木曜日の放課後に早瀬と過ごすことが当たり前になってしばらく経ったある日の昼休み。
 豊は別のクラスの女子に話しかけられた。
「相良豊くん、だよね? ちょっと話があるんだけどいいかな?」
 焦げ茶のストレートロングの女子。
 学年は同じだから見かけたことくらいはある気はしたが、名前も知らない相手だった。
「何だよ、告白かぁ? 豊、隅に置けないなぁ」
 近くにいた友人がからかうけれど、キッと睨んだ女子に「おお怖っ!」とすぐさま退散してしまう。
「そんなんじゃないから。でも大事な話なの」
「……分かった」
 知らない相手でも、大事な話だというなら聞かないわけにもいかないだろう。
 真剣な彼女の様子に、豊は付いて行くことを選んだ。

 連れて来られたのは美術室。
 何度も来ている場所だけれど、この時間に来たことはなかったためかどこか居心地が悪い。
「早速だけど……あなた、早瀬と仲良いみたいね? どういうつもり?」
「どういうって……」
 単刀直入過ぎて二の句が継げない。
 大体まずは名乗るべきではないだろうか?
「私、早瀬の友達――だったの」
「だった?」
「仕方ないじゃない。あの子、芸術病になった途端迷惑かけたくないからって友達止めるなんて言い出したんだもの」
 お互い辛くなるから近付かない様にしよう、と早瀬は言ったらしい。
「早瀬は優しい子だから、私が辛い思いをするって離れて行ったの。それでも側にいたら、逆にあの子を傷つけることになると思って私も離れたんだよ」
 苦し気にうつむき話した彼女は、キッと豊を睨み上げた。
「でも、あなたはあの子の側にいる。それがどういうことなのか、ちゃんと分かっているの⁉」
「……分かってるよ」
 友達ではなくなっても、こうして早瀬に近付く人間がいれば気に掛けるほど大事に思っているのだろう。
 それが分かったから、豊も真面目に答えた。
「分かってるよ。分かっていて、側にいるんだ」
「……覚悟もあるってこと?」
「ああ」
 見極めるように睨み上げてくる少女の眼差しを受け止める。
 早瀬の側にいるということの意味。
 全部、ちゃんと分かっていて、覚悟もあるのだと示すために。
「……分かった。なら、私がとやかく言うことじゃないんだね」
 しばらくして納得したのか、彼女は力を抜いた。
 そして、悲しそうに微笑んで最後に告げる。
「じゃあ、早瀬を頼むね」
 思いの形は違っても、早瀬という少女を大切に思う者同士。
 豊はその頼みを受け止めるように「……ああ」と頷いた。