妙な教会に保護された3人は教会員達の異様な信仰ぶりに唖然とし立ち尽くす事しか出来ずにいたが、教祖のオダーが仕切り直すと謎の集会はお開きとなり、そこからも丁重に扱われた。
「お腹が空いておられるでしょう」とオダーが言うと教会員はすぐに豪華な食事を用意し「お着物が汚れておられますからお着替えをご用意致します」とオダーが言うと絹の様な替えの服を手にしたシスターが1人ずつに支え湯浴みを手伝う。
湯浴みを終えた3人ははじめのベッドが3台並ぶ豪華なプライベートルームへ戻る。
「本日は召喚されたばかりで様々な疑問をお抱えの事とお察し致しますが、混乱の渦中かと存じます。この世界についてや聖人の器と言う存在についてなど、明日改めてお話させて頂きます。まずはゆっくりとお休み下さい」
そうオダーは言うと部屋を後にした。
3人きりになったところで聖人、虎次郎、龍己は話し始める。
「すげぇ崇められてさ、すげぇ至れり尽くせりなんだけど......ヤバい宗教って感じじゃね?」
「......うん。僕たちどうなっちゃうのかなあ......。でも聖ちゃんと一緒で良かったよぉ!」
「......異世界転移」
3人はいまいち会話が噛み合っていないが、龍己が「三人寄れば文殊の知恵......」と呟くとこれまたいまいち理解はしていない様子だが聖人は「俺たち3人いればなんとでもなるよな」と声高らかに言い虎次郎は「聖ちゃん最強だもんね」と囃し立てた。
いつしか眠りに落ちた3人。
よほど疲れたのか成長期の彼等だからなのかぐっすりと眠り、気が付けば窓を覆うカーテンからは太陽の光が漏れる。
その光は聖人の顔を照らすと眩しさを感じた聖人は目を覚ました。
一足先に目覚めた聖人はまだスヤスヤと眠る虎次郎と龍己を起こすため部屋のカーテンを一気に開けた。
「おらあ! 起きろ起きろ! 朝だぞー!」
そう言うと「眩しいよ聖ちゃん」と言う虎次郎と無言で薄目を開ける龍己を見てゲラゲラと笑った。
部屋に備わった洗面台で顔を洗ってから談笑していると、ノック音に続き部屋の外からオダーの声が聞こえた。
オダーは朝食の準備ができたと3人を呼びに来たようで「朝食を済ませた後にこの世界についてお話をしましょう」と言った。
3人は昨晩のうちに用意されていた服に着替えると部屋を出る。
部屋の前には昨日と同じくシスターが待機しており、案内されるがままに通された食堂で朝食を摂ると頃合いを見計らいシスターは「オダー様の元へお連れ致します」と言い3人は再び案内されるがままについて行く。
館内は広いお屋敷のような造りで案内がなければ迷子になりそうである。
案内に従い進む3人、連れられた入ったのは会議室の様な部屋だった。
「昨晩はよく眠れましたか? 朝食はお口に合いましたでしょうか? お召し物もよくお似合いでございます」
オダーがうすら笑みを浮かべながら言った。
「あぁ。それはいいんだけどさぁ、説明してくれない? 召喚されたのはわかったけど俺たちどうされんの? で、帰れんの?」
聖人はドカっと椅子に腰を下ろすと本題を急かした。
「流石聖人様、失礼致しました。では早速お話させて頂きます。ここはこの世界の中心都市、王都ボルディアから東北に位置する聖ライガ教会です。皆様は1000年に1度起こるとされる厄災を退けるために異界より召喚されました。厄災とは魔物が溢れ返る深淵(アビス)が各地に突如として現れる現象の事を指しております。この世界では召喚された人々の事を聖人の器と呼んでおり、昨日の鑑定により御三方には雷神様の加護が付与されているのを確認致しました。雷属性のあらゆる魔法が使用でき、更に初期ステータスたるやこの世界の常人の100倍となっておりました。その救世主とも言える聖人の器の御三方の力を持ってして、この世界をお救い頂きたいのです。その為に我々聖ライガ教会は存在し、お支えできる事を光栄に想いこの身を捧げる覚悟で御座います」
「大体わかった。んで、その厄災とやらを鎮めなきゃ俺らは帰れんねぇのかよ? 帰れんなら今すぐ帰りてぇんだけど」
「心中お察し申し上げます。しかしながら仰る通り、厄災を鎮める事により元の世界に繋がる扉(ゲート)が開かれるとされております」
「だったら早いとこ厄災終わらせて帰ろうぜ!」
聖人は振り返り後ろに立っていた虎次郎と龍己に言った。
2人は真剣な顔で深く頷くとオダーは話を続けた。
「厄災の起こる日までまだ少し時間が御座います。まずは厄災の予兆とされている厄災の芽と呼ばれる苗木を探し、その苗木の本体である種を破壊して頂きたいのです。深淵(アビス)は厄災の芽を破壊する事で段階的に封印を施す事が可能とされております。御三方には厄災の起こる日までに7つ現れると言う厄災の芽を1つでも多く破壊して頂きたいのです。この世界では慣れず不自由も多いとは思いますが、出来うる限り如何なるお申し付けにも応じる所存で御座います。どうか我々にしばらくのお時間とお力添えをお願い致します」
そう言うとオダーは深々と頭を下げた。
「......わかったよ、頭上げろ。虎と龍もいるんだし、ちょっとこの世界でチート無双かまして凱旋帰還ってのも悪くねぇ! それにここは異世界なんだろ? 日本の法律も関係ねぇんだし女とうまい飯に酒だ! オダーって言ったか? ちゃっちゃと厄災とやらは俺らが終わらせるからよぉ、それぐらいは良いだろ?」
「せ、せ、聖ちゃん......! なんかダークヒーローっぽいよぉ......! そんな聖ちゃんもカッコいい......」
「......」
オダーは「お安い御用です。直ぐに手配致します」と言うと、一通りの話も終わり3人はプライベートルームへ戻った。
部屋に戻った3人。
オダーに頼んだ女とご馳走と酒を楽しみに待つ聖人は部屋に戻るやテーブルに着き「異世界なんか夢みたいな話どうせなら思いっきりやろうぜ」と豪語する。
そんな聖人の横に腰掛け潤んだ目で見つめながら相槌を打つ虎次郎。
しかし龍己は終始無言で1人ベッドに腰をかけた。
「......なんだ龍! 辛気臭ぇ顔して! 今からお楽しみが待ってんだぜ?」
そんな龍己に声をかけた聖人だが龍己は「......俺はいい」と言って1人部屋を出た。
「童貞拗らせるとあぁなんのかね」と言う聖人に「龍っちゃんは慎重だから」と虎次郎が返した。
1人部屋を出た龍はオダーに話がしたい旨を部屋の前に待機しているシスターに伝える。
シスターは「かしこまりました」と言うと昨日の魔法陣のある部屋へ龍己を案内した。
「これはこれは龍己様、どのような後用向きでしょうか? さきほどの件でしたらただいまご準備しておりますので......」
オダーが言い終わる前に龍が食い気味に聞いた。
「そうじゃない......。さっきの話......厄災の芽......場所はわかっているのか......? わかっているのなら......まずは俺だけで行きたいんだ......。なるべく2人を......聖人と虎を......危ない目には遭わせたくないから......。大事な幼馴染なんだ......」
そう言うとオダーは感涙しそうな表情を浮かべながら龍己に答えた。
「龍己様はご友人想いのお優しい方なのですね。なんともご立派! 流石は聖人の器に選ばれしお方......このオダー、感動致しました。......厄災の芽は現在判明しているものであれば竜の渓谷近くに出現しております。案内役と戦術指南役をお付け致します。地理もスキルの使い方などわからない事が御座いましたらこの者達をお使い下さい。いつ出発なさいますか?」
「......今すぐに。......2人には内緒にしてくれないか......」
そう龍己が言うと、仰せのままに、とオダーは返し待機しているシスターに言伝た。
すると間も無くやって来た案内役と戦術指南役を2人ずつ紹介され、教会が準備した武器の中から大剣を選び取ると背中に携え教会の外に用意された馬に跨りオダーに見送られ早々に出立した。
龍己は表情が硬く口下手であるがゆえにコミュニケーションが得意ではなかった。
周りは彼に近寄り難い人と言う印象を抱く事が多く、180cmを有に超える体格の良さがその印象をさらに深めた。
そんな彼の唯一の友人は幼馴染の聖人と虎次郎であり彼にとっては大切な友人。
彼が1人で終わらせられるならと危険を買って出たのもそれを思えばおかしな話ではない。
道中、はじめて魔物に出くわす。
魔物は猪の様な見た目で龍は驚きながらも表情は変わらない。
この辺りは魔物が多いようで戦術指南役が先頭を切り交戦しながら龍にスキルの使い方や武器の扱い、魔物の弱点などを教えた。
「......ありがとう。......次は......俺が戦う」
戦闘が終わると戦術指南役にお礼を告げたが「とんでもございません」と恐縮させてしまった事に罪悪感を感じながらコミュニケーションの難しさを再認識しつつ竜の渓谷を目指して再び馬を走らせた。
竜の渓谷までは馬でも半日がかりになるそうだ。
スキルの使い方を覚えた龍は騎乗したまま次々に向かってくる猪のような魔物に魔法を放ち道を開く。
「雷撃(サンダーショック)」
龍己は小さな声で魔物を見つけるやいなや次々に雷属性初級魔法を唱えた。
天から雷が一直線に落ちる。
やはり聖人の器なのか、その力の差は歴然で順調に竜の渓谷への道を進んだ。
しかし、厄災の芽の位置に近づくに連れて出現する魔物は強くなっている様に感じた。
猪の魔物は跡形もなく消し飛んだが、次に出た熊のような魔物は丸焦げ程度。
そして竜の渓谷を目前に、今対面している大蛇の魔物に雷撃は大したダメージを与えられずにいた。
「烈閃光(インテンススパーク)」
龍己は雷属性中級魔法を使った。
伝線を伝う電流のようにバチバチと音を立てながら大蛇の体を激しい雷光が伝う。
大蛇はそれでも息絶える事はなかったがダメージは通ったようだ。
これなら倒せるのかと考えた瞬間、大蛇は龍に向かって大きく口を開けて襲いかかった。
龍己は冷静に背に携えた大剣を抜いたが間一髪間に合わず襲いくる大蛇を前にギュっと目を瞑ってしまった。
ゴキ......バリ......バリ......
耳に鈍い音が響く。
恐る恐る目を開けると、そこにはここまでを共にした戦術指南役の1人が龍己の前で大蛇に噛み砕かれ飲み込まれようとしているところだった。
龍己は足がすくみ体が固まった。
恐怖。
戦うとはこう言う事かと、龍己は後悔した。
そして不甲斐ない自分に怒りが沸いた。
目の前で飲み込まれた人間がもし自分だったなら......まして聖人や虎次郎だったのなら......。
そう頭をよぎった瞬間、地面を踏み込み空中高くジャンプした龍は大剣を両手で力強く握り頭上へ大きく振りかぶると大蛇の額に思い切り振り下ろした。
大蛇は額が縦に割れ大きな図体はバランスを失い地に崩れ落ちた。
「......すまない......すまない......」
そう言いながら飲まれた戦術指南役を大蛇の喉元から引きずり出すと、他の教会員と共に弔った。
龍己は自分のせいだと強く責任を感じながら、死者を出した事への罪悪感と一歩間違えれば死ぬと言う恐怖心、そして逃れる術のない絶望感、さらに聖人と虎次郎を守りたいと言う想い......様々な感情が交錯する。
しばらく俯き、降り出した通り雨さえまるで気にするそぶりもなく、どのくらい時間が経っただろうか。
雨が上がり雲の切れ間から一筋の陽の光が地面の水溜まりをキラキラと照らす。
龍己の顔はまだ晴れないがスッと顔を上げ真っ直ぐと前を見据え立ち上がると腹を括り厄災の芽まで一直線に進んだ。
厄災の芽は竜の渓谷の手前の崖の上にあった。
枝を伸ばし攻めて来る厄災の芽に動じるそぶりもなく瞬時に大剣で両断するとすぐに種を破壊し、戻ろう、と案内役の2人と戦術指南役の1人に言うと来た道を颯爽と戻った。
ーー城下町カルカーンーー
場面は冒険者ギルドに駆け込んだ全と武仁へ戻る。
受付のマムに厄災の芽の出現について伝えるとマムは耳を疑いながら差し出された一つ目を見るや大慌てで2人をギルドマスターのワンドの元へ連れて行く。
「そんなに慌てて何事だ」とワンドが言うと「厄災の芽が出現しました」と血相をかえてマムが報告した。
ワンドも驚きを隠せない様子だが2人事の経緯を聞くと冷静に説明しはじめた。
「なるほど、ムツノハシ村でそんな事が......。その目は厄災の種と言って厄災の芽を倒すと姿を表す、言わば厄災の芽の本体だ。厄災の芽自体はそれほど脅威ではないが、生息する場所が今回のように人里であれば厄介で厄災の芽から放たれる濃い魔素により周囲の人間の自我を奪うのだ。厄災の芽が出現したとなると、厄災の発生......深淵(アビス)の出現も時間の問題だな......。領主へはケイン経由で報告がなされるだろうが、2人とケインは証人として領主とともに王都ボルディアへ行き国王へ謁見する事になるだろう」
そう言うとワンドは真剣な顔で続けた。
「しかし、ケインが同行し厄災の種を持ち帰ったのは良かった......。これは粉砕してしまうと厄災を早める深刻化させるだけではなく粉砕時にそいつの魔素が全て放たれ周辺の魔物を活性化させてしまうからな! いやぁ、本当に良かった!」
武仁はホークアイの一件で単に討伐証明なのかと拾っていたが「あぁケインが教えてくれたからな」と咄嗟に答えながら内心、危ねー、と1人胸を撫で下ろすのだった。
その後、普段出現しないホークアイが出現したのも厄災の芽の影響だろうと言う結論が出たところで話も一区切りつき2人は受付に降りて受注していたクエストの報告をし薬草を納品した。
「お2人ともお疲れ様でした。全さんの3種の薬草採取のクエストも納品された素材は全て間違いなし、武仁さんに関しては厄災の芽の件は本当にお手柄ですよ! 領主様から別で恩賞が出るくらいの事です。 それではこちらが今回のクエストの成功報酬となります、ご確認下さい」
全は金貨1枚、武仁は金貨15枚を受け取ると一旦宿屋に戻る。
宿屋に着き部屋に入ると全は武仁に切り出した。
「凄い濃い2日間だなあ、怒涛の展開と言うか......異世界をゆっくり楽しむって言うのはなかなか骨が折れそうだ」
「俺なんか危うく厄災とやらを早めるところだったぜ......おいズチ! そこは言っとけよな!」
武仁が言うと呼ばれたズチは声のみで答えた。
『申し訳ない! まさか厄災の芽がこんなにも早く現れるとは......此度の召喚対象が変わった事により世界の流れが変わろうとしているのやもしれぬ......』
「リン、厄災の芽の発生をあらかじめ探知できないのかい?」
武仁に続きリンに問いかける全。
『神々や神の使いの私達がこの世界に物理的干渉をする事はできません〜。そして創生の記憶をお教えする事もできません〜。しかし厄災の芽の場所については制限外、発現次第私たちもお教えします〜。今回はズチの言う通り早すぎて対応不可能だったのかと〜。しかし〜道を示すのが私たち神の使いの役目、厄災の種を浄化する為にここから近い火神の大樹を目指すと良いでしょう〜♪』
そう言うとリンは火神の大樹がカルカーンの北にあるマグマ山にあると教えてくれた。
「厄災までどのくらいの猶予があるのか」と全が尋ねる。
『本来であれば聖人の器が召喚されてから1年をかけて7つのうち6つの厄災の種を浄化していき最後の浄化をきっかけに深淵(アビス)が発生するのです〜。これは先ほどのギルドマスターさんも一部仰られておりましたが補足いたしますと、厄災の種を浄化せずに放置すれば高濃度の魔素を発し続け魔物を凶暴化させてしまいますし、粉砕すれば深淵の発生が早まり更に強い深淵となってしまうので厄災の芽を倒し種を入手後は速やかに浄化される事をおすすめします〜』
2人は息つく暇もないな、と言う顔をしつつ「次の目的地も決まったところで話しておきたい事があるんだ」と全が言った。
「迷いの森林でケインを鑑定しただろう? その時のステータスなんだが、ケインはレベル32だったがステータス値はどれも300前後だった。騎士団副団長のクラスで、だ。僕はホークアイを、武仁は厄災の芽を討伐した事でレベルが上がっていると思う、改めてステータスを確認してこれから行く先々で騒ぎにならないようパワーバランスを考えながら動いた方が良いと思うんだ」
そう全が言うと武仁は「300......」と呟くと信じられないと言うような顔をしながら自身のレベルを再確認した。
全 レベル59
武仁 レベル63
2人はそれぞれのレベルに驚愕した。
その様子を見ているのかズチは笑いながら端を発した。
『はははっ! それは当然の事ですぞ! 六神の加護があるお2人は経験値獲得量が6倍ですからな! ちなみに初期ステータスに至っては適正職業に関わる値は1000倍、それ以外でも100倍もこの世界の人々より優れておりますぞ! 本来聖人の器が授かる加護はどれか一神の加護だが、お2人は迷いし落ち人としてやってきた勇者と賢者なのですからな! 神々も大盤振る舞いですぞ!』
「そんな設定でいいのかよ......」
武仁は呆れたようにツッコんだ。
しばらくすると、領主様が2人に会いたいそうだ、とケインが宿屋に訪れた。
2人はこれを了承するとケインに連れられて領主の待つ城へ向かった。
ケインに連れられて領主の元を訪れた2人は執務室に通された。
そこにいたのは若く長い金の髪に青い澄んだ瞳が印象的な美しい女性だった。
「急に呼び立ててすまない。私はカルカーンの領主、クリスティナ・フォン・カルランド。君が全、そして君は武仁だね。ケインから話は聞いたよ。先程ケインから報告を受けた厄災の芽の件で急ぎ国王並びに他領地へ書状を認めたり忙しなくてな。執務室で申し訳ないが、まぁ座ってくれ」
そう言われ2人はソファに腰を下ろす。
「まずは昨日のホークアイの討伐、並びに今日は厄災の芽の発見と対処、カルカーンの領主として深くお礼申し上げる。君たちがいなければ城門付近の人々やムツノハシ村の人々は無事ではなかっただろう......。これはそれらの功績に対する褒賞だ、受け取ってくれ」
クリスティナから差し出されたのは白い金貨1枚と金貨50枚だ。
2人はケインをチラリと見るとケインは、受け取れ、と言うかのように頷いた。
2人は「ありがとうございます」とお礼を言い受け取った。
「それからギルドマスターあたりから既に聞いているかもしれないが、謁見許可が下り次第、王都ボルディアへ出発する。厄災の芽を発見した君たちにも同行してもらいたい」
そう言われた2人は了承すると「出発日はまたケイン経由で言伝る」と言うクリスティナは忙しそうだ。
邪魔にならないよう早々に領主邸を後にした。
「2人ともお疲れ様! カルカーンに来て2日目にして領主と会って緊張したんじゃないかい? それに国王へ謁見となると......君たちはそう言う星の元に生まれたのかな?......しかし疲れただろう、日も暮れて来たし今日はゆっくり休むと良い」
ケインが言うと2人はヘトヘトながらも「昨日の約束覚えてるか」と言いながら絶品ボアステーキのある食堂にケインを引っ張って行った。
「昨日今日の付き合いだが、本当にケインには感謝している。僕たちだけじゃ冒険者登録も、厄災の芽の事後報告だって手こずっただろう......。王都ボルディアへの同行もあるし、それまでさカルカーンを基点に動くから良ければこれからもよろしく頼むよ」
そう全が話すと「一期一会も冒険者の醍醐味の一つだろ、こちらこそよろしく頼むよ」とケインは笑いながら言ってくれた。
それからも3人は話を弾ませながら楽しい一時を過ごし、ボアステーキで腹も膨れ武仁がウトウトしはじめたところで全は「お礼だから」と会計を済ませると見送るケインに手を振り宿屋に入った。
部屋に戻ると2人はすぐに眠りつく。
ーー翌朝ーー
どちらが先ともなく目覚めた2人は「おはよう」と挨拶を交わすと3日目のログインボーナスを得るためステータスオープンを唱える。
リンとズチは今日も特典内容を川の流れのようにさらりと告げると風のようにふわりと去った。
3日目のログインボーナスを得た2人のそれぞれのステータスはこうだ。
全 レベル/59
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/590
MP/15900
腕力/590
腕力抵抗/590
魔力/15900
魔力抵抗/EX
知性/15900
感知/590
俊敏/590
運/EX
スキル
・六属性魔法
火、水、風、土、光、闇の初級〜特級魔法を使用できる。
・鑑定
目視したあらゆる対象の情報を看破する。
・収納
収納対象の時間を停止し無制限に収納できる。
・全知全能
素材さえあればあらゆるものを錬成できる。
装備
・賢者のローブ
賢者のみ装備装備可、物理攻撃をはね返す
武仁 レベル/63
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/16300
MP/630
腕力/16300
腕力抵抗/EX
魔力/630
魔力抵抗/630
知性/630
感知/16300
俊敏/630
運/EX
スキル
・必中
必ず狙ったところへ命中する。
・第六感
半径3km圏内の対象を正確に感知できる。
・収納
収納対象の時間を停止し無制限に収納できる。
・一網打尽
感知した任意の対象、または目視した任意の対象を攻撃できる。対象設定数は無制限。
装備
・勇者の剣
勇者のみ装備可、魔法すら切れる剣(バット)
3日目のログインボーナスでそれぞれ新しいスキルを獲得し、どうやらステータスは1レベル上がる毎に職業適正値は100、それ以外は10ずつ上昇するようだ。
2人は身支度を済ませると今日もクエストをこなそうとギルドへ足を運んだ。
依頼ボードを眺めてクエストを吟味すると、2人はCランクの探索依頼とCランクの討伐依頼が聞いた事のある同じ場所で貼り出されているのを見つけると依頼ボードから剥がし取り受付のマムに手渡す。
「全さん、武仁さん、おはようございます。今日はこちらのクエストですね。......あ! お2人はこの依頼を達成されますと冒険者ランクがCランクへ上がりますよ!」
と言うマムは続けて冒険者ランクの上げ方の一つとして、自分の冒険者ランクより一段階上のランクのクエストを3回成功させると冒険者ランクが上がると教えてくれた。
2人は別々でクエストを受注していたが、同行者はパーティとみなされるようで昨日武仁が受注した街道沿いの調査のCランククエストは全の実績としてもカウントされているそうだ。
「ではお2人のクエストの目的地はマグマ山ですね、受付ました。今日もお気をつけて。」
そう言うマムに見送られ2人はリンから聞いたカルカーンの北に位置するマグマ山を目指して出発した。
マグマ山を目指してカルカーンを出発した2人。
武仁は道中に咲く草花に一々鑑定を使い採取している全を急かす。
全は「これも異世界を楽しむ要素だぞ」とぶつぶつ言いながらも「これならいいだろ!」と素早く採取し収納すると武仁を走り抜きまた腰を下ろしては採取、武仁が追いつきそうになればまた走り抜き腰を下ろし採取を繰り返した。
ちょこちょこと前を行く全にしらーっとした目線を送りつつも武仁は終始第六感を使用し魔物や敵意を感知しながら進む。
マグマ山へは片道だけでも1日がかりと冒険者ギルドでマムから聞いていた為「魔物を狩ってサバイバル飯を食べよう」と武仁は張り切っていただけに、魔物の気配のしない平和な時間に退屈だと言わんばかりの大きなあくびをする。
途中、相変わらず採取をしていた全が武仁目掛けて走り戻って来た。
何事かと思ったが「出発前にカルカーンで用意していた水に魔力を通すと聖水が錬成できてそれに色々な薬草を混ぜ合わせるとポーションやエーテルが出来たんだ!」と言いに戻ってきただけだった。
「お前呑気だなあ」と武仁が言うと「サバイバル飯だとか言ってたお前には言われたくないな」と全も返した。
そんな穏やかな旅路の最中、武仁の第六感スキルがようやく敵意を感知した。
ちょうどマグマ山へ行く道と水上の街フォルダンに行く道との分岐点にさしかかったところだった。
「おい全! ちょっと道は逸れるが北東3km先、人が襲われてるぞ! どうする!?」
そう武仁が言うと薬草採取の手を止め全は返した。
「決まっている! 助けるぞ!」
2人は3kmの距離を駆けつけるまでに間に合わない可能性を危惧して3日目のログインボーナスで修得した武仁のスキル一網打尽を使用する事にした。
「対象は13......一網打尽!」
スキルを発動すると宙に光る球がフッと現れた。
「なるほど」とつぶやくと武仁は収納から勇者の剣(バット)を取り出すとフルスイングして打ち抜いた。
すると球は打った瞬間13個に別れ目で捉えられない様なスピードで飛んで行った。
急いで感知した場所まで向かう2人、ものの数分で武仁が到着するとそこには感知通り13人が気を失って倒れていた。
そして、荷馬車の中で怯える親子らしき人達の無事を確認する。
遅れて全が息を切らしながら到着、呼吸を整えたのち被害者に話を聞くと、カルカーンに向かう道中で盗賊に襲われたと言う事だった。
どうやらこの親子は行商人らしく積荷を狙われたのだろう。
全がステータスウィンドウを開き「土属性魔法にうってつけの魔法があったんだよなあ」と言う。
「......あった!拘束(バインドブランチ)!」
唱えると木の枝が倒れた13人の盗賊達に絡み付き拘束していく。
「カルカーンに僕の魔法で盗賊ごと転移(ワープ)させますから、到着次第冒険者ギルドに突き出すと良いですよ。ご無事で何よりです」
そう全が行商人の親子へ伝えると、深々と頭を下げながらお礼を言う行商人を笑顔で見送り転移(ワープ)を唱えた。
「それにしても武仁、一網打尽ってスキルは絶命させずに気絶させるんだね。僕たちのステータスを考えると塵一つ残らないんじゃないかと思っていたけど......急を要したとは言え使わせたのはまずかったかなって追いかけながら考えてたよ......」
全は内心ホッとしているようだ。
「あぁ、どんな仕組みかわからねぇが感知したのが魔物なのか人なのか、敵意や悪意があるのかだとかがわかるんだ。人だったんでHP1残しの瀕死! と思って打った」
そう言う武仁に「徹底的にシバくさすがはヤンキーだ......」と呟くと「悪人なんだから当たり前だろ」と普通に返され冷やかしたつもりが肩すかしの全だった。
進路を戻し再びマグマ山を目指し歩みを進め途中休憩を挟み食堂で買った弁当を食べると、あまり時間をかけていられないと2人は更に前進する。
あれから特に何もなく大して変わらない風景にも飽きてきた2人、歩き詰めで疲れも溜まる。
陽が傾いてきたところでようやく遠くに山が見えはじめた。
「やっと見えてきた......ちょっと舐めてたな......次からは乗り物が必要だな......もう足が棒だよ、今日はここらで野宿としよう」
全が言うと武仁は「貧弱だな」と言いながらも野宿の準備をしはじめた。
言われた全は「お前が体力おばけなんだ」と返しながら路肩に座り込んだ。
事前にカルカーンの道具屋で調達しておいた野営用の簡易テントを設置すると「念のため」と寝込みを襲われないよう全は光属性初級魔法、防御結界(シールプロテクト)を唱えた。
2人はテントに篭ると全はすぐに眠りについた。
武仁は横になるもなかなか眠れず陽が完全に落ちるまで第六感スキルを使用していたが気がつくと眠りに落ちていた。
ーー翌朝ーー
早めに眠りについたせいか朝早く目が覚めた全。
武仁を起こさないようにテントから出ると大きく伸びをして辺りを見渡した。
マグマ山へ続く道には人1人の影もなく見飽きた草原に変わりもない。
とりあえずとステータスオープンを唱え4日目のログインボーナスをリンから授かるとスキル複製を修得した。
これは所持するアイテムを複製するスキルのようで全知全能と相性が良さそうだ。
ステータスウィンドウを開き水属性魔法を見ながら生活魔法とされる浄化(クリーン)を唱える。
洋服は洗濯されたように、体は風呂に入ったかのように、歯も磨いたようにスッキリだ。
武仁が起きるまで採取してきた薬草で錬成をしようと張り切っていると、案外早く起きてきた武仁に「まだ寝ててもいいんだぞ」と声をかける全だが「いや、目が覚めちまった」と二度寝する気配もないため諦めて武仁にも浄化(クリーン)を唱えた。
「......!? 便利な魔法だな! これで毎日風呂も歯磨きもしなくていいじゃねーか!」
と今までのどの魔法より感動する武仁に「いやそれもどうなんだ......」とツッコむ全だが「忘れずにログインボーナスもらえよ」と口添えた。
言われて武仁もステータスオープンを唱えるとズチの声が聞こえてくる。
「武仁殿! 4日目のログインボーナスですぞ! 今日もスキルなのだが、少しこれまでと勝手が違うスキルですぞ。強者の特権......このスキルを使用すると武仁殿が打ち負かした魔物を使役(テイム)する事が可能になりますぞ! 魔物の世界は分かり易い弱肉強食......そして強い魔物ほど知性も持ち合わせておりますからな、使役(テイム)する魔物次第では心強い協力者となりましょうぞ! まぁ武仁殿の力の前にして協力者など必要ないかもしれませんがな! がはははは!」
そう言うとズチは去った。
武仁は「強い魔物なんかいんのかよ」と言いながらも一方の全は、「魔物使役(テイム)じゃないか」とはしゃいでいる様子だがあまり興味のないスキルに「早く行こうぜ」と武仁が急かすと2人でテントを片付け昨日に引き続きマグマ山を目指して歩みを進めるのだった。
黙々と歩みを進める2人の目前に段々とその巨大な姿を現すマグマ山、しかし人間の視野とはなんとも狭いもので近づくにつれてそこが山だとは分からないようになっていく。
早朝に出発した2人はまだ陽が登り切らないうちにマグマ山の入り口まで辿り着いた。
これまで武仁の第六感は魔物への反応を示さなかったが、ここに来てそれを感知したようだ。
感知するや「魔物がうじゃうじゃいるぞ」と幼い少年のように目を輝かせた武仁はそれを追うかのようにどんどんと山道を登って行く。
全は「お前は疲れを知らないのか」とため息を漏らしながらその後を懸命に追った。
マグマ山を登りはじめると武仁が感知した通りに魔物と遭遇し、はじめこそ楽しそうに勇者の剣(バット)をフルスイングし討伐していた武仁だが、次第にあまりの手応えのなさに「つまんねぇ」とぼやく。
そんな武仁に全は言った。
「......あのなぁ、さっきからお前が倒した魔物の討伐証明拾ってる僕の身にもなってくれ。それに僕は探索依頼だからそんなズイズイと進まれたら探すのも探せないよ」
すると武仁は反省したのか「わりぃ」と呟くと全のペースに合わせながら歩き出した。
肩を並べて歩き始め、全も気を取り直したのか武仁に声をかける。
「依頼書を再確認しよう。武仁の討伐クエストは......バイオレットベア......これはさっきからお前が倒しまくってる熊だからもうクリアしていると思うんだ。討伐証明は倒せばドロップするようだしこれは良い発見だね! それから、僕が受けた探索クエストは、マグマ山中腹部に生息する溶岩蜂(ラバビー)の巣の捜索。毎年溶岩蜂は住み替えをするので今年の生息域を報告する事でクエストクリアみたいだ。」
「そうか、探索対象が魔物なら俺が溶岩蜂を感知すれば全もクリアだよな! 俺......さっきまで先走っちまって悪かったな、ありがとよ」
そう言う武仁は反省したのか全のことをおっさんとは呼ばずに名前で呼んだ。
全も「気にするな僕も薬草採取で先走るから同類だよ」と笑うと、武仁も思い出したかのように「本当だぞ!」と言い笑った。
2人はそれからも湧いて出るバイオレットベアを討伐しながら山の3合目辺りだろうか、色違いのバイオレットベアを見つけた。
「おい! 見てみろよ全! 色違いがいるぜ!」
そう言う武仁に「熊はもういいよ」とうんざりの様子の全だが一応鑑定するとブルータルベアと名前も違うようだ。
しかし相変わらず一発で倒してしまうようで少し上がった武仁のテンションはすぐに落ち着いたが、4合目を過ぎた辺りでようやく武仁の第六感で溶岩蜂を捕らえると武仁は気持ちの昂りを抑えながら全にそれを伝えた。
「そろそろ休憩しないか、サバイバル飯にもありつけなくて今日は何も食べていないし......腹が減っては、と言うだろう」
全がそう言うと武仁も「そう言やぁそうだな」と休憩に合意した。
しかしここはバイオレットベアが湧く場所、休憩中は全が防御結界(シールプロテクト)を使えば良いとしても空腹は凌げない。
そこを解決するのが全だ。
「あの熊......僕の魔法で仕留めれば食べられるんじゃないかな......。そして炎属性魔法の生活魔法で焼けば......」
「おぉ! サバイバル飯じゃねぇか! ......だがよ、全の魔法の威力でまた消し炭になるんじゃねぇのか......?」
まぁ見てて、と言うと全はバイオレットベアに向かって魔法を放った。
「風刃(ウィンドカッター)!」
するとバイオレットベアは綺麗に頭部が切断されその場に崩れ落ちた。
「解体(ディスマンタリング)!」
重ねて魔法を使用する全。
バイオレットベアはみるみる毛皮、臓物、骨、肉など部位ごとに解体されて行く。
解体された中で必要な肉にだけ浄化(クリーン)を唱え収納すると、少しして他の部位は崩れて消滅したが、やはり討伐証明となる毛皮はその場に残っていたためそれも収納する。
全はやはり浄化(クリーン)効果で何らかの作用が魔物にも働くのか、と考えながら防御結界(シールプロテクト)を唱えその場に腰を下ろすと「風属性初級魔法で切って生活魔法で解体と浄化をしたんだ」と武仁に言った。
「お前なんでもありだな......」
と武仁は改めて全の魔法のチート具合に呆けた顔をした。
薪になるようなものを集めないと焼けない事に気づいた2人は手分けして周辺の小枝を集める防御結界(シールプロテクト)を展開している場所に戻ると集めた小枝を中心に置いた。
「着火(イグニッション)」
全が唱えると小枝に火が着いた。
収納から肉を取り出し分けていた枝に刺すと2人は肉を炙る。
火が通るまで時間はかかりそうだが、はじめてのサバイバル飯に2人はご満悦の様子でじっくり焼き加減を見ながらその時間を楽しんだ。
良い具合に火が通り「いただきます」と2人はバイオレットベアの肉にかぶりつくと食べ応えのある肉感に「これぞサバイバル飯」と満足そうに武仁は言ったが「......全がいなきゃできねぇじゃん」呟くと1人ひっそり肩を落とした。
遅めの昼食を終えた2人は難なく5合目を越えた辺りで溶岩蜂の巣を発見、そのポイントを把握すると「いよいよ本命だな」と武仁が言う。
そう、2人の真の目的はサバイバル飯でも討伐クエストでも探索クエストでもない。
ここにあるとリンに言われた火神の大樹へ赴く事だった。
マグマ山での真の目的、火神の大樹を目指す2人はここからは案内役(ナビゲーター)のリンとズチがいた方がスムーズだろうと言う事で2人を呼ぶとお馴染みのメロディとともに顕現するリンとズチ。
「リン、ここから火神の大樹まではあとどれくらいかかるかな?」
そう全が問うとリンは火神の大樹はマグマ山の頂上にあるといつもの口調で答える。
続けてズチがマグマ山と呼ばれる所以や豆知識を教えてくれた。
『マグマ山とはその色はもちろんのこと、火神様を祀る大樹が頂上にある事からついた名称。千年に一度の厄災の前には聖人の器が全ての神の大樹を訪れるため、代々その土地の領主が定期的に討伐や探索クエストを出しマグマ山の山頂へ続く道は魔物さえ多く出現はすれど獣道と言うには歩きやすい道が続いているのはこれが所以ですぞ』
話を聞きながら歩き続けて8合目を越えた頃には陽も落ちはじめ辺りは薄暗くなってきた。
全は光属性生活魔法の電灯(ライト)を唱えると足元を照らし「後少しだし今日中に終わらせよう」と懸命に前進する。
それからしばらく歩き続け山頂に到着した時にはすっかり陽は沈みきっていた。
武仁も流石に疲労の色を隠せず到着するやその場に足を投げ出し座り込み天を仰いで「......疲れた」と漏らす。
全は電灯(ライト)で火神の大樹を照らすとその太く大きな幹は天に届けと言わんばかりに背を伸ばし幾つにも別れた枝には赤々とした葉がまるで空を覆うように生い茂る、その存在感に圧倒される。
全は武仁を呼び厄災の種を出すように促すと武仁は収納から厄災の種を取り出した。
すると厄災の種はふわりと宙に浮き武仁の掌を離れ光を放ちながらひび割れると表面はボロボロと剥がれ次第に真っ赤な宝石のように姿を変えてゆく。
『それは火神の真珠です〜。火神様の御心に触れる事のできる宝珠、同時に厄災の種を火神様が浄化した証にもなります〜。お2人とも大樹に触れてみて下さい〜♪』
そうリンに言われ2人は火神の大樹に触れる。
その瞬間、激しい勢いで情報が頭に流れ込んでくる。
一瞬の出来事にまだ整理がつかない2人にリンは『この世界の創世にまつわる記憶を垣間見たのです』と言った。
2人は各々が得た情報を擦り合わせようとしたが、どうやら2人とも同じ情報のようで『その必要はないですぞ』とズチが言う。
「この世界について......断片だが少しわかったよ......」
そう全が言うとリンとズチは頷いた。
2人が見た火神の記憶、それは、この世界は7の神々によって一から創り出された世界であり、神々はあらゆる世界を見て廻り世界の不条理や争いに深く憤った。
そこで穏やかな世界を創ろうと生み出したのがこの世界であったが、その最中意見が割れてしまう。
それにより魔物が誕生し厄災が起こる事となるが、神々には創生後にはこの世界へ干渉してはならないと言う理があり、その理に背けばこの世界は消滅してしまうと言う事実だった。
ズチは力無く話した。
『神々は理に縛られている。干渉してしまえばこの世界に住む人々は消滅する......。しかし、そのままにしていては厄災により悲劇は免れない。その為に理の外である他の世界より聖人の器を厄災に対抗し得る力を授けた上で召喚しているのだ......』
「皮肉な話だぜ......優しい神様がよぉ、そんな世界を創ろうって時に仲違いしちまって、結局は争いは避けられなかったって事だろ?」
神の使いであるリンとズチは何とも居心地の悪い顔をしながらも再び静かに頷いた。
「気持ちはわかるけど......神様って傲慢だよなぁ......。だけど、少しだけ事情がわかった。もし解決する手立てがあるのなら......そんな世界を僕も見てみたいよ」
ここまで案内ありがとう、と伝えるとリンとズチは無言で頭を下げスウっと消えた。
「まだ解せないことはたくさん残っているけど、とりあえず一歩近づいたかな......」
全が言うと武仁は「あぁ」と短く返事をし「そろそろカルカーンへ戻ろうぜ」と言った。
全は「そうだな」と言うと転移(ワープ)を唱え一瞬で2人はカルカーンへ戻る。
夜も更け月明かりに照らされる城下町カルカーン、明かりが灯るのは酒場くらいのもの「ギルドへの報告は明日にしよう」と全が言うと2人はそのまま宿屋へ直行した。
部屋に入るやベッドに大の字で転がる武仁と全はこの世界の記憶に触れて心中はまだ晴れないが歩き疲れた疲労が勝りそのまま深い眠りに落ちた。
ーー翌朝ーー
目覚めた2人は挨拶も交わさずしばらくボーッと天井を見つめる。
火神の大樹に触れて垣間見た創生の記憶の断片にそれぞれ思いを馳せているのだろう。
しかし何はなくとも腹は減るものだ。
武仁のお腹が鳴ると「ご飯を食べたらギルドへクエストの報告をしに行こう」と全が言い武仁も「おぅ」と返すと部屋を出た。
3回目の食堂でもやはりボアステーキを注文する2人「米が欲しい」と言う武仁に「それは同感だ」と全も返す。
サッと食事を済ませると足速に冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに到着すると受付のマムにまずは全が溶岩蜂の巣の位置を報告する。
「全さんお疲れ様でした。溶岩蜂の巣の位置はギルドから領主様へ報告の上で冒険者へ周知しますね! 溶岩蜂は巣に近づかなければ無害なのでこのクエストはCランクですが、もし近づき過ぎると近づいた者を徹底的に追いかけ毒針で執拗に攻撃してきます。溶岩蜂の毒針は致死性はないものの刺されれば麻痺して動けなくなりそこをバイオレットベアに襲われると言う事になりますし、仮に冒険者が街へ逃げ帰れば街まで追いかけて来ますから、毎年探索クエストを出して巣の位置を周知するんです。例年このクエストは熟練の方がこなして下さるのですが、ちょうど他のクエストにあたっておりましたので助かりました!」
そう言うマムはクエスト報酬として金貨15枚を全に差し出した。
全が金貨を受け取ると「次は俺だな」と言いながら武仁が全に視線を送ると全は収納からバイオレットベアの討伐証明である毛皮を取り出しカウンターにドサッっと置くとその量にマムは驚嘆した。
「ちょっと......! なんですかこの量は......!?」
全は武仁に代わり溶岩蜂の巣に到達する5合目辺りまでに出没したバイオレットベアを全て討伐したらこの量になった旨を伝える。
「......バイオレットベアは確かにマグマ山を住処とする魔物ですが、通常であれば群をなさず警戒心が強い為人を避ける習性があります。遭遇しても5合目付近までなら2〜3匹程度、それにバイオレットベアは仲間が襲われた場所を危険だと判断し避けるようになります。......これも厄災が近づいた事による異変の一種なのかもしれません」
そう言うとマムは一瞬顔を曇らせたが、仕切り直して続けた。
「ともあれ武仁さんもお疲れ様でした! こちらがクエスト報酬になりますが、討伐証明は別途査定し買取も可能です。いかがされますか?」
マムからクエスト報酬として金貨15枚を差し出されると武仁はそれを受け取りながら返答した。
「あぁ、頼む。それとよぉ、頂上まで行って厄災の種を浄化したんだがよ、途中から熊が色違いになったんでそれも倒しといたんだが、こっちも買取できんのか?」
そう言うと再び全は収納からブルータルベアの毛皮を取り出そうとしたが、カウンターにはバイオレットベアの毛皮が折り重なっており置けない為カウンター近くにあるテーブルの上に積み重ねた。
「......これは......Bランクの魔物ですよ......と言うか......!? 厄災の種を浄化!?」
マムは耳を疑いながらも、目の当たりにした山積みの毛皮は実力を裏付けていると確信し、2人に待つように言うと慌てて2階に駆け上がりギルドマスターを連れて戻ってきた。
マムに連れられて下りて来たワンドは折り重なる毛皮を見ながら2人に話しかけた。
「ほお! これは凄いな! しかし......厄災の種を浄化したと言うのは?」
ワンドが問われ武仁は火神の真珠を見せる。
「待て待て待て...... 厄災の種を浄化できるのは聖人の器だけだぞ! マムが慌てるのも理解できる、私も混乱しているようだ......と言う事は......武仁は聖人の器なのか?」
ワンドは取り乱しながらもすぐさま状況を整理し武仁に再び問いかけた。
「俺より全のが説明は得意だからよ、こいつに聞いてくれ」
と武仁から会話を丸投げされた全は、仕方なし、と言う顔をしながらワンドに「鑑定を使って見てもらうのが早い......それから話をしよう」と答えるとワンドはこれを了承し、鑑定スキルを持っているのはカルカーンでは領主のクリスティナだけだと言うとすぐにマムにギルドを任せ領主邸へ2人を連れて向かった。
鑑定を受けるべくクリスティナの元へ向かうとワンドは顔パスで領主邸へ入るや「クリスティナはいるか!」と声を張り上げる。
その声を聞きつけて「何事だ!?」と一番に駆け付けたのは領主のクリスティナ本人とケインだった。
そのまま客室に通されるとワンドがおおよその事情を説明する。
クリスティナは信じられない様子ではあったが、ワンドが言うのであればと鑑定を使用する事に同意した。
「ケインは2人の後見人になっているそうだな。鑑定を使用するこの場に同席しても構わないだろうか」
この世界で人へ鑑定を使用すれば鑑定対象の全て、実力はもちろんだが切り札さえ露呈することになる。
最悪の場合悪用されたりもしかねないのだろう、鑑定を使用する前にクリスティナは全と武仁に断りを入れた。
「ケインは知り合って間もないがダチみてぇに思ってるんだぜ。俺はケインを信用してんだ、構わねぇよ」
と武仁が返すとケインはどことなく嬉しそうにしていた。
「では2人を鑑定する」
そう言うと全は、ちょっと待ってくれ、と話を遮る。
「ログインボーナスを貰っていない。すぐ終わるからその後にしてくれ」
ワンド、クリスティナ、ケインは聞きなれない言葉に理解が出来ない様ではあったが「わかった」とクリスティナが答えるとすぐに全はステータスオープンを唱えるとともにリンを顕現させた。
この世界で過ごす間の協力者として全はケイン、そしてクリスティナとワンドを信頼しようと思ったのだ。
信頼関係の構築にはまずこちらに嘘偽りがあってはならない、そう考えあえて顕現させたのだ。
それを見て武仁も全の心中を察したのかステータスオープンとともにズチを顕現させる。
『5日目のログインボーナス〜。全様の本日のログインボーナスはスキル賢者の恩恵です〜。......あら、こちらの方々は......私は全様の案内役(ナビゲーター)、水神の使いリンと申します〜。今後ともよろしくお願いします〜♪』
『武仁殿! 本日のログインボーナスは勇者の恩恵ですぞ! ......ほう、貴殿らが此度の繋ぐ者ですな! 我は武仁殿の案内役(ナビゲーター)、六神が一柱、土神様に仕えるズチと申す! 武仁殿について居れば怖いものなどありませんからな! 貴殿らも安泰ですぞ、がはははは!』
神の使いと言う目の前にふわりと浮く存在にクリスティナ達は何が何だか質問しようとしても不可解な点が多すぎて言葉も出ない。
「はい、もう大丈夫です。クリスティナさん、鑑定をお願いします」
そう全が言うとクリスティナは頷き鑑定を全と武仁に使用した。
智成 全(ともなり ぜん)
種族/人間 年齢/26
職業(ジョブ)/賢者 レベル/118
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/1180
MP/11800
腕力/1180
腕力抵抗/1180
魔力/11800
魔力抵抗/EX
知性/11800
感知/1180
俊敏/1180
運/EX
スキル
・六属性魔法
火、水、風、土、光、闇の初級〜特級魔法を使用可能
・鑑定
目視したあらゆる対象の情報を看破する
・収納
収納対象の時間を停止し無制限に収納できる
・全知全能
素材さえあればあらゆるものを錬成できる
・複製
あらゆる物を複製可能
・賢者の恩恵
認めし者の成長を促進させる。
装備
・賢者のローブ
賢者のみ装備装備可、物理攻撃をはね返す
勇 武仁(いさむ たけひと)
種族/人間 年齢/17
職業(ジョブ)/勇者 レベル/1685
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/168500
MP/16850
腕力/168500
腕力抵抗/EX
魔力/16850
魔力抵抗/16850
知性/16850
感知/168500
俊敏/16850
運/EX
スキル
・必中
必ず狙ったところへ命中する
・第六感
半径3km圏内の対象を正確に感知できる
・収納
収納対象の時間を停止し無制限に収納できる
・一網打尽
感知した任意の対象、または目視した任意の対象を攻撃できる、対象設定数は無制限
・強者の特権
打ち負かした魔物を任意で使役できる
・勇者の恩恵
認めし者の成長を増幅させる。
装備
・勇者の剣
勇者のみ装備可、魔法すら切れる剣(バット)
「こ......これは......凄まじいステータス値だ......加えてどれも化け物のようなスキル......武仁に至ってはレベルが見たこともない数値になっている......しかし、聖人の器ではないのか!?......賢者と勇者......」
クリスティナは驚愕しながらも「開示」と唱え鑑定結果はその場にいる全員が見えるようになった。
ワンドもケインも開示されたステータスウィンドウを見て驚くばかりで言葉も出ない。
しかし流石は領主、クリスティナは混乱しながらも顕現しているリンとズチに跪くと直に問いかけた。
「これは、どう言うことでしょうか......代々聖人の器には神の加護が与えられる。それは継承通りですが......聖人の器ではく初めて見る賢者と勇者と言う職業......それに六神の加護とは......神の使いであるリン様、ズチ様、お教え下さい」
『繋ぐ者の皆さんが混乱されるのは当然でしょう〜。この度の召喚はこれまでとは違い運命が交錯した事により起きたのです〜。召喚対象の座標にズレが生じた、とでも言いましょうか〜。それにより召喚対象が5名となってしまいました〜。他の地点へ落ちた3名が本来召喚される地点の王都近郊に落ちたことからこの世界はその3名を聖人の器とみなしたようです〜。そしてその3名に加護を与えたのは雷神様......それを鑑み、神々は全様へ魔法と薬学に特化した最高峰職業賢者、武仁様へ戦いと使役に特化した最高峰の職業勇者を新たに創造し与えました〜。新たな職業を与えられたのも六神様がそれぞれに加護を与えられたのも、全様と武仁様が聖人の器ではない外の者、つまり理の外にあったため可能となった訳です〜。』
続けたズチが鼻高々に話す。
『つまり! 武仁殿と全殿は最強なのですぞ! がはははは! お2人が桁外れのレベルなのも六神様の加護により経験値の分母が変化しない極めてレベチなチートが施されておるからですぞお!』
声高々にレベチやチートと言う単語を用いて言うズチに「それどこで知ったの?」と全が小声でツッコむと『以前全殿に教えて貰いましたぞ!』とズチは胸を張って答えた。
マグマ山での道中にそんな話をしたのかもしれない、と振り返りながら、神の使いの威厳を落とした気がしてひっそりと後悔した全だった。
「......不測の事態が起こった、いや、起こっている......と言う事か......」
ワンドが言うとクリスティナとケインも頷く。
「しかし、聖人の器が別に召喚されているのであれば全と武仁はなぜこんなに強く召喚される必要があるんだろう?」
ケインがふと疑問を口にする。
『......それは......創生に纏わる部分が含まれているため神々の大樹に触れないうちに口外することは理に反するのです〜。その問いに今は答える事ができません〜......』
しばらく黙って聞いていた武仁が口を開く。
「まぁよ、そう言う事なんだわ! とりあえず俺らは聖人の器っつーのではねぇけどよ、お前らの敵でもねぇ、むしろケインはダチだと思ってる。それに種の浄化は俺らにも出来るし問題ねぇだろ」
武仁が言うとクリスティナはフッと笑うと力強く声を出した。
「そうだな! 君達は私達を信頼してくれた、今度はケインのように私も君達を信頼させねばなるまい! 改めて、私はこのカルカーンの領主、そしてカルカーン騎士団団長クリスティナ・フォン・カルランド伯爵だ。厄災は近い、私はこのカルカーンを、そしてこの国を、世界を......守らなくてはならない。それには君達の力は不可欠だ。君達に比べれば私の力など無いも等しいのだろうが......私はこの名にかけて! 全力で君達の力になろう! ともに立ち向かってくれないか......どうかよろしく頼む!」
クリスティナが頭を下げるとそれを見たワンド、ケインも頭を下げた。
「頭を上げて下さい。僕と武仁ははじめからそのつもりです。まだこの世界に来て5日ですが、はじめて会ったケインは直感スキルがあったとしてもどう見ても怪しい僕らを優しくサポートしてくれました。ワンドさんもマムさんも宿屋の方、食堂の方、そしてクリスティナさんも。確かに僕らは異世界の人間ですが今は同じ土を踏んでいます、それにカルカーンの穏やかな雰囲気が僕らは好きです! 一緒に厄災を退けましょう!」
全がそう言うとズチは感動したのか漢泣きし、それをシラーっとした目で見るリン。
武仁はリンとズチを見て「それで神の使いかよ」とゲラゲラと笑った。
武仁の笑いでどこか張り詰めていた空気は一気に緩みみんな一斉に笑い合った。
話もひと段落したところでクリスティナは「頃合いとしても今日明日には王都より返事も届くだろう。カルカーンで待機しておいてくれ」と2人に告げた。
「ワンド、ケイン。2人のことは国王への謁見まで他言無用。......まぁここ数日での活躍で嫌でも他の冒険者の目に留まる事は安易に想定できる。そこはワンド、ギルドマスターである君の手腕で取り纏めてくれ」
ワンドは「任せてくれ」と返すと続けて「私はギルドに戻るが2人はどうする?」と全と武仁に問いかける。
2人は討伐証明の買取査定も途中だった事を思い出し「ギルドに寄ったら今日はカルカーンをゆっくり見て回るよ」と全が返した。
クリスティナとケインと別れワンドとともにギルドへ戻ると「私もギルドマスターとしてやるべき事をやらないとな!」と言うや受付のマムに何やら耳打ちしたあとギルドの2階へ上がっていった。
「全さん、武仁さん、おかえりなさい。買取が完了しています。こちらがバイオレットベアの毛皮32枚、そしてこちらがブルータルベアの毛皮11枚の買取金額となります。それからお2人はCランククエストを3回成功させた上にBランクの魔物はホークアイを含めると12体を討伐されており、領主クリスティナ様の鑑定によりAランク相当の実力も認められました。通常はCランクへの昇格となりますが、特例によりAランクへの昇格となります! 異例中の異例のスピード出世ですよ! おめでとうございます!」
ギルド内が騒ついているのを感じつつ、ワンドの耳打ちはこれだな......、と2人はため息を吐きながらも差し出された白金貨4枚と金貨26枚を受け取り2人で折半する。
マムが何やら水晶のように透き通る材質の石板をカウンターに出すと「こちらに冒険者証を置いて下さい」と言った。
2人は言われた通りそこへ冒険者証を置くとたちまち木で出来た冒険者証は金色に変わりDとあったランクがAと変わる。
全は「凄い......どう言う原理?」と呟くと、その声を拾ったマムが答えた。
「鍛冶屋さんなどが持つ錬成系スキルと秘書や私たち事務方が持つ記憶系スキルを複合しています。この石板は魔素を含む材質ですから、スキルをかけておけば石板が破損しない限り永久に動作します。人の目とスキルで二重チェック! 事務の基本です」
そう誇らしげに言いながらマムは微笑んだ。
全はその話を聞いて複合魔法と言うやつか、と思うと同時にデスクワークを思い出し嫌と言うほどやっていたのになぜだか少し元の世界が恋しくなった。
「面白い話でもう少し聞きたいが、騒ついているし今日はもう帰るよ」と全はマムに伝えギルドを出るとマムは「あっ!」と言い2人を追いかけたが既に辺りには見当たらなかった。
ギルドを出てカルカーン内をゆっくり見て回る2人はマグマ山へ出発する前に寄った道具屋の他にも鍛冶屋や仕立て屋が看板を連ねる商店街の方へ足を運ぶ。
商店街には露天商も数人おり、様々なアイテムやアクセサリーを売り買いしてる人で賑わっている。
マグマ山へ行く前は野営を見越して最低限テントの類を買うためだけに尋ねたがだいぶんお金も貯まり色々な店で各々興味の向く物を品定めするが、どうやら趣向は正反対のようで「別行動をしよう」と全が提案すると武仁は「じゃあ買い物終わったら宿屋集合な!」と一目散に鍛冶屋へ向かった。
そんな武仁の背中を見送ると全は鑑定を使いながら露天に並べられている商品を丁寧に一つずつ見ていく。
錬成のできるようになった全はポーション類の価値がどの程度で流通量がどのくらいなのかなどを把握したいようだ。
一通り見て複数の露店で手持ちにない素材を数種類購入し最後の露店で「あ!」と声をあげた。
そこで露天を開いていたのはマグマ山への道中、盗賊に襲われていたあの親子だった。
深々と頭を下げられ「命の恩人です、心ばかりのお礼ですがどうかお好きな商品がありましたらお持ちください」と言われ厚意を有り難く受け取ろうと並べられた商品に目をやると、その商人は他の露店と毛色が違い食材や調味料を取り扱っていた。
小麦や胡椒などが並ぶ隅に思いがけない物を見つけ全は商人に尋ねる。
「こんな事を聞くのはルール違反かもしれませんが......この商品はどこで仕入れたのですか......?」
そう全が話すと「命の恩人です......特別にお教えしましょう」と小声で教えてくれた。
「私は小さな里の出身なのですが、その里で育てている作物です。この国では珍しいと言いますか......言い方を変えれば売れないような珍品なのですが。どうにかどこかで売れないかと行商の傍ら露店に並べているのです。」
それを聞いた全はもちろん里の名前を聞いたが「それは里の規則で教えられないのです」と返された。
少し違和感を抱きながらも、迷わず目の前にあるその商品を厚意として受け取った、そう、稲である。
考えてみれば不思議ではない。
これまでもこの世界へ召喚された聖人の器がいるのだから、稲を発見さえ出来れば育てる事もできただろう。
ただ、数千か、はたまた数百年と言う時を経て稲をどのように食すのかが伝わらなかったと言う事だろう。
これは武仁に良いお土産ができたぞ、と思いながらも世間話の延長で「あの後ギルドへ盗賊の引き渡しはできましたか」と尋ねると、「引き渡して詳細をお話したのですが、お名前を伺っていなかったのでギルドの方も困惑しておりました」と言われ、転移(ワープ)が使える冒険者はカルカーンに他にもいるのかと考えながら帰りにギルドへ寄る事にした。
行商人の親子にお礼を伝えると去り際行商人の子どもに「お兄ちゃんありがとう!」と笑顔で言われ、この笑顔を守れて良かったなぁ、としみじみ思う全であった。
それから野営に便利そうなアイテムはないかと道具屋へ入った。
道具屋は便利なアイテムから怪しげな物まで様々な商品を取り扱っているが一通り見た上で、魔法で大体解決するんだよなぁ、と何も買わずに店を出ると「ギルドにもまた寄らないいけないしなぁ......」と1人ぽつりと呟くと商店街を後にした。
一方武仁は鍛冶屋を訪れはじめこそ興奮し、鍛冶屋の職人技を見学したり並べられた武具を眺めて幼い少年のように目を輝かせたが、でも俺の剣は剣(バット)だしなぁ......、と考えると「違うな!」と声を上げて店を出ると向かいの仕立て屋に入る。
仕立て屋にはこの世界の洋服がズラリと並ぶ。
武仁は思わず「おぉ......」と声を漏らしたが女性店員達がその声に気がつくと武仁を取り囲み「いらっしゃいませ」「本日はどの様なお洋服をお求めですか」「お客様は冒険者様でしょうか?胸板が厚く逞しいですね」と次々に声を掛けてきた。
武仁は女性にあまり免疫がないのだろう、身動き出来ず耳を真っ赤にしながらされるがまま採寸され「ありがとうございました」と店を見送られる頃にはすっかり洋服を全取っ替えされていた。
「......なんか......弄ばれた気分だ......女って......怖ぇ......」
そう呟くと肩を落としながら宿屋への道をふらふらと帰っていった。