温泉で凝り固まった頭と体を癒そうとフォルダンの名所の1つと言われる温泉に来た2人は久々の湯船に思わず「はぁ〜」と声が漏れる。
思い返してみれば異世界転移してからと言うものたくさんの人に出会い色々な地に足を運びこの世界で生きるべく魔物と対峙し帰るために厄災と向き合い、そして今は神々の意志について考えを巡らせたりとゆっくりと休む間も無く怒涛の8日間を過ごしてきた。
異世界での毎日は1日1日が濃く何もかもが新鮮で、楽しんでいたはずだがいくら充実していたとしても疲労とは気付かぬうちに蓄積するものだ。
「まさか異世界に温泉があるとはなぁ、日本人にとっては至福だよなぁ......これは今日はよく眠れそうだ......」
全が言うと武仁は「おっさんくせぇが......同感だぜ〜......」と温泉を満喫している。
一時の休息で他愛のない会話をしながら、ふと全はこの街の人々の肌艶の良さや澄み渡る空気、そして温泉や水神の大樹が街中にある事もあり、もしかするとフォルダンの水は何か癒しの効果でもあるのかな、と温泉を鑑定してみた。
するとやはり疲労回復や滋養強壮などの様々な効果がある事を確認し、錬成に使えるかもしれないと収納から瓶を取り出すと湯を入れクリーンをかけると魔素を流し込み保存した。
温泉を出るともう陽も沈んでおり、眠そうにしている武仁を引っ張って全はケインに聞いていたもう1つの名物、エールと言う飲み物を求めて酒場に入ると「エールを1杯とそれに合うつまみ、それから......」とメニューを見ながら注文をする。
「エールってアルコールで僕らの世界で言うところのビールのようなものらしいから、武仁は飲めないね! 僕も普段お酒はあまり飲まないんだけど、名物って言うなら味わってみないと損な気がして......まるで旅行だね!」
全が武仁に話しかけたが「腹減った眠てぇ......」と今にも突っ伏して眠りそうだ。
連れないなぁ、と思う全だが、成長期の武仁はパワフルだがその分睡眠も食欲も成人している全よりも体が必要としているのだろう。
待ち兼ねたエールと食事がテーブルに運ばれると全はエールを飲んでみた。
どちらかと言えばスパークリングワインのような爽やかな味で、しかしビールのような喉越しである。
「美味しい!」と言うと注文したつまみに箸をつけながらちびちびと呑み進めた。
一方武仁は運ばれてきたスープと魚料理をガツガツと一気に平らげると「肉もいいが魚もいいな!」とご満悦の様子だ。
エール1杯で気分も良くなり腹も満たされた2人、全は早く眠りたいと訴える武仁に急かされ会計を済ませると酒場を後にした。
「眠てぇのになぁ......」
武仁が酒場を出てすぐ呟くと全は「眠たいのはわかったよ。あとは宿屋に戻るだけだから」と言ったが「違うよ」と言うと同時に念話で直に語りかけてきた。
(スキルか何かで誤魔化してんだろうけど酒場入る前から視線感じる、ついてきてんぞー。俺眠てぇからなんかあったら全頼んだぞー)
それを聞いて全はすぐに辺りを見渡したが誰もいない。
その後特に何もなく宿屋まで戻った2人、全は「何だったんだよ?」と武仁に聞いたが「知らねぇよ、寝るー」と言うとすぐに眠りに落ちてしまった。
モヤモヤとしながらも目がさえてしまった全は「......錬成しよう!」と部屋にある机に収納からゴッソリ素材を出すと結局夜更けまで1人錬成に打ち込むとそのまま机で寝てしまったのだろう、いつの間にか朝が訪れていた。
「ふぁ〜......よく寝た! よっしゃ! んじゃあ今日は何する!? クエスト行くっつったか!?」
グッスリと睡眠をとっていつになく朝から張り切るほど元気な武仁に今度は全が「眠たい......お昼まで待って......」と言うと椅子から立ち上がりベッドに潜り込むとすぐに寝息を立てた。
武仁は少し気を落としたがすぐに切り替えると、昼まで暇だし街ブラするか、と宿屋を出て「昨日感じた視線はもうないな.....」と呟くとギルドへ向かった。
武仁は昨晩称号の効果により隠蔽系のスキルを探知しそれを阻害したようだ。
ギルドへ到着し依頼ボードを見ているとギルドの奥からドタバタと慌ただしく走って近づいてきた女は「聖人の器様ですか!?」と武仁に声をかけてきた。
いきなりなんだ、とびっくりした武仁は「あぁ......なんで?」と返すと話しはじめた女の言葉を聞いて昨夜の視線に納得するのだった。
「はじめまして、私はアルテミス! 昨日......水神様の大樹のところで厄災の種を浄化していましたよね!?」
単純な話だ、王都から周知された聖人の器の存在と厄災の芽の発生、そこへ昨日の街中での種の浄化である。
2人は特に周りに気をかけるでもなく堂々とやっていたが、その時点からその場にいた街の人間からたちまち噂となって広まっていたのだ。
昨日の視線もそれが原因か......と武仁は理解すると「昨日気になって隠れて見ていたのですが、なぜか途中からスキルが使えなくなってしまったので......きっとこちらに来ると思いお待ちしていました!」とアルテミスが話を続けると「お前かよ」と静かに武仁はツッコミを入れたがアルテミスはきょとんとした顔をするのだった。
アルテミスと名乗る女に声を掛けられた武仁は厄災の種を浄化した場面を見られており2人が聖人の器であることを知ったとしてもなぜ昨晩スキルを使用してまで自分たちをつけていたのか疑問を抱いた。
「お前俺たちをつけてたろ? なんか目的でもあんのか?」
武仁がアルテミスに問うと彼女は答えた。
「私はソロで冒険者をしています。ランクはAランクです......。私と同じくAランクでソロ活動をしている冒険者仲間が昨日クエストから帰ってきたのですが......クエストは商品の輸送で行先はカルカーンでした。私はギルドで顔を合わせた際にいつものようにクエストはどうだったかって聞いたんです。すると彼女はクエストの話はそっちのけで、たった数日でAランクにスピード昇格した規格外のルーキー2人組がいるらしいと興奮しながら私に話してくれました。私はそんな人がいる訳ないよ! と笑いながら否定しましたが、その日街を歩いていたら厄災の種を浄化する2人組を目の当たりにしたんです! そこで思い出したんです......王都から各領地へ緊急の伝令があった、その内容を。それは聖人の器が召喚されたこと、彼らは男性2人組で各地に発生している厄災の芽の討伐に尽力をしているため遭遇した際には全力でサポートをすること、それから最後に彼らはAランクの冒険者であること......」
アルテミスは周知された情報から2人が規格外のルーキーであり聖人の器であることを予測するとそれを確信に変えるべくスキルを使用し尾行、観察しようとしたのだった。
しかし解せない武仁は「だったら何だ?」と短く言い放つとアルテミスは真剣な顔で武仁に迫る。
「弟子にしてください!!」
武仁は予想しない言葉に一瞬呆けると「......はあ!?」と思わず漏らしたが「私、Aランク帯でもう3年......はっきり言って頭打ちなんです! 私のスキルは隠れ蓑と言ってもうお気づきだと思いますが姿を認識させないように隠せるスキルです。隠密活動、つまり情報収集などのクエストを主に行ってきました。しかし、スキルの性質上魔物の討伐には不向きで、闇討ちのように奇襲で乗り越えてきましたが......Sランクを考えると明らかにレベル不足なんです......!」と切実な思いを吐露されると一転少し考えた後に武仁は語りかけた。
「......お前さあ、なんでSランクになりてえんだ? Aランクでも報酬は十分だろ? 実力としても冒険者界隈では申し分ねえんじゃねえのか? それにソロじゃなくてパーティを組めば済む話なんじゃねえの?」
成長に限界を感じている思いは分かったがそもそもなぜソロで活動しているのか、そしてなぜそれ以上を望むのか、武仁は本能的に相手の言動の核となる部分が気になるのだろう。
それを聞かれるとアルテミスは「それは......」と口ごもる。
そうこうとやりとりをしていると武仁の背後から「相談してみたらいいんじゃない?」と声がし、振り返ると見知らぬ女がそこに立っていた。
栗色の柔らかな髪からのぞく猫耳と背後で揺れる尻尾、どうやら獣人族のようだ。
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったのだけど......ギルドの入り口で話をしていたものだから否が応でも耳に入ってしまって。それにあなた、大きいから避けて入ることができなかったわ」
どうやら女はアルテミスと顔見知りのようで、遠回しに武仁に邪魔だと、アルテミスにはこんな場所で話し込むなと言っているのだろう。
「私はフォルダンに拠点を置くソロのAランク冒険者、ルナよ。場所を変えない? 近くに紅茶の美味しい個室のお店があるのよ。ご馳走するからもう少しだけ彼女の話を聞いてもらえないかしら、規格外のルーキー」
ルナと名乗る彼女がアルテミスの言っていた冒険者仲間なのだろう、武仁は全も昼まで寝ると言っていたし少しならいいか、とそれを承諾すると3人は場所を移した。
「すみません、武仁さん......。聖人の器に協力しなければならない立場なのに私情を持ち掛けてしまって......」とアルテミスは表情を曇らせながら謝るとルナに促され弟子にしてほしいと言った核心を語り始めた。
「私には双子の兄がいます......。兄は15歳の年に、危険が伴うからと反対していた私と母を押し切り冒険者になりました。私の母は持病を患っており、その母の薬代を稼ぎ亡き父に代わり家計を支えるんだと......頼りになるとても優しい兄でした。しかし兄が冒険者になり数年経過し実力としてもギルド内でも噂されはじめた頃、母の持病を治せるかもしれない、と言う男が兄に言い寄ってきました。はじめこそ兄も胡散臭いと嫌煙していましたが、次第にあの人は本物だ、すごい人だぞ、俺が力を貸せば問題は解決するんだ! などと言うようになり、日々家事と母の看病をしていた私はそんな兄を突っぱねてしまったんです......。それから兄は家に戻らなくなり、しばらくは頭を冷やせばいいんだと放っておいたんです。しかし兄は数か月経っても戻りませんでした。私は兄の稼いだお金で母の看病を依頼すると冒険者になり、このスキルを活かし情報収集をはじめました。冒険者になり2年経つ頃ようやく、どうやら兄はとある宗教に加入したようだと言う情報をつかみました。その名は聖ライガ協会......しかしそこの信者は信仰が厚くその上ほとんどが兄のような冒険者の中でも腕の立つような人物で構成されていたんです。私は兄を目覚めさせて連れ戻したい......しかし、私では実力不足。パーティを組んで万が一仲間を危険に晒すようなことになってもいけないと、それから更に4年真剣にやってきましたが......」
話を聞く最中、武仁はアルテミスが最後まで話終える前に目に涙をためながら「もう言うな」と遮った。
武仁は兄弟愛が強く優しい男である、それに巡り合わせかのようにアルテミスの口から出た聖ライガ協会と言う名、武仁の答えは既に決まっている。
「事情はわかった! 頑張ったな......わかった、俺に任せろ。聖ライガ協会ってのには俺らもちょっと縁があんだ。早速動きてえ、と言いたいところだが......まずは俺の相棒にも話しておかねえとな!」
武仁はそう言うと2人を宿屋まで連れて行った。
宿屋に到着した武仁はまだ眠っている全を叩き起こすと連れてきたアルテミスとルナを雑に紹介し寝起きでぼんやりする全に構う事なく話を進める。
「昼まで寝るっつーから俺1人でギルドに行ったんだがよ、土産だぜ! こいつの兄貴を助けに行く! 全も早く顔洗え!」
武仁の話は雑すぎて何がなんだかわからない全は「ちょっと待って......」と言うとベッドから立ち上がり歯を磨いて顔を洗い椅子に腰をかけると眼鏡の位置をなおしながら「で? わかるように教えて、何だって?」と仕切り直す。
それを見ていたルナはフフっと笑い再び話しはじめようとする武仁を遮るように口を開いた。
「はじめまして、私はルナ、そして彼女はアルテミス。私たちは2人ともソロのAランク冒険者なの。彼女は兄を聖ライガ協会から助け出す力を身に付けるべくさきほど武仁さんに弟子入りを志願し、武仁さんは快諾してくれたのだけど、あなたはどうかしら?」
ルナは簡単に話をまとめ全に問いかけたがアルテミスは彼女に続くようにことの詳細を語る。
すると全はやはり武仁同様アルテミスの話を全て聞き終わる前に、それでいて話の腰を折らないタイミングを見ながら「うんうん。辛かったね、僕らで良ければ手伝うよ」と言うと話しながら感極まっているアルテミスの頭を撫でた。
「武仁、まず聖ライガ教会へはまだ行かない。たしかに彼女の兄は気がかりだが僕らや彼女が動くより打ってつけの人物がいるよね? まずはお兄さんの安否確認、無事を確認したのち現在の様子と協会内部に違和感はないか......龍に念話を送ってみよう」
全が言うと武仁は頭の上に電球が浮かぶのが見えそうなくらいに閃いたような顔をすると「そうだった! 龍か!」と言うと2人に「龍ってのが教会に潜入してんだ、そいつも仲間2人を助ける為にな!」と教えると全は早速念話を使い、(龍、調子はどうかな?)と話しかける。
(全さん......こっちは変わりないです......。どうしましたか?)
龍己から応答があると全は経緯を説明し、アルテミスから聞いた兄の特徴を伝える。
(アルテミスの兄の名はアポロと言い、赤毛に赤い瞳で年齢は25。火属性魔法を操る魔法剣士のようだ。この特徴と重なる人物が教会内にいないかそれとなく探ってほしい。......それから別件で教会内に違和感はないかい? 例えば......協会員が操られているような......又は洗脳か、そう言った類......それを念頭に置いて教会内の様子を見てほしい)
それを聞き龍己が了承すると全は(ありがとう、気をつけて)と言い念話を終わらせた。
「とりあえずは龍からの連絡を待とう。数日中に何かしら念話で伝えてくれると思うから......待っている間に、そうだな......うん! アルテミス、ルナ、君たちが良ければフォルダンの繋ぐ者として恩恵を授けたい。どうかな? あ、武仁はどう思うかな?」
そう話すと武仁は「いいね!」と答えたがアルテミスとルナは首を傾げる様子だったため、繋ぐ者と恩恵について全は端的に教え「もともとは弟子志願だったようだし、どうかな?」と微笑みながら再び聞くとアルテミスは快諾、ルナも「聖人の器様、光栄ですわ。よろしくお願いします」と受け入れた。
2人に恩恵を付与し終えると腹ごしらえをしたいと言う全は食堂へ向かい、4人でテーブルを囲み食事をしながら話を進める。
「そう言えば武仁、魔物を使役(テイム)しないの? ずっと思っててさぁ! 魔物使い(テイマー)だよ、魔物使い(テイマー)! 考えていたんだけど、やっぱり移動手段があった方が便利だと思うんだ! で、陸路なら馬だろうけど......空飛びたいと思わない? ......竜の渓谷......竜って名がついているんだ、竜がいると思わない? いや消して竜が見てみたいとか、ライトノベルの様に竜は話ができるのかなとか、そんな好奇心で言っているわけじゃないんだよ。......そう! アルテミスとルナもレベリングはしないとならないでしょ、何せ弟子入りしてくれた訳だし! 師なら強く鍛えてあげないといけないよね!?」
目を輝かせる全に圧倒されながら武仁は「.......お、おぅ」と答えると「本当!? じゃあ決まりだね、一応竜の渓谷方面のクエストがないかギルドで確認してから行こう」と全は胸を弾ませた。
しかしルナは竜の渓谷と聞いて表情を曇らせる。
「竜の渓谷、確かにそこには竜が棲まうとされています......しかし竜は誇り高く気高い、数千年と生きる種もいると聞きます......そんな種を打ち負かす力はいくら聖人の器とは言え......まして使役(テイム)だなんて......それに私とアルテミスが行って果たしてレベリングなんてできるでしょうか?」
ルナは冷静でいて賢い、至極現実的な話をするとアルテミスも「そうだよね、想像できないな......」と呟く。
しかしそんなルナの話を聞き武仁は逆にやる気に満ち溢れた顔をしながら言う。
「そんなに強そうな魔物がいたのかよ! 大体ワンパンで終わっちまうし肩透かしだったんだぜ!? よっしゃ! 決まりだな! 次の目的地は竜の渓谷だ」
それを聞き全も嬉しそうに「善は急げだ! 全だけに!」と言うと「うわぁ......いよいよだな......」とオヤジギャグにドン引きしながら武仁は料理を平らげた。
「アルテミスにルナ、大丈夫。命は保障できるよ、僕は転移(ワープ)が使えるから万が一危ないと思えば逃げられるし......僕はまだしも武仁が打ち負けるとは思えないけどね」
そう言うと全も料理を食べ終わり水を飲み干した。
ルナも転移(ワープ)が使用できると知り「それなら万が一はないわね」と少し安心した様子で、アルテミスも「足を引っ張らないように気をつけます!」と意気込んだ。
アルテミスとルナが食べ終わると武仁は店員を呼び会計を済ませ4人はギルドへ向かった。
ギルドに到着した4人は受付に声をかけ冒険者証を見せながら「竜の渓谷やその近辺にクエストはないかな?」と全が聞く。
「こんにちは! 私はフォルダン冒険者ギルドの受付係ムムと申します。4人で行かれるのですか? アルテミスさんとルナさんがパーティを組むのは珍しいですね! ......なるほど。あなた方が噂の......! 少しお待ち下さいね!」
受付係のムムは挨拶をしながら全と武仁の冒険者証をまじまじと見るとカウンター越しには見えなかったが隣で事務仕事をこなしている男を引っ張ると窓口に顔を出させる。
「こちらが当ギルドのマスター、サードさんです! ほら、ギルマス! この方々ですよ......!」
引っ張り出されたギルドマスターのサードはこれまでのギルドマスターとは風貌が違い、単一レンズの眼鏡をかけたスマートな容姿で冒険者ギルドにはあまり似つかわしくない男だ。
「これはこれは、はじめまして。ワンドやニドからの連絡でお話はお伺いしています。王都からの伝達もありお2人は今や領主や貴族、騎士団や傭兵団にとどまらず冒険者すらも知る有名人ですよ、お会いできて光栄です。各地で繋ぐ者へ恩恵を付与し各領地の戦力拡充をしながら厄災の芽の討伐をされていらっしゃるのですよね。その上冒険者としてクエストまでこなして頂けるとは......流石は聖人の器、感服致します。それで、今日はどのような?」
と話したところでムムは「竜の渓谷やその付近にクエストがないかと仰られています」とサードに言うと「これは二度手間をさせてしまうところでしたね、失礼しました」と言うとサードは何やらカウンター下から分厚い帳簿を取り出し、それをパラパラとめくるととあるページで手を止め話を続ける。
「......そうですね。受注してから随分と経ちますが、誰も受けない、受けても失敗続きのクエストが一つあるにはありますね......依頼ボードの端の方、ひときわ古びた依頼書があるのがお分かりでしょうか? そちらを確認した上で受注されるとあればこちらに依頼書をお持ち下さい」
そう言われ4人は依頼ボードへ近付くと端の方にある依頼書に目をやる。
依頼書は他とは違い紙ではなく布切れで出来ており長年張り出されているからなのか布はほつれ印字されている文字もところどころ薄くなっているがその依頼書には秘境の発見と書いてある。
文字も読み取りづらくこれまで見てきた依頼内容とは違うと感じた全は依頼書を剥ぎ取りサードに渡すとクエストの詳細を聞いた。
「帳簿によるとこの依頼はもうかれこれ数百年は前から貼り出されているようですね。竜の渓谷の最奥に秘境と呼ばれる場所があると言う依頼者は再び赴きたいが場所がわからないと言う事で依頼を出されたようですね。クエストは依頼者から依頼を受けた時点で報酬はギルドが預かりますので達成すればもちろん報酬をお渡しはできるのですが......何せ依頼者は既にお亡くなりになっておりますから、情報もこれだけしかないのです」
サードは依頼内容について話すと、あわせて危険性についてやこのクエストの難易度についても語り出した。
「竜の渓谷は竜の棲家と言われていますが、その辺りは出現する魔物が強く並の冒険者では太刀打ちすら出来ません。しかし帳簿にある記録によると報酬が破格であるためこれまで数多の冒険者がこのクエストに挑戦しているようですね......命を落とすまではなくとも全員が秘境についての収穫を得ることなく戻ってきています。このクエストとは別で過去にSランクの冒険者が竜の渓谷で竜と遭遇した事例ももちろんありますが1体討伐するのがやっとなほど桁外れに強大な魔物なのは確かです。しかしこれにより竜の渓谷にはっきりと竜が棲まうと言う事が判明したのですが......危険性も高く竜の渓谷は未開の地と言って良いほど全容は明らかになっていませんし、そもそも秘境と呼ばれる場所が実在するのかさえわかりません。いかがされますか?」
サードは古い帳簿を確認しながら丁寧に案内してくれたが、全と武仁は迷わずクエストを受注すると返事をした。
アルテミスとルナは尻込みしている様子だったが、武仁が2人の肩をポンと叩くと「心配すんな!」と一言発し、その様子を見ながら全はサードに「危険と判断すれば僕の転移(ワープ)魔法で脱出します」と言うとサードも「わかりました、ではくれぐれもお気をつけて」と4人を見送った。
「危惧する点はいくつもありますが.......まず竜の渓谷はフォルダンの東にあり、崖下なのでまずは崖下に降りる方法から考えなければなりません。それから秘境があるとした場合、道中はどの程度の日数がかかるのかもわかりませんし日持ちする食料の調達も必須でしょうね。あとは......」
ギルドから出るとルナがフォルダンを出る前に最低限の難所と準備品について口を開いたが、武仁は食い気味に「食料は必要だがいざとなれば転移(ワープ)してフォルダンで飯食って転移(ワープ)でまた渓谷に戻れるんだぜ? それに崖下だろうと全がいれば関係ねぇと思うぞ?」と言うと全はアルテミスとルナに向けて話しかける。
「一緒に戦うとなるとある程度何ができるか知っておいた方が良いね。まず武仁は棍棒を使う前衛職(アタッカー)で見えない敵すら感知しさらに見えないままに必中で攻撃ができる。更に魔物を使役(テイム)したりも可能だよ。僕は六属性の魔法が使えてあとは鑑定や錬成と魔法構築して生み出す事ができるんだ、崖下に降りるのは僕の魔法で可能だと思うよ」
それを聞いてルナは「......一般の冒険者の概念は捨てなければいけないわね。頼りにしているわ、お師様」と言うと「しかし全さん頼りきりと言うのもいけませ! 水や食料だけは最低限準備していきましょう!」とアルテミスが言うと4人は食堂へ向かい数日分の飲料水、それから食料は包んでもらい全が収納にしまい代金を支払うとフォルダンを出発した。
水上の街フォルダンを出てひたすら竜の渓谷を目指し歩みを進める一行、全は秘境にも興味を抱いている様子だが何より魔物使役(テイム)を直に拝みたくてたまらない。
「ねぇ武仁。確か魔物召喚って言うスキルを覚えなかった?」
全はテイムの事に考えを巡らせながらふと思い出したのだろう、武仁に問いかける。
「ああ、そう言やぁそんなのあったなぁ」
そう言うと前振りなく「魔物召喚」と呟いた。
するとウィンドウが表示され、魔物の名前なのだろう一覧がズラリと並んでおりご丁寧に写真まで表示されている。
ウィンドウの1番上には魔物名鑑と書いておりその右側には強さ、生息地など別にソートできる機能までついていた。
「武仁!! なんだこのウィンドウは!?」
武仁より前を歩いていた全は少し遅れて気がつくとウィンドウをまじまじと見つめ興奮している。
アルテミスとルナも不思議そうに覗き込んだ。
「......これは......武仁さんはここに書かれている魔物を召喚できるのですか......」
話半分で聞いていたルナは「わかんねぇ、やった事ねぇし」と言いながらウィンドウをスクロールさせ吟味している武仁に言う。
「ま......まさか、召喚しないわよね......?あなた、聖人の器だと言うのに......そんな事をしたら人為的に厄災だって起こせるじゃない......魔神のようだわ......」
ルナの言葉を聞きアルテミスは「さすがに言い方が悪いよルナ! それに厄災を起こすだなんて......聖人の器である武仁さんがそんな事しないよ!」と止めるように嗜めた。
武仁はウィンドウに夢中になるあまりルナとアルテミスの会話は右から左へと抜けたようで無反応だが、全は魔神と言うワードが引っかかりルナに「魔神って?」と聞く。
「......ごめんなさい、つい......。魔神と言うのは魔物を統べる魔物の事よ......厄災の時に必ず姿を現すと言われているの。魔物は魔素から成ると言われていて、厄災時は深淵(アビス)発生により魔素が急激に濃くなるの。そのためなのか厄災では魔神と呼ばれる魔物の中でも特に強い個体が出現し、魔物達も強くなり凶暴化すると聞くわ......」
「なるほど、それなら確かに武仁は魔神だね! はははは!」
ルナの話を聞き終わると納得した全は言い得て妙だと笑い出し、その声に気付いた武仁はようやく「なんだよ?」と反応を見せた。
全が「何でもないよ」と言うと再び武仁はウィンドウをスクロールさせて召喚する魔物を探す。
武仁は竜を探しているのかあいうえお順で並ぶデフォルト表示では埒があかないと感じ、ソート機能を使用し種別順に変えた。
スライム、オーガ、ゴブリン、バード、ゴーレム、ベア......まだ見ぬ魔物の種類もあるようだがこれまで遭遇した魔物の種類も確認できる。
「こっちの方がいいか......えーと、竜、竜......」
と武仁が呟きながらウィンドウをスクロールさせ目線を下げると次に表示された種別に驚きその指は止まる。
「......転移者......?」
呟かれた言葉を全は聞き漏らさなかった。
「なんだって!?」
そう言いウィンドウを覗き込むとそこには確かに写真付きで転移者と書かれていた。
武仁は驚きながらもおずおずと転移者と書かれた部分を押すと、更にこれまで転移されてきた者なのか、はたまたまた別の誰かなのかはわからないが一覧で表示されたその写真はどれも紛れもなく見た目は人間である。
そしてその中に見つけたのは、ズチとリンだった。
「......おいズチ。どう言う事だ......顔貸せ」
武仁がそう言うとズチが顕現し、それ自体に驚きを隠せないアルテミスとルナだが武仁も全もそれどころではない。
ズチはバツの悪そうな顔で答える。
『武仁殿......それは......理により話す事が叶わぬ故......』
「またそれか」と武仁は呟くと魔物召喚ウィンドウからズチを選び"召喚しますか?"と言うポップアップウィンドウが表示されると迷わず"はい"を選んだ。その指には無意識に力がこもる。
「おい! 武仁! まだどうなるかもわからないのになんて事を!」
全は武仁に迫ったが一足遅く、武仁と全そしてアルテミスとルナの前には顕現とは違い透けても浮いてもいないズチの容姿をした人物が目の前に現れると、同時に顕現していたズチはフッと消えた。
果たして彼はあのズチなのか、ズチが喋るより早く全は鑑定を使用する。
?ズチ ???
種族/人間 年齢/48
職業/聖人の器 レベル/13823
称号/土神の加護(経験値2倍.レベリング加速2倍)
厄災を鎮めし異界の救世主(???)
神の使いを務めし者(???)
HP/139230
MP/139230
腕力/139230
腕力抵抗/139230
魔力/139230
魔力抵抗/139230
知性/13923
感知/13923
俊敏/13923
運/13923
スキル
・土属性魔法
土属性の魔法を初級〜特級まで使える
・猛る闘志
MP消費量に応じて腕力を高める
名前の一部と称号の効果の一部が鑑定出来ないのははじめてだったが鑑定したズチのレベルは桁違いだ。
「君は......あのズチなのかい?」
全はズチの容姿をし現れた目の前の人物に問いかけるとゆっくりとその人物は口を開けた。
ゆっくりと口を開くズチの容姿をした人物、その言葉を聞き漏らさないようにそして魔物召喚から召喚したことを考えると万が一戦闘になる可能性もあるのではと武仁と全は彼を真っ直ぐに見つめ、その横でアルテミスとルナも見守る。
「......我は......」
語り出した瞬間武仁と全は生唾を飲んだ。
次に発する言葉で敵になり得るのか、それとも味方であってくれるのか......もちろん後者を期待する2人は彼が続く言葉を発するまでのコンマ数秒と言うとても短い時間、胸中が騒がしく落ち着かない。
「我は......ズチですぞぉ! 武仁殿!! 生身でお会いできる日が来ようとは......このズチ、恐悦至極でありますぞ!! うおおおおお!!」
雄叫びを上げたズチは感極まり天を仰ぎながら漢泣きをしている、それに興奮のあまり全の存在を忘れているようだ。
その言葉を聞き姿を見て、全もそして武仁さえも胸を撫で下ろし確信する、これはあのズチだと。
「......おい! てめぇ、驚かせやがって!! どう言う事だか説明しやがれ!!」
武仁は様々な思いに翻弄されたからだろうか、いつになく怒鳴りズチを詰めた。
「ううう......武仁殿ぉ!!」
ズチはそんな武仁に構わずガシっと武仁を抱きしめると「そんな図体で力むんじゃねぇ! 暑苦しいんだよ!」と言いながらもどこか嬉しそうだ。
ズチが落ち着くのを待って改めて聞こうと、フォルダンを出て2時間ほどのその場所で休憩を挟む事にした全はアルテミスとルナがリラックスできる様に防御結界(シールプロテクト)を張ると収納から香りの良いリラックス効果のある薬草から錬成した茶葉とフォルダンで用立てた水、それからカップを取り出して紅茶を淹れて差し出した。
「2人とも混乱させてごめんね。だけど僕らがどんな力を持っていたとしても、それを君たちが悲しむような使い方はしないよ。それから、この先も驚かせる事が多いかも知れないけれど......少しずつ慣れてね」
全は腰を低く落とし微笑みながらアルテミスとルナに話しかけるとスッと立ち上がり武仁とズチの横に腰を下ろした。
アルテミスとルナは確かに全と武仁はそんな人には見えないと信じる心は強まる一方で、慣れるのはなかなか難しいなと2人は揃って少し難しい顔をした。
「どう? ズチ、少し落ち着いたかな?」
「全殿......取り乱しましたな。もう大丈夫ですぞ」
全が少ししてズチに話しかけるとズチも落ち着いてきた様子でさきほどの武仁の問いに答えはじめた。
「どうやら神の使いではなく転移者、人として召喚された事で我はこの場に存在できるようですな。我も理屈はわからぬが......何せこのような事はこれまでになかった故、神々からも聞き及んでおりませぬ」
全と武仁はズチの話を聞くと全は「兎にも角にもズチが仲間となれば心強いよ! だって既に厄災を一度退けた経験があるんだ、創生の記憶も今なら話せるんじゃない?」と言う。
「それが......理の部分に関する記憶がないのだ。厄災についてや我がこの世界で経験したことは鮮明に覚えているのだが......もちろん神の使いとして過ごした日々やお2人の事も」
そう話すズチに武仁は「それだけ覚えてりゃ十分だ!」と言うとズチはまた漢泣きしそうになるが察した武仁はスクッと立ち上がると「話は終わりだ! さっさと竜の渓谷に行こうぜ」とズチの気を上手くそらした。
再び竜の渓谷を目指して進みはじめた一行、様々な会話をしながら着実に目的地まで近づいてゆく。
これまで魔物とは一切接触しなかったが、竜の渓谷が近づくにつれて様々な魔物と頻繁に遭遇した。
武仁は感知しても一網打尽スキルをあえて使用せずアルテミスとルナのレベリングを考え全に任せていた。
まずはじめに遭遇したのは大蛇の魔物、ジャイアントスネーク。
ちょうど巣が近いのか4体、その名の通りの体躯で囲まれてしまってはまるで急に夜が訪れたかのように陽を遮るほどだ。
その姿にアルテミスとルナは体が硬直する。
しかし全は至って冷静に防御結界(シールプロテクト)を展開すると水属性初級魔法の水球(ウォーターボール)を唱えた。
水球(ウォーターボール)はジャイアントスネークの顔を覆うと窒息で気を失いその巨体は地に崩れ落ちる。
「まだ生きているから、アルテミスとルナはそれぞれとどめを刺して!」
全がそう言うとアルテミスは自前の武器である短剣を取り出すとジャイアントスネークの首を刺し、ルナはイバラ状の鞭を取り出すとめった打ちにした。
4体のうち1体ずつをアルテミスとルナが、残り2体は水球(ウォーターボール)でそのまま全が倒すと「僕も武仁にレベルを離されたからね。この辺りでレベリングしておかないといけないし2人とも一緒にがんばろうね」と全はまたしてもにこやかにアルテミスとルナに声をかけたが、ルナは武仁に魔神と言ったが見た目に反し全の方が血の気が多いのかもしれない、とアルテミスの後ろにしらっと隠れ距離を取るとアルテミスはそんなルナの心中を知る由もなく「ん?」と言うと全に「頑張りましょう!」とガッツポーズをして答えるのだった。
ジャイアントスネークを討伐したあとに遭遇したのはオークキングとゴブリンキングが率いる群れだった。
オークキングは物理特化なのか体格が良く大きな斧を担いでおり、ゴブリンキングは魔法特化なのかオークキングの後方に佇まい杖を持ちローブを着ている。
対峙し早々襲いかかってきたオークキング、その後ろではゴブリンキングが既に魔法を発動しようと詠唱をはじめている様子だ。
魔物の上位種は知性もぐんと上がり戦術を巡らせるとも言われているが前衛と後衛に別れ、上位種に付き従う下位種のゴブリンやオークも一斉に襲い掛かる。
ゴブリンやオークは知性はそこまで高くなくただ群れになるとその数は厄介で、この戦い方を見るに上位種になると知性が高くなると言うのは本当のようだ。
しかし全は後衛職(サポーター)だと言うのにここでも先日を切ると風属性中級魔法の催眠(スリープ)を唱えた。
バタバタと魔物達はその場に倒れると深い眠りにつく。
数にして100はくだらないだろう、全の前に上位種も下位種も関係のない事だった。
オークキングもゴブリンキングも催眠(スリープ)に抗えず下位種が倒れるとその後に続き眠り沈んだ。
催眠(スリープ)が効いているうちに半分を全が魔法で消し炭にし、もう半分はアルテミスとルナが手分けして寝首をかいて回った。
忘れずに討伐証明を全て拾い上げると全は「ギルドで分けようね」と言い収納したが、アルテミスは「その収納は一杯にならないんですか?」と聞くと「容量は無制限だし中に入れると時間停止されるから便利だよね」と微笑みながら全が返した。
ルナは改めて、規格外が過ぎる......、と痛感しながらいちいち言葉にする事をバカらしく感じるのだった。
一行は更に竜の渓谷へと進むが大して休む間も無く少し進めばまた魔物と遭遇する。
3度目に出会(でくわ)したのは擬態したスライムで、どうやら擬態や幻覚で冒険者達を惑わしたところで丸ごと吸収しそれを糧に力を得ている様だ。
スライムは蒸発させようと考えた全。
「擬態に幻惑か......2人だと手こずりそうだしいい案も浮かばないからここは申し訳ないけど僕が殲滅するね」
と言うとウジャウジャと湧き出るスライムに容赦なく炎属性中級魔法の火炎渦(フレイムヴォルテックス)を使用するとたちまち炎がスライム達のまわりを渦状に立ち昇ると瞬く間にその姿は消えていった。
「全さんは底の知れない魔法使いですね......無詠唱に加えてその威力、それに洞察力。さすがです!」
アルテミスがそう言うと全は照れながらも「きちんと2人を守るのも師であり聖人の器の役割だからね、相性なども考えた上で2人には着実かつ確実に力をつけて欲しいから」
そう言うとルナも言葉にさえしなかったが、道中何だかんだと警戒した自分を恥ずかしく感じ、同時に全に対して尊敬の眼差しを送る。
ともに過ごした時間はほんの1日だと言うのに、心は必ずしも時間に比例する事なく良くも悪くも移ろうものだ。
「さぁ、竜の渓谷の崖にはもう間も無く到着しそうだよ。その前にもう一戦ありそうだね、油断は禁物だよ」
全が言うと竜の渓谷の入り口とも言える崖上にはオーガの集落がある。
やはり竜の渓谷は魔物にとっては魔素も他より強く住みやすいのだろう。
武仁は終始後方で魔物名鑑を強さ順に確認していたが、転移者を除けばこの世界には3強の魔物がいるようでそのうちの1種がオーガである。
しかしここを突破すればあとは浮遊(フロート)で崖下を降りるのみ、全は躊躇なくオーガに挑もうとまたしても先陣を切ろうとしたが、他のオーガとは違い線の細いオーガがいる事に気が付いた武仁は、感知している大きな力のうちの1つはあいつか、と考えながら「全、最終とどめをさした奴のレベルが上がるのか?」と聞くと全は「そうだと思うよ」と答えた。
「ここは俺がやる、HP1残すから良いだろ?」
と武仁が前に出るや「一網打尽」と呟き剣(バット)を構えると球を打ち抜く。
打った球がオーガに直撃すると線の細いオーガを残して全てが瀕死の状態で倒れた。
「おい全、あのオーガを拘束してくれねぇか?」
武仁がそう言うと全は「あぁ、わかった」と拘束(バインドブランチ)を発動させ細身のオーガを捉えると、その隙に瀕死のオーガ40体をまたしても全が20体、アルテミスとルナが10体ずつとどめを刺さてし事になった。
「なんだか......こんなやり方でレベリングしていて良いのだろうか......」
ルナがそうこぼすと全は「今はそれでいいんじゃないかい?もうだいぶん経験値も入ってレベルも上がったと思うし、力がつけば真正面からぶつかれるようになるよ」と話すとルナは腑に落ちないながら決定的な力の差を少しでも埋めるにはなりふり構ってもいられないか、とアルテミスの力になりたい彼女もプライドを捨ててオーガのとどめを刺してまわった。
武仁は全の魔法により拘束されているオーガの上位種、レディオーガに近寄ると「お前、話せるか?」と声をかけてみた。
「貴様......殺すなら殺せ!!」
レディオーガは武仁を睨みつけると拘束を外してしまいそうな勢いで力みながら武仁に向け怒鳴った。
しかし武仁は構う事なく「お前、俺に使役(テイム)させろ。俺は強い魔物にしか興味がない」と言うとレディオーガは「貴様......妾がどのような魔物か知っての言動か......?」と聞くと「3強の魔物だろ、ちなみに俺はお前の何倍も強いぜ? どうだ、魔物は弱肉強食だろ。俺はお前より強い、俺について来い」それを聞きながらもやはりレディオーガは武仁を睨みつけていた。
武仁を睨みつけるレディオーガだったが、武仁は眉一つ動かすことなくレディオーガの目を真っ直ぐ見据えた。
「......お前、人を襲ったことねぇだろ? お前からは悪意を感じなかった。ただ強ぇヤツなら誰でも良いっつー訳じゃねぇんだ、だがこの先魔物と人間の間をとりもてるくらいには強ぇヤツじゃねぇとな」
武仁がレディオーガに話すと全は「武仁、どう言うつもり?」と問いかける。
「あぁ、俺らは厄災をどうにかするだろ?だけどよ、結局千年に一回の厄災をおさめてもこの世界に魔物がいる事は変わらねぇ。なら、魔物の中でも話が通じて力も強ぇヤツに魔物をまとめさせられねぇかなって。そうしたら人間も魔物ももっと平和に暮らせるんじゃねぇの?」
武仁を終始睨んでいたレディオーガだが、話を聞きながら一瞬目を丸くした。
オークやゴブリンの上位種が戦術を立て戦うほどの知性があったとしても、その知性は勝つための手段でしかない。
群れをなすのも実力主義の縦社会が故でありそこにそれ以外の要素はないのだ。
しかしオーガの上位種であるレディオーガ、彼女は魔物名鑑に記載の通りこの世界で3強と言われる魔物の1種であった。
その所以は魔物の中で随一を誇るパワー、そして非常に高い知力である。
その能力でオーガを束ね集落を築くとその長を務め横社会説き種を繁栄させると言うが、そこまでを武仁も知る由がない。
「貴様......妾が仲間を死に追いやりよくもまぁ抜け抜けと......」
レディオーガは怒りを露わに震えている。
「......それは......」
強気だった武仁もレディオーガのたった一言の言葉を聞き喉が詰まった。
これまで魔物とは害をなす者であり、まさか自分達と同じように仲間を重んじ胸を痛め怒り震えることができる魔物がいるとまでは思わなかったのだ。
その様子を見ていたズチは武仁に変わり口を開いた。
「レディオーガ殿、我は武仁殿に召喚されし古の時代の聖人の器、ズチと申す。我らは近い未来に訪れる厄災を再び鎮めるため腕を磨いていた。貴殿の仲間を奪ってしまったのはこれまで魔物を害なす存在であるとしか思っていなかった人間の傲慢が招いた事である、詫びても許される事ではない......だが、厄災の度に貴殿らは何をしていたのだ? 厄災は魔物には害はない、貴殿のような強く聡明な魔物達は人間が倒れゆく最中、厄災に交わるでもなく影を潜めておった。同じ世界に生き、手を取り合う事さえ出来たはず。確かに我らはこれまでさまざまな種の魔物を倒してきたが、我らが傲慢であったならばこれは貴殿らの怠惰が要因でもあると言おう。お互いに知り、そして動かねば幾度も繰り返す。我は遠い昔に厄災を退け、それにより平和を守った気であったが......この過ちを恥に思う。貴殿は何を胸に抱くか?」
ズチの話を変わらず鋭い目つきで聞き届けるとレディオーガはフッと鼻で笑うとその問いに答えた。
「そうだ、貴様らは魔物の事などつゆ程も思慮した事はなかろうな。いつも勝手気ままにやって来ては妾達の平穏を奪ってゆくではないか、そんな貴様らとなぜ手を取らねばならぬのか? 確かに貴様の言う通りどの種であれ知力が低いほど理由なく人を襲うがこれはさきにそいつの言った通り弱肉強食の本能ではないか。貴様らに言われる覚えはないよ、賊めが」
レディオーガが言い終えると、今度は全が口を開いた。
「そうだな、なら君はやはり武仁に使役(テイム)される運命だ。だってこの世界は弱肉強食なんだろう? それで君は僕らとともに魔物と人間の架け橋になってもらう。もちろん僕らは人間側に、君は魔物側に教えて行かねばならない。その為には相手を知り、そして行動しなければ。共にこの世界に生きる者としてね。強引かもしれないが、君も同意した部分だし問題ないよね?」
全が話し終えるとレディオーガは再び鼻で笑うと言い放つ。
「まさに人族らしい傲慢さだな......弱者に拒否権などあるまい。だが、思う通りになると思うな」
そう言うと観念したのか力任せに拘束(バインドブランチ)を解こうとしていたレディオーガの力が緩んだ。
武仁は複雑な心境なのだろう、しかし表情を曇らせながらも使役(テイム)を実行した。
己の正義は必ずしも正しいとは限らず、それを行使する事により違う正義が時として折られていると言う事実。
ここに来て知る現実に打ちのめされながらも一行は全が浮遊(フロート)を唱えるとついに竜の渓谷に足を踏み入れたのであった。
ーー聖ライガ協会
不屈の洞穴から戻った聖人、虎次郎、龍己。
オダーに出迎えられると龍己は「厄災の種は粉砕した」と伝え自室に戻る。
「龍っちゃん......一人で背負わせてたんだね......ごめんね......」
部屋に入るや虎次郎は龍己に声をかけた。
龍己は「......俺が好きでやっていたんだ。気にするな」と答ると湯浴みをしに部屋を出た。
まだ話し足りなかったのか虎次郎も後を追い部屋を出ると、自室に一人残された聖人は舌打ちをすると「おい! 誰かいねぇか! 俺の相手をしろ!」と怒鳴った。
部屋でも湯浴みはできるが、教会内にある大浴場は天井がガラス張りで空が見えるようになっている為、解放感を求めて龍己は大浴場を利用するようになっていた。
龍己は身体を洗い流すと湯に浸かり天を仰ぐと空に輝く無数の星を眺めながら考えを巡らせる。
オダーと言う男の嘘、魔物と対峙する危険、聖人と虎次郎とともに元の世界に帰る方法......最善の選択をする為にはやはり2人に話した上で協力し合い全と武仁と合流するべきか、タイミングはどうする......龍己が1人考えていると大浴場へ虎次郎が入ってきた。
虎次郎はかけ湯をすると湯に浸かり龍己の顔色を伺いながら声をかける。
「龍っちゃん、お疲れ様! 黙って着いていってごめんね。それに......龍っちゃんが僕らを思ってしんどい思いをしていた時、僕は自分の欲ばかりで......それにいつも聖ちゃんについて回るばかりでさ、怒ってるよね......」
「......虎、気にするな。怒る理由もない......俺の方こそすまなかった。2人の考えも聞かず独りよがりな行動をした......俺は2人を危険な目に合わせたくなかったが、俺の力だけでは難しそうだ......」
虎次郎に問われた龍己はそう言うと自身の脳内を巡る問題を整理しながら不屈の洞穴での出来事を話した。
しかし龍己は不安だった。
これを共有すれば虎次郎は混乱し恐怖に震えないか、自分の事を最悪の場合裏切り者だと言われないか、果たして信じてくれるのだろうか。
だがそんな想いは話を聞き終えた虎次郎が発した言葉で打ち消される。
「あの日のサラリーマンさんが......あのヤンキーの人までこっちに来ていたんだね......あの日は聖ちゃん機嫌が悪くって......そっか、僕もきちんと謝らないとだ......。それにしても......確かにはじめはこの協会の雰囲気に圧倒されたしオダーさんが見ず知らずの僕らに優しいことに気味が悪くも感じたけど、まさかそう言う話だったなんて......」
虎次郎は龍己を疑うどころか、当初抱いた印象や自分達に注がれる妙な優しさと施しに合点がいくと言うような口ぶりだ。
それに全と武仁に対しては聖人を止められなかった事を思い出しながら、迷惑をかけた事実をきちんと受け止めている様子である。
「この世界のことや戦い方だって龍っちゃんの方がわかってるし、力だってあるし......僕は足を引っ張っちゃうかもしれないけど、一緒に元の世界に帰る方法を考えよう! 僕も一度彼らに会いたい......と言うか会わなければいけない。ただ、今はまだ聖ちゃんには言わない方がいいかもしれない......ほら、聖ちゃん仲間はずれにされたりするの凄く嫌がるでしょ? 機嫌を見ながら!」
虎次郎は龍己のいない間の聖人の言動に不安を抱えていた為タイミングをみた方が良いと判断し龍己が気に止めないように上手く誤魔化す。
「......それから、厄災の芽の討伐でなくても協会からはいくらでも出れると思うんだ! 勝手気ままに振る舞った事が唯一いきるとこだよ、そこは僕に任せて」
と言うと、体の小さな虎次郎は長湯でのぼせてきたのだろう。
龍己に改めて謝り、そして感謝の意を伝えた上で風呂を出ていった。
龍己はこれまで1人で抱えていた想いが虎次郎と共有できた事で胸の支えや肩にのる重圧が軽くなっていくのを感じながら、これで良かったのだろうか、と自身の行動に正解を見出すのを辞めた。
むしろはじめからこうしておけば良かったな、と思いながら満点の星空を見上げながら口元が緩むと、この世界にきてはじめて薄っすらと笑みを浮かべる。
「......三人寄れば文殊の知恵」
この世界に来た当初、自身がつぶやいたあのことわざ。
龍己は幼馴染の虎次郎が理解を示してくれた事できっと聖人も理解をしてくれる、そうすれば3人で力を合わせ知恵を絞り元の世界にだって帰れると言う希望を胸に再び1人そう呟くのだった。