どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。
集団生活とは残酷だ。強い者だけが生き残る。その素質を持たない者は、空気も同然だ。そうでなければ、生者の負の感情の受け皿になることでしか、生き延びることは出来ない。
私が後者を選んだのは、小学校に入学して間もない頃だった。厳密には、選んだ訳では無い。選ぶ余地など無く、こちら側にならざるを得なかった。存在を証明することが出来るならそれで良い。『受け皿』を甘く見ていた。
実際は、空気よりずっと苦しい。
もう随分前に与えられたこのポジションは、高校生になった今でも変わらない。
最初の頃は、悪口もハブりもなんてこと無かった。私には味方がいた。2つ年上の、向かいに住むお兄さん。彼はギターがとても上手だった。彼はいつでも、私の横で、私の好きな曲を弾いてくれた。彼の家に行っては、縋るようにその音色を聴く毎日。彼の紡ぐ音だけが、私を闇から救い出してくれる唯一の光だった。それ見失わないように、必死だった。
しかし、時間は無情にも過ぎる。学年が上がる毎に、会う回数は減って行った。彼が高校に入学する頃には、もうその姿を見ることも無くなった。
近くに居るはずの君が、とても遠かった。
彼が居なくなってからも、いじめは続いた。いつか終わると思っていた。しかし、終るどころか、歳を追うごとに悪化して行った。
はじめ、味方だと言って私の側にいた友達も、どんどん離れて行った。
彼女らが掛けてくれていた言葉達は、空虚な幻想だったのだと気づいた。
意味の無い偶像崇拝は、もうやめにしようと思った。私を救ってくれる人など、もうどこにも居ないのだ。
気づいた時には、私は一人ぼっちだった。教室も、家も、自分の部屋さえも、居心地が悪かった。授業中も休み時間も、苦しくて倒れそうだった。
そして私は、教室から逃げ出した。
もう全部終わらせようと思った。
私が消えたところで、誰も何も思わない。
私は、誰からも必要とされていない。
走って走って、人気のない場所に来た。旧校舎の4階。特別教室の並ぶこの階は、普段人が寄り付くことは無い。カツカツと、コンクリートを踏む私の足音だけが弱々しく響く。
少し歩いた所で、違う音が聞こえてきた。
ギターだ。
1番奥の部屋から聞こえてくるその音は、どこか懐かしい感じがした。
音に導かれるように、音楽室へと足を踏み入れた。その部屋は、私の大好きな音に満たされていた。
窓際には、暖かい日差しに照らされた懐かしい後ろ姿があった。優しい風がその髪を揺らす。振り向いた彼が咄嗟に口を開いた。
懐かしい声が、私の名前を呼んだ。
家族以外に名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。
生暖かいものが私の頬を伝う。いつしか枯れ果てたそれは、押し込んでいた無数の感情たちと共に、とめどなく溢れた。こんなに溜まっていたんだと、自分でも驚く程に。
苦しい、辛い、もう全部終わらせてしまいたい。
暗い感情が溢れて止まらない。
『受け皿』にも負の感情はある。それらは行き場を無くし、静かに、それでいて確実に、『受け皿』の心を蝕んで行くのだ。
彼は、泣きじゃくる私を優しく包み込んだ。彼の腕の中はとても居心地が良く、暖かかった。
それからどのくらいの時間が経ったのだろう。私が泣き止むその時まで、優しい彼の腕は、窓からの光と共に私を包み続けた。
忙しない他の教室とは裏腹に、この部屋だけは、ゆっくりと時間が流れていく。
まるでこの世界に、私と彼の2人だけしか居ないような、不思議な感覚だった。
彼は、溢れ出した私の感情を全て受け止めてくれた。
そして、あの頃のように、私の横で私の好きな曲を弾いてくれた。
聴き慣れていたはずのその音は、あの頃よりもずっと優しく私の心に響き、満たして行く。
私の『しるべぼし』はいつでも、暗闇の中で私を見つけ、その柔らかな光で照らしてくれる。
少しだけ息がしやすくなった気がした。
集団生活とは残酷だ。強い者だけが生き残る。その素質を持たない者は、空気も同然だ。そうでなければ、生者の負の感情の受け皿になることでしか、生き延びることは出来ない。
私が後者を選んだのは、小学校に入学して間もない頃だった。厳密には、選んだ訳では無い。選ぶ余地など無く、こちら側にならざるを得なかった。存在を証明することが出来るならそれで良い。『受け皿』を甘く見ていた。
実際は、空気よりずっと苦しい。
もう随分前に与えられたこのポジションは、高校生になった今でも変わらない。
最初の頃は、悪口もハブりもなんてこと無かった。私には味方がいた。2つ年上の、向かいに住むお兄さん。彼はギターがとても上手だった。彼はいつでも、私の横で、私の好きな曲を弾いてくれた。彼の家に行っては、縋るようにその音色を聴く毎日。彼の紡ぐ音だけが、私を闇から救い出してくれる唯一の光だった。それ見失わないように、必死だった。
しかし、時間は無情にも過ぎる。学年が上がる毎に、会う回数は減って行った。彼が高校に入学する頃には、もうその姿を見ることも無くなった。
近くに居るはずの君が、とても遠かった。
彼が居なくなってからも、いじめは続いた。いつか終わると思っていた。しかし、終るどころか、歳を追うごとに悪化して行った。
はじめ、味方だと言って私の側にいた友達も、どんどん離れて行った。
彼女らが掛けてくれていた言葉達は、空虚な幻想だったのだと気づいた。
意味の無い偶像崇拝は、もうやめにしようと思った。私を救ってくれる人など、もうどこにも居ないのだ。
気づいた時には、私は一人ぼっちだった。教室も、家も、自分の部屋さえも、居心地が悪かった。授業中も休み時間も、苦しくて倒れそうだった。
そして私は、教室から逃げ出した。
もう全部終わらせようと思った。
私が消えたところで、誰も何も思わない。
私は、誰からも必要とされていない。
走って走って、人気のない場所に来た。旧校舎の4階。特別教室の並ぶこの階は、普段人が寄り付くことは無い。カツカツと、コンクリートを踏む私の足音だけが弱々しく響く。
少し歩いた所で、違う音が聞こえてきた。
ギターだ。
1番奥の部屋から聞こえてくるその音は、どこか懐かしい感じがした。
音に導かれるように、音楽室へと足を踏み入れた。その部屋は、私の大好きな音に満たされていた。
窓際には、暖かい日差しに照らされた懐かしい後ろ姿があった。優しい風がその髪を揺らす。振り向いた彼が咄嗟に口を開いた。
懐かしい声が、私の名前を呼んだ。
家族以外に名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。
生暖かいものが私の頬を伝う。いつしか枯れ果てたそれは、押し込んでいた無数の感情たちと共に、とめどなく溢れた。こんなに溜まっていたんだと、自分でも驚く程に。
苦しい、辛い、もう全部終わらせてしまいたい。
暗い感情が溢れて止まらない。
『受け皿』にも負の感情はある。それらは行き場を無くし、静かに、それでいて確実に、『受け皿』の心を蝕んで行くのだ。
彼は、泣きじゃくる私を優しく包み込んだ。彼の腕の中はとても居心地が良く、暖かかった。
それからどのくらいの時間が経ったのだろう。私が泣き止むその時まで、優しい彼の腕は、窓からの光と共に私を包み続けた。
忙しない他の教室とは裏腹に、この部屋だけは、ゆっくりと時間が流れていく。
まるでこの世界に、私と彼の2人だけしか居ないような、不思議な感覚だった。
彼は、溢れ出した私の感情を全て受け止めてくれた。
そして、あの頃のように、私の横で私の好きな曲を弾いてくれた。
聴き慣れていたはずのその音は、あの頃よりもずっと優しく私の心に響き、満たして行く。
私の『しるべぼし』はいつでも、暗闇の中で私を見つけ、その柔らかな光で照らしてくれる。
少しだけ息がしやすくなった気がした。