昨晩の電話のことが気になったので、次の日の昼休みに奈緒に電話を入れた。奈緒はすぐに出てくれた。
「どうだった?」
「朝一番で上司にお話があるといって、会議室に二人で行って昨晩教えていただいたようにお話しました。周りに人がいましたが、かまわずに二人で会議室に入りました」
「それで」
「上司は分かった、なかったことにしてほしいと言いました。私は分かりましたとだけ言って一礼して出てきました」
「おそらく、これからは何も言ってこないし、セクハラもないと思う」
「困惑した表情が見て取れましたから、私もそう思いました。はっきり言って良かったです」
「安心した。あれから気になってしかたがなかった。それで、今週の土曜日に夕食でも一緒に食べないか? どうしても話したいことがある」
「それなら、今回のお礼に私に食事をご馳走させてください」
「そんなに気にしなくてもいいと思うけど。思いつきを言っただけだから」
「いえ、是非お礼をさせてください」
「分かった」
「二子玉川に美味しいイタリアンレストランがあります。由美さんに教えてもらって時々一緒に行っていました。値段も安いんです」
「それなら、お言葉に甘えようかな」
◆ ◆ ◆
土曜日が待ち遠しかった。6時に改札口の約束だったので早めに着いた。でも奈緒はもう来て待っていてくれた。
「悪いね。僕の方から招待したかった」
「招待される理由がありません」
「その理由は後から話す。行こう、そのレストランへ」
裏通りの小さなレストランだった。ピザとパスタがうまいと評判だと奈緒は行く途中に教えてくれた。
「何でもお好みで注文してください」
「僕はピザが大好きなんだ。だからミックスピザと生ビールをお願いします。そのあとでパスタはナポリタンでお願いします」
「ここにはナポリタンはありませんが、トマトベースのパスタでいいですか?」
「かまわない」
奈緒は始めにミックスピザとマルガリータピザ、それぞれに生ビールを注文してくれた。まず、ビールで乾杯。奈緒は上機嫌だ。
「本当に助かりました。やっぱり、男性の助言は的を射ていますね」
「僕がそうだったら一番困るからね。ありもしない変な噂が一番困る。出世したいとは思っていないが、噂になるのは良い気がしないから」
「それで社内の人とは付き合っていないのですね」
「付き合うことのリスクが高い。近くでよく見ているにしても当たりはずれは付き合ってみないと分からないからね」
「よっぽど付き合って痛い目に合っているみたいですが」
「君子危うきに近寄らず」
「社外の人だったら、そのリスクはないと」
「ずっとリスクは少ない。でも遊ぼうとかそういう気持ちは今までも一切ない。これは誓って言える。今まで素人の人とそんないいかげんな関係になったことは一度もない」
「というと玄人の人とはそういうことがあったということですか?」
「うーん、ノーコメントにしておこう。気になる?」
「気になります」
「割り切っていてどちらも傷つかないからね。それよりここのピザは美味しいね。生地がいい」
「パリッとした感じがなんともいえません。私も好きです」
話を逸らせた。奈緒は機嫌がいい。いつもはどこか憂いのあるまなざしを見せる時があるが今日は見えない。それに随分はっきりと言いたいことを言うようになってきた。僕の影響かもしれない。
ピザを食べ終わって、パスタがでてきた。奈緒も同じトマト―ベースの同じパスタを頼んでいた。
「私も実はナポリタンが好きなんです。このトマトの酸味が少し効いているのが好きです」
「ここはパスタも美味しいね。良いレストランだ」
食べ終わった。肝心なことを話さなければならない。
「今日は僕が食事に招待したかったけど、次回には伸ばせない。今言わないと気が済まないから」
「何ですか?」
「奈緒さん、僕と結婚してくれませんか? どうかお願します」
「ええ、それってプロポーズですか?」
「それ以外になにがある?」
「されたことがないので」
「間違いなく、これはプロポーズだ。聞くところによれば、指輪を準備してから言うみたいだけど、そういう心のゆとりと準備の時間がなかった。今これを言わないと手遅れになるような気がして、どうしても言いたかった。受けてくれれば明日にでも指輪を買いに行くつもりだけど」
「結婚を前提にしないお付き合いだったはずですが?」
「そうだけど、急に結婚したくなったから、プロポーズした」
「驚きました。嬉しいような、困ったというか? 突然のことなので気が動転しています」
「それで受けてくれるの? お願いします」
「ちょっと、待ってください。私で良いのですか? 急に結婚したいと思ったのでしょう。もう一度よく考えてからにしたらどうですか?」
「プロポーズには勢いが必要なんだ」
「勢いですか? 初めて聞きました。少し考えさせてもらえませんか?」
「そう言うと思っていた。もちろん待っている。今日はこれだけは言いたかったから、目的は達した。返事は後でもいいから」
「言ったら気が済んだのですか?」
「ああ、今のところ君にプロポーズしているのは僕だけだろう」
「そうですが」
「それで十分なんだ。これで第一交渉権は僕にある」
「まるで野球のドラフトみたいですが」
「返事をもらえるまで待っているから」
「ありがとうございます。できるだけ早くお返事します」
「良い返事を期待しているから。それで、この支払いは僕にさせてくれないか? プロポーズして奢ってもらったのでは恰好がつかないから」
「私がお礼にご招待したのですから、私に払わせて下さい」
「そうだな、じゃあ、割り勘にしょう。それならいいだろう」
「そうですね、そうしますか?」
僕たちは支払いを済ませて、店を出た。駅まで二人で歩いて、ホームで別れた。まだ、8時前だった。
「どうだった?」
「朝一番で上司にお話があるといって、会議室に二人で行って昨晩教えていただいたようにお話しました。周りに人がいましたが、かまわずに二人で会議室に入りました」
「それで」
「上司は分かった、なかったことにしてほしいと言いました。私は分かりましたとだけ言って一礼して出てきました」
「おそらく、これからは何も言ってこないし、セクハラもないと思う」
「困惑した表情が見て取れましたから、私もそう思いました。はっきり言って良かったです」
「安心した。あれから気になってしかたがなかった。それで、今週の土曜日に夕食でも一緒に食べないか? どうしても話したいことがある」
「それなら、今回のお礼に私に食事をご馳走させてください」
「そんなに気にしなくてもいいと思うけど。思いつきを言っただけだから」
「いえ、是非お礼をさせてください」
「分かった」
「二子玉川に美味しいイタリアンレストランがあります。由美さんに教えてもらって時々一緒に行っていました。値段も安いんです」
「それなら、お言葉に甘えようかな」
◆ ◆ ◆
土曜日が待ち遠しかった。6時に改札口の約束だったので早めに着いた。でも奈緒はもう来て待っていてくれた。
「悪いね。僕の方から招待したかった」
「招待される理由がありません」
「その理由は後から話す。行こう、そのレストランへ」
裏通りの小さなレストランだった。ピザとパスタがうまいと評判だと奈緒は行く途中に教えてくれた。
「何でもお好みで注文してください」
「僕はピザが大好きなんだ。だからミックスピザと生ビールをお願いします。そのあとでパスタはナポリタンでお願いします」
「ここにはナポリタンはありませんが、トマトベースのパスタでいいですか?」
「かまわない」
奈緒は始めにミックスピザとマルガリータピザ、それぞれに生ビールを注文してくれた。まず、ビールで乾杯。奈緒は上機嫌だ。
「本当に助かりました。やっぱり、男性の助言は的を射ていますね」
「僕がそうだったら一番困るからね。ありもしない変な噂が一番困る。出世したいとは思っていないが、噂になるのは良い気がしないから」
「それで社内の人とは付き合っていないのですね」
「付き合うことのリスクが高い。近くでよく見ているにしても当たりはずれは付き合ってみないと分からないからね」
「よっぽど付き合って痛い目に合っているみたいですが」
「君子危うきに近寄らず」
「社外の人だったら、そのリスクはないと」
「ずっとリスクは少ない。でも遊ぼうとかそういう気持ちは今までも一切ない。これは誓って言える。今まで素人の人とそんないいかげんな関係になったことは一度もない」
「というと玄人の人とはそういうことがあったということですか?」
「うーん、ノーコメントにしておこう。気になる?」
「気になります」
「割り切っていてどちらも傷つかないからね。それよりここのピザは美味しいね。生地がいい」
「パリッとした感じがなんともいえません。私も好きです」
話を逸らせた。奈緒は機嫌がいい。いつもはどこか憂いのあるまなざしを見せる時があるが今日は見えない。それに随分はっきりと言いたいことを言うようになってきた。僕の影響かもしれない。
ピザを食べ終わって、パスタがでてきた。奈緒も同じトマト―ベースの同じパスタを頼んでいた。
「私も実はナポリタンが好きなんです。このトマトの酸味が少し効いているのが好きです」
「ここはパスタも美味しいね。良いレストランだ」
食べ終わった。肝心なことを話さなければならない。
「今日は僕が食事に招待したかったけど、次回には伸ばせない。今言わないと気が済まないから」
「何ですか?」
「奈緒さん、僕と結婚してくれませんか? どうかお願します」
「ええ、それってプロポーズですか?」
「それ以外になにがある?」
「されたことがないので」
「間違いなく、これはプロポーズだ。聞くところによれば、指輪を準備してから言うみたいだけど、そういう心のゆとりと準備の時間がなかった。今これを言わないと手遅れになるような気がして、どうしても言いたかった。受けてくれれば明日にでも指輪を買いに行くつもりだけど」
「結婚を前提にしないお付き合いだったはずですが?」
「そうだけど、急に結婚したくなったから、プロポーズした」
「驚きました。嬉しいような、困ったというか? 突然のことなので気が動転しています」
「それで受けてくれるの? お願いします」
「ちょっと、待ってください。私で良いのですか? 急に結婚したいと思ったのでしょう。もう一度よく考えてからにしたらどうですか?」
「プロポーズには勢いが必要なんだ」
「勢いですか? 初めて聞きました。少し考えさせてもらえませんか?」
「そう言うと思っていた。もちろん待っている。今日はこれだけは言いたかったから、目的は達した。返事は後でもいいから」
「言ったら気が済んだのですか?」
「ああ、今のところ君にプロポーズしているのは僕だけだろう」
「そうですが」
「それで十分なんだ。これで第一交渉権は僕にある」
「まるで野球のドラフトみたいですが」
「返事をもらえるまで待っているから」
「ありがとうございます。できるだけ早くお返事します」
「良い返事を期待しているから。それで、この支払いは僕にさせてくれないか? プロポーズして奢ってもらったのでは恰好がつかないから」
「私がお礼にご招待したのですから、私に払わせて下さい」
「そうだな、じゃあ、割り勘にしょう。それならいいだろう」
「そうですね、そうしますか?」
僕たちは支払いを済ませて、店を出た。駅まで二人で歩いて、ホームで別れた。まだ、8時前だった。