転移(ワープ)を使用し王都へ戻った全と武仁は強引に連れてきた龍己とともに冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに到着すると受付のミムに至急ギルドマスターのニドに取り次いでもらえないかと話をすると、ミムは窓口の奥にある討伐証明査定室からニドを引っ張り連れ出した。
「ニドさん、今朝はすみません。武仁が厄災の芽を感知し無事に討伐と種の回収を完了したので戻りました......ただ、少し想定外の事態が起こりまして......個室でお話できませんか?」
全がそう言うとニドは「あぁ、わかった」と革手袋と皮のエプロンを外し3人を2階の執務室へ通した。
「今朝フォルダンへ向かうと挨拶に来たと思ったら話の途中にいきなり飛び出すから永遠の安寧のメンバーも何事かと話していたんだ。厄災の芽を感知したんならそりゃあ血相変えて飛び出すのもわかるが......聖人の器だからってあんまり無茶はしないでくれよ、一言言ってくれれば永遠の安寧も同行しただろうに......厄災では君たちが要になる。強いからと過信せずに頼るところは頼ってくれよ? ......それで、厄災の芽を討伐し種も回収したのに想定外ってのはどういう事だ? それに彼が関係しているのか?」
ニドが途中に武仁の方をじっと見つめ、言い終わると武仁は「すまねぇ、体が勝手に動いちまった......」と反省するとニドから投げかけられた問いには全が答えた。
「はい。厄災の芽はここからおよそ北西に3kmの場所にある洞窟の中に発現していましたが、僕らが到着する前に彼が既に討伐を終え厄災の種を粉砕しようとしていました。間一髪種は回収できました、それだけであれば捕えてギルドに突き出し聴取もお任せしていたでしょう。......しかし、彼は僕らと同じくこの世界に召喚された聖人の器の1人です......何か事情があるのかと......」
全は言い終わると「鑑定、開示」と唱え、龍己のステータスウィンドウが武仁とニド、そして龍己にも見えるようする。
左近寺 龍己(さこんじ たつみ)
種族/人間 年齢/18
職業/聖人の器 レベル/155
称号/雷神の加護(経験値2倍.レベリング加速2倍)
HP/2550
MP/2550
腕力/2550
腕力抵抗/2550
魔力/2550
魔力抵抗/2550
知性/255
感知/255
俊敏/255
運/255
スキル
・雷属性魔法
雷属性の魔法を初級〜特級まで使える
・捨て身の鉄壁
自身の背後にいる者を確実に守るが自身のHPは1になる
「......これは......確かに聖人の器だが......雷神様の加護だと......種を粉砕しようとしていた......もしかすると厄介なところが絡んでいるかもしれないな......早急に国王陛下へ話を通した方が良いだろう」
ニドが言い終わると「雷神の加護だとなぜ厄介なのが絡むんだ?」と武仁が聞いたが全は「わかりました、王城へ行きます」と話を遮りニドへは龍己の件を一旦口外しないよう頼みこむとすぐにギルドを後にした。
「おい、なんで遮ったんだよ」
武仁はギルドから出て王城へ向かう道なりで全に尋ねる。
「厄災の芽の発現ペースが早いだろう? この世界に来て一番初めに厄災の芽を討伐した後、ズチもリンもそれを予見できていなかった。仮にも神の使いだぞ? 予見できないのはまだしも、いくら不測の事態で把握できなかったとは言え発現すれば感知くらいするんじゃないのかと違和感があったんだ」
全は口早に話をするが武仁は「わかるように話せ!」と迫る。
「つまり! 厄災の芽の発現を知られないように! 誰かが発見されないよう隠蔽している可能性が高いって事だ! この召喚事態イレギュラーで彼もまたそのイレギュラーに巻き込まれた1人。雷神の加護と見るや厄介なところが関与している可能性をニドは口にした、察するにあの日あの場にいた僕たち5人は全員この世界に来ている。となれば残る2人の事を考えれば早急に対処した方が良いだろう」
全が話終わると終始無言でついてきていた龍己ははじめて口を開いた。
「......あぁ、俺とあと2人も......この世界に来た。......その2人も聖人の器であり雷神の加護があると、教会からは聞いている......厄災を終わらせれば元の世界に帰れると......厄災の種を粉砕すれば厄災の危険性が下がると、聞いている......。」
それを聞くや全は「教会......って言うのが厄介なのか......2人がそこにまだいるなら、同じ事をさせるだろう」と言うと龍己はまだ話の全容が見えない様子だ。
王城に到着すると来訪は2回目だと言うのに既に周知されているのだろう、顔パスで国王のいる謁見の間まで案内された。
国王の元に辿り着いた3人、全と武仁は国王への挨拶もそこそこにリンとズチを顕現させると国王と重役、それに龍己は驚きながらも只事ではないのかと国王が察すると冷静に「勇者様、賢者様、どうなさったのですかな?」と問いかけた。
「慌ただしく申し訳ありません、事は一刻を争うかと思い失礼を承知の上で参りました、無礼をお許し下さい」
全は前置きをすると経緯を話した。
「......これはまた......教会ですか......それは聖ライガ教会と名乗る教会の事ではないかと......。彼らは雷神様を信仰しており、それ自体は素晴らしい事なのですが......これは伝承とはまた異なる国の伝記に記されておりますが、雷神様の思想に対して極端な解釈をする教会は様々な争いの種を生んできたと......しかし聖ライガ教会はもうここ数百年は噂にもなく、曰く根絶えたと聞き及んでおりました」
国王が言い終えるとズチは口を開いた。
『なるほど、国王、それに龍己殿と言ったか。我は土神の使いズチと申す。状況を見るにさきほど全殿が言った厄災の芽の隠蔽、それは可能性が高いだろうな。我々神の使いは神々同様この世界に物理的な干渉は出来ないが、察する通り世界ごと感知可能。しかしそれは創生にまつわれば口外は不可能となる。ですが厄災の芽の発現となればそれらに抵触しないため我らが感知し知らせる事は可能ですからな。となると、問題なのは......聖人の器である龍己殿を含めた3名を手元に置き水面下で厄災を悪化させようと企てていること......』
一同騒ついたがリンが話を続けた。
『はじめまして、私は水神の使いリンと申します〜。称号なのかスキルなのかはわかりませんが......厄災の芽を隠蔽するのが不可能な事ではないと仮定すると、その隠蔽効果はかなりの精度です〜。私たちが気がつかない部分でも何か悪さをしている可能性もありますね〜♪』
リンが言うと武仁は話が難しいため理解が追いつかず1人顔を顰めていたが、全は話を続けた。
「そうですね......ここ数百年と姿を現さず痕跡すらなかった教会が厄災目前に雷神の加護を授かった聖人の器を手中にし厄災をより悪化させようとしている。しかも聖人の器にそれをさせるとは......彼らが残る厄災の種も粉砕すると想定するなら先回りする必要がありますし、隠蔽精度を考えても教会の内部にいるのは手練ればかりかもしれません」
それを聞いてようやく武仁がピンと来ると「んじゃあ俺らの7日目ログインボーナスでいけるんじゃねーか?」と手を頭の後ろに組みながら言うと龍己の方を見て更に話を続けた。
「おい、龍って言ったか? お前騙されてんぞ。厄災は厄災の芽を討伐するだろ? んで厄災の種が落ちてくっから、それを神々の大樹に持ってって浄化すんだよ。そしたら厄災の危険度が下がんの。それにな、厄災鎮めても元の世界に帰る方法は今んとこねーぞ。このリンとズチはな、前の聖人の器なんだよ、この世界に来て厄災鎮めて死ぬまでこの世界で過ごした後こうなってんだよ。お前日頃の行いだぞ、騙されやがって。わかったらどうすんのか言ってみな」
それを聞いた龍己はどちらを信用していいのか混乱しながらも、神の使いの存在や国王と言う人物、それから全と武仁の言動を考えると眉を顰めしばらく俯いた。
龍己は俯きしばらく考えていた様だがスッと顔を上げると絞り出したかのような声で話し始める。
「......厄災の種を......既に1つ粉砕してしまった......教会に......言われて......友達を守りたくて......罰があるなら俺1人で受ける......謝って済む話じゃないかもしれない......あの2人を危険な事に巻き込みたくないんだ......」
それを聞いて一同は考えあぐねる、それはそうだ。
騙され何も知らなかったとは言え教会に加担し厄災に拍車をかけるかたちとなったが、それでもこの世界において聖人の器とは神がつかわせた救世主である。
通常であれば処罰は免れないが、何せ事が事、国王さえ決めかねる異例の状況でみなが深刻な表情を浮かべる最中、やはり1番に口を開いたのは武仁だった。
「お前、教会に戻れ」
その発言に耳を疑う一同だが武仁は構う事なく続ける。
「お前もうどっちが危ねえかわかったんだろ? んでダチを助けてぇだろ? ならとりあえず気付かれないように戻れ。んで、隙を見て合流するか、別行動のまま厄災に挑むか......何にしろ、ここで俺らの称号の出番って訳だ」
そう言えばログインボーナスの事もチラつかせていたなと全は思い返し、武仁の案に危険がない訳ではないが......と考えつつもその案に賛同したのか、先程からログインボーナスやら称号やらのワードに反応していた国王達にもわかるように「リン、説明を頼む」と話をリンに振った。
『はい〜。全様と武仁様はこの世界に来て7日間毎日ログインボーナスとして新しい力を神々より授かってきました〜。そしてついに昨日最後のログインボーナスを獲得した事で、新たな称号が付与されました〜♪7日目のログインボーナスは念話、これは任意の方といかに離れていようが頭の中で会話が可能となるスキルです〜。そして......全様が獲得した称号は強かな賢者、その効果は端的に言えば商売繁盛、更に武仁様が獲得した称号は優しき勇者、その効果は端的に言えば無病息災です〜。』
それを聞くと念話の時点で騒つき更に称号の効果に期待で胸を膨らませる国王や重役達だったが、リンの端的すぎる効果の説明には鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
その顔を見て笑い出したズチは補足をする。
『ふははは! リン殿、それでは分かりづらかろう! 全殿の強かな賢者、これは全殿の利となる方へ物事が運ぶと言う効果、例えるならサイコロを振れば必ず思い描く目が出せるのですぞ! そして我らが武仁殿の優しき勇者、これは武仁殿はいかなる妨害も受けずそれは距離を超えて有効ですぞ! 第六感を常に発動し極めた甲斐がありましたな! 称号とはその名の通りやってのけた功績を称えたもの。そしてその効果とはその人物がいかにして功を成したかを大きく加味し付与される。それを考えれば全殿と武仁殿がいかなる人物であるか、それが嘘か誠か、更には付き従うだけで繁栄すら容易い! これぞ我らが武仁殿なのですぞ!』
ズチは興奮のあまり最後の方には全のことさえ忘れながら堂々と語ったが、ズチの忠誠心は揺らがないのだろう、今更誰もツッコまない。
「つー訳で、お前はダチの事だけ考えて戻ればいいんだよ。あと全に殴りかかったアイツな......アイツには覚えとけって伝えろ、ゲンコツだ!」
武仁が言うと全は武仁をなだめながら改めて龍己に話しかけた。
「君は友人想いで、ゆえに危険を買って出る気概もある。あの時も......大切な友人なら止める勇気を持てていたら良かったと思うよ。君はこれから......教会に戻るかい? そしてどうする?」
優しい声で龍己に問いかける、その声は龍己の意思を確認しつつ背中を押すようにも聞こえる。
「......俺は......教会に戻ります。そして......今度何かあれば......きちんと止めます......! 皆さん......力を貸して下さい、友人を危険にさらしたくないんです、お願いします......!」
辿々しくもいつになく龍己の声は力強く、謁見の間に響き渡った。それを聞いて全は「うん! じゃあ僕は君を許すよ! そして力を貸そう!」と言うと武仁も頷き国王もそれに賛同し、教会の事と3人の聖人の器の件には緘口令を出した。
全と武仁は龍己を念話の対象に設定すると全は龍己を連れて不屈の洞穴へ転移(ワープ)し龍己に「踏ん張るんだぞ、何かあれば念話を飛ばして」と伝え全はまた王城へ転移(ワープ)で戻るのだった。
戻るなり全と武仁は厄災の種を浄化しにフォルダンへ行く事を国王に伝えたが国王は「不屈の洞穴、そこに土神様の大樹があります。そちらからの方が近いでしょう」と言うとそれを聞くなり武仁は「早く言えよ、王!」と突っ込み、国王はそんなに砕けた関係になれる人物が身近にいないのだろう、大笑いしながら「すまなかった」と謝るのだった。
その様子を見て苦笑いしながら全は「王様にそんな口聞けるのは武仁ぐらいだね」と呟くとリンは『あらぁ〜♪昔似たような方がいらっしゃいましたわ〜♪』と口を挟んだがズチは慌てて『それでは一時戻りますぞ!』と言うと姿を消し、続けてリンもお辞儀をすると姿を消した。
王城から厄災の種の浄化のため不屈の洞穴に転移(ワープ)した全と武仁は電灯(ライト)の灯りを頼りに土神の大樹を目指す。
洞窟の中は入り組んでおり分岐に差し掛かる度にまた行く通りの新たな分岐にあたりまるで蟻の巣の様だ。
しかし2人は迷うそぶりもなく全を先頭に洞窟を進んでいく。
これは全の強かな賢者の称号の効果を試すためで、分岐の度に全が思う通りの道を選び進んでいた。
洞窟の中は蝙蝠(こうもり)でも出そうな雰囲気だが、出会う魔物は岩や土の質感をした傀儡(かいらい)のようにも見えるゴーレムと言う魔物だけで、一線交えると動きは鈍いがゴーレムの攻撃力は相当高いのだろう、振りかぶったゴーレムの拳を武仁がヒラリと交わすとその拳から繰り出されたパンチは洞窟の硬い地面を大きく削る。
しかし体勢を立て直す間に武仁の勇者の剣(バット)による一撃で粉砕されるとゴーレムの核と呼ばれる小さな玉を残すと跡形もなくサラサラと砂状になった。
何体かのゴーレムと遭遇した以外では特段トラブルもなく不屈の洞穴の最奥にあるとされる土神の大樹まで到達すると、呼んでもいないズチが姿を現す。『武仁殿、我は土神様の使い、この浄化を見届けたい』ズチはそう言うと土神の記憶や自らが聖人の器だった時を思い出しているのか切なそうな表情を見せた。
土神の大樹は火神より幹が立派で洞窟の中だからか背丈こそさほどではないがその枝には鼈甲(べっこう)のような葉が天井一面を覆いどこか幻想的にも感じる。
ズチと武仁が見守る中、全は厄災の種を取り出すと火神の大樹の時のように種は光を放ち宙に舞うとその姿を鼈甲のような美しい宝珠に変えた。
それを手にし2人は大樹に触れ創生の記憶を見た。
それは土神の視点だからなのか、火神の時に見た記憶とは少し印象が違った。
この世界を創生するにあたり一番積極的に取り組んだのは火神であった。
火神は数え切れない世界を見て数多の理不尽に怒りを覚えそのような事はあってはならないと強く訴えている様子で、土神は火神の姿勢を、そして他の神々の意志を静かに聞き届け、その最中食い違う意志もありながら一番最後に『ならば私は揺るがぬ大地としてこの世界に安寧の地を築こう』と一言発するとそこで創生の記憶は終わった。
2人は土神の真珠を見つめるズチに気がつくと「僕たちはまだ創生の記憶を全て見た訳ではないから上手く言えないけれど、土神はきっとこの大地のように寛大な神様なんだね、ズチは慌ただしいけれど寛大だしどこか似ているよ」と全がズチに声をかけた。ズチは『ありがとうございます』と言うとスッと姿を消した。
「創世の記憶は神々の視点や意志によって同じ創生時の記憶でも少しニュアンスが異なるのかもしれない、火神の時はもっと平和な世界を創れなかった憤りを全体的に感じて結果この世界の成り立つきっかけを知れたけれど......土神の記憶ではどちらかと言えば神々の意志に重点を置いているのが印象的だね」
全が武仁にそう語りかけると、武仁は「あぁ......わからねぇが......なんかモヤモヤするぜ......このままフォルダンでもう1つも浄化して水神の記憶も見てみようぜ」と言うと全もそれに同意し転移(ワープ)でフォルダンへ向かった。
不屈の洞穴で厄災の種を浄化した2人は水上の街フォルダンにそのまま転移(ワープ)で向かうと、王都へ向かう前に一瞬経由しただけだった為改めて街へ足を踏み入れると空気の違いに気付いた。
洞窟から直に赴いたと言うのもあるのか、水上の街と言うだけの事、湖に浮かぶこの街はまるでマイナスイオンを発生させているかのように空気が澄み渡っている。
更に道ゆく人々は心なしか肌艶もよく見える、これも水場という理由で湿度が高いからなのだろう。
フォルダンはドーナツ状の街でその中心部に水神の大樹があると言う事はクリスティナから王都へ向かう道中に軽く聞いていた2人、ついでにケインからはこの街の飲み物は他とは比べ物にならない喉越しの良さであり、肌に良いとされる温泉があるとも聞かされていた為もちろんそれらを味わうつもりである2人だが、まずは真っ直ぐ大樹を目指し中心部へ向かった。
水神の大樹は街の中心にぽっかりと空いた穴からその立派な幹を空高く伸ばしており、水から生えているように見えてどこか神秘的に見える。
その葉は透き通るような空色で大樹はまるでこの街を見守るかのように優しく感じる。
全は厄災の種を取り出すと瞬く間に浄化され種は空色の宝珠に姿を変えると2人は大樹に触れ創生の記憶を見た。
どうやら世界を創生している最中である。
7の神々は一つの球体となろうとしているそれを囲うように立ち両手を掲げている。
他の神々をよそに水神は雷神に声をかけている様子だ。水神は『一筋の涙は悲しみも喜びも時には怒りすらも表すの。あなたの意志も私は汲みたい。』そう言うと水神は世界にスキル、そして称号やステータスと言う概念を注ぎ込んだ。
しかし、雷神は何かを呟いたがそこで水神の記憶は途絶えた。
「リン、君は水神の使いだろ? この記憶に触れて君は何を思った?」
水神の記憶を見た全はリンに語りかけると、リンは顕現はせずに声のみで答えた。
『私が聖人の器だった頃、水神の大樹に触れたのは5つ目の浄化の時でした〜。私は......雷神様がこの世界を歪ませたのだと、水神様はそれでも雷神様の意思を汲んだのかと......。全様や武仁様とは違い私は普通の聖人の器でしたからやはり厄災にも不安を抱えておりましたし、この世界が魔物や厄災を除けば......それがなければ......それは平和な世界だったのだろうと身に沁みて感じていたがゆえに水神様の記憶に触れてショックを受けたのを覚えております〜』
全は「そうか......ありがとう」と言うと武仁に宿をとって一旦休憩しようと提案し、武仁も腹が減ったのだろう「その前に飯にしようぜ」と目に入った食堂で2人は腹ごしらえをすると店員に宿屋の場所を聞いた。
宿屋に到着し部屋を取り一息つくと2人は立て続けに見た創生の記憶について語り出す。
「なぁ、水神の記憶見て思ったんだがよ、火神の記憶にあった意見が割れた原因は多分雷神だよな? で水神はその意志を汲んだからリンはショックを受けた訳だろ? じゃあ水神も悪もんなのか?」
武仁が言うと全が答える。
「悪いのかはわからないけど......雷神の意志と他の神々の意志とで何らかの乖離があったんだろうという気がするね。土神はそんな中でも世界創生においては満場一致で揺るがぬ意志な訳だからそれを見守るようなかたちだったのかな? しかし......既に厄災の種は1つ粉砕されてしまっているし、創生の記憶はあと3つしか見られない......。僕としては雷神の記憶は必ず見たいと思うが......」
全は粉砕された為7つの厄災の種を全て浄化する事が難しい事を話に出し、記憶に触れる大樹に優先順位をつけようと考えているようだが、そこでこの世界へ来て初めの頃に"厄災の種を6つ浄化する"とリンが言っていた事を思い出した。
それと同時に武仁はズチに聞く。
「おいズチ、雷神の大樹はどこにあんだ? あと他の大樹の場所は?」
するとズチは『......雷神の大樹は......ありませぬ......』と声のみで答えた。
「......ん? 神々は7人いるんだろ? 厄災の芽も種も7つだろ? なのに大樹は6個しかねぇのおかしくねぇか?」と武仁が更に掘り下げると『正確には発見されていないのです』とズチが話した。
それを聞いて全は眼鏡を額にずらして両目を軽く押さえると、だから6つしか浄化できなかったのか、と考えるように黙り込んだあとに口を開いた。
「この世界の創生に携わっているんだから、この世界のどこかに存在はするんだと思う。憶測に過ぎないけど......ゲームで言えばエンディングの分岐になるような、そう言う要素...... だと仮定すれば雷神の大樹を探すのは必須事項な気がする......僕たちが元の世界に戻る鍵もそこにあるような気がするんだ。どう考えても雷神はキーマン、となると聖人の器で雷神の加護を持った龍たちも気になるなぁ」
全はゲームも嗜むのだろう、考えに考えて出した仮定だったがエンディングが分岐するようなゲームには心当たりがあるようで武仁はそれを聞き「目頭押さえて絞り出したのがそれかよ! ゲームじゃねぇんだからよ!」とツッコんだが武仁は少し考えると「いや、全然あり得るな」と、まずもってこの世界の存在すら説明できない事を思い出して意見を変えた。
「じゃあその線で雷神の大樹を探しつつ厄災の芽の討伐をしよう。ペースで言えば厄災までの期間は折り返し......距離が相当離れたりしていない限りもう10日もあれば厄災の芽を全て狩れるとして......ゆっくり異世界も楽しめないよ! ブラック企業じゃないんだから!」
と異世界スローライフが全く出来ない事を嘆く全だが、とりあえず今日はフォルダンを楽しんで明日ギルドに顔を出したら久々にクエストを受けようと武仁に提案すると武仁も「休みは大事だよな」と言いながら全を温泉に誘うのだった。
温泉で凝り固まった頭と体を癒そうとフォルダンの名所の1つと言われる温泉に来た2人は久々の湯船に思わず「はぁ〜」と声が漏れる。
思い返してみれば異世界転移してからと言うものたくさんの人に出会い色々な地に足を運びこの世界で生きるべく魔物と対峙し帰るために厄災と向き合い、そして今は神々の意志について考えを巡らせたりとゆっくりと休む間も無く怒涛の8日間を過ごしてきた。
異世界での毎日は1日1日が濃く何もかもが新鮮で、楽しんでいたはずだがいくら充実していたとしても疲労とは気付かぬうちに蓄積するものだ。
「まさか異世界に温泉があるとはなぁ、日本人にとっては至福だよなぁ......これは今日はよく眠れそうだ......」
全が言うと武仁は「おっさんくせぇが......同感だぜ〜......」と温泉を満喫している。
一時の休息で他愛のない会話をしながら、ふと全はこの街の人々の肌艶の良さや澄み渡る空気、そして温泉や水神の大樹が街中にある事もあり、もしかするとフォルダンの水は何か癒しの効果でもあるのかな、と温泉を鑑定してみた。
するとやはり疲労回復や滋養強壮などの様々な効果がある事を確認し、錬成に使えるかもしれないと収納から瓶を取り出すと湯を入れクリーンをかけると魔素を流し込み保存した。
温泉を出るともう陽も沈んでおり、眠そうにしている武仁を引っ張って全はケインに聞いていたもう1つの名物、エールと言う飲み物を求めて酒場に入ると「エールを1杯とそれに合うつまみ、それから......」とメニューを見ながら注文をする。
「エールってアルコールで僕らの世界で言うところのビールのようなものらしいから、武仁は飲めないね! 僕も普段お酒はあまり飲まないんだけど、名物って言うなら味わってみないと損な気がして......まるで旅行だね!」
全が武仁に話しかけたが「腹減った眠てぇ......」と今にも突っ伏して眠りそうだ。
連れないなぁ、と思う全だが、成長期の武仁はパワフルだがその分睡眠も食欲も成人している全よりも体が必要としているのだろう。
待ち兼ねたエールと食事がテーブルに運ばれると全はエールを飲んでみた。
どちらかと言えばスパークリングワインのような爽やかな味で、しかしビールのような喉越しである。
「美味しい!」と言うと注文したつまみに箸をつけながらちびちびと呑み進めた。
一方武仁は運ばれてきたスープと魚料理をガツガツと一気に平らげると「肉もいいが魚もいいな!」とご満悦の様子だ。
エール1杯で気分も良くなり腹も満たされた2人、全は早く眠りたいと訴える武仁に急かされ会計を済ませると酒場を後にした。
「眠てぇのになぁ......」
武仁が酒場を出てすぐ呟くと全は「眠たいのはわかったよ。あとは宿屋に戻るだけだから」と言ったが「違うよ」と言うと同時に念話で直に語りかけてきた。
(スキルか何かで誤魔化してんだろうけど酒場入る前から視線感じる、ついてきてんぞー。俺眠てぇからなんかあったら全頼んだぞー)
それを聞いて全はすぐに辺りを見渡したが誰もいない。
その後特に何もなく宿屋まで戻った2人、全は「何だったんだよ?」と武仁に聞いたが「知らねぇよ、寝るー」と言うとすぐに眠りに落ちてしまった。
モヤモヤとしながらも目がさえてしまった全は「......錬成しよう!」と部屋にある机に収納からゴッソリ素材を出すと結局夜更けまで1人錬成に打ち込むとそのまま机で寝てしまったのだろう、いつの間にか朝が訪れていた。
「ふぁ〜......よく寝た! よっしゃ! んじゃあ今日は何する!? クエスト行くっつったか!?」
グッスリと睡眠をとっていつになく朝から張り切るほど元気な武仁に今度は全が「眠たい......お昼まで待って......」と言うと椅子から立ち上がりベッドに潜り込むとすぐに寝息を立てた。
武仁は少し気を落としたがすぐに切り替えると、昼まで暇だし街ブラするか、と宿屋を出て「昨日感じた視線はもうないな.....」と呟くとギルドへ向かった。
武仁は昨晩称号の効果により隠蔽系のスキルを探知しそれを阻害したようだ。
ギルドへ到着し依頼ボードを見ているとギルドの奥からドタバタと慌ただしく走って近づいてきた女は「聖人の器様ですか!?」と武仁に声をかけてきた。
いきなりなんだ、とびっくりした武仁は「あぁ......なんで?」と返すと話しはじめた女の言葉を聞いて昨夜の視線に納得するのだった。
「はじめまして、私はアルテミス! 昨日......水神様の大樹のところで厄災の種を浄化していましたよね!?」
単純な話だ、王都から周知された聖人の器の存在と厄災の芽の発生、そこへ昨日の街中での種の浄化である。
2人は特に周りに気をかけるでもなく堂々とやっていたが、その時点からその場にいた街の人間からたちまち噂となって広まっていたのだ。
昨日の視線もそれが原因か......と武仁は理解すると「昨日気になって隠れて見ていたのですが、なぜか途中からスキルが使えなくなってしまったので......きっとこちらに来ると思いお待ちしていました!」とアルテミスが話を続けると「お前かよ」と静かに武仁はツッコミを入れたがアルテミスはきょとんとした顔をするのだった。
アルテミスと名乗る女に声を掛けられた武仁は厄災の種を浄化した場面を見られており2人が聖人の器であることを知ったとしてもなぜ昨晩スキルを使用してまで自分たちをつけていたのか疑問を抱いた。
「お前俺たちをつけてたろ? なんか目的でもあんのか?」
武仁がアルテミスに問うと彼女は答えた。
「私はソロで冒険者をしています。ランクはAランクです......。私と同じくAランクでソロ活動をしている冒険者仲間が昨日クエストから帰ってきたのですが......クエストは商品の輸送で行先はカルカーンでした。私はギルドで顔を合わせた際にいつものようにクエストはどうだったかって聞いたんです。すると彼女はクエストの話はそっちのけで、たった数日でAランクにスピード昇格した規格外のルーキー2人組がいるらしいと興奮しながら私に話してくれました。私はそんな人がいる訳ないよ! と笑いながら否定しましたが、その日街を歩いていたら厄災の種を浄化する2人組を目の当たりにしたんです! そこで思い出したんです......王都から各領地へ緊急の伝令があった、その内容を。それは聖人の器が召喚されたこと、彼らは男性2人組で各地に発生している厄災の芽の討伐に尽力をしているため遭遇した際には全力でサポートをすること、それから最後に彼らはAランクの冒険者であること......」
アルテミスは周知された情報から2人が規格外のルーキーであり聖人の器であることを予測するとそれを確信に変えるべくスキルを使用し尾行、観察しようとしたのだった。
しかし解せない武仁は「だったら何だ?」と短く言い放つとアルテミスは真剣な顔で武仁に迫る。
「弟子にしてください!!」
武仁は予想しない言葉に一瞬呆けると「......はあ!?」と思わず漏らしたが「私、Aランク帯でもう3年......はっきり言って頭打ちなんです! 私のスキルは隠れ蓑と言ってもうお気づきだと思いますが姿を認識させないように隠せるスキルです。隠密活動、つまり情報収集などのクエストを主に行ってきました。しかし、スキルの性質上魔物の討伐には不向きで、闇討ちのように奇襲で乗り越えてきましたが......Sランクを考えると明らかにレベル不足なんです......!」と切実な思いを吐露されると一転少し考えた後に武仁は語りかけた。
「......お前さあ、なんでSランクになりてえんだ? Aランクでも報酬は十分だろ? 実力としても冒険者界隈では申し分ねえんじゃねえのか? それにソロじゃなくてパーティを組めば済む話なんじゃねえの?」
成長に限界を感じている思いは分かったがそもそもなぜソロで活動しているのか、そしてなぜそれ以上を望むのか、武仁は本能的に相手の言動の核となる部分が気になるのだろう。
それを聞かれるとアルテミスは「それは......」と口ごもる。
そうこうとやりとりをしていると武仁の背後から「相談してみたらいいんじゃない?」と声がし、振り返ると見知らぬ女がそこに立っていた。
栗色の柔らかな髪からのぞく猫耳と背後で揺れる尻尾、どうやら獣人族のようだ。
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったのだけど......ギルドの入り口で話をしていたものだから否が応でも耳に入ってしまって。それにあなた、大きいから避けて入ることができなかったわ」
どうやら女はアルテミスと顔見知りのようで、遠回しに武仁に邪魔だと、アルテミスにはこんな場所で話し込むなと言っているのだろう。
「私はフォルダンに拠点を置くソロのAランク冒険者、ルナよ。場所を変えない? 近くに紅茶の美味しい個室のお店があるのよ。ご馳走するからもう少しだけ彼女の話を聞いてもらえないかしら、規格外のルーキー」
ルナと名乗る彼女がアルテミスの言っていた冒険者仲間なのだろう、武仁は全も昼まで寝ると言っていたし少しならいいか、とそれを承諾すると3人は場所を移した。
「すみません、武仁さん......。聖人の器に協力しなければならない立場なのに私情を持ち掛けてしまって......」とアルテミスは表情を曇らせながら謝るとルナに促され弟子にしてほしいと言った核心を語り始めた。
「私には双子の兄がいます......。兄は15歳の年に、危険が伴うからと反対していた私と母を押し切り冒険者になりました。私の母は持病を患っており、その母の薬代を稼ぎ亡き父に代わり家計を支えるんだと......頼りになるとても優しい兄でした。しかし兄が冒険者になり数年経過し実力としてもギルド内でも噂されはじめた頃、母の持病を治せるかもしれない、と言う男が兄に言い寄ってきました。はじめこそ兄も胡散臭いと嫌煙していましたが、次第にあの人は本物だ、すごい人だぞ、俺が力を貸せば問題は解決するんだ! などと言うようになり、日々家事と母の看病をしていた私はそんな兄を突っぱねてしまったんです......。それから兄は家に戻らなくなり、しばらくは頭を冷やせばいいんだと放っておいたんです。しかし兄は数か月経っても戻りませんでした。私は兄の稼いだお金で母の看病を依頼すると冒険者になり、このスキルを活かし情報収集をはじめました。冒険者になり2年経つ頃ようやく、どうやら兄はとある宗教に加入したようだと言う情報をつかみました。その名は聖ライガ協会......しかしそこの信者は信仰が厚くその上ほとんどが兄のような冒険者の中でも腕の立つような人物で構成されていたんです。私は兄を目覚めさせて連れ戻したい......しかし、私では実力不足。パーティを組んで万が一仲間を危険に晒すようなことになってもいけないと、それから更に4年真剣にやってきましたが......」
話を聞く最中、武仁はアルテミスが最後まで話終える前に目に涙をためながら「もう言うな」と遮った。
武仁は兄弟愛が強く優しい男である、それに巡り合わせかのようにアルテミスの口から出た聖ライガ協会と言う名、武仁の答えは既に決まっている。
「事情はわかった! 頑張ったな......わかった、俺に任せろ。聖ライガ協会ってのには俺らもちょっと縁があんだ。早速動きてえ、と言いたいところだが......まずは俺の相棒にも話しておかねえとな!」
武仁はそう言うと2人を宿屋まで連れて行った。
宿屋に到着した武仁はまだ眠っている全を叩き起こすと連れてきたアルテミスとルナを雑に紹介し寝起きでぼんやりする全に構う事なく話を進める。
「昼まで寝るっつーから俺1人でギルドに行ったんだがよ、土産だぜ! こいつの兄貴を助けに行く! 全も早く顔洗え!」
武仁の話は雑すぎて何がなんだかわからない全は「ちょっと待って......」と言うとベッドから立ち上がり歯を磨いて顔を洗い椅子に腰をかけると眼鏡の位置をなおしながら「で? わかるように教えて、何だって?」と仕切り直す。
それを見ていたルナはフフっと笑い再び話しはじめようとする武仁を遮るように口を開いた。
「はじめまして、私はルナ、そして彼女はアルテミス。私たちは2人ともソロのAランク冒険者なの。彼女は兄を聖ライガ協会から助け出す力を身に付けるべくさきほど武仁さんに弟子入りを志願し、武仁さんは快諾してくれたのだけど、あなたはどうかしら?」
ルナは簡単に話をまとめ全に問いかけたがアルテミスは彼女に続くようにことの詳細を語る。
すると全はやはり武仁同様アルテミスの話を全て聞き終わる前に、それでいて話の腰を折らないタイミングを見ながら「うんうん。辛かったね、僕らで良ければ手伝うよ」と言うと話しながら感極まっているアルテミスの頭を撫でた。
「武仁、まず聖ライガ教会へはまだ行かない。たしかに彼女の兄は気がかりだが僕らや彼女が動くより打ってつけの人物がいるよね? まずはお兄さんの安否確認、無事を確認したのち現在の様子と協会内部に違和感はないか......龍に念話を送ってみよう」
全が言うと武仁は頭の上に電球が浮かぶのが見えそうなくらいに閃いたような顔をすると「そうだった! 龍か!」と言うと2人に「龍ってのが教会に潜入してんだ、そいつも仲間2人を助ける為にな!」と教えると全は早速念話を使い、(龍、調子はどうかな?)と話しかける。
(全さん......こっちは変わりないです......。どうしましたか?)
龍己から応答があると全は経緯を説明し、アルテミスから聞いた兄の特徴を伝える。
(アルテミスの兄の名はアポロと言い、赤毛に赤い瞳で年齢は25。火属性魔法を操る魔法剣士のようだ。この特徴と重なる人物が教会内にいないかそれとなく探ってほしい。......それから別件で教会内に違和感はないかい? 例えば......協会員が操られているような......又は洗脳か、そう言った類......それを念頭に置いて教会内の様子を見てほしい)
それを聞き龍己が了承すると全は(ありがとう、気をつけて)と言い念話を終わらせた。
「とりあえずは龍からの連絡を待とう。数日中に何かしら念話で伝えてくれると思うから......待っている間に、そうだな......うん! アルテミス、ルナ、君たちが良ければフォルダンの繋ぐ者として恩恵を授けたい。どうかな? あ、武仁はどう思うかな?」
そう話すと武仁は「いいね!」と答えたがアルテミスとルナは首を傾げる様子だったため、繋ぐ者と恩恵について全は端的に教え「もともとは弟子志願だったようだし、どうかな?」と微笑みながら再び聞くとアルテミスは快諾、ルナも「聖人の器様、光栄ですわ。よろしくお願いします」と受け入れた。
2人に恩恵を付与し終えると腹ごしらえをしたいと言う全は食堂へ向かい、4人でテーブルを囲み食事をしながら話を進める。
「そう言えば武仁、魔物を使役(テイム)しないの? ずっと思っててさぁ! 魔物使い(テイマー)だよ、魔物使い(テイマー)! 考えていたんだけど、やっぱり移動手段があった方が便利だと思うんだ! で、陸路なら馬だろうけど......空飛びたいと思わない? ......竜の渓谷......竜って名がついているんだ、竜がいると思わない? いや消して竜が見てみたいとか、ライトノベルの様に竜は話ができるのかなとか、そんな好奇心で言っているわけじゃないんだよ。......そう! アルテミスとルナもレベリングはしないとならないでしょ、何せ弟子入りしてくれた訳だし! 師なら強く鍛えてあげないといけないよね!?」
目を輝かせる全に圧倒されながら武仁は「.......お、おぅ」と答えると「本当!? じゃあ決まりだね、一応竜の渓谷方面のクエストがないかギルドで確認してから行こう」と全は胸を弾ませた。
しかしルナは竜の渓谷と聞いて表情を曇らせる。
「竜の渓谷、確かにそこには竜が棲まうとされています......しかし竜は誇り高く気高い、数千年と生きる種もいると聞きます......そんな種を打ち負かす力はいくら聖人の器とは言え......まして使役(テイム)だなんて......それに私とアルテミスが行って果たしてレベリングなんてできるでしょうか?」
ルナは冷静でいて賢い、至極現実的な話をするとアルテミスも「そうだよね、想像できないな......」と呟く。
しかしそんなルナの話を聞き武仁は逆にやる気に満ち溢れた顔をしながら言う。
「そんなに強そうな魔物がいたのかよ! 大体ワンパンで終わっちまうし肩透かしだったんだぜ!? よっしゃ! 決まりだな! 次の目的地は竜の渓谷だ」
それを聞き全も嬉しそうに「善は急げだ! 全だけに!」と言うと「うわぁ......いよいよだな......」とオヤジギャグにドン引きしながら武仁は料理を平らげた。
「アルテミスにルナ、大丈夫。命は保障できるよ、僕は転移(ワープ)が使えるから万が一危ないと思えば逃げられるし......僕はまだしも武仁が打ち負けるとは思えないけどね」
そう言うと全も料理を食べ終わり水を飲み干した。
ルナも転移(ワープ)が使用できると知り「それなら万が一はないわね」と少し安心した様子で、アルテミスも「足を引っ張らないように気をつけます!」と意気込んだ。
アルテミスとルナが食べ終わると武仁は店員を呼び会計を済ませ4人はギルドへ向かった。
ギルドに到着した4人は受付に声をかけ冒険者証を見せながら「竜の渓谷やその近辺にクエストはないかな?」と全が聞く。
「こんにちは! 私はフォルダン冒険者ギルドの受付係ムムと申します。4人で行かれるのですか? アルテミスさんとルナさんがパーティを組むのは珍しいですね! ......なるほど。あなた方が噂の......! 少しお待ち下さいね!」
受付係のムムは挨拶をしながら全と武仁の冒険者証をまじまじと見るとカウンター越しには見えなかったが隣で事務仕事をこなしている男を引っ張ると窓口に顔を出させる。
「こちらが当ギルドのマスター、サードさんです! ほら、ギルマス! この方々ですよ......!」
引っ張り出されたギルドマスターのサードはこれまでのギルドマスターとは風貌が違い、単一レンズの眼鏡をかけたスマートな容姿で冒険者ギルドにはあまり似つかわしくない男だ。
「これはこれは、はじめまして。ワンドやニドからの連絡でお話はお伺いしています。王都からの伝達もありお2人は今や領主や貴族、騎士団や傭兵団にとどまらず冒険者すらも知る有名人ですよ、お会いできて光栄です。各地で繋ぐ者へ恩恵を付与し各領地の戦力拡充をしながら厄災の芽の討伐をされていらっしゃるのですよね。その上冒険者としてクエストまでこなして頂けるとは......流石は聖人の器、感服致します。それで、今日はどのような?」
と話したところでムムは「竜の渓谷やその付近にクエストがないかと仰られています」とサードに言うと「これは二度手間をさせてしまうところでしたね、失礼しました」と言うとサードは何やらカウンター下から分厚い帳簿を取り出し、それをパラパラとめくるととあるページで手を止め話を続ける。
「......そうですね。受注してから随分と経ちますが、誰も受けない、受けても失敗続きのクエストが一つあるにはありますね......依頼ボードの端の方、ひときわ古びた依頼書があるのがお分かりでしょうか? そちらを確認した上で受注されるとあればこちらに依頼書をお持ち下さい」
そう言われ4人は依頼ボードへ近付くと端の方にある依頼書に目をやる。
依頼書は他とは違い紙ではなく布切れで出来ており長年張り出されているからなのか布はほつれ印字されている文字もところどころ薄くなっているがその依頼書には秘境の発見と書いてある。
文字も読み取りづらくこれまで見てきた依頼内容とは違うと感じた全は依頼書を剥ぎ取りサードに渡すとクエストの詳細を聞いた。
「帳簿によるとこの依頼はもうかれこれ数百年は前から貼り出されているようですね。竜の渓谷の最奥に秘境と呼ばれる場所があると言う依頼者は再び赴きたいが場所がわからないと言う事で依頼を出されたようですね。クエストは依頼者から依頼を受けた時点で報酬はギルドが預かりますので達成すればもちろん報酬をお渡しはできるのですが......何せ依頼者は既にお亡くなりになっておりますから、情報もこれだけしかないのです」
サードは依頼内容について話すと、あわせて危険性についてやこのクエストの難易度についても語り出した。
「竜の渓谷は竜の棲家と言われていますが、その辺りは出現する魔物が強く並の冒険者では太刀打ちすら出来ません。しかし帳簿にある記録によると報酬が破格であるためこれまで数多の冒険者がこのクエストに挑戦しているようですね......命を落とすまではなくとも全員が秘境についての収穫を得ることなく戻ってきています。このクエストとは別で過去にSランクの冒険者が竜の渓谷で竜と遭遇した事例ももちろんありますが1体討伐するのがやっとなほど桁外れに強大な魔物なのは確かです。しかしこれにより竜の渓谷にはっきりと竜が棲まうと言う事が判明したのですが......危険性も高く竜の渓谷は未開の地と言って良いほど全容は明らかになっていませんし、そもそも秘境と呼ばれる場所が実在するのかさえわかりません。いかがされますか?」
サードは古い帳簿を確認しながら丁寧に案内してくれたが、全と武仁は迷わずクエストを受注すると返事をした。
アルテミスとルナは尻込みしている様子だったが、武仁が2人の肩をポンと叩くと「心配すんな!」と一言発し、その様子を見ながら全はサードに「危険と判断すれば僕の転移(ワープ)魔法で脱出します」と言うとサードも「わかりました、ではくれぐれもお気をつけて」と4人を見送った。
「危惧する点はいくつもありますが.......まず竜の渓谷はフォルダンの東にあり、崖下なのでまずは崖下に降りる方法から考えなければなりません。それから秘境があるとした場合、道中はどの程度の日数がかかるのかもわかりませんし日持ちする食料の調達も必須でしょうね。あとは......」
ギルドから出るとルナがフォルダンを出る前に最低限の難所と準備品について口を開いたが、武仁は食い気味に「食料は必要だがいざとなれば転移(ワープ)してフォルダンで飯食って転移(ワープ)でまた渓谷に戻れるんだぜ? それに崖下だろうと全がいれば関係ねぇと思うぞ?」と言うと全はアルテミスとルナに向けて話しかける。
「一緒に戦うとなるとある程度何ができるか知っておいた方が良いね。まず武仁は棍棒を使う前衛職(アタッカー)で見えない敵すら感知しさらに見えないままに必中で攻撃ができる。更に魔物を使役(テイム)したりも可能だよ。僕は六属性の魔法が使えてあとは鑑定や錬成と魔法構築して生み出す事ができるんだ、崖下に降りるのは僕の魔法で可能だと思うよ」
それを聞いてルナは「......一般の冒険者の概念は捨てなければいけないわね。頼りにしているわ、お師様」と言うと「しかし全さん頼りきりと言うのもいけませ! 水や食料だけは最低限準備していきましょう!」とアルテミスが言うと4人は食堂へ向かい数日分の飲料水、それから食料は包んでもらい全が収納にしまい代金を支払うとフォルダンを出発した。
水上の街フォルダンを出てひたすら竜の渓谷を目指し歩みを進める一行、全は秘境にも興味を抱いている様子だが何より魔物使役(テイム)を直に拝みたくてたまらない。
「ねぇ武仁。確か魔物召喚って言うスキルを覚えなかった?」
全はテイムの事に考えを巡らせながらふと思い出したのだろう、武仁に問いかける。
「ああ、そう言やぁそんなのあったなぁ」
そう言うと前振りなく「魔物召喚」と呟いた。
するとウィンドウが表示され、魔物の名前なのだろう一覧がズラリと並んでおりご丁寧に写真まで表示されている。
ウィンドウの1番上には魔物名鑑と書いておりその右側には強さ、生息地など別にソートできる機能までついていた。
「武仁!! なんだこのウィンドウは!?」
武仁より前を歩いていた全は少し遅れて気がつくとウィンドウをまじまじと見つめ興奮している。
アルテミスとルナも不思議そうに覗き込んだ。
「......これは......武仁さんはここに書かれている魔物を召喚できるのですか......」
話半分で聞いていたルナは「わかんねぇ、やった事ねぇし」と言いながらウィンドウをスクロールさせ吟味している武仁に言う。
「ま......まさか、召喚しないわよね......?あなた、聖人の器だと言うのに......そんな事をしたら人為的に厄災だって起こせるじゃない......魔神のようだわ......」
ルナの言葉を聞きアルテミスは「さすがに言い方が悪いよルナ! それに厄災を起こすだなんて......聖人の器である武仁さんがそんな事しないよ!」と止めるように嗜めた。
武仁はウィンドウに夢中になるあまりルナとアルテミスの会話は右から左へと抜けたようで無反応だが、全は魔神と言うワードが引っかかりルナに「魔神って?」と聞く。
「......ごめんなさい、つい......。魔神と言うのは魔物を統べる魔物の事よ......厄災の時に必ず姿を現すと言われているの。魔物は魔素から成ると言われていて、厄災時は深淵(アビス)発生により魔素が急激に濃くなるの。そのためなのか厄災では魔神と呼ばれる魔物の中でも特に強い個体が出現し、魔物達も強くなり凶暴化すると聞くわ......」
「なるほど、それなら確かに武仁は魔神だね! はははは!」
ルナの話を聞き終わると納得した全は言い得て妙だと笑い出し、その声に気付いた武仁はようやく「なんだよ?」と反応を見せた。
全が「何でもないよ」と言うと再び武仁はウィンドウをスクロールさせて召喚する魔物を探す。
武仁は竜を探しているのかあいうえお順で並ぶデフォルト表示では埒があかないと感じ、ソート機能を使用し種別順に変えた。
スライム、オーガ、ゴブリン、バード、ゴーレム、ベア......まだ見ぬ魔物の種類もあるようだがこれまで遭遇した魔物の種類も確認できる。
「こっちの方がいいか......えーと、竜、竜......」
と武仁が呟きながらウィンドウをスクロールさせ目線を下げると次に表示された種別に驚きその指は止まる。
「......転移者......?」
呟かれた言葉を全は聞き漏らさなかった。
「なんだって!?」
そう言いウィンドウを覗き込むとそこには確かに写真付きで転移者と書かれていた。
武仁は驚きながらもおずおずと転移者と書かれた部分を押すと、更にこれまで転移されてきた者なのか、はたまたまた別の誰かなのかはわからないが一覧で表示されたその写真はどれも紛れもなく見た目は人間である。
そしてその中に見つけたのは、ズチとリンだった。
「......おいズチ。どう言う事だ......顔貸せ」
武仁がそう言うとズチが顕現し、それ自体に驚きを隠せないアルテミスとルナだが武仁も全もそれどころではない。
ズチはバツの悪そうな顔で答える。
『武仁殿......それは......理により話す事が叶わぬ故......』
「またそれか」と武仁は呟くと魔物召喚ウィンドウからズチを選び"召喚しますか?"と言うポップアップウィンドウが表示されると迷わず"はい"を選んだ。その指には無意識に力がこもる。
「おい! 武仁! まだどうなるかもわからないのになんて事を!」
全は武仁に迫ったが一足遅く、武仁と全そしてアルテミスとルナの前には顕現とは違い透けても浮いてもいないズチの容姿をした人物が目の前に現れると、同時に顕現していたズチはフッと消えた。
果たして彼はあのズチなのか、ズチが喋るより早く全は鑑定を使用する。
?ズチ ???
種族/人間 年齢/48
職業/聖人の器 レベル/13823
称号/土神の加護(経験値2倍.レベリング加速2倍)
厄災を鎮めし異界の救世主(???)
神の使いを務めし者(???)
HP/139230
MP/139230
腕力/139230
腕力抵抗/139230
魔力/139230
魔力抵抗/139230
知性/13923
感知/13923
俊敏/13923
運/13923
スキル
・土属性魔法
土属性の魔法を初級〜特級まで使える
・猛る闘志
MP消費量に応じて腕力を高める
名前の一部と称号の効果の一部が鑑定出来ないのははじめてだったが鑑定したズチのレベルは桁違いだ。
「君は......あのズチなのかい?」
全はズチの容姿をし現れた目の前の人物に問いかけるとゆっくりとその人物は口を開けた。