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『神奈川県が自殺禁止区域に指定されてから1年が経ちました。昨日の自殺者も0人。これで自殺禁止区域では1年連続で自殺者が出ていないことになります』

「また死ねなかった」

 いよいよ信じざるを得ない。
 自殺禁止区域で自殺することは不可能だという事実を。
 頭を切り替えて受け入れるしかないようだ。

 目に浮かぶ白髪の少女。
 大きな瞳は青く輝き、目を合わせただけで吸い込まれてしまいそうな感覚になった。
 大胆に肩を露出した大人っぽい白のワンピースを身に纏っていて、背中まで伸びた白髪とよく合っていた。

 彼女との口論の中でオレは「この世界で生きていく意味がない」と言った。
 自分でも気がついていなかったけれど、どうやらオレは生きていると実感できる何かを求めていたのかもしれない。

 空っぽのオレが心から生きていると実感できる何かを。

「ねぇ直斗、そろそろ話し掛けても平気?」

 声を掛けられ、ベランダに視線を向けると、そこには例の白髪の少女が立っていた。
 少女の背後から太陽の日差しが差込んでいて神々しく輝いている。

 少女はオレの許可なく家に上がり込むと、右手をグーにしてオレの口元まで勢いよく伸ばしてきた。

「ッ!?」

 殴られると勘違いしたオレは反射的に仰け反る。

「もう、出会ってすぐ殴らないってば」

 くすくすと少女が可愛らしく笑う。
 そんなこと言われたって誰でも顔の前に拳が飛んできたら避けるだろう。

「気を取り直しまして。まずは、100メートルもある橋から落ちた感想を一言でどうぞ」

「どうぞって言われてもな」

「怖くはなかったですか? 落ちた瞬間に後悔はしませんでしたか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 食い気味に質問攻めにしてくる少女と距離を取るべく両腕を伸ばす。

「君は誰なんだ? シロなのか?」

 オレの名前を知っていたことと、オレがシロと呼んでも否定しなかったことから白髪の少女=シロと結びつけた。

「そういえばまだ名乗ってなかったね。私はリヴと言います。直斗が知っているシロは私のもう一つの姿です」

 そう言うとリヴはパチンと指を鳴らした。
 すると、たちまちオレが知っている白猫のシロへと変身してしまった。

「ナー、ナー」

 普段のシロのように可愛く鳴いてみせたリヴ。

「こんなことってありかよ」

 開いた口が塞がらないとは正にこのことだろう。
 常識の枠に囚われていては話が進まない。オレの目に見えているものが全て真実だ。

「というわけで私はお腹が空きました。直斗、ハンバーガーを食べに行きましょう♪ 私は今、物凄くハンバーガーが食べたい気分です!」

 白髪の少女の姿に戻ったリヴが小さな子供のようにはしゃいでオレの腕を引っ張った。

「転ぶからそんなに強く引っ張るなってば! 待って、靴! せめて靴を履かせてくれ!!」

 展開が飛躍しすぎてもうオレの頭ではついていけない。
 タイムリープだけでも2周してようやく受け入れることができたのに猫に変身できる少女だなんて。

 絶賛混乱中のオレは、無邪気な少女にされるがまま近所のハンバーガーショップに向かうのだった。