交錯の異世界 〜異世界転移したらインフレチート性能だったので1000年に1度の厄災を終わらせてから帰ります〜


鑑定を受けるべくクリスティナの元へ向かうとワンドは顔パスで領主邸へ入るや「クリスティナはいるか!」と声を張り上げる。
その声を聞きつけて「何事だ!?」と一番に駆け付けたのは領主のクリスティナ本人とケインだった。

そのまま客室に通されるとワンドがおおよその事情を説明する。
クリスティナは信じられない様子ではあったが、ワンドが言うのであればと鑑定を使用する事に同意した。

「ケインは2人の後見人になっているそうだな。鑑定を使用するこの場に同席しても構わないだろうか」

この世界で人へ鑑定を使用すれば鑑定対象の全て、実力はもちろんだが切り札さえ露呈することになる。
最悪の場合悪用されたりもしかねないのだろう、鑑定を使用する前にクリスティナは全と武仁に断りを入れた。

「ケインは知り合って間もないがダチみてぇに思ってるんだぜ。俺はケインを信用してんだ、構わねぇよ」

と武仁が返すとケインはどことなく嬉しそうにしていた。

「では2人を鑑定する」

そう言うと全は、ちょっと待ってくれ、と話を遮る。

「ログインボーナスを貰っていない。すぐ終わるからその後にしてくれ」

ワンド、クリスティナ、ケインは聞きなれない言葉に理解が出来ない様ではあったが「わかった」とクリスティナが答えるとすぐに全はステータスオープンを唱えるとともにリンを顕現させた。
この世界で過ごす間の協力者として全はケイン、そしてクリスティナとワンドを信頼しようと思ったのだ。
信頼関係の構築にはまずこちらに嘘偽りがあってはならない、そう考えあえて顕現させたのだ。

それを見て武仁も全の心中を察したのかステータスオープンとともにズチを顕現させる。

『5日目のログインボーナス〜。全様の本日のログインボーナスはスキル賢者の恩恵です〜。......あら、こちらの方々は......私は全様の案内役(ナビゲーター)、水神の使いリンと申します〜。今後ともよろしくお願いします〜♪』

『武仁殿! 本日のログインボーナスは勇者の恩恵ですぞ! ......ほう、貴殿らが此度の繋ぐ者(リンカー)ですな! 我は武仁殿の案内役(ナビゲーター)、六神が一柱、土神様に仕えるズチと申す! 武仁殿について居れば怖いものなどありませんからな! 貴殿らも安泰ですぞ、がはははは!』

神の使いと言う目の前にふわりと浮く存在にクリスティナ達は何が何だか質問しようとしても不可解な点が多すぎて言葉も出ない。

「はい、もう大丈夫です。クリスティナさん、鑑定をお願いします」

そう全が言うとクリスティナは頷き鑑定を全と武仁に使用した。


智成 全(ともなり ぜん)

種族/人間 年齢/26
職業(ジョブ)/賢者 レベル/118

称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)

HP/1180
MP/11800
腕力/1180
腕力抵抗/1180
魔力/11800
魔力抵抗/EX
知性/11800
感知/1180
俊敏/1180
運/EX

スキル
・六属性魔法
 火、水、風、土、光、闇の初級〜特級魔法を使用可能
・鑑定
 目視したあらゆる対象の情報を看破する
・収納
 収納対象の時間を停止し無制限に収納できる
・全知全能
 素材さえあればあらゆるものを錬成できる
・複製
 あらゆる物を複製可能
・賢者の恩恵
 認めし者の成長を促進させる。

装備
・賢者のローブ
 賢者のみ装備装備可、物理攻撃をはね返す


勇 武仁(いさむ たけひと)

種族/人間 年齢/17
職業(ジョブ)/勇者 レベル/1685

称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)

HP/168500
MP/16850
腕力/168500
腕力抵抗/EX
魔力/16850
魔力抵抗/16850
知性/16850
感知/168500
俊敏/16850
運/EX

スキル
・必中
 必ず狙ったところへ命中する
・第六感
 半径3km圏内の対象を正確に感知できる
・収納
 収納対象の時間を停止し無制限に収納できる
・一網打尽
 感知した任意の対象、または目視した任意の対象を攻撃できる、対象設定数は無制限
・強者の特権
 打ち負かした魔物を任意で使役できる
・勇者の恩恵
 認めし者の成長を増幅させる。

装備
・勇者の剣
 勇者のみ装備可、魔法すら切れる剣(バット)


「こ......これは......凄まじいステータス値だ......加えてどれも化け物のようなスキル......武仁に至ってはレベルが見たこともない数値になっている......しかし、聖人の器ではないのか!?......賢者と勇者......」

クリスティナは驚愕しながらも「開示」と唱え鑑定結果はその場にいる全員が見えるようになった。
ワンドもケインも開示されたステータスウィンドウを見て驚くばかりで言葉も出ない。
しかし流石は領主、クリスティナは混乱しながらも顕現しているリンとズチに跪くと直に問いかけた。

「これは、どう言うことでしょうか......代々聖人の器には神の加護が与えられる。それは継承通りですが......聖人の器ではく初めて見る賢者と勇者と言う職業......それに六神の加護とは......神の使いであるリン様、ズチ様、お教え下さい」

繋ぐ者(リンカー)の皆さんが混乱されるのは当然でしょう〜。この度の召喚はこれまでとは違い運命が交錯した事により起きたのです〜。召喚対象の座標にズレが生じた、とでも言いましょうか〜。それにより召喚対象が5名となってしまいました〜。他の地点へ落ちた3名が本来召喚される地点の王都近郊に落ちたことからこの世界はその3名を聖人の器とみなしたようです〜。そしてその3名に加護を与えたのは雷神様......それを鑑み、神々は全様へ魔法と薬学に特化した最高峰職業賢者、武仁様へ戦いと使役に特化した最高峰の職業勇者を新たに創造し与えました〜。新たな職業を与えられたのも六神様がそれぞれに加護を与えられたのも、全様と武仁様が聖人の器ではない外の者、つまり理の外にあったため可能となった訳です〜。』

続けたズチが鼻高々に話す。

『つまり! 武仁殿と全殿は最強なのですぞ! がはははは! お2人が桁外れのレベルなのも六神様の加護により経験値の分母が変化しない極めてレベチなチートが施されておるからですぞお!』

声高々にレベチやチートと言う単語を用いて言うズチに「それどこで知ったの?」と全が小声でツッコむと『以前全殿に教えて貰いましたぞ!』とズチは胸を張って答えた。
マグマ山での道中にそんな話をしたのかもしれない、と振り返りながら、神の使いの威厳を落とした気がしてひっそりと後悔した全だった。

「......不測の事態が起こった、いや、起こっている......と言う事か......」

ワンドが言うとクリスティナとケインも頷く。

「しかし、聖人の器が別に召喚されているのであれば全と武仁はなぜこんなに強く召喚される必要があるんだろう?」

ケインがふと疑問を口にする。

『......それは......創生に纏わる部分が含まれているため神々の大樹に触れないうちに口外することは理に反するのです〜。その問いに今は答える事ができません〜......』

しばらく黙って聞いていた武仁が口を開く。

「まぁよ、そう言う事なんだわ! とりあえず俺らは聖人の器っつーのではねぇけどよ、お前らの敵でもねぇ、むしろケインはダチだと思ってる。それに種の浄化は俺らにも出来るし問題ねぇだろ」

武仁が言うとクリスティナはフッと笑うと力強く声を出した。

「そうだな! 君達は私達を信頼してくれた、今度はケインのように私も君達を信頼させねばなるまい! 改めて、私はこのカルカーンの領主、そしてカルカーン騎士団団長クリスティナ・フォン・カルランド伯爵だ。厄災は近い、私はこのカルカーンを、そしてこの国を、世界を......守らなくてはならない。それには君達の力は不可欠だ。君達に比べれば私の力など無いも等しいのだろうが......私はこの名にかけて! 全力で君達の力になろう! ともに立ち向かってくれないか......どうかよろしく頼む!」

クリスティナが頭を下げるとそれを見たワンド、ケインも頭を下げた。

「頭を上げて下さい。僕と武仁ははじめからそのつもりです。まだこの世界に来て5日ですが、はじめて会ったケインは直感スキルがあったとしてもどう見ても怪しい僕らを優しくサポートしてくれました。ワンドさんもマムさんも宿屋の方、食堂の方、そしてクリスティナさんも。確かに僕らは異世界の人間ですが今は同じ土を踏んでいます、それにカルカーンの穏やかな雰囲気が僕らは好きです! 一緒に厄災を退けましょう!」

全がそう言うとズチは感動したのか漢泣きし、それをシラーっとした目で見るリン。
武仁はリンとズチを見て「それで神の使いかよ」とゲラゲラと笑った。
武仁の笑いでどこか張り詰めていた空気は一気に緩みみんな一斉に笑い合った。

話もひと段落したところでクリスティナは「頃合いとしても今日明日には王都より返事も届くだろう。カルカーンで待機しておいてくれ」と2人に告げた。

「ワンド、ケイン。2人のことは国王への謁見まで他言無用。......まぁここ数日での活躍で嫌でも他の冒険者の目に留まる事は安易に想定できる。そこはワンド、ギルドマスターである君の手腕で取り纏めてくれ」

ワンドは「任せてくれ」と返すと続けて「私はギルドに戻るが2人はどうする?」と全と武仁に問いかける。
2人は討伐証明の買取査定も途中だった事を思い出し「ギルドに寄ったら今日はカルカーンをゆっくり見て回るよ」と全が返した。
クリスティナとケインと別れワンドとともにギルドへ戻ると「私もギルドマスターとしてやるべき事をやらないとな!」と言うや受付のマムに何やら耳打ちしたあとギルドの2階へ上がっていった。

「全さん、武仁さん、おかえりなさい。買取が完了しています。こちらがバイオレットベアの毛皮32枚、そしてこちらがブルータルベアの毛皮11枚の買取金額となります。それからお2人はCランククエストを3回成功させた上にBランクの魔物はホークアイを含めると12体を討伐されており、領主クリスティナ様の鑑定によりAランク相当の実力も認められました。通常はCランクへの昇格となりますが、特例によりAランクへの昇格となります! 異例中の異例のスピード出世ですよ! おめでとうございます!」

ギルド内が騒ついているのを感じつつ、ワンドの耳打ちはこれだな......、と2人はため息を吐きながらも差し出された白金貨4枚と金貨26枚を受け取り2人で折半する。
マムが何やら水晶のように透き通る材質の石板をカウンターに出すと「こちらに冒険者証を置いて下さい」と言った。
2人は言われた通りそこへ冒険者証を置くとたちまち木で出来た冒険者証は金色に変わりDとあったランクがAと変わる。
全は「凄い......どう言う原理?」と呟くと、その声を拾ったマムが答えた。

「鍛冶屋さんなどが持つ錬成系スキルと秘書や私たち事務方が持つ記憶系スキルを複合しています。この石板は魔素を含む材質ですから、スキルをかけておけば石板が破損しない限り永久に動作します。人の目とスキルで二重チェック! 事務の基本です」

そう誇らしげに言いながらマムは微笑んだ。
全はその話を聞いて複合魔法と言うやつか、と思うと同時にデスクワークを思い出し嫌と言うほどやっていたのになぜだか少し元の世界が恋しくなった。

「面白い話でもう少し聞きたいが、騒ついているし今日はもう帰るよ」と全はマムに伝えギルドを出るとマムは「あっ!」と言い2人を追いかけたが既に辺りには見当たらなかった。

ギルドを出てカルカーン内をゆっくり見て回る2人はマグマ山へ出発する前に寄った道具屋の他にも鍛冶屋や仕立て屋が看板を連ねる商店街の方へ足を運ぶ。
商店街には露天商も数人おり、様々なアイテムやアクセサリーを売り買いしてる人で賑わっている。
マグマ山へ行く前は野営を見越して最低限テントの類を買うためだけに尋ねたがだいぶんお金も貯まり色々な店で各々興味の向く物を品定めするが、どうやら趣向は正反対のようで「別行動をしよう」と全が提案すると武仁は「じゃあ買い物終わったら宿屋集合な!」と一目散に鍛冶屋へ向かった。

そんな武仁の背中を見送ると全は鑑定を使いながら露天に並べられている商品を丁寧に一つずつ見ていく。
錬成のできるようになった全はポーション類の価値がどの程度で流通量がどのくらいなのかなどを把握したいようだ。
一通り見て複数の露店で手持ちにない素材を数種類購入し最後の露店で「あ!」と声をあげた。
そこで露天を開いていたのはマグマ山への道中、盗賊に襲われていたあの親子だった。

深々と頭を下げられ「命の恩人です、心ばかりのお礼ですがどうかお好きな商品がありましたらお持ちください」と言われ厚意を有り難く受け取ろうと並べられた商品に目をやると、その商人は他の露店と毛色が違い食材や調味料を取り扱っていた。
小麦や胡椒などが並ぶ隅に思いがけない物を見つけ全は商人に尋ねる。

「こんな事を聞くのはルール違反かもしれませんが......この商品はどこで仕入れたのですか......?」

そう全が話すと「命の恩人です......特別にお教えしましょう」と小声で教えてくれた。

「私は小さな里の出身なのですが、その里で育てている作物です。この国では珍しいと言いますか......言い方を変えれば売れないような珍品なのですが。どうにかどこかで売れないかと行商の傍ら露店に並べているのです。」

それを聞いた全はもちろん里の名前を聞いたが「それは里の規則で教えられないのです」と返された。
少し違和感を抱きながらも、迷わず目の前にあるその商品を厚意として受け取った、そう、稲である。

考えてみれば不思議ではない。
これまでもこの世界へ召喚された聖人の器がいるのだから、稲を発見さえ出来れば育てる事もできただろう。
ただ、数千か、はたまた数百年と言う時を経て稲をどのように食すのかが伝わらなかったと言う事だろう。

これは武仁に良いお土産ができたぞ、と思いながらも世間話の延長で「あの後ギルドへ盗賊の引き渡しはできましたか」と尋ねると、「引き渡して詳細をお話したのですが、お名前を伺っていなかったのでギルドの方も困惑しておりました」と言われ、転移(ワープ)が使える冒険者はカルカーンに他にもいるのかと考えながら帰りにギルドへ寄る事にした。

行商人の親子にお礼を伝えると去り際行商人の子どもに「お兄ちゃんありがとう!」と笑顔で言われ、この笑顔を守れて良かったなぁ、としみじみ思う全であった。

それから野営に便利そうなアイテムはないかと道具屋へ入った。
道具屋は便利なアイテムから怪しげな物まで様々な商品を取り扱っているが一通り見た上で、魔法で大体解決するんだよなぁ、と何も買わずに店を出ると「ギルドにもまた寄らないいけないしなぁ......」と1人ぽつりと呟くと商店街を後にした。

一方武仁は鍛冶屋を訪れはじめこそ興奮し、鍛冶屋の職人技を見学したり並べられた武具を眺めて幼い少年のように目を輝かせたが、でも俺の剣は剣(バット)だしなぁ......、と考えると「違うな!」と声を上げて店を出ると向かいの仕立て屋に入る。
仕立て屋にはこの世界の洋服がズラリと並ぶ。
武仁は思わず「おぉ......」と声を漏らしたが女性店員達がその声に気がつくと武仁を取り囲み「いらっしゃいませ」「本日はどの様なお洋服をお求めですか」「お客様は冒険者様でしょうか?胸板が厚く逞しいですね」と次々に声を掛けてきた。
武仁は女性にあまり免疫がないのだろう、身動き出来ず耳を真っ赤にしながらされるがまま採寸され「ありがとうございました」と店を見送られる頃にはすっかり洋服を全取っ替えされていた。

「......なんか......弄ばれた気分だ......女って......怖ぇ......」

そう呟くと肩を落としながら宿屋への道をふらふらと帰っていった。

商店街を離れ再びギルドに顔を出した全はマムに盗賊の件を伝える。
スピード出世の特別待遇を受け他の冒険者の視線を感じ居心地が悪く早く済ませて帰りたい様子だ。

「良かったです! さきほどお聞きしようと思っていましたが、つい冒険者証の書き換え技術のお話に気を取られてしまい......申し訳ありません。しかし、やはり盗賊を捕縛されたのは全さんと武仁さんでしたか、転移(ワープ)で送ってもらったと伺ったのですが、実は転移(ワープ)が使えるのは今カルカーンに全さんを含めると3名いらっしゃるんです。......あ! ちょうどいらっしゃいますね!」

そう聞くや背後に気配を感じる全、バッと振り返るとそこには魔法であるワープを使うとは到底思えない、猟銃のような武器を携え長いコートにフードを被った40代くらいの強面な男が佇みその横には小さな少女がそのコートに隠れるようにしがみついている。

「こちら、カルカーンを拠点とするSランク冒険者のカッセルさんです。隣にいるのは娘さんのラエルちゃんです。カッセルさん、クエストお疲れ様です! ラエルちゃん、こんにちは!」

小さな少女はペコリと頭を下げるとまたコートに隠れるようにしがみついた。

「カッセルさんは毎年溶岩蜂の巣の探索を買って出てくださるんです。強面ですがお優しい方ですよ。カッセルさん、こちらはAランク冒険者でカッセルさんと同じく転移(ワープ)を使える全さんです。今年は不在のカッセルさんに代わって溶岩蜂の巣の探索をしてくれたんですよ!」

そうマムが言うとカッセルは「そうか、それは有り難い。あれはCランクだがなかなか厄介だからな」と言いながらフードを取った。
日本で言うならイケおじとでも言うんだろう、フードが陰になりわからなかったがその瞳は優しそうだった。

Sランク冒険者とは実力はあるが割の合わない依頼は受けないしそんな暇もないのだろうな、とライトノベル知識で勝手に思っていた全は、SランクでありながらCランククエストを甘く見ない姿勢にカッセルの人柄を垣間見たと同時に、そう思った自分を恥ずかしく感じた。

「そしてもう1人は王都に拠点を置くSランク冒険者で構成されたパーティメンバーの1人で、今はその内の2人がクエストで一時的にカルカーンに来ています。男性2人と伺っていたので、カッセルさんはいつも娘さんと2人ですし違うかなぁとは思いましたが、あとの2組でどちらかがわからず......名乗り出て頂いて助かりました」

その後、マムから盗賊団を捕縛した恩賞は国から出る事を聞き、カッセルにお辞儀をしてからギルドを出て宿屋に戻った。

宿屋に戻ると一足先に帰っていた武仁の姿を見て「どなたですか?」と真顔で言う全に「いや、そうはならんだろ」と肩を落としながらツッコむ武仁に吹き出す全。

「あははは! 良いとこのお坊ちゃんみたいになってるじゃん! いいよ、似合う似合う! ふははは!」

と笑う全に「笑いたきゃ笑えよ」と力無く言う武仁だったが、あまりに笑い続けるので武仁は全の腕を掴むと宿屋を出てズイズイと商店街へ連れて行った。

「待て! 悪かった! もう笑わないから!」

そう言う全に構う事なく仕立て屋まで引きずるかのように引っ張って来ると全を押し込み再び宿屋へ戻る武仁。
しばらくして宿屋に戻ってきた全の顔は憔悴しており「お前の気持ちが......わかったよ......」と言うと、まるで同じ死線を潜った仲間のように以心伝心で何も交わす事なく立ち上がると食堂へ向かった。

いつものボアステーキを頼み待っているとケインとカッセルが同席しているのを見つけた。
どうやらケインとカッセルは仲が良いようだ。
服でからかわれるのが目に見える2人は声を掛けずにいたがケインがこちらに気付き近寄ってくる。

「2人とも見違えたね! こっちで過ごすにはそっちの方が断然良いと思うよ! 良かったら同席しないかい?」

思い掛けず褒められた2人は咄嗟に「もちろん」と返したが、それはそうである。
2人にとっては馴染みのない洋服ではあるが、この世界の人々からすれば日本の服装の方が遥かに目を惹き言わば奇抜で変わり者のように見えただろう。

カッセルとラエル、ケインと同席した2人は「国政について話していたところなんだよ」とケインに言われた。

「この国では戦争さえないが、それは各領地に騎士団やそれに匹敵する武力が存在しているからなんだ。国王は平和主義でこの均衡を保つ為に力が偏って領地の奪い合いなんかにならないように冒険者ギルドに所属する冒険者のパワーバランスはもちろん、領主の人格、その領地に住む人々の性質まで考慮していると聞く。しかし、生まれ持つスキルや潜在能力で生活の水準に差が生じてしまう事はままあって、その果てに盗賊となってしまう人が少なからずいるのは事実。ただ、貴族がいてそこに敬意は払っても種族や生まれで例えば平民だからと虐げられる事はこの国ではないんだ。だからカッセルさんに盗賊の捕縛を全と武仁がしたと聞いて、どうすれば良いのかと話していたところだ」

全と武仁は黙って聞き続ける。

「スキルや潜在能力、職業と言うのはランダムで授かる。例えば戦士が商人の子を生んだり、上級魔法スキル会得者の潜在能力が赤子並みだったりする場合もある。それらが適合する様に生まれて来る者は良い、更に言えば貴族に生まれれば噛み合いが悪くても生まれの良さがカバーしてくれる部分は大きいが、平民でなら進路に苦慮するだろう。もちろんそう言う者への働き口の支援や斡旋も国は領主から冒険者ギルドへと伝い窓口を用意はしているが、それでもこぼれ落ちてしまう者達が腐らず真っ当に生きる道をと考えると......なかなか難しいな」

全はケインとカッセルの会話を聞き、神々が争いのない世界をと創生しただけはあるな、と思いながらも、それでもこの世界にもたしかに不条理な事がありそれによって争いが生まれるのは神々が仲違いしたからなのだろうか?と1人考えを巡らせた。

「で、誰こいつ?」

ずっと黙っていた武仁がここにきて口を開いたかと思えば、どうやらずっと誰なんだと思っていたようで聞くタイミングを逃したのだろう。

「あ、あぁ......すまない。私は冒険者のカッセル、こっちはラエル、私の娘だ。君は武仁君だったね、ケインから聞いたよ」

「あぁ、俺が武仁だ。しかしカッセルは冒険者なのにまさかラエルを連れてクエストに行くのか?」

武仁が聞くとカッセルが答える。

「早くに妻を亡くしてね、肉親もいないんだ。娘は私から離れたがらないから......」

それを聞くや武仁は「ダメだろ! それでも小せぇヤツを危ねぇとこに連れて行ったらダメだ!」と怒鳴った。

武仁はラエルに妹を重ねたのだろう。

「よく分からねぇが、職業が合わない、潜在能力が低い、スキルがクソだ、そんなもん言い訳じゃねぇか。盗賊ができるんだろ? 手足があって会話できるくらいには頭があんじゃねぇか! じゃあそいつらにラエルみたいな子どもを留守の間預けたりする仕事をさせりゃ良い。ギルドにでもスペース作ればカッセルも心配もねぇだろ、安全第一だ!」

まさかの17歳の武仁の言葉にカッセルもケインも全も一瞬押し黙った。
武仁はラエルのような小さな子どもが危ない場所に行かざるを得ないと知り、それを回避するにはと考えて放った言葉なんだろうが、盗賊となってしまう人へ同情したり歩み寄って考えるばかりでも解決策に繋がるとも限らない。むしろ一方的な優しさだけでは回らない事はあり、それはもしかすると余計なお世話でさえあるのかもしれない、と何かハッとした3人。
そんな3人をよそに武仁はラエルに「デザート食うか? お前お利口だな、偉いぞ」とデレデレしていた。
ラエルははじめこそ不安そうだったが、帰り際には「おにいちゃん、ありがとう」と照れながら手を振った。

そして宿屋に帰り湯浴みを済ませると2人は眠りについた。

翌朝目覚め6日目のログインボーナスを貰う2人。
全はスキル魔法構築、武仁はスキル魔物召喚を授かると身支度を整えた。
宿屋で簡単な朝食を取っていると部屋をノックする音がし「はーい」と全が返事をすると入ってきたのはケインだ。

「国王への謁見許可がおりたよ。早速出発したいとクリスティナ様からの伝言だ。既にギルドで待機しているから準備が出来次第来てくれ」

ケインに「わかった」と返事をすると2人は急いで朝食を済ませギルドへ向かう。

ギルドに到着するとクリスティナとケイン、そして見知らぬ2人が待機していた。

「おはよう、朝早くすまないな。不測の事態だ、厄災がいつになるかもわからん、今からでも出発したいのだが構わないか?」

クリスティナが言うと武仁は「構わねぇが、コイツら誰だ?」と言い放つ。
全は、デジャヴだ......と1人脳内で昨晩武仁がカッセルに言ったシーンを思い出す。

「彼はコウヨウとシーテン。王都を拠点とするSランクパーティ、永遠の安寧(エターナルピース)のメンバーだ。カルカーンへ一時的にクエストで赴いていたが、クエストも完了したため王都へ帰還するそうだ。転移(ワープ)を使用して貰えば王都まで一瞬だからな、便乗させてもおうと思ってな」

この2人のどちらかが昨日マムが言っていたもう1人の転移(ワープ)使いか、と全は思いながら「よろしくお願いします」と挨拶した。

「噂は聞いているよ。ものの5日でAランクに到達した化け物みたいなルーキーがいるってね! おっと、言葉が悪かったかな......しかし凄いね。是非うちに欲しいくらいだ」

そう言うのはコウヨウだ。
彼は黒髪にロングヘア、どこか中華を連想する白い服を纏っている、どうやら武術家らしい。

「初対面なのに失礼だろ......すみません。コウヨウは軽口ですが悪いヤツじゃないんです。気分を悪くしないで下さいね。私はシーテン、魔術師です。王都までよろしくお願いします」

どうやらこの人が転移(ワープ)使いの様だ。
シーテンは紫色の短髪が印象的でローブを纏っており一見すればまだあどけない少年の様に見える。

「一刻を争うと考えると国王への謁見は早いに越した事はないが、その前に水上の街フォルダンへ転移(ワープ)を頼めるか? 転移(ワープ)は術者が訪れたことのある場所へなら瞬時に移動可能となる。全のためにも経由しておいた方が良いだろう」

そうクリスティナが言うととシーテンは「わかりました」と答えた。

「私が不在の間はギルドマスターのワンドを筆頭に、Sランク冒険者のカッセルとラエルがその補佐を、そして他の冒険者と騎士団にカルカーンを任せてある。それではワンド、カッセル、ラエル、少しの間だが留守を頼む」

ワンドが「任せろ!」と言うと「では行ってくる!」とクリスティナが声を上げ、シーテンは転移(ワープ)を発動させると6人は瞬時に水上の街フォルダンに到着した。
水上の街フォルダンは名前の通り、大きな湖に浮かぶ都市なのか、街をぐるりと囲むような光景は大きな水路のようにも見えなくはない。

「シーテン、わがままを言ってすまないな。ではこのまま王都へ頼む」

そうクリスティナが言うとシーテンの返事を遮る様に武仁が「ちょっと待て」と言った。

「この感じ......厄災の芽だ。この辺にあるぞ」

それを聞いたクリスティナは動揺する事なく「では直ちに討伐、種を回収し王都へ向かう」と言い、全員は頷くと厄災の芽をめがけ駆け出した武仁に続く。
水上の街フォルダンを取り囲む湖を西回りに沿って向かう武仁だが急にピタリと足を止める、しかしそこには厄災の芽の姿はない。

「おいおい、何にもないじゃないか。期待のルーキーも所詮はルーキーって事かな? まぁ......気を取り直して王都へ向かおうか」

コウヨウが言うと武仁は湖を指差して「早とちりすんな、この底だ」と言い、話を聞くや全は湖目がけ「拘束(バインドブランチ)」と唱えた。

「拘束魔法で拘束したところで水の底にある厄災の芽をどうやって討伐し種を回収するのです!?」

そう言うシーテンをよそに全は「浮遊(フロート)」と呟くと湖の底から厄災の芽が姿を現した。
厄災の芽は根ごと引き抜かれたかのようで、拘束(バインドブランチ)によって羽交締めになり根はもがいている様にも見える。
全が浮遊(フロート)を解除すると湖脇の地面に落下、すかさず「火球(ファイアボール)」と唱えると厄災の芽は炎に包まれその身を焼き尽くすと厄災の種がコロンと落ち全はそれを拾い上げた。

「浄化(クリーン)! ......厄災の芽は魔素を発しその地の人々へ影響すると聞きます。念のため湖全体を浄化しておきました」

その手際、そして聞き慣れない魔法、魔法に精通するシーテンは全に深い興味を示している様だ。
クリスティナは武仁に「もう大丈夫か?」と他に気配がない事を確認し武仁が頷くと「では王都へ向かおう」とシーテンに転移(ワープ)を頼んだ。
シーテンが転移(ワープ)を唱えると瞬時に王都へ到着する。

かくしてついにこの国の国王と謁見するべく王都ボルディアの地を踏んだ全と武仁は、王都と言うだけあるその都の規模に静かに驚きながらもクリスティナの後に続き王都の正門へ足を踏み入れた。

王都ボルディアへ到着した全と武仁は隅々観光したい気持ちを抑えクリスティナとケインに連れられて王城へ歩みを進める。
ボルディアの正門をくぐり賑わう大通りを真っ直ぐ進み噴水のある広場に出たところで永遠の安寧(エターナルピース)のコウヨウとシーテンは「俺たちはここで」切り出した。
クリスティナは「あぁ、助かった。ありがとう」と返す、そこはボルディアの冒険者ギルドの前だ。
シーテンが水上の街フォルダンで使用した魔法の事などを全と話したい様子で、後ろ髪引かれる表情を浮かべている。
それを知ってか知らずか「国王への謁見が終わり次第、フォルダンでの厄災の芽の報告もあるしギルドに寄るよ」と全が言うとシーテンは目を輝かせながら「はい! 待ってます!」と答えた。

コウヨウとシーテンと別れ、4人は広場から更に真っ直ぐ北へ進むと大通りは次第に上り坂となり、坂を登るにつれて辺りの建物が華美になっていく。

そこから少し歩を進めてようやく王城の門が見える、王城に続く道は綺麗な花々で彩られ、カルカーンのクリスティナの領主邸の城とは規模も違えば雰囲気もまるで異なる。
クリスティナの城は装飾は簡素ながらに隅々まで手入れが行き届いており、まるで骨董品を大切に大切に磨き保っているようだが、王城はさながら現代アートのように色鮮やかで見る者を魅了する。
主人の品格はもちろんながら性質や趣向が出るのだなぁ、と全は1人思った。

クリスティナが王城の門兵に謁見許可証を見せると、門兵はクリスティナを丁重に城の入り口まで案内し、城の入り口で執事のような格好をした人に引き継いだ。

「クリスティナ様、お待ちしておりました。国王の元までご案内致します」

そう言われ広い城内を黙々と進み、通されたのはそれこそライトノベルの世界でよく思い描いた、一室。
赤い絨毯が続く先に数段階段があり、両端には重役であろう貴族が並び、そして真ん中には立派な白髭を蓄えた人物が鎮座する。

クリスティナとケインは赤い絨毯の上を進むと国王の前で跪いた。
それに合わせ全と武仁も跪く。

「ご機嫌麗しゅうございます、国王陛下。カルカーン領主、クリスティナ・フォン・カルカンド、この度は書状をお送りした通り厄災の芽の討伐者と証人アールベルト男爵を率いて参りました」

クリスティナはかしこまり国王へ挨拶をする。

「カルカンド伯爵、アールベルト男爵、それに討伐者の2人も楽にしなさい。して、早速ではあるが状況を詳しく聞きたい」

国王の言葉を受け顔をあげると説明をはじめたクリスティナは、証人としてケインに時折確認をしながら話を進めた。

「......以上が書状に記載した経緯です。それに加えて書状に記載のない事実も判明致しました、この場で申し上げてもよろしいでしょうか?」

国王が「続けなさい」と言うとクリスティナは全と武仁が既に厄災の種を浄化した事、2人には神の使いと言う伝承にはない存在がついており六神の加護が与えられている事、しかし聖人の器ではなく勇者と賢者である事、そして王都への道中フォルダンで2つ目の厄災の芽を討伐した事を話した。

「......にわかには信じられん。この国に代々伝わる伝承にもない事例......早々に王都も動かねばなるまい。カルランド伯爵、アールベルト男爵、この度はご苦労であった。そして勇者様、賢者様......聖人の器をも凌ぐ可能性のあるお二方へは国が総力を上げて援助させて頂きます。この世界に......どうか我々に......厄災に立ち向かうべくそのお力をお借りしたい」

国王は立ち上がると全と武仁に頭を下げた。

「もちろんです。この国の国王陛下の平和的な国政、僕は異世界人ですが人々の声を聞き感銘致しました。僕達で力になれる事であれば協力は惜しみません。僕と武仁はこの国を見て回りながら厄災の芽の討伐、そして神々の大樹を巡り厄災の種の浄化をし神の宝珠を得て創生の記憶を頼りに厄災へ立ち向かう準備を整えていこうと考えています。僕と武仁はスキルで繋ぐ者(リンカー)へ力を与えることも出来ます。まだこの世界や地理についても把握しきれていない部分がありますし、厄災に備えそれらを把握した上で信頼できる協力者を繋ぐ者(リンカー)として同行、または各地に配置し戦力と守備の増強をしたいとも考えています。その事への許可を頂ければと思います」

全が話し終えると武仁が言う。

「カルカーンではクリスティナはもちろん、ケイン、それにギルマスのワンドとSランク冒険者のカッセルだな。あとは王都にはSランクパーティがいるって事だし、俺はスキルで特に悪意や敵意はばっちり感知できる、全は鑑定を使えるしそれで気に入ったやつを何人か見繕うぜ。当然各領地にも足を運ぶ事になるだろ? 都度良さそうなやつはヘッドハントだな! 厄災の程度もこっちはわからねぇ、戦略も協力者の繋ぐ者(リンカー)もあちこちに均等に揃ってた方がいいだろ?」

武仁もいつになくまともに話を進めると、国王は「もちろんだ、君達が要だ。どうかよろしく頼む」と返した。

「それから、盗賊捕縛の件も報告を受けてる。今後も何かと資金は必要になるだろう。その恩賞と、更に勇者様と賢者様への支度金として......いかほどあれば良いか......」

国王は少し考えてから横についていた重役の1人に合図をすると、重役が国王の元へ近寄り国王が耳打ちをする。

「うむ、では恩賞と支度金については応接室にて用意させる。それから此度は素早い対応で厄災の前兆を知る事ができた。カルランド伯爵に白金貨10枚を、アールベルト男爵に白金貨3枚を与える。カルカンド伯爵は領地発展のために、アールベルト男爵はカルカーン騎士団の発展のために、それぞれ役立てなさい」

クリスティナとケインの2人は「有り難く頂戴致します」と言うと国王は更に続ける。

「各領地にもこれをもって正式に迫る厄災への警告、そして異常発生時の報告義務と戦力増強をするように書状を出そう。全様、武仁様、重ね重ねとなり申し訳ないが国民の混乱を避けるべくお二方のことは聖人の器として周知させて欲しいのだが、了承して頂けるか?」

そう言うと「はい、わかりました」と全が返し、これにて国王との謁見は終了した。

謁見が終わり通された応接室で待たされている間に「なぁ、アールベルト男爵ってなんだ?」と武仁が呟くとケインは「俺はケイン・ド・アールベルト、一応男爵なんだ」と話した。

「ケインはカルカーン出身で平民の生まれだが騎士団で武功を上げ男爵の爵位を陛下から賜ったんだ。アールベルトの姓はその際に前騎士団長の私の父の名前から陛下が与えて下さったんだよ」

とクリスティナが教えてくれる話に全と武仁が耳を傾けていると部屋をノックし入ってきたのは城を案内してくれた執事だ。

「こちらが国王陛下より用意された恩賞と支度金になります。どうぞお受け取り下さい」

と差し出されのは白金貨25枚ずつだ。
白金貨は1枚で日本円に換算すれば150万円といったところだろう、武仁はピンと来ていないが全は恐縮しながらもこれを受け取り王城を後にした。

「白金貨25枚とは! 一気に大金持ちだな! これで厄災を退ければ更にだから......2人はこの世界で死ぬまで遊んで暮らせるぞ!」

城を出るとケインは笑いながら2人に言ったが、武仁は「何言ってんだ、俺は元の世界に親父と妹がいんだぞ。厄災蹴散らしたら帰るっつーの!......まぁ、ケインとはダチだし......寂しくはなるが家族には変えらんねぇからよ!」と言うと「すまん......そうだよな」とケインは眉をひそめて呟いた。

「しけた顔すんなよ! その時は俺がもらった金はお前らにやるよ! それよりギルドに行こうぜ!」

と武仁が言うとケインは素早く切り替え「二言はないな!?」と言いながら競う様に王都ボルディアの冒険者ギルドに向かい、その後をクリスティナと全はゆっくり歩み追うのだった。

王都ボルディアの冒険者ギルドに入るケインと武仁、2人はフォルダンで厄災の芽を討伐した事を伝えるべくギルドの受付に声をかけた。

遅れてクリスティナと全がギルドの扉を開くと、ギルド内奥のテーブル席ににコウヨウとシーテンがいる事に気付いた全。
同時に気付いたシーテンに手を振られそれに答える様に手を上げながらケインと武仁の元へ近寄る。

「ようこそ、ボルディアの冒険者ギルドへ。私は受付係のミムと申します。本日はどうされましたか?」

受付係のミムから要件を尋ねられ「フォルダンで厄災の芽を討伐したので報告したい」と全が話す。
それに続けて「私はカルカーン領主だが、ギルドマスターはいるか?」とクリスティナが聞くとミムは「少々お待ち下さい」と言いギルドマスターを呼びに受付を離れようとしたちょうどその時、受付奥から「おぉ、久しいなクリスティナ」と大柄な男性がぬっと顔を出した。

「やぁ、ニド。ギルドマスターだと言うのに相変わらず討伐証明を査定していたのか。書類整理が追いつかないと職員からも小言を言われるそうじゃないか、ワンドから聞いているぞ」

ボルディアの冒険者ギルドのマスターはニドと言うらしく、曰く魔物の討伐証明の解析や鑑定に夢中になる性分のようだ。

「ワンドのやつ......まぁいい、で、今日はどうしたんだ?」

そうニドが返すとクリスティナが答える。

「あぁ。今しがた国王と謁見をして来たので間も無く正式に周知されるのだが......厄災が近い。厄災の芽が発生し始め、既に2つ討伐している。そして彼らが成人の器だ。ニドには先んじて知らせておいた方が良いと思ってな」

ニドは「なんと......」と呟くと眉をひそめたが「まさか我々の世代で厄災と対峙する事になるとは......伝承は真実だったのかと、思い知らされるな......」と話す。

「あぁ、何せ1000年に1度だからな。おとぎ話のように子どもの頃から読み聞かされているとはいえ、やはり目の当たりにするとな......だが、厄災の芽も聖人の器も現に実在する。全と武仁の力は桁外れだ、厄災への協力も約束してくれている。あとは国一丸となり守備を固め皆で立ち向かえば私達の代でも厄災を鎮める事ができると信じている」

クリスティナが言うと「そうだな」とニドも頷き改めて全と武仁は自己紹介をした上で全がニドに訪ねた。

「厄災に立ち向かうべく繋ぐ者(リンカー)を各地で探しています。探す、と言うと少し違うかもしれませんが......彼らには僕らのスキルにより恩恵を授ける事が可能です。ボルディアでも信頼できる、力のある方を紹介して頂きたいのですが......」

全が言い終わる前にそれを聞いていたシーテンは「僕たちなんていかがでしょう!?」と全に駆け寄る。

「たしかに、永遠の安寧(エターナルピース)がボルディアでは王都お抱えの騎士団を除けば群を抜いて力もあるだろう。Sランク冒険者だ、信頼も言わずもがなだ」

ニドが言い終わる前に今度は武仁が「永遠の安寧(エターナルピース)ってコウヨウとシーテン以外に何人いるんだ?」と割って入るとシーテンが答える。

「僕らは5人のパーティでメンバー全員がSランク冒険者です。コウヨウと僕についてはご存知の通り、コウヨウは武術家、僕が魔術師、そして僧侶のミカエル、弓使いのナユタ、リーダーが戦士のリューズです」

そう聞くと全は「では皆さんが集まったら意思確認をし、鑑定を使用する事へ同意してもらえたら繋ぐ者(リンカー)として恩恵を与えようと思います。断っておきますが、繋ぐ者(リンカー)となれば来る厄災では各領地を死守する為先陣を切って戦う事になります、一旦皆さんで相談して下さい」と話す。

「一応言っとくが俺は第六感っつー感知系スキルを常に発動させてっから、ちょっとでも悪意や敵意のあるヤツはわかるし、恩恵を得て力だけ手にして悪巧み、なんて無理だからなー」

武仁はサラッと言うと、常にスキルを発動している事に全以外は驚いたが「まぁ、規格外の聖人の器様ならそりゃそうだわな」と席についたままコウヨウが言うと一同は納得した。

「他の3人も王都にいると思います。合流次第話をしてみます。もう一度明日お時間をいただけますか?」と言うシーテンに「どうせ王都を散策する予定だし構わねぇよ」と武仁が返す。
クリスティナは「では明日私とケインはその話を見届けた後にカルカーンへ戻ろう」と話した。
話が一区切りしたところでその場は解散、宿を取ろうとクリスティナとケインと共にギルドを後にする。

「そう言えば恩恵スキルはまだ使用していないんだ。クリスティナ、ケイン、宿に着いたら早速使わせてもらってもいいかな?」

そう切り出した全にクリスティナは「もちろんだ、こちらからお願いしたいくらいだよ」と返すとケインも強く首を縦に振った。

宿屋に着きそれぞれに部屋を取ると全と武仁はクリスティナとケインを部屋へ呼んだ。
2人に恩恵を付与するべく、またこれが初めてとなるためリンとズチを顕現させ具体的にどうなるのか、更にコウヨウとシーテンにはああ言ったものの、繋ぐ者(リンカー)とは全と武仁の任意で選択が可能なのかを聞いてみる事にした。

リンとズチがお馴染みのメロディとともに姿を表すと全が疑問を投げかける。

「リン、まず聖人の器は簡単に言うと物凄い力を持ちこの世界に召喚された人で、その聖人の器は厄災に対抗するべくこの世界で聖人の器の協力者となる繋ぐ者(リンカー)へ力を付与する事ができるんだったよね?」

全が問いかけるとリンは『左様でございます〜』と返し、全は話を続ける。

「その僕たちの協力者たる繋ぐ者(リンカー)は僕たちが任意で決めても良いものなのかな? それに、力を付与するって具体的には繋ぐ者(リンカー)にどんな変化があるの? 僕たちにデメリットはないのかな?」

全が立て続けに質問をすると『順を追ってご説明しますね〜』とリンは詳しく教えてくれた。

『まず繋ぐ者(リンカー)とは異世界から召喚された聖人の器へ、この世界の知識を教えたり新たな繋ぐ者(リンカー)への橋渡しを担ったりする言わば私たちのような案内役に近い存在だと思って下さい〜。私たち神の使いはもちろん、神々はこの世界に物理的な干渉ができないなどルールにより縛られています。そこを繋ぐ者(リンカー)の皆さんがフォローするような感覚でしょうか〜。前提として聖人の器とされる方が召喚されると繋ぐ者(リンカー)の方々と引き寄せられるかの様に巡り合います。ですから全様と武仁様が見込まれた方を繋ぐ者(リンカー)とするのは必然と言っても過言ではないでしょう〜♪』

リンが繋ぐ者(リンカー)について言い終わるとズチが続けた。

『力を付与すると言う事に関しては、全殿はスキル賢者の恩恵を、武仁殿はスキル勇者の恩恵を繋ぐ者(リンカー)へ使用する事により、対象の繋ぐ者(リンカー)はお二方には及ばずともそれを補佐できる程度の力を手に入れる事が可能となりますぞ! 具体的には全殿の恩恵の場合、通常であればレベルの上昇とともに経験値の母数も上がっていきレベルを上げる度に経験値を多く稼がなければならなくなり1レベル上げるのも難しくなっていきますが、恩恵を使用された対象者はその母数が100に固定されレベルはみるみる上昇しますぞ! これが全殿の賢者の恩恵、成長の促進効果ですな! 次に武仁殿、武仁殿の勇者の恩恵は対象者の成長を増幅させる、とありますが、これはレベル上昇時のステータス値の上昇を意味するもので、この世界の平均は1レベル上昇につき各ステータス値は適正によりバラつきはあるものの各1〜11ずつ上がっていきますが、勇者の恩恵を受けた者はこの上昇値が3倍になると同時にこれまでのステータス値も3倍に書き換えられると言うなんともずば抜けた恩恵なのですぞ! ちなみに全殿と武仁殿にデメリットはありませぬ。任意で解除しない限りは永続的に恩恵は受けられますしな!』

ズチの説明を聞き終わると改めてクリスティナとケインに「恩恵を使用し正式に繋ぐ者(リンカー)となってくれるかい?」と全は問う。
2人が「聞かれるまでもない!」と答えると全と武仁は2人に恩恵スキルを使用する事を決めた。

「クリスティナとケインに賢者の恩恵を使用!」

「クリスティナとケインに勇者の恩恵を使う!」

2人がスキルを発動するとクリスティナとケインの小指に鎖のような紋様が2本指輪のように刻まれた。

『これでクリスティナさんとケインさんは正式に繋ぐ者(リンカー)となりました〜。ちなみに、言いそびれていましたが聖人の器が繋ぐ者(リンカー)に力を付与できるようになるには厄災の種を浄化した時に授かる恩恵スキルが必要となりますし、恩恵の効果も通常の聖人の器から受けられるものと比べると単純に倍くらい高くなっております〜♪』

それを聞くと、スキルの入手方法や効果値も違うのか、と一同は思いながら「わかったよ、ありがとう」と全が伝えるとリンとズチは姿を消した。

「2人とも大丈夫かな? 不調があれば解除するし、大丈夫なら早速鑑定で見てみたいんだが......」

全が問いかけると2人は「力がみなぎるよ......是非鑑定してみてくれ!」と目をギラギラさせている。
全は鑑定を唱えると皆に見えるように開示と唱えた、この鑑定の開示はクリスティナが以前使用していたものを全が、そんな使い方もできるのが、と思い早速使用したのだ。


クリスティナ・フォン・カルカンド(伯爵)
種族/人間 年齢/26
職業(ジョブ)/騎士 レベル/40

称号/カルカーンの領主(民を守る為の剣は威力が2倍になる)
   カルカーン騎士団団長(騎士団の士気を高め騎士団の攻撃威力が2倍になる)
  繋ぐ者(リンカー)(勇者と賢者より恩恵付与)

HP/1320
MP/480
腕力/1320
腕力抵抗/1320
魔力/480
魔力抵抗/480
知性/1320
感知/1320
俊敏/1320
運/480

スキル
・鑑定
 目視したあらゆる対象の情報を看破できる


ケイン・ド・アールベルト(男爵)
種族/人間 年齢/23
職業(ジョブ)/騎士 レベル/32

称号/騎士の鏡(敵の攻撃を引きつける)
   カルカーン騎士団副団長(即死攻撃でも戦闘中1度だけHP1を残して耐える)
  繋ぐ者(リンカー)(勇者と賢者より恩恵付与)

HP/960
MP/576
腕力/960
腕力抵抗/960
魔力/576
魔力抵抗/576
知性/576
感知/960
俊敏/960
運/960

スキル
・直感
 危機察知、幸運察知を無意識に行う


鑑定結果を食い入るように確認するクリスティナとケインは恩恵の効果を肌でだけでなく視覚として改めて認識する。

「こうもステータスが上がるとズルをしたようで気が引けるな」

クリスティナがそう呟くと「俺たちが聖人の器ってんなら、クリスティナとケインは繋ぐ者(リンカー)の器って事だろ。なるようになっただけだ」と武仁が言った。

「それにしても、この世界の人はスキルは1人1つなのかい? 称号は2人とも複数あるし、称号によって効果もあるんだね」

全はクリスティナとケインのステータスウィンドウを見ながら2人に聞く。

「あぁ、複数スキルを持つ者はいないよ。スキルは先天的に備わる力でステータスの基礎値も先天的に定まっているが、称号は生き方によって得られるものだな。わかりやすく言えば一定の条件を満たす行動をしたり結果を残した時に、どう動いたかによって効果が付与される。だから同じ称号を持つ者がいてもその効果は様々だ」

ケインの説明を聞いて「じゃあやっぱ俺らの勘に狂いはなかったんだな!」と武仁はケインの肩に腕を回し、全もそれに同意し「素晴らしい称号だね!」と2人に言うとクリスティナとケインは少し照れながら謙遜した。

「しかし、それなら尚更盗賊だとかの奴らには称号っつぅもんがあんじゃねぇか。やっぱそれは世界や国だけのせいじゃねぇよ、努力は大事だ」

と武仁が言うと、カッセルとケインとともに国政について話したことを思い出したのだろう、それを聞いて領主であるクリスティナは「そうかもしれないな......」と言ったがケインは「もっともな事言いやがってー! みんながみんなお前みたいに強かないの!」笑いながらと言うとその後も他愛のない話を夜更けまで語り合ったのだった。

ーー翌朝ーー

最後のログインボーナスを受け取った全と武仁は、クリスティナとケインと合流すると冒険者ギルドへ向かう。
ギルドには永遠の安寧のメンバーが既に揃っていたが、全達の姿を確認すると1人がスッと距離を取る。

「シーテンとコウヨウから話は伺いました。私はミカエル、そして彼女はナユタ。彼女は警戒心が強く......すみません、慣れるまで時間がかかりますがよろしくお願いします」

全と武仁は気にしないように言うと男性が話を続けた。

「はじめまして、私はリューズ。永遠の安寧(エターナルピース)のリーダーをしています。冒険者はクエストでいつでも危険と隣り合わせです。その危険を知っても冒険者としてあるのは少しでもみんなが安心して暮らせるように、そしてそれぞれの大切なものを守るためでもあります。厄災で最前線に立つ事も、繋ぐ者(リンカー)でなくとも私たちは買って出るでしょう。そもそも聖人の器に見込んでもらえる事自体名誉な事、謹んでお受けします」

それを聞き全は、流石はSランクパーティのリーダーだ、と感心しながら武仁とともに永遠の安寧(エターナルピース)の5人に恩恵スキルを使用した。
5人はやはり上昇したステータスを肌で感じるのだろう、各々に反応を見せた。
クリスティナ終始見守っていたが「ではカルカーンに戻ろう、騎士団の団長と副団長が同時に不在と言うのは領主として落ち着かなくてな......」と言うと全に転移(ワープ)を頼んだ。

「それはそうですね、わかりました。僕らはもう少し王都を見て回りその後フォルダンに立ち寄り厄災の種を浄化してからカルカーンに戻りますね」

全はそう話し頷くクリスティナとケインを転移(ワープ)でカルカーンに送った。

それから全はシーテンに魔法は何が使えるのか、など色々と質問をされその勢いに押されつつも「見せたほうが早いかな」とステータスウィンドウを開きながら会話を弾ませ、武仁は「怖くねぇぞ」と構えるナユタに取り入ろうとしたがそれに気付き焦りながらミカエルが「武仁さん、ナユタには時間が必要で......」と静止され、コウヨウとリューズはその様子を見ながら微笑んだ。

「なんだろう、前から感じていたんだけど出会う人出会う人すぐに打ち解けられる。この世界の人は人懐っこいと言うか、警戒を知らないと言うか、ナユタさんは少し極端だけど......」

全がシーテンとの会話の中でふと漏らした。

「ナユタはエルフと言う種族で、エルフは元々があまり外交的な性質ではないんです。人族は主に外交的な性質ですし、この国は治安も良いので魔物以外を必要以上に警戒したりはしないですよ」

シーテンが話すと「なるほど......って! ナユタってエルフなんだ!」とエルフと言うワードに食いつく全だが、目線をナユタに向けると武仁とジリジリと一定の距離を置きながらその間をミカエルがオロオロとしている様子を見て、今はソッとしておこう、と理性を保つのだった。

それからは永遠の安寧(エターナルピース)に王都を案内してもらいながら、道ゆく人々にドワーフや獣人がいる事に全は興奮しながらも、種族間でも平等なんだな、と改めて再認識し、余計に神々の思い描いた平和な世界に共感すると同時に、傲慢でも争いの火種を無くしたいと言う思いが少し増した。

昼食も夜食も永遠の安寧(エターナルピース)とともにし、それでもナユタは相変わらずであったが武仁は最後までしつこく声をかけ宿屋前で別れ際に「そんなんじゃ友達できねぇぞ」と言うと「......うるさい」とはじめてナユタが声を出す。
これに一同は驚いたが武仁は「そう、それでいいんだよ」と言いながら笑うと「じゃあな、おやすみ」と言い宿屋に入った。

「凄いな......エルフがこんなに早く打ち解けはじめるなんて......私たちでも一月くらいナユタの声を聞くまでにかかったんですよ」

とリューズが言うと全は「武仁って不器用で考えなしのように見えるし突っ走るところもあるけど、多分底なしに優しいんですよ」と話し、「今日はありがとうございました、明日にはフォルダンへ向かいます。その前にギルドに寄りますね、ではおやすみなさい」と挨拶をし永遠の安寧(エターナルピース)と別れた。

「あれが聖人の器かぁ......と言うより全さんと武仁さんかぁ......厄災は不安だが、彼らと出会えた......良い時代に生まれたなぁ」

リューズが言うとコウヨウは「全は普通だが武仁は面白ぇな」と言い、それを聞いたシーテンは「全さんは普通じゃないよ! とても凄いよ!」とムキになってミカエルがそれを笑うとミカエルの後ろでひっそりとナユタもクスっと笑うのだった。

全と武仁が王都で繋ぐ者(リンカー)と出会いそれぞれに絆を深めていた時、聖人の器である聖人と虎次郎は聖ライガ教会でもてなしの限りを尽くされ優雅に過ごす一方で、厄災の種を粉砕してからと言うもの龍己は1人抱える想いを日々鍛錬と周辺の魔物討伐で紛らわせていた。

その様子にオダーは、伝承に伝わる聖人の器は本来1人であることから本物の聖人の器は龍己であると考えるようになったが、龍己とは聖人と虎次郎があってこそ奮い立つ人であり、聖人と虎次郎もあれで雷神の加護を受けた聖人の器である事実は変わりがない為、本物の聖人の器と考える龍己が更なる高みへ登る為の補助的な役割にあるのが聖人と虎次郎だと結論付け教会員に周知した。

「あいつ、最近前にも増して暗くなってね?」
聖人は女をはべらせ酒を片手に虎次郎に言うと、虎次郎は「なんだか毎日ふといなくなるよね、何してるんだろう?」と男に腕枕をさせながら話す。

2人は欲を曝け出し怠惰な異世界生活にご満悦だったが、7日目にしてようやく龍己の変化に気付くと「バレないようについて行ってみるか!」と聖人が提案しそれに虎次郎も乗ると「明日は龍をスパイするから構ってやれねぇし......今日は1日可愛がってやるからな!」と聖人は女達とベットに潜り込むのだった。

異世界に来て8日目の朝、朝から龍己が部屋を出て行くのに気付いた虎次郎は聖人を起こすと急いで着替え2人はその後を静かに追う。
廊下に龍己の姿は既になかったが2人は声のする方へ進む。
その声は教会の入り口の方から聞こえており、そこで龍己の姿を確認した2人は物陰に隠れながら聞き耳を立てていた。

「龍己様、感知した厄災の芽は王都ボルディア周辺です。国王は独裁主義で聖人の器の力を良いように使おうとするかもしれません。我々教会の存在も聖人の器の皆様を手中におさめる為に反乱分子とみなされ断罪されかねません......くれぐれも知られない様にお気をつけていってらっしゃいませ」

オダーが龍己にそう話すと「わかった、行ってくる」と言い龍己は教会を出発した。
それを見ていた聖人と虎次郎は「どう言う事だ、龍はどこに行った?」とオダーに詰め寄り、オダーは「見ていたのですね......もう隠すのも難しいでしょう」と言うとこれまでの事を語りはじめた。

「あれは皆様が召喚された翌日です。お2人を危険な目に遭わせたくないと龍己様は私の元を訪れ、厄災が終われば元の世界に帰れると知ると、厄災の前兆である厄災の芽と言う魔物の討伐に向かわれました。その際同行した教会員が1人亡くなってしまった事で自責の念に駆られた龍己様は力を付けなければ聖人様と虎次郎様を守れないと危惧し、来たる厄災に備え日々鍛錬を重ねておりましたが、次なる厄災の芽の発現により本日はそれを討伐するべく王都ボルディアへ方面へ向かわれたのです」

2人はオダーの話を聞き終わり、虎次郎はうすら涙を浮かべ肩を小刻みに振るわせ、聖人は拳を握りしめ「あの野郎......」と呟くとオダーに「俺らも後を追う! 準備しろ!」と言い放った。
オダーは「仰せのままに」と言うと武器庫へ2人を連れて行き好きな武器を手に取るよう促すと聖人は剣を、虎は槍を選んだ。
龍と同じく案内役2人と戦術指南役2人を呼びつけると外に馬を用意させ「地理や戦い方についてはこの者達にお聞きください」と言い、続けて「先ほどのお話を聞いていたかと思いますが、国王は独裁的な方です。道中はもちろんですが目的地は王都近郊です。くれぐれも聖人の器だと言う事は誰にも悟られない様にお気をつけ下さい」と念を押すと聖人は「わかったよ」と返事をし虎次郎も頷くと2人は教会の同行者を連れ龍己を追った。

自分達に隠れてこそこそと手柄を立てより良い地位につこうとしていると感じた聖人は龍己に腹を立てていたが、虎次郎は率直に龍己の想いを想像し申し訳なく思う。
異世界に来てからも常に行動を共にした2人だったが、各々の龍己への想いに相違があると気がつくのは少し後の事となる。

聖人と虎次郎が自分を追ってきているとは梅雨知らず、龍己は案内役を1人だけ連れて王都ボルディアより先にある不屈の洞穴を一目散に目指した。

聖ライガ教会から王都ボルディアへは教会を取り囲む森を抜ければひたすら平地を西へ進み馬でおよそ2時間ほどで到着する、そこから更に北西に少し進むと不屈の洞穴があるのだと案内役は教えてくれた。

龍己に遅れる事30分程度、聖人と虎次郎は森で魔物に遭遇すると虎次郎はすくみ上がったが、聖人は躊躇いなく戦術指南役を前に行かせて道を開けさせた。

「お前らは常に俺らの前を行け!」

聖人はそう叫び真っ直ぐ進んだが、虎次郎は戦術指南役が気にかかり後ろを振り向いた。
聖人の命令により魔物と交戦する戦術指南役の1人はたちまち魔物の群に囲まれていき次第に見えなくなる。
虎次郎はバッと前を向くとただただ恐怖で動けず馬の手綱を握りしめる事に専念するほか出来ない自分を悔やんだ。

森を抜け平地を抜ける頃には案内役1人と戦術指南役2人が魔物との交戦により離脱、聖人と虎次郎は案内役に目的地まで道案内をさせると息を切らす馬を休める事もなくひたすらに龍己を追うのだった。