2日後に部長の奥様から連絡があった。先方の飯塚奈緒さんも交際を希望しているとのことだった。奈緒さんの携帯の電話番号を教えてくれたので、僕の携帯の番号を知らせた。
その日の夜、帰宅してから教えてもらった奈緒さんの携帯へ電話を入れた。9時近かったが、番号が知らされていたようで、すぐに出てくれた。それで次に会う約束をした。彼女は自宅へ来て父親にも会ってほしいと言った。
そんな申し出をされるとは思ってもみなかったが、すぐに承諾した。彼女の家で二人にしてもらえれば周囲にかまわずに話せるし、自宅を見て置くことも、父親がどういう人物か知っておくことも交際が進めばいずれはしなくてはいけないことだ。確かにその方が手っ取り早い。
それで、土曜日の午後2時に訪ねることにした。自宅の住所は履歴書に書いてあった。駅から徒歩10分と聞いていた。事前に地図アプリとグーグルビューで見ておいた。お見合いのために部長のお宅を訪問した時とは違って随分気合が入っている。
◆ ◆ ◆
土曜日の午後1時30分には藤が丘駅に着いた。今回は乗り換えも容易で時間どおりに来ることができた。駅前のケーキ屋さんでケーキの詰め合わせを買って家へ向かう。
ここは郊外の住宅地で良いところだが、都心への通勤には大変そうだ。通勤電車が非常に混んでいると聞いている。
彼女の家はすぐに見つかった。まだ、2時まで時間があるので、そのあたりを散策した。すぐ近くに小さな公園があった。母親が子供を遊ばせている。丁度、奈緒さんくらいの年齢かもしれない。彼女も母親になっていても可笑しくない年齢だ。
丁度、2時に玄関チャイムを鳴らす。すぐに玄関ドアが開いて、母親と彼女が迎えに出てくれた。手土産を渡して玄関を入る。
他人の家を訪問するときにはその家の匂いが気になる。すぐにそのにおいには慣れるというか感じなくなるが、始めの印象はそのにおいだ。不快なにおいではなかった。
リビングへ通されると父親が立ち上がって僕に挨拶した。いやみのない柔和な印象だった。母親もあの仲人の土田さんのような出しゃばったところがない控え目な人だった。
「よくいらっしゃいました。父親の飯塚《いいづか》正人《まさと》です」
「初めまして、植田健二です」
勧められてソファーに座った。母親と彼女がコーヒーを入れてくれている。良い匂いだ。父親はなにも言わずに僕を見ている。コーヒーが僕の前に出された。僕から離れて隣に奈緒さんが座った。斜め前に父親が、正面に母親が座っている。面白い座り方になっている。
何から話したらいいのか分からないので、コーヒーを飲んだ。僕はコーヒーにはうるさいというか、好きだ。豆を買ってきていつもドリップで入れて飲んでいる。
「このコーヒーはとても美味しいですね。今まで飲んだ中で一番かもしれません。ブレンドはなんですか? ブルーマウンテンかな」
「ブルーマウンテンミックスです」
「当たっていた。僕はコーヒーが好きでいつも豆を挽いて飲んでいます」
「私もコーヒーが好きでいつも飲んでいます。これはこの近くにある焙煎している専門店で買ってきました」
「入れかたも上手だと思います」
「奈緒が入れたのですよ」
「コーヒーが好きだなんて、お見合いの時には一言も言わなかったですね」
「あなたも聞きませんでしたし、話しませんでした」
「まだまだお互いに知らないことばかりですね」
それからは話が弾んだ。父親は僕に会社の事業内容と行っている仕事、帰宅時間、休日と休暇などについて聞いていた。僕も父親の会社の話と役職を聞いた。通信機器の会社の人事部長をしていると言っていた。それでしっかり面接されたと思った。
奈緒さんが頃合いを見て、二人で話したいから部屋に来てほしいと言った。両親がかまわないからと言うので、彼女の部屋に行った。
その部屋は2階にあった。階段を上がったところにトイレと洗面所があった。2階のもう一部屋は弟さんが使っていると言っていた。今日は出かけているという。
引き戸を開けて部屋に入ると8畳の畳敷きの和室だった。部屋の端の方に座り机が置かれている。また、和室といっても床の間や掛け軸があるわけではない。押し入れもなくクローゼットになっていた。ただ、窓は障子になっていた。
部屋の真ん中に座卓があって座布団が2枚用意されていた。机の上にはお盆にポット、急須、お茶碗が載せてある。促されて座布団に座った。今度はお茶を入れてくれる。入れてくれたお茶もとても美味しい。
「和室なんだね。そういえば君のイメージに合っているかも知れない」
「そうですか? 弟が洋室を使っていますが、ベッドだと部屋が狭くなりますし、お掃除もしにくいので」
「お布団で寝ているの?」
「その方が落ち着いて眠れますので」
「家具も和風なんだ。その机とてもいいね、それにスタンドも」
「本が落ち着いて読めます」
「趣味は読書だったね。どんな本を読んでいるの?」
「いろいろです。推理小説から恋愛小説、エッセイなんでもです」
「音楽は聞かないの?」
「テンポの速い曲は苦手です。どちらかというとゆっくりしたテンポの曲を聞いています」
「クラシックとか?」
「聞きますが、人気のあるヒット曲も聞いています。ヒットしている曲はそれなりに理由があってやはり良い曲が多いと思います。スマホに入れて何も考えたくないときに聞いています」
「何も考えたくない時って?」
「仕事や人付き合いに行き詰ったときです」
「僕はそんなときには気の合った友人と飲んで愚痴を言い合ったりしているけど」
「男の人はそれができるからいいですね」
「女子も最近は女子会とかやっていると聞くけど」
「私の周りには愚痴を言い合えるような同じ年代の人が少ないので。それに会社の人には話し辛いことがありますから」
「ご両親には相談しないの?」
「あまり深刻な相談をすると心配をかけますからしないようにしています」
「お父さんとはあまり話をしない?」
「いえ、大切なことは相談しています」
「人事部長をしているとか聞いたけど、いろんな人を見ているから、頼りになると思う」
「結構、貴重なアドバイスをしてくれます」
「僕をどう見ておられたか、実は心配している」
「まだ聞いていませんが、悪い印象は持たなかったと思います」
「気に入れられたかな?」
「まあ、反対はしないと言うところでしょうか? 断る理由はないと思います」
「それはあなたの意見ですか?」
「同じだと思います」
「欠点がないという理解でいいのかな? じゃあ、良いところは?」
「それがよく分からないのです。どこが良いところなのか」
「分からない」
「あまり、男の人とお付き合いしたことがないので」
「会社では周りは年配の人ばかりと言っていましたが、彼らも男でしょう」
「そういう意味では、あなたの方がずっと良い人だと思います。結構、癖のあるおじさんが多いですから」
「お母さんは何と言っている?」
「母も悪い印象は持っていません。私が判断しなさいと言っています」
「君次第ということか?」
「実は父と母は見合い結婚なのです」
「それで君も見合い結婚する気になったのか?」
「それもあります。父と母は仲がよくて喧嘩しているのを小さい時から見たことがありません」
「それはお父さんが亭主関白で、お母さんがただ従っているだけではないの?」
「いえ、母も結構、父には言いたいことは言っています。父はそれをちゃんと聞いています」
「うまくいっているんだ。俗にいう仮面夫婦ではないんだ」
「そう信じています」
「お母さんは穏やかな人だね。君は母親に似ていると言われない?」
「そうかもしれません。私は母も好きです。でも大人になったので適当な距離を保つようにしています」
「どうして」
「あまり、甘えてはいけないと思って、いずれは家を出なければなりませんから、精神的に自立しないといけないと思っています」
「十分に自立していると思うけど」
「そうじゃないんです。このごろは落ち込むことも多いです」
「相談にのるよ」
「ありがとうございます。男性の方が考え方が論理的で多面的だと思いますから」
「いや、女性の方が考え方がシビヤーだと思っているけどね。男は相手の立場を思いやったりして情に流されるところがある」
次々と話が続いた。打ち解けて本音で話ができたと思う。彼女も本音を話してくれたと思っている。時計を見ると4時少し前になっているのでお暇することにした。
今日は彼女の家を訪ねて本当に良かった。街で会って数回デートするよりもお互いの理解が深まったと思った。
自宅に帰ってから7時過ぎに部長へ彼女の家を訪ねてご両親に会ってきたことを伝えておいた。あと1、2回会ったらどうするか決めようと思っていると伝えた。
その日の夜、帰宅してから教えてもらった奈緒さんの携帯へ電話を入れた。9時近かったが、番号が知らされていたようで、すぐに出てくれた。それで次に会う約束をした。彼女は自宅へ来て父親にも会ってほしいと言った。
そんな申し出をされるとは思ってもみなかったが、すぐに承諾した。彼女の家で二人にしてもらえれば周囲にかまわずに話せるし、自宅を見て置くことも、父親がどういう人物か知っておくことも交際が進めばいずれはしなくてはいけないことだ。確かにその方が手っ取り早い。
それで、土曜日の午後2時に訪ねることにした。自宅の住所は履歴書に書いてあった。駅から徒歩10分と聞いていた。事前に地図アプリとグーグルビューで見ておいた。お見合いのために部長のお宅を訪問した時とは違って随分気合が入っている。
◆ ◆ ◆
土曜日の午後1時30分には藤が丘駅に着いた。今回は乗り換えも容易で時間どおりに来ることができた。駅前のケーキ屋さんでケーキの詰め合わせを買って家へ向かう。
ここは郊外の住宅地で良いところだが、都心への通勤には大変そうだ。通勤電車が非常に混んでいると聞いている。
彼女の家はすぐに見つかった。まだ、2時まで時間があるので、そのあたりを散策した。すぐ近くに小さな公園があった。母親が子供を遊ばせている。丁度、奈緒さんくらいの年齢かもしれない。彼女も母親になっていても可笑しくない年齢だ。
丁度、2時に玄関チャイムを鳴らす。すぐに玄関ドアが開いて、母親と彼女が迎えに出てくれた。手土産を渡して玄関を入る。
他人の家を訪問するときにはその家の匂いが気になる。すぐにそのにおいには慣れるというか感じなくなるが、始めの印象はそのにおいだ。不快なにおいではなかった。
リビングへ通されると父親が立ち上がって僕に挨拶した。いやみのない柔和な印象だった。母親もあの仲人の土田さんのような出しゃばったところがない控え目な人だった。
「よくいらっしゃいました。父親の飯塚《いいづか》正人《まさと》です」
「初めまして、植田健二です」
勧められてソファーに座った。母親と彼女がコーヒーを入れてくれている。良い匂いだ。父親はなにも言わずに僕を見ている。コーヒーが僕の前に出された。僕から離れて隣に奈緒さんが座った。斜め前に父親が、正面に母親が座っている。面白い座り方になっている。
何から話したらいいのか分からないので、コーヒーを飲んだ。僕はコーヒーにはうるさいというか、好きだ。豆を買ってきていつもドリップで入れて飲んでいる。
「このコーヒーはとても美味しいですね。今まで飲んだ中で一番かもしれません。ブレンドはなんですか? ブルーマウンテンかな」
「ブルーマウンテンミックスです」
「当たっていた。僕はコーヒーが好きでいつも豆を挽いて飲んでいます」
「私もコーヒーが好きでいつも飲んでいます。これはこの近くにある焙煎している専門店で買ってきました」
「入れかたも上手だと思います」
「奈緒が入れたのですよ」
「コーヒーが好きだなんて、お見合いの時には一言も言わなかったですね」
「あなたも聞きませんでしたし、話しませんでした」
「まだまだお互いに知らないことばかりですね」
それからは話が弾んだ。父親は僕に会社の事業内容と行っている仕事、帰宅時間、休日と休暇などについて聞いていた。僕も父親の会社の話と役職を聞いた。通信機器の会社の人事部長をしていると言っていた。それでしっかり面接されたと思った。
奈緒さんが頃合いを見て、二人で話したいから部屋に来てほしいと言った。両親がかまわないからと言うので、彼女の部屋に行った。
その部屋は2階にあった。階段を上がったところにトイレと洗面所があった。2階のもう一部屋は弟さんが使っていると言っていた。今日は出かけているという。
引き戸を開けて部屋に入ると8畳の畳敷きの和室だった。部屋の端の方に座り机が置かれている。また、和室といっても床の間や掛け軸があるわけではない。押し入れもなくクローゼットになっていた。ただ、窓は障子になっていた。
部屋の真ん中に座卓があって座布団が2枚用意されていた。机の上にはお盆にポット、急須、お茶碗が載せてある。促されて座布団に座った。今度はお茶を入れてくれる。入れてくれたお茶もとても美味しい。
「和室なんだね。そういえば君のイメージに合っているかも知れない」
「そうですか? 弟が洋室を使っていますが、ベッドだと部屋が狭くなりますし、お掃除もしにくいので」
「お布団で寝ているの?」
「その方が落ち着いて眠れますので」
「家具も和風なんだ。その机とてもいいね、それにスタンドも」
「本が落ち着いて読めます」
「趣味は読書だったね。どんな本を読んでいるの?」
「いろいろです。推理小説から恋愛小説、エッセイなんでもです」
「音楽は聞かないの?」
「テンポの速い曲は苦手です。どちらかというとゆっくりしたテンポの曲を聞いています」
「クラシックとか?」
「聞きますが、人気のあるヒット曲も聞いています。ヒットしている曲はそれなりに理由があってやはり良い曲が多いと思います。スマホに入れて何も考えたくないときに聞いています」
「何も考えたくない時って?」
「仕事や人付き合いに行き詰ったときです」
「僕はそんなときには気の合った友人と飲んで愚痴を言い合ったりしているけど」
「男の人はそれができるからいいですね」
「女子も最近は女子会とかやっていると聞くけど」
「私の周りには愚痴を言い合えるような同じ年代の人が少ないので。それに会社の人には話し辛いことがありますから」
「ご両親には相談しないの?」
「あまり深刻な相談をすると心配をかけますからしないようにしています」
「お父さんとはあまり話をしない?」
「いえ、大切なことは相談しています」
「人事部長をしているとか聞いたけど、いろんな人を見ているから、頼りになると思う」
「結構、貴重なアドバイスをしてくれます」
「僕をどう見ておられたか、実は心配している」
「まだ聞いていませんが、悪い印象は持たなかったと思います」
「気に入れられたかな?」
「まあ、反対はしないと言うところでしょうか? 断る理由はないと思います」
「それはあなたの意見ですか?」
「同じだと思います」
「欠点がないという理解でいいのかな? じゃあ、良いところは?」
「それがよく分からないのです。どこが良いところなのか」
「分からない」
「あまり、男の人とお付き合いしたことがないので」
「会社では周りは年配の人ばかりと言っていましたが、彼らも男でしょう」
「そういう意味では、あなたの方がずっと良い人だと思います。結構、癖のあるおじさんが多いですから」
「お母さんは何と言っている?」
「母も悪い印象は持っていません。私が判断しなさいと言っています」
「君次第ということか?」
「実は父と母は見合い結婚なのです」
「それで君も見合い結婚する気になったのか?」
「それもあります。父と母は仲がよくて喧嘩しているのを小さい時から見たことがありません」
「それはお父さんが亭主関白で、お母さんがただ従っているだけではないの?」
「いえ、母も結構、父には言いたいことは言っています。父はそれをちゃんと聞いています」
「うまくいっているんだ。俗にいう仮面夫婦ではないんだ」
「そう信じています」
「お母さんは穏やかな人だね。君は母親に似ていると言われない?」
「そうかもしれません。私は母も好きです。でも大人になったので適当な距離を保つようにしています」
「どうして」
「あまり、甘えてはいけないと思って、いずれは家を出なければなりませんから、精神的に自立しないといけないと思っています」
「十分に自立していると思うけど」
「そうじゃないんです。このごろは落ち込むことも多いです」
「相談にのるよ」
「ありがとうございます。男性の方が考え方が論理的で多面的だと思いますから」
「いや、女性の方が考え方がシビヤーだと思っているけどね。男は相手の立場を思いやったりして情に流されるところがある」
次々と話が続いた。打ち解けて本音で話ができたと思う。彼女も本音を話してくれたと思っている。時計を見ると4時少し前になっているのでお暇することにした。
今日は彼女の家を訪ねて本当に良かった。街で会って数回デートするよりもお互いの理解が深まったと思った。
自宅に帰ってから7時過ぎに部長へ彼女の家を訪ねてご両親に会ってきたことを伝えておいた。あと1、2回会ったらどうするか決めようと思っていると伝えた。