家に帰ってお風呂に入って上がったところで携帯が鳴った。奈緒からだった。
「飯塚です。プロポーズのお返事をしたいのですが」
「それで、受けてくれの?」
「お電話では失礼かと思いますが?」
「そうかな、確かにそうだね。飯塚さんの都合は?」
「明日でも大丈夫です」
「それなら、明日の日曜日、12時に二子玉川のイタリアンレストランでどうかな?」
「承知しました。伺います」
奈緒は帰ってからすぐに電話してきた。電話では返事が聞けなかった。受けてくれるのだろうか? もし断るなら電話で断るに違いない。だから、希望が持てる。でも心配でなかなか寝つけなかった。僕は相当に奈緒に惚れている。
◆ ◆ ◆
朝、早く目が覚めた。早いと思ったが9時を過ぎていた。今日はレストランに早く行って待っていよう。予約もしていないので早く行くに限る。席が取れなかったら大変だ。
11時30分にレストランについた。幸いまだ空席が幾つかあった。席について、12時にもう一人来るからと言ってコーヒーを注文した。
奈緒は11時45分にレストランに到着した。僕が昨晩の席と同じ席に座っているのが分かると笑みが見えた。
「遅くなりました」
「いや、約束の時間よりずいぶん早く着いている。僕は君より先に来ようと早めに来た。早速だけど返事を聞かせてくれる?」
「昨晩はありがとうございました。あれから帰って両親に植田さんからプロポーズされたことを話しました」
「ご両親はなんて?」
「良かったと喜んでくれました。そして私の気持ちに素直に従いなさいと言ってくれました」
「それで?」
「プロポーズ、喜んでお受けします。ありがとうございます」
「そうか、ありがとう。それじゃあ、食事が済んだらすぐに二人で指輪を買いに行こう」
「急ですね」
「昨日は指輪が間に合わなかったから」
「ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
銀座のジュエリーショップを何軒かまわって婚約指輪を選んでもらった。婚約指輪は給料の3か月分と聞いたことがある。
奈緒は好きなデザインだと言ってリングにダイヤがちりばめられているタイプを選んだ。丁度指に合うサイズがあったので、買ってそのまま指につけてもらって帰ってきた。給料の1.3か月分だった。高価なものは遠慮したのかもしれない。彼女らしいと思った。
奈緒が疲れているようなので、どこかで一息入れようと提案した。それで、もしよければ僕のマンションに来ないかと誘った。その後、近くのレストランで食事をしようと提案した。奈緒は約束を守ってもらえるのなら構わないと言った。
それで洗足池にある僕のマンションへ案内した。もし奈緒が承知したら連れてきても良いように、朝から綺麗に掃除しておいた。1LDKだからそんなに大変でもない。
駅を降りてマンションに近づくにつれて、奈緒が緊張するのが手に取るように分かった。エントランスでキーをボードにかざしてドアを開けて中に入る。エレベーターで3階へ、303号室が僕の部屋だ。ドアを開いて奈緒を招き入れる。
「ここがリビングダイニングだ。8畳くらいあるかな。結婚しても二人ならここに住んでもいいかなと思っている。狭いけど部屋を案内しよう、見てくれる?」
リビングには横になれる3人掛けのソファー、座卓、大型テレビを置いている。
僕はキッチン、バスルーム、トイレ、寝室を案内した。寝室にはセミダブルの大きめのベッド、本棚、椅子と机、その上にラップトップパソコンとプリンターが置いてある。奈緒が嫌がると思って中には入らなかった。
奈緒はひととおり見てくれた。それから僕はコーヒーを入れた。奈緒はソファーに座ってそれを見ている。
「コーヒーがお好きなんですね」
「ああ、僕は駅前のコーヒーショップで豆を買ってきて飲んでいる。美味しいブレンドを売っているから。でも君の入れてくれたブルーマウンテンミックスには及ばないけど」
カップとソーサーのセットは3組ほど買いそろえてある。毎日気分を変えて飲むためだ。コーヒーを入れて奈緒の前の座卓に置いた。僕は奈緒の前の床に座った。座卓の下には厚手の絨毯が敷いてある。食事をするときには座って食べている。
「このコーヒーカップ、なかなかいいですね」
「出張に行ったときに、駅の土産物売り場で気に入ったものがあると買ってきている」
「私も気に入ったセットをいくつか持っています」
「コーヒーが好きなんだね。好きだとカップにも拘ってくるから。飲んでみて」
「美味しいブレンドですね」
「お気に入りのブレンド、モカミックスだ」
「こういう味が好きなんですね」
コーヒーを飲み終えると、僕は奈緒の座っているソファーに少し離れて座った。奈緒は落ち着かない様子で、すぐに立ち上がってベランダの方へ行って外を見た。
「いい景色ですね。洗足池公園が見えますね」
「ああ、春は桜がとても綺麗だ」
僕は立ち上がって奈緒のところへ行った。後姿を見ていると抱きしめたい衝動に駆られる。我慢できなくて抱き締めてしまった。奈緒は飛び上がるほど驚いた。
「やめて下さい。約束を守って下さい」
奈緒が嫌がるのは分かっていたが、衝動を抑えきれなかった。奈緒が抵抗すると本能的にますます力が入る。抱き締めていれば抵抗は収まると思っていたが、奈緒は抵抗を止めなかた。
華奢な身体だった。一瞬、力づくで彼女を自分のものにすることができると思った。でも思いとどまった。力を抜いて彼女を放した。
奈緒は泣きながら「約束を守れない人とは結婚できません」と言って部屋から走って出て行った。僕は「こんなに好きになのになぜ受け入れてくれないんだ」と叫んでいた。
約束を破った僕が悪かったのか、なぜ、僕を受け入れてくれないのだろう。僕は彼女を追いかけることができなかった。
「飯塚です。プロポーズのお返事をしたいのですが」
「それで、受けてくれの?」
「お電話では失礼かと思いますが?」
「そうかな、確かにそうだね。飯塚さんの都合は?」
「明日でも大丈夫です」
「それなら、明日の日曜日、12時に二子玉川のイタリアンレストランでどうかな?」
「承知しました。伺います」
奈緒は帰ってからすぐに電話してきた。電話では返事が聞けなかった。受けてくれるのだろうか? もし断るなら電話で断るに違いない。だから、希望が持てる。でも心配でなかなか寝つけなかった。僕は相当に奈緒に惚れている。
◆ ◆ ◆
朝、早く目が覚めた。早いと思ったが9時を過ぎていた。今日はレストランに早く行って待っていよう。予約もしていないので早く行くに限る。席が取れなかったら大変だ。
11時30分にレストランについた。幸いまだ空席が幾つかあった。席について、12時にもう一人来るからと言ってコーヒーを注文した。
奈緒は11時45分にレストランに到着した。僕が昨晩の席と同じ席に座っているのが分かると笑みが見えた。
「遅くなりました」
「いや、約束の時間よりずいぶん早く着いている。僕は君より先に来ようと早めに来た。早速だけど返事を聞かせてくれる?」
「昨晩はありがとうございました。あれから帰って両親に植田さんからプロポーズされたことを話しました」
「ご両親はなんて?」
「良かったと喜んでくれました。そして私の気持ちに素直に従いなさいと言ってくれました」
「それで?」
「プロポーズ、喜んでお受けします。ありがとうございます」
「そうか、ありがとう。それじゃあ、食事が済んだらすぐに二人で指輪を買いに行こう」
「急ですね」
「昨日は指輪が間に合わなかったから」
「ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
銀座のジュエリーショップを何軒かまわって婚約指輪を選んでもらった。婚約指輪は給料の3か月分と聞いたことがある。
奈緒は好きなデザインだと言ってリングにダイヤがちりばめられているタイプを選んだ。丁度指に合うサイズがあったので、買ってそのまま指につけてもらって帰ってきた。給料の1.3か月分だった。高価なものは遠慮したのかもしれない。彼女らしいと思った。
奈緒が疲れているようなので、どこかで一息入れようと提案した。それで、もしよければ僕のマンションに来ないかと誘った。その後、近くのレストランで食事をしようと提案した。奈緒は約束を守ってもらえるのなら構わないと言った。
それで洗足池にある僕のマンションへ案内した。もし奈緒が承知したら連れてきても良いように、朝から綺麗に掃除しておいた。1LDKだからそんなに大変でもない。
駅を降りてマンションに近づくにつれて、奈緒が緊張するのが手に取るように分かった。エントランスでキーをボードにかざしてドアを開けて中に入る。エレベーターで3階へ、303号室が僕の部屋だ。ドアを開いて奈緒を招き入れる。
「ここがリビングダイニングだ。8畳くらいあるかな。結婚しても二人ならここに住んでもいいかなと思っている。狭いけど部屋を案内しよう、見てくれる?」
リビングには横になれる3人掛けのソファー、座卓、大型テレビを置いている。
僕はキッチン、バスルーム、トイレ、寝室を案内した。寝室にはセミダブルの大きめのベッド、本棚、椅子と机、その上にラップトップパソコンとプリンターが置いてある。奈緒が嫌がると思って中には入らなかった。
奈緒はひととおり見てくれた。それから僕はコーヒーを入れた。奈緒はソファーに座ってそれを見ている。
「コーヒーがお好きなんですね」
「ああ、僕は駅前のコーヒーショップで豆を買ってきて飲んでいる。美味しいブレンドを売っているから。でも君の入れてくれたブルーマウンテンミックスには及ばないけど」
カップとソーサーのセットは3組ほど買いそろえてある。毎日気分を変えて飲むためだ。コーヒーを入れて奈緒の前の座卓に置いた。僕は奈緒の前の床に座った。座卓の下には厚手の絨毯が敷いてある。食事をするときには座って食べている。
「このコーヒーカップ、なかなかいいですね」
「出張に行ったときに、駅の土産物売り場で気に入ったものがあると買ってきている」
「私も気に入ったセットをいくつか持っています」
「コーヒーが好きなんだね。好きだとカップにも拘ってくるから。飲んでみて」
「美味しいブレンドですね」
「お気に入りのブレンド、モカミックスだ」
「こういう味が好きなんですね」
コーヒーを飲み終えると、僕は奈緒の座っているソファーに少し離れて座った。奈緒は落ち着かない様子で、すぐに立ち上がってベランダの方へ行って外を見た。
「いい景色ですね。洗足池公園が見えますね」
「ああ、春は桜がとても綺麗だ」
僕は立ち上がって奈緒のところへ行った。後姿を見ていると抱きしめたい衝動に駆られる。我慢できなくて抱き締めてしまった。奈緒は飛び上がるほど驚いた。
「やめて下さい。約束を守って下さい」
奈緒が嫌がるのは分かっていたが、衝動を抑えきれなかった。奈緒が抵抗すると本能的にますます力が入る。抱き締めていれば抵抗は収まると思っていたが、奈緒は抵抗を止めなかた。
華奢な身体だった。一瞬、力づくで彼女を自分のものにすることができると思った。でも思いとどまった。力を抜いて彼女を放した。
奈緒は泣きながら「約束を守れない人とは結婚できません」と言って部屋から走って出て行った。僕は「こんなに好きになのになぜ受け入れてくれないんだ」と叫んでいた。
約束を破った僕が悪かったのか、なぜ、僕を受け入れてくれないのだろう。僕は彼女を追いかけることができなかった。