この物語はいくつかの些細な出来事が重なったことによりはじまる。
まず、電信柱の上で配線の点検をしている青年が口にしようとしたキャンディを落とした。
落ちたキャンディは太陽に照らされ、キラキラと光るとその輝きに惹かれカラスが飛んでくる。
飛んできたカラスにびっくりした小学生はコンビニで兄から買ってもらったソフトクリームを歩道橋の上から落とした。
落ちたソフトクリームは宙に弧を描きながら歩道橋の下を通る軽トラックのフロントガラスを汚す。
軽トラックを運転していたお爺さんは視界を奪われ一瞬蛇行しつつもすぐにワイパーを動かし走り去る。
その際一瞬揺れた軽トラックが前日の雨によりできた水溜りを踏むと信号待ちをしていた3人の中高生は盛大に雨水を浴びた。
その横を自転車で通りすぎようとしたサラリーマンは商談が上手くいき直帰出来る事に喜び空いた時間をどう過ごそうかと微笑みを漏らしながら考える。
それを自分たちが笑われたと勘違いした中高生はサラリーマンに絡むと大通りから一本入った人通りの少ない袋小路へ誘導した。
高校生の1人はちょうど親から電話で叱責を受けていて虫の居どころが悪かったようだ、誤解を解こうとするサラリーマンの声は届かず殴りかかろうとする。
そこへ原付に乗ったヤンキーが来たかと思えば大声で止めに入った。
どうやら先にソフトクリームを落とした小学生の兄のようで、ソフトクリームを落とし泣く妹をなだめ終えふいに視線を横に流すとサラリーマンが中高生に連れられて行くところが目につき気にかかり様子を見に来たようだ。
交わらなかったはずの5人がこうして出会った瞬間、突如地面に真っ黒で底の知れない穴が空いた。
その穴は彼らを飲み込むと何事もなかったかのようにスゥっと姿を消す。
これがはじまりのはじまりである。
どのくらい時間が流れたのだろうか、目覚めたそこは木々生い茂る森林の中だった。
中高生に絡まれていたサラリーマンと、止めに入ったヤンキーはどうやら同じ場所に落ちたようだ。
「......いてて」
サラリーマンは眉を寄せながら落下の際にぶつけた後頭部をさする。
不幸中の幸いか、木々がクッションとなり大した怪我ではなさそうだ。
「おっさん、気がついたか?」
赤髪にリーゼント、学ランを着てはいるが長ランにドカンズボン、いかにもと言うような見た目のヤンキーがサラリーマンに声をかける。
「......! 君はさっきの......! さっきは止めに入ってくれてありがとう......ところでここは......」
メガネをかけ、サラリとした黒髪にグレーのスーツ、リュックを背負ったサラリーマンはヤンキーにお礼を言うと辺りを見渡しながら見知らぬ風景に混乱している様子だ。
「俺が聞きてえよ......。つうか、何だってガキに絡まれてたんだ?」
「よくわからないけど、どうやら色々とタイミングが悪かったらしい。厄日とはまさに今日のことだよ......」
「ふーん。まあおっさんだし舐められたんだな」
「おい、待て! 舐められたのはまだしも......僕はまだ26だぞ......それに全(ぜん)と言う名前がある。智成 全(ともなり ぜん)だ」
「俺17だから俺からすればおっさんだけどな......まあいいわ。俺は勇 武仁(いさむ たけひと)」
「お前は......さっきは助かったが本当に一言多いよ」
などとやり取りする2人だが自分たちの置かれている状況について考えはじめる。
「しかし、ここはどこなんだ。さっきまでは路地裏にいたはずだよね?」
この状況を整理しようと話を振るのは全だ。
「黒い穴が地面に空いたと思ったら、次気づいたらここにいたし、俺もわかんねえな」
全く状況の掴めない2人は少しの間沈黙し考え込むが、突如背後の茂みからガサっと音がするとここが森林の中だと言う事への不安が一気に押し寄せる。
「ここがどこかはさておきまずはこの森から出よう......森の中ということは野生の動物がいる可能性は十分にある」
全がそう言い焦り立ち上がると武仁は答えた。
「ちょっと遅かったみたいだな。だべりすぎた」
言うと同時に木々の間に生い茂る草むらから勢いよく飛び出してきたのは一本ツノの生えた見た目はウサギのような生物だ。
「なんだ!? こんな動物見たことないぞ! それこそゲームの中でしか......!」
そこで全は勘繰った、この説明のつけ難い状況に、これはもしや......いや、まさか......。
「言ってる暇はなさそうだな。囲まれてるぞ、5.6匹か」
武仁は驚くほど冷静に、落ちてきた時にクッションがわりになり折れた木々の枝の中でも太く頑丈そうな棒切れを手にとり構えた。
武仁とは裏腹に全が尻込みし後退りした瞬間小枝を踏んだ。
パキッと言う音と同時にツノが生えたウサギのような生物が一斉に2人を目がけて襲いかかる。
「うわああああああ!!!」
両腕を顔の前にし硬く目を瞑る全の耳には、鈍い打撃音とか細い動物の鳴き声だけが響く。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
それは瞬く間であったが、全の体感では物凄く長く感じた。
「......おい、おっさん。終わったぞ、いつまで固まってんだよ」
武仁が全に声をかけ、全は恐る恐る目を開いた。
そこにはツノが生えたウサギが6匹、息絶えた姿で横たわっていた。
「......お前、身体能力高すぎないか」
「おっさんがビビりすぎなだけだろ。おら、行くぞ」
「行くってどこに!?」
「とりあえずまた襲われてもたまんねえし、森を抜けようぜ。おっさんが言い出したんだろ?」
「......あ、ああ! そうだな!」
格好がつかない全は少し虚勢を張りながらも、状況を断定するには情報が少なすぎる上に、またいつ襲われてもおかしくない状況を鑑み、2人は森からの脱出を図ることにした。
森を抜けるべく歩く2人はなるべく広く抜け、かつ日差しの方向を気にしながら進む。
これは全の提案であったが、先程の一本ツノのウサギの事と言い、どこぞと知れないこの場所に身を置く居心地の悪さに不安を隠しきれない様子だ。
そんな全をよそに武仁はズンズンと進む。
あれから動物と出くわすことなく30分は歩いただろうか、時計もないため体感でしかわからない2人。
しかし全の判断は正しかったようだ。
進む2人は踏み跡が出来ている場所へと抜け出た。
「踏み跡がある。これは人が通っていると言うことだ......この跡に沿って進もう」
「おっさん、腕はからっきしなのに感はいいんだなあ」
そう言うと武仁は笑う、武仁もあれで気を張っていたのだろう。
「いや、だからおっさんじゃなくて全さんと呼びなさい」
そうやり取りをしながら踏み跡を目印に更に進むと、少し向こうに街道が見える、ようやく森を抜けたのだ。
「ふあー、やっとだ......一時はどうなることかと思ったが、まずは良かった」
「おっさんはビビりすぎなんだよ。つうか腹減ったな」
そう言う武仁に、全は持っていたリュックをあさり始めた。
「社会人たるやいかなる時でも準備は怠らない。喉も乾いたし、そこの岩陰で休憩だな!」
全はリュックからペットボトルの水とおにぎりを取り出した。
「おっさん、やるじゃねーか!」
森を抜け街道より手前に見える岩陰で休憩する2人、全は武仁に眉唾な、しかしこの状況に説明がつかない事からある話をしはじめた。
「僕はライトノベルなんかをよく読むんだが、この状況......もしかすると僕らは異世界転移したんじゃないかと思うんだ......」
「異世界転移? んだよそれ?」
おにぎりを食べながら全の話に耳を傾ける武仁。
「ああ、簡単に言うと、ここは僕らがいた世界ではない、別の世界だと言う事だ。まずあんなツノの生えた凶暴なウサギは見たこともないし。それに見てみろよあの建物」
全は街道が続く先にある城のような建物の方に目配せした。
「とりあえず日本にはあんなもんねえよなあ」
武仁はおにぎりを食べ終え水を飲みながら街道先の建物を横目に言った。
「でだ! 異世界転移した人間って言うのは大抵お決まりでチート能力を持ってるんだ! ライトノベルなんかを参考にするなら、こうだ!」
全は少し高揚しながら続けた。
「ステータスオープン!」
そう言うと同時に、どこからともなくゲームのようなウィンドウが現れ、ファンファーレのようなメロディとともに聞こえてきたのは女性の声だった。
『初回ログインボーナス〜♪』
想定以上の出来事に2人はポカンと口を開けながら固まる。
『ようこそ異世界へ〜。私は迷いし落ち人、全様の案内役(ナビゲーター)、水神の使いのリンと申します〜。初めてのステータスオープンにより初回ログインボーナスを適用、これにより全様へ職業(ジョブ)、賢者が適用されました〜。それに伴い、この世界を守護する六神様の加護を授かりました〜。詳しくはステータスウィンドウにてご確認下さい〜。初回ログインボーナスはこれより七日間毎日ございますのでステータスオープンをお忘れなく〜。何かありましたらお気軽にお声かけ下さい〜♪』
案内役と言うリンが言い終わるとメロディは止み、ステータスウィンドウが閉じた。
2人はしばらく何が起きたのか理解できずに呆けていたが、全に続こうと武仁もつぶやいた。
「ス......ステータス......オープン......」
武仁はこのようなファンタジーな世界観には免疫がないようで、耳を赤くしながらも言う。
するとステータスウィンドウが開くと同時に、先程とは違う和太鼓のようなメロディと力強い声が聞こえてきた。
『武仁殿、ようやっとお呼び下さったな! 我は武仁殿の案内役(ナビゲーター)を任された土神の使い、ズチと申す。初回ログインボーナスは迷いし落ち人への救済として神々が与えしもの。武仁殿はこれより勇者の職業(ジョブ)となり、六神の加護により更に勇ましく戦果を上げる事も容易きこと! このズチ、楽しみにお供させて頂きますぞ!』
武仁の案内役と言うズチが言い終えると、メロディは止みステータスウィンドウは閉じた。
再び呆気に取られる2人だが、目を合わせながら堪えられずに吹き出した。
「「あっはっはっはー!!」」
「はははっ......なんだよ、コレ!? 俺ぁゲームだとか漫画だとか疎いからよお? 全、つまりどういうこった?」
「はははっ......はあ、笑った、苦しい。......とりあえず! やはり僕らは異世界に転移したようだ。それで、さっきのツノの生えたウサギはやはり魔物(モンスター)なんだろう。そう言う脅威から身を守る為に戦う力を貰ったらしい。色々不明点は多いが、簡単に言えばそんなところだろう。しかし、迷いし落ち人......定石なら召喚されたー、とか、死んで転生ー、とかなんだが、気になるな」
「なるほどなあ。信じられねえが、頷くしかねえな。つうか元の世界に戻るにはどうしたらいいんだ?」
武仁のシンプルな疑問に全も考えあぐね静まりかえる。
「ひとまず、ステータスを確認しよう。それから疑問点を再度案内役(ナビゲーター)に問いかけてみようか」
帰れるのか、と言う不安が2人を渦巻いたが、全が口火を切ると武仁も静かに頷いた。
「「ステータスオープン」」
2人は改めてステータスを確認する。
智成 全(ともなり ぜん)
種族/人間 年齢/26
職業(ジョブ)/賢者 レベル/1
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/10
MP/10000
腕力/10
腕力抵抗/10
魔力/10000
魔力抵抗/EX(エクストラ)
知性/10000
感知/10
俊敏/10
運/EX(エクストラ)
スキル
・六属性魔法
火、水、風、土、光、闇の初級〜特級魔法を使用できる。
・鑑定
目視したあらゆる対象の情報を看破する。
勇 武仁(いさむ たけひと)
種族/人間 年齢/17
職業(ジョブ)/勇者 レベル/1
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/10000
MP/10
腕力/10000
腕力抵抗/EX(エクストラ)
魔力/10
魔力抵抗/10
知性/10
感知/10000
俊敏/10
運/EX(エクストラ)
スキル
・必中
必ず狙ったところへ命中する。
・第六感
半径3km圏内の対象を正確に感知できる。
「これは......よくわからねえが......偏りすぎなんじゃねえか......?」
武仁に続いて全が話す。
「僕は魔法特化で、武仁は物理特化と言う感じだな......。これは2人でバランスを取れと暗に言われている気がする......。この加護って言うのは何か効果があるんだろうか? とにかく、この世界のことと、元の世界へ戻る方法と......聞くことはたくさんありそうだ」
「なんにせよ、もっかい案内役(ナビゲーター)に面あ貸してもらうしかねえなあ」
そう言うと武仁はズチを呼んだ。
「おい、ズチって言ったか? 出てこいよ」
再び和太鼓のようなメロディと共に、さきほどとは違い声だけではなく姿かたちもハッキリと顕現したズチは、筋骨隆々で勇ましい出立ちだった。
『お呼びか、武仁殿!』
身にまとう和装は上半身を露わに、腰回りには大きな綱が巻かれており鉄下駄を吐き仁王立ちに腕組みと言う、なんとも圧が凄い神の使いである。
「お呼びか、じゃねえよ。ここはどこだ? 俺らは元の世界に戻れんのか? つうか、何でこんなとこに俺らは落ちてきたんだよ」
そう武仁が言うとズチの表情は少し曇ったが、投げられた問いに一つずつ答えはじめた。
『ここは武仁殿と全殿が住む世界とは時も場所も空間すら相容れぬ世界。この世界では千年に一度、魔物が溢れ出す厄災が起こるのだ。その厄災に対抗する力はこの世界にはなく、六神の加護を受けその力もってこの世界の人々へ力を付与する事が可能な聖人の器と呼ばれる者を異界より召喚し、厄災を鎮め......この地で天寿を全うしたのちに神の使いとして神に支える存在へと昇華される。ただ、此度の召喚はこれまでに類を見ない事象が生じてしまった。武仁殿と全殿は聖人の器、すなわち召喚対象者ではなく、巻き込まれた迷いし落ち人。......これ以上は我にも答える事が出来ないのだ......』
ズチは丁寧に説明してくれたが、2人は終始眉間に皺を寄せ、憤りを隠せない。
この世界で完結しない厄災とやらに異世界人を勝手に巻き込む理不尽、更には巻き込まれて落ちたと言う事実、終いには帰還できず神の使いと化すとは......ならば今ここにいるズチは、そして全の案内役(ナビゲーター)のリンは聖人の器として召喚された存在なのか......?
武仁に続き全も案内役(ナビゲーター)のリンを呼び出した。
「リン、出てきてくれ」
全の呼びかけに応じファンファーレのメロディとともに顕現したリンは、長く白い髪に透き通るように白い肌で浮遊する羽衣に包まれ、正に天女のような姿である。
『お呼びでしょうか〜、全様〜♪』
「今ズチからこの世界について......僕らが落ちた理由もなんとなく聞いたんだが......。リンやズチも元はこの世界とは別の世界から召喚されたのかい? 聖人の器として......」
『はい〜、おっしゃる通りです〜』
全の問いかけに対しリズミカルに返答するリンに、全は続けた。
「勝手に召喚され、元の世界に戻れず、死してなお神の使いとされる......。君たちに憤りはないのかい!?」
少し困ったような表情でリンが返す。
『確かにはじめは受け入れる事にも時間が必要でした〜。しかしこの世界で過ごしこの世界で様々な人と出会い、そして創生の記憶を見た時、この運命も悪くないと感じたのです〜』
「創生の記憶......?」
『はい〜。創生の記憶については神の使いは口外ができないため、厄災の前兆が現れるまでにまずはこの世界を見て回るのが良いかと〜。探されている答えに近づけるかもしれません〜♪』
リンが話終えるや否や、黙って聞いていた武仁が勢いよく立ち上がった。
「俺は頭が悪いからよお、難しい話はよくわからねえ! 巻き込まれたんならとことんやってやるよ! んでサッサと帰る方法まで辿り着けば良いじゃねえか!」
まだ謎は多いが今は進む他道はなさそうだな、と全も深掘りしたい気持ちを飲み込み立ち上がった。
「そうだな! 楽観視はできないが、武仁の意見も一理ある! このままここに居ても進まないな! まずは......やはりここから見えるあの建物に行ってみるか、この世界の情報が必要だ」
腹を括った2人に案内役のズチとリンはあの建物のある場所は城下町カルカーンだと教えた。
人も物流も多く盛んで情報収集やこの世界を知るには打ってつけだと言うことだ。
全と武仁は休憩で広げた荷物をしまうと、まずは街道に出て街道沿いに城下町カルカーンへ向かう事にした。
「なんか冒険って感じだなあ! 納得はしていないが! 憧れの異世界転移! 一度は経験してみたいと思う男のロマン! ステータスオープン!」
全はライトノベルや異世界ものの漫画が大好きなためか、割り切って楽しみ始めた様子だ。
「おっさん、さっきまでは不安ですお家帰りたい、って顔に書いてたくせに良く言うぜ!」
武仁が突っ込むと全は、ステータスウィンドウをながめながら、おっさんじゃない、と主張するのであった。
ほどなくして、城下町カルカーンに到着しようかと言うところまで来て、武仁が急に顔を顰め後方を向いた。
「......なんかいるぞ!」
武仁の第六感スキルが働いたのだろう、目視ではよくわからないがどうやら魔物の気配がするようだ。
「おいおい......まじかよ......」
武仁の第六感スキルを魔物も感知したのか物凄い勢いでこちらに向かってくる何かに驚嘆するのも束の間、立ち塞がったのは巨大な鳥のような魔物だった。
途端、全が叫ぶ。
「......! ふふふ火球(ファイアボール)!!」
全は眺めていたステータスウィンドウからちょうど目についた火属性初級魔法、ファイアボールを唱えると同時に右手を魔物の方へ突き出した。
魔物は瞬時に炎に焼かれ、断末魔をあげる間も無く灰となった。
「......いやいや、初級の火力かな、これ」
全は咄嗟に魔法を使用したが、見るからに強そうな魔物を一瞬で灰にした力に驚愕した様子で少し固まっていたが、武仁はそれを見て声を上げて笑った。
「はっはっはっ! これが異世界か! 面白くなってきたじゃねーか! 次は俺がやるからおっさんは手ぇ出すなよ!」
そう言うと城下町カルカーンの方を向き歩き出した。
「だ、だから! おっさんじゃなくて、全だ!」
と言い武仁を追おうと振り返ろうとした横目に、先程焼き尽くした魔物の灰の中にキラリとひかるガラス玉のようなものが目に止まった。
「......なんだ、これ」
とりあえず拾っておこうと、それを拾い上げるとズンズンと先を進む武仁を慌てて追いかける全であった。
そして城下町カルカーンの門戸へ到着した2人。
冒険者から行商人までズラリと並ぶ、どうやら門兵が城下町へ入る際に身元確認やどのような用向きで城下町へ入るのか、などをチェックしている様子だ。
「おい、俺ら身分証なんか持ってねえぞ......」
そう言う武仁に、全はニヤリと口角をあげたと思ったら門兵に向かってこう言い放った。
「さっきそこの街道で巨大な鳥の魔物に襲われたんだ。身分証はその時に紛失してしまってね。だが僕は魔法が使える、運良く撃退する事が出来たよ。僕らがいなければあれは真っ直ぐ城下町に突っ込んでいただろうなあ......」
全が言うや否や門兵は疑うような素振りで返す。
「そんな嘘八百でこの城門を越えられるほど緩くないぞ。まあ、討伐証明でもあれば別だがなあ。ほら、帰った帰った! 後がつかえているんだ!」
そう言う門兵は全く信用していない様子だが、全は先程魔物の中で拾ったガラス玉のようなものを差し出して見せた。
「鳥の魔物を仕留めた際にこれが落ちていたんだが、討伐証明になるかい?」
門兵は驚いたようで、ちょっと待っていろ、と言い残して城下町から門兵とは明らかに風貌も出立ちも違う青年を連れてきた。
「......ん、これは間違いなくホークアイの討伐証明だな。しかし、にわかには信じられん。が......彼の話が本当なら放置していればこの城下町にも被害が出ていたのは確実。なんせホークアイはBランクの魔物。普段この辺りにはEランクの魔物しか出現しないはずなんだが......。素性はともかく、救われたのは事実......か。......よし、私が後見人となる。2人を通してやってくれ」
そう言うと門兵は二つ返事で通行許可の手続きを進めた。
トラブルはあったが、晴れて城下町カルカーンに入る事が出来た2人、後見人を申し出てくれた青年は事の詳細を聴取し報告するべく、2人を冒険者ギルドと言う場所へ案内した。
青年に連れられて冒険者ギルド、と書かれた看板が掲げられている建物に到着した。
「ここは冒険者ギルド、各地から腕に自信のある奴らがクエストを求めて集う場所だよ。さっきの話、もう少し詳しく聞かせて欲しいんだ。俺は騎士団に報告をしに行かなければならない。一旦席を外すが、俺が戻るまで悪いがここで待機しておいてくれ」
騎士団に冒険者ギルド、全はこの異世界ワードにワクワクが止まらないのだろう。
目を輝かせながら青年に問いかけた。
「騎士団に所属されているんですか?!」
青年は全の勢いに押されながらも答えた。
「あ、あぁ。自己紹介がまだだったね。俺はカルカーン騎士団の副団長、ケインだ。よろしく頼む」
そう名乗ったケインは冒険者ギルドの受付で一通りの説明をした後に騎士団への報告のためその場を離れた。
2人は受付係にしばらく待つように促され冒険者ギルドの中の一番奥のテーブルに着いた。
「おい、おっさん。クエスト? だとかギルド? だとか騎士団? ちょっとわかんねぇ事ばっかりなんだが」
武仁は席に着くや全に問いかける。
「そうか、武仁はこう言う世界観を全く知らないんだもんなあ! いいぞ、教えてやろう! 簡単に言うと、多分こうだ。この城下町カルカーン、高台の方に城が見えただろう? その城にお偉いさん、この土地を納める領主だとかが住んでいるんだと思う。で、そのお偉いさんに支えて城下町を守ったりする、現代で言う警察や軍隊みたいな組織が騎士団って言ったらいいかな。そして冒険者と言うのは、さっき街道に出た魔物なんかを討伐したり、薬草を採取したり、時には探し物を探したり、とにかく色々な依頼を困った誰かがギルドへ出すんだが、その依頼を受ける人が冒険者で、冒険者ギルドは依頼者と冒険者を繋ぐ窓口のような役割を担っているんだ。この依頼の事をクエストと言って、冒険者はクエストを成功させると依頼者からギルドを経由して報酬が貰える。異世界モノは設定によって多少の齟齬もあるだろうがこんな感じだろうか、理解したかい?!」
興奮しているのか、いつにも増して流暢に話す全だが武仁には情報過多だったようだ。
「お......おう。まあ、その辺はおっさんに任せときゃ大丈夫そうだな......」
武仁にそう言われると頼られたと感じた全は張り切って返事をした。
間も無くして受付から呼ばれ、冒険者ギルドのギルドマスターが直々に話を聞くと言う事で上階へ通された。
受付の女性が「お連れしました」と扉越しに発すると扉の向こうから「入ってくれ」と返事がある。
扉を開き部屋へ入ると歴戦の古傷が強者を物語っているような、なんとも迫力のあるギルドマスターが応接用の卓に着いていた。
「待たせて悪かったな! 早速だが座ってくれ、詳しく話が聞きたい!」
促されるまま卓に着く2人、ギルドマスターはワンドと名乗った。
ギルドマスターともなれば堅苦しいのかと思いきや、どちらかと言えば野生的な身なりで驚いたのは女性であると言う事だ。
「ケインから話は聞いたが、Bランクの魔物がここらに出ただけでも驚いたが! まさか! それを狩るやつがいるってんだからこれは会って直接話をしたいと言うもんだ!」
そう言われ、全は討伐証明のガラス玉のようなものを卓の上へ置いた。
「僕は全、彼は武仁と言います。2人で田舎から出てきましたが、ここへ来る途中に例の魔物と交戦しました。武仁が感知系のスキルを所持していたので魔物より先手を打つことができました。慌てて火属性魔法で撃退しましたが、これ以外は灰になってしまい......。その時に身分証を紛失したんだと思います」
場慣れしていると言うのか、それとも知力が高いからなのか、門兵に話をした時といいスムーズに受け答えする全に対し武仁はこれが大人か、と少し見直した様子だ。
しかしワンドは腑に落ちない様子で深掘りする。
「感知スキルは理解できる、それにより先手を打って火属性魔法を放てたのも理解できる! が、こいつはホークアイと言ってBランクの魔物だ! 火属性魔法で消し炭にするほどの威力となると流石に上級魔法でなければ辻褄が合わないぞ!」
これを聞いた全は門兵の時に感じた違和感を思い出す。
そうか、僕らが授かった力がチート過ぎてこの世界で当たり前とされるパワーバランスを前提にすると齟齬が生まれるのか......。
そう解釈した全はワンドにこう返した。
「はい、僕は火属性上級魔法を修得しています。上級を修得するのは僕らの村では凄い事で、更に高みを目指そうと感知スキルを使える前衛(アタッカー)の武仁と旅をしていたところでした」
「なるほど、そう言う事なら合点がいく! ともなれば全と武仁、と言ったかな! 2人は控えめに言ってもBランク冒険者に匹敵する実力だ! その村だけではない、上級魔法を扱える魔法使いは一握り! 身分証の件はこのギルドで冒険者登録をすれば問題ないだろう! 強き者は大歓迎だ!」
そう言うとワンドは先程の受付係を呼び、2人の冒険者登録と討伐証明の買取手続きをするようにと言い付け、書類整理が片付いたら飯でも食おう、別れ際に言った。
2人は受付係の後について再び階下へ降りる。
受付係に案内され冒険者ギルドの受付窓口で冒険者登録をする2人。
「全さん、武仁さん、改めまして。私はカルカーンの冒険者ギルドの受付係マムと申します。早速お2人の冒険者登録とホークアイの討伐証明の買取をさせて頂きますね。まずはこちらをご記入下さい。私は買取の査定に入りますので記入が終わりましたらこちらのベルを鳴らしてお知らせ下さい」
そう言って受付係マムは冒険者登録用紙を2枚カウンターテーブル横から取り出した後、受付窓口奥の部屋へ籠った。
冒険者登録用紙には名前、年齢、職業、使用する武器、出身地を記入する欄がある。
全は職業に賢者とは書かずに魔法使い、使用する武器は魔法と書き、武仁は職業に勇者とは書かずに戦士、使用する武器に剣と書いた。
これはパワーバランスの齟齬を考えた全の提案だったが、2人を悩ませたのは出身地の項目だ。
「......おい、出身地って......日本で通じるのかよ?」
武仁は全に小さな声で聞く。
「僕もそこをどうするか考えていたところだ......」
2人がヒソヒソと話し合っていると、2人の方へ近づいてくる足音が背後でピタっと止まった。
ギルド内は賑わっていて2人は気がついていない。
「待たせたな! ワンドとの話は済んだかい? おっ、早速冒険者登録か。どれどれ......魔法使いと戦士か。......ん? 出身地が空欄だが......」
その声に2人は内心穏やかではなかったが、すかさず全は返答する。
「やあ、ケイン! 実は......僕らの風貌を見て騎士団副団長(・・・・・・)のケインともあれば多少は察しがついていただろうが....,.僕らは隠れ里出身でね......。里の事を口外する訳にはいかないんだ......。ほら、隠れ里、風の噂くらいには聞いたことがあるだろう? 騎士団副団長(・・・・・・)のケインともあれば......」
そう言うとケインは真顔で押し黙ったあと静かに口を開いた。
「......あ、ああ!! 隠れ里か......!? 確かに変わった格好をすると聞いた事があるような、ないような......。まあ、副団長ともなればかなり情報通にもなるからな。ははは! そう言う事ならカルカーンと記入すればいい。備考欄に身元保証人として俺のサインを添えれば大丈夫だ。」
自分で言った手前何も言えないが、ケインは人が良すぎて詐欺に合わないか心配になる全。
武仁もチョロすぎねえかこいつ......と言う眼差しをケインに向けているように見える。
ケインがサインをした事で記入も終わり受付のベルを鳴らそうとしたところでマムが奥の扉から出てきた。
「お待たせしました。......ちょうど登録書類の記入も終えられたのですね。......はい! 不備はありません! ではこちらが全さん、こちらが武仁さんの冒険者証になります。再発行には手数料がかかりますし、無くさないように管理下さいね」
差し出された冒険者証には、名前、職業とは別にDと言う表示がある。
「このDってのは何だ?」
武仁がつぶやくとマムは丁寧に説明をしてくれた。
「はい。そちらは冒険者ランクと言って、冒険者には上はSから下はEまで6段階のランク分けがされており、クエスト貢献度に応じてランクが上がって行きます。クエストはランクによって受けられるものが決まっており、全さんと武仁さんの場合ですと、一つ上のCランクまでのクエストを受けることが可能です。しかし、クエストの失敗が続いた場合は降格、素行が酷い場合は実績に関わらず最悪の場合除籍処分もあり得ますのでお気をつけ下さい」
「なるほどな。つうか俺らは今登録したばかりだろ? ならEランクなんじゃねーのか?」
そう武仁が続けると、マムは待ってましたと言わんばかりに食い気味に被せた。
「おっしゃる通りです! 通常はEランクスタートなのですが、お2人はBランクの魔物ホークアイを討伐されたと言う事で、特別待遇となりました! ギルマスも期待しているようでしたし、お2人のご活躍を楽しみにしております。」
そう言うと横で聞いていたケインは武仁を肘でツンツンっと突き、期待されてるぞ新人と言わんばかりにニヤっと笑った。
「それから、ホークアイの討伐証明の部位は額にある通称第三の目となります。正真正銘本物でした! こちらが今回のホークアイ討伐証明の査定結果になります、ご確認下さい」
そう言い終わるとトレーをカウンターに置いたマム。
トレーには金色のコインが40枚と銀色のコインが5枚のっている。
価値はわからないがとりあえずお礼を伝え、武仁はカバンの類を持っていない事から全が背負っていたリュックにコインをしまった。
ひと段落したところでケインが2人を外食に誘うが、全と武仁のこの世界に来てからの疲れも限界まで来ていた。
全と武仁はケインにお礼もかねて、それは明日必ずと約束をし別れ、ケインに教えてもらった宿屋へ向かった。