美知(みち)になんて言われたの?」
 次の木曜日の放課後。
 筆を止めて、声も表情も硬くして早瀬は聞いてきた。
「美知?」
「私の友達――だった人」
「ああ……」
 美知という名前だったのかと、豊は今更ながらに思う。
 先日は結局名前を聞いていなかったから。
 同時に、二人が本当にお互いを思っている親友なのだと分かった。
 “だった人”と付け加えたときの早瀬は、痛みに耐える顔をしていたから。
 お互い大切に思い合っている、両思いの状態。
 彼女たちのその絆に少し嫉妬しつつ、豊は答えた。
「……早瀬さんを頼むって言われた」
「っ⁉」
「で、俺は『ああ』って答えた」
「っ! な、んで?」
 初めて声を掛けたときのように零れ落ちそうなほど目を見開いて、早瀬は驚きの表情を豊に向ける。
「なんでって言われても……早瀬さんが大切だからだろ?」
 俺も、美知という親友も。という言葉は言わずとも伝わったらしい。
 目を潤ませて、それでも涙を零さない様にと耐える仕草をする。
 そのまま俯いた早瀬は、震える声でポツリと謝った。
「ごめんね……きっとこのまま側にいたら、豊くんが辛い思いをするって分かってる。美知に言ったのと同じように、側にいないでって言わなきゃないんだって分かってる」
 そしてゆっくりと自分を見上げた早瀬に、豊は可愛いな、と自然に思った。
「でも、もう少しだけ側にいて欲しい……」
「いいよ、俺もまだ早瀬さんを見ていたいし」
 あえて何でもないことのように彼女の願いを聞き入れた豊に、早瀬は「ごめんね」と悲し気な笑みを浮かべた。


 ……。

 そして、早瀬はある日パタリと筆を取れなくなった。