり込むと、確かに洞窟状に道が続いていたが、そこは到底竜が通れる様な大きさではない。

 「すまないがこの先に行きたいんだ。ラドンは少しここで待っていてくれ」

 全がそう言いラドンは了承すると、レディオーガも「妾もここで待っておるぞ」とその場に座り込んだ。

 全と武仁とズチは3人で渓谷の奥地、洞窟状になった道に足を踏み入れた。
 洞窟状だと思っていたそこは、どちらかと言えば筒状で、少し進むと光が差し込んでいるのが確認出来る。

 出口を抜けると、天井には空と繋ぐかの様に穴が空いており、地面には一面に草花が生い茂る。
 不思議なのは、この場所だけ魔素が薄くなっている事だ。
 そして、天井に空いた穴から直に光が当たるこの場所の真ん中には、根さえ立派だが、幹の途中からは形を成してない、痛ましい大樹があった。

 「......これは......」

 全はそう呟くと鑑定をかけながら、武仁とズチと共にその大樹に近づいて行く。


 【雷神の大樹】


 鑑定の結果にさほど驚く事はなく、一目見た時から何となくそんな予感はしていた3人。
 人知れず、この世界が創生されてからずっとここにあったのか......。

 「ズチ、何か知っているかい?」

 全が問いかける。

 「いや......我も雷神の大樹の存在をはじめて知った......まさかこの様な人気のない場所に、それにお姿も痛ましい......」

 ズチはなかなか言葉にならない様子だ。
 全は続けてリンを顕現させると、メロディに乗ってリンが姿を現した。

 「リン、雷神の大樹を見つけたんだ。しかし......生気を感じない......これが見つけられなかった原因なのかな」

 『......私も......神々でさえ、その存在を知る事は出来ませんでした〜。これは......創生時の事象が影響しているのかもしれません〜......』

 リンは、はじめて見るその痛ましい雷神の大樹の姿に、やはり創生に起きた何かが要因ではないか、と話すとズチに目をやる。

 『全様、ズチが魔物化しております〜。不思議ですね〜』

 笑いながらそう言うと、武仁がリンにも「リンも召喚してやろうか? 魔物になっちまうが」と聞いた。
 リンは首を大きく横に振りながら断ったが、ある提案をする。

 『神の使いの立場が1人もいなくなると、少し不便かもしれません〜。ズチは記憶を一部失ったと......確かに話す事は叶いませんが、それを知る存在である私は、いつかどこかでまだお役に立つかもしれません〜。召喚するのであれば、まだ見ぬ他の神の使いがよろしいかと〜♪』

 それを聞いて全も納得した様だ、武仁に「厄災に備えて各領地に転移者を配置して置くのも、悪くないかも知れないね」と言うと、武仁も「悪くねぇな」と答えると、思い出したかの様にリンが話しはじめた。

 『.......そう言えば、神々はお2人の行動に、とても興味を抱いていらっしゃるようです〜。もしかすると、更なるボーナスを授かるかもしれませんよ〜』

 そう言うと、ズチにヒラヒラと手を振り、全と武仁にお辞儀をすると、リンはスゥっと姿を消した。

 「よし! とりあえず渓谷はここで終わりの様だ! 今はなす術もないし......雷神の大樹が存在した事がわかり、大収穫だね。戻ろうか!」

 武仁とズチが頷くと、3人はその場を後にし、ラドンとレディオーガの元へ戻った。

 「しかし......依頼主はなぜ秘境だなんて......どう言う事だったのかな......大体さっきラドンの言った通り、この魔素濃度でここまで来られる?」

 全はギルドへの報告を前に、改めて今回のクエストについて考えている様だ。
 するとラドンが口を開く。

 「魔素に当てられた人は幻覚を見る事もある。秘境と言うのはわからぬが、可能性としてはそれが1番考えられるが......そう言えば......」

 ラドンが途中で口籠ったため「そう言えば?」と全は聞き返したが「いや、なんでもない」と答えた。

 「んじゃあ、魔素にやられて幻覚を見たんだろう、奥地まで言ったが秘境はなかった、っつー事だな!」

 武仁がそう言うと全も納得し、ズチとも会話をしている様だが、ラドンは1人言い掛けた続きを思い返していた。
 はるか昔、渓谷に置いて行かれた人がいた事、魔素に当てられ幻覚を見ていたその人を、人里近くまで運んだ事。
 ただの気まぐれだったが......義理深い人もいるのだな、とラドンは瑣末な思い出まで話す事はないと、これを自身の胸におさめたのだった。

 「さぁ! フォルダンに戻ろうか! 折角なら......乗せて?」

 全は目を輝かせながらラドンに頼むと、ラドンは嫌々ながらに全員を背に乗せた。

 「振り落とされるな、人よ!」

 黒く大きな両翼を開くと、空へ向かって羽ばたいた。
 全と武仁は顔を見合わせながら微笑むと、まるで絶叫マシンに乗った時の様に声を高らかに上げて、はじめて空を飛ぶ感覚に興奮するのだった。

 ラドンの背に乗り、水上の街フォルダンに戻ってきた一行は、街の入り口で頭を抱えていた。

 「レディオーガは大丈夫そうだけど、ラドンは......そのままの姿で街入るのは厳しいね......」

 全はラドンの大きな体を見上げながら言う。

 「しかし......レディオーガ殿も角がありますからな......冒険者が見れば、魔物だと言う事はわかってしまいますぞ」

 ズチも危惧している様だが、武仁の考えは違った。

 「いや、いい。魔物と協力して行くんだぜ? そのままで行こうぜ。ただ......全が言うみてぇに、ラドンはデカすぎて街に入れねぇな......」

 それを聞いてズチは「また我は......! 流石は武仁殿......!」と言いながら1人騒いでいる。

 「あはは......ズチは置いておいて......うん、武仁の言う通りだね。だとすれば......ラドン、ちょっと魔法で小さくしても良いかな?」

 全ははじめからそう提案しようとしていた様だ。

 「構わぬ。人里など初めてだ、これは当面退屈しないな」

 ラドンはそれなりに楽しみの様だ、しかし、レディオーガはやはり難しい顔をしていた。

 「妾も行かねばならぬのか? 人の群れに混ざるなど......」

 俯きながら言うレディオーガに、武仁が近づくと顔を覗き込みまじまじと見つめながら話しかける。

 「嫌なのはわかる、けどよ、お前の力は必要だ。信じろ......っつーのは無理があるかもしれねぇが、悪ぃ様にはしねぇ。俺に着いてきてくれねぇか?」

 レディオーガは武仁の言葉に、フン、と鼻で笑いながら「拒否権はあるのか?」と憎まれ口を叩いたものの、「行くなら早くしろ!」と街の入り口に向かいながら急かした。

 少し面食らった武仁だが「おう!」と返事をすると、レディオーガを追いかけ、その後ろをズチが追う。

 全は魔法創造スキルを使用し、変化(チェンジ)を生み出すとラドンに使うと、見た目はそのままにみるみる小さくなっていく。

 「......これは......どう言う原理だ?」

 人の頭ほどの大きさにまで小さくなったラドンは、不思議そうにしている。

 「僕の思い描く形に変化するように魔法を作って、それをラドンに掛けたんだよ。解除しない限りそのままだけど、街の中では困らないかなって! 不便だったらもう少し大きくする? それとも人型が良かったかな?」

 「魔法を作るとは......長いこと生きているが、其方らは実に愉快だな......いや、このままで良い! 身軽だな!」

 ラドンは満足気に宙を飛び回ると「良かった。じゃあ行こうか!」と言う全に着いていきフォルダンの門を潜ると、冒険者ギルドまで真っ直ぐ足を運ぶ。

 ギルドまでの道で街人の視線を感じながらも、構うことなく堂々と歩いた。
 レディオーガは特に関心もなさそうだが、初めての人里とありラドンはキョロキョロと目配せに忙しない様子だ。

 一行は無事に冒険者ギルドに到着すると、ギルド内にいる冒険者達はレディオーガとラドンの姿を見て騒ついた。
 その声に気が付いたのか、同じくギルドに居合わせたアルテミスとルナが駆け寄ってくる。

 「お疲れ様です!」

 そう言うアルテミスに、「クエストの報告をするけど、同席するかい?」と全が尋ねると、「はい!」と返事をするアルテミス。
 ルナは他の冒険者同様、ラドンやレディオーガの事が気になる様子だ。

 ギルドの窓口で受付のムムに、竜の渓谷にあるとされていた秘境について、クエストの報告をする。

 「全さん、武仁さん、おかえりなさい。そしてお疲れ様です! ......そちらは......?」

 ムムの言葉に反応したのか、ギルドマスターのサードも仕事の手を止め、ムムの横から窓口に顔を出す。
 ムムはレディオーガとラドン、そしてズチに対して恐る恐る聞いてきた。
 ギルドマスターも意外な訪問者に驚いている様に見える。

 「こんにちは、まずはクエストの報告を。僕たちは竜の渓谷を隈なく探しましたが、秘境と言われる場所はありませんでした。ただ、渓谷内は進むに連れて魔素濃度が高くなっており、依頼主は魔素に当てられて、幻覚を見た可能性があります。それから、奥地でこの古竜に遭遇し、武仁のスキルで使役しました。レディオーガも同じく。更に、渓谷の最奥にある場所には、未発見とされていた雷神の大樹を確認しました」

 全がクエストの報告と合わせて、信憑性を高めるために古竜との遭遇、そして雷神の大樹の発見についても話す。
 また、レディオーガとラドンについて、使役と言うワードを使えば、人を襲う事はない、と認識させようと考えたのだ。

 報告を受けて、サードが口を開く。

 「クエストについては、なるほど......依頼者亡き今、これ以上は探求も難しいでしょう。理屈としても納得の行くものです。それに......古竜とは......長年に渡り張り出されていたクエストですが、クリアとしましょう。お疲れ様でした。......しかし信じ難い......聖人の器とは言え、本当に規格外が過ぎて驚かされます......使役とは......それにレディオーガや古竜と言えば3強の魔物......伝記や図鑑でしかその存在を知る者はいませんよ......その上、雷神様の大樹とは......」

 サードがそう話すと、武仁が割って入る。

 「おう、だからよ、3強の魔物に頼んでよ、人と協力関係になろうって話なんだわ! 魔物のトップが言えば、それよか下の魔物は聞く耳持つだろ? 厄災前に話詰めてぇからよ、国王に話通しに行ってくる」

 「......凄い話ですね......わかりました。そう言う事でしたら早い方が良いでしょう。雷神様の大樹を発見された件も陛下に報告された方が良いかと」

 サードは驚嘆しながらも淡々と答え、事務処理を済ませるとクエスト報酬の白金貨1枚を差し出した。

 「サードさん、ムムさん、ありがとうございます。では急ぎ王都へ向かいます!」

 全はそう言いながら頭を下げると、アルテミスとルナの方を向き声を掛けた。

 「と、言う訳で王都へ行ってくるね。バタバタとしてすまないが、まだお兄さんの件は連絡がないし、今後連絡があればアルテミスやルナにもすぐ伝達できた方が便利だと思うんだ。良ければ念話を使ってもいいかな?」

 それを聞いてアルテミスは「是非お願いします!」と答え、ルナは首を横に振った。

 「私は遠慮するわ。しばらくアルテミスと2人で行動しようと話をしていたの。アルテミスに連絡してくれれば私も把握できるでしょう」

 全は「わかったよ」と言うと、アルテミスに念話スキルを使った。

 アルテミスとルナに再び別れを告げると、全は転移(ワープ)を唱え、一行は王都ボルディアの謁見の間へ移動したのだった。

 --聖ライガ教会

 虎次郎の思惑通り、王都ボルディアへ向かう事になった聖人と龍己だったが、聖人はふいにオダーに言われた言葉を思い出した。

 「なぁ、王都って言えば独裁主義な国王のいる場所だよな? そんなとこに俺らがウロチョロしても大丈夫なのか?」

 虎次郎は、痛いところをつかれた、と一瞬思ったが、顔には出さない。

 「大丈夫だよー! だってさぁ、オダーさんみたいく、鑑定! ってやらないとバレないんだよ? それに人も多いだろうし、誰も僕らの事なんて気にしないよー! まぁ、聖ちゃんはカッコいいから目立っちゃうけど......いざとなれば帰ってくればいいんだし!」

 それを聞くと、「あっはっは! そうだな! 俺のせいでバレちまったらごめんな!」と、聖人の疑問は虎次郎の煽てに掻き消された様だ。

 「うし! 準備も出来たし、出発するか!」

 聖人が切り出すと、虎次郎と龍己も「行こう!」と続け、部屋の扉を開ける。
 廊下にいるシスターに、「オダーはいないのか?」と聞くと、「ただいま礼拝中でございます」と答えるシスター。

 「僕たち、教会周辺で鍛錬してくるから、オダーさんに言っといて! 2〜3日野営するから、野営の準備もしてもらえる? 龍っちゃんに早く追いつかないといけないからさ! 外で待ってるから、準備が出来たら持ってきてね!」

 虎次郎がシスターにそう言うと、「かしこまりました」と言ってシスターは準備のためにその場を離れた。

 「虎は本当に......たまに怖くなるぜ......」

 聖人が呟くと龍己もうんうんと頷き、「えー! なんでだよぉー!」と虎次郎はバタバタと手を動かしながら抗議した。

 それから3人は、教会の外にある厩舎から馬を連れ出し、入り口で待機する。

 しばらくしてシスターが3人にそれぞれ鞄を手渡すと、中身を確認する3人。

 3日分の食糧は傷みにくい干し肉をメインに、飲料水は瓶で3本と、ポーションが3つ、それに簡易テントだ。

 不思議な鞄で、重さをそんなに感じない。

 「これ、なんでこんなに軽いんだ? それに中身の割にペタンコだな」

 聖人が聞くと、シスターは「収納魔法を施した鞄になります」と言った。

 3人は一様に感嘆の表情を浮かべると、「じゃあ行ってくる!」と聖人が先頭を、次いで虎次郎が、そして最後に龍己がシスターに頭を下げると、馬に跨り教会を出発した。

 教会は木々に取り囲まれており、それは深い森のようではあるが、よく見ればそれなりに道になっている。

 龍己は日々訓練していた事や、竜の渓谷方面、そして王都ボルディア方面へも行っており、聖人や虎次郎とは違い、道なりを把握しようと意識していた為、大体の方角はわかる様だ。

 先頭は聖人だが、後方から虎次郎へ進行方向を教え、それを虎次郎が聖人に伝える。

 「なぁ、実際さ、俺と虎は龍より弱ぇんだよな? 王都でヤバい奴らに出会した時の為に、ちょっと魔物狩っとかねぇ?」

 しばらく進んだ辺り、一回目の休憩で聖人が切り出した。
 虎次郎は怖がったが、龍己は「いざとなれば助ける」と言い、聖人の案に乗った。

 「龍に教わるのもなんか癪だが......俺はすぐお前を追い越すぞ!」

 聖人がそう言うと龍己は優しく微笑み、虎次郎は「聖ちゃん、言い方ぁ!」と言いながら顔を見合わせて笑う3人。

 それから龍己にステータスオープンでステータスが確認できる事、そこから使える魔法の種類も確認できる事、魔法は相手に向かって唱えれば発動する事を教わると、早速ステータスウィンドウを見る聖人と虎次郎。

 「俺と虎はレベル1、龍が158か......使える魔法は全員同じ......条件は同じ......なのか? ますます負けらんねぇな!」

 聖人は意気込むと立ち上がり、木に向かって雷撃(サンダーショック)を放った。

 木は雷に打たれた様に縦に割れると、炭と化し、風に崩れ落ちた。
 虎次郎は目を丸くしながら驚き、放った聖人もその威力に唖然とする。

 「......こりゃ凄ぇ」

 聖人が呟くと、虎次郎も我に返り手を叩きながら「聖ちゃん! 凄い!」と囃し立てた。

 しかし、雷撃(サンダーショック)が木に直撃したその音で、どうやら魔物が近寄ってきた様だ。

 感知のステータスが聖人と虎次郎よりも高い龍己が、一瞬早くその気配に気づくと、「魔物だ!」と声を上げると同時に立ち上がる。
 龍己の声に反応して虎次郎も立ち上がった。

 木々を掻き分けて姿を現したのは、猪の魔物で、魔物はこちらを目視し立ち止まると、地面を幾度も掻き荒らす。

 「聖人! 突進してくるぞ! 魔法を撃て!」

 龍己が言うと同時に猪の魔物は虎次郎目がけて突進する。
 複数の敵の中で、まずは1番小さな獲物を狙う、生物の本能なのかもしれない。

 聖人は竦んで初動が遅れたが、虎次郎は咄嗟に叫んだ。

 「雷撃(サンダーショック)!」

 虎次郎が放った雷撃(サンダーショック)は魔物を直撃した。
 消し炭となった魔物は、討伐証明である牙を落とす。

 「......びっくりしたあ......!」

 虎次郎はその場にへたり込むと、龍己が落ちた牙を拾う。

 「......いきなりは卑怯だぞ! 次は俺がやるからな!」

 聖人はやっと緊張が解けたのだろう、いつもの威勢を取り戻した。

 「龍っちゃん、それは何?」

 虎次郎が龍己に聞くと、龍己は「魔物を倒すと何かを落とすんだ。猪は牙......一応今までのも拾っている、役に立つかもしれないから」と答えながら、拾った牙を虎次郎に渡した。

 「つぅ事は! それをいっぱい持ってた奴が勝ちだな! こっからは早いもん勝ちな!」

 聖人は何事も負けず嫌いで、討伐証明の数で競うつもりの様だ。

 虎次郎が「じゃあ龍っちゃんは今までの分もあるし、今回は審判ね!」と言うと龍己は頷き、「しばらくここで待ち伏せして狩るぞ!」と聖人は息巻くのだった。

交錯の異世界 〜異世界転移したらインフレチート性能だったので1000年に1度の厄災を終わらせてから帰ります〜

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