約束したとおり、次の週の日曜日午後2時に二子玉川で待ち合わせて、多摩川の川べりを散歩した。
二子玉川は丁度二人の最寄り駅からは中間地点になる。どちらも30分くらいで着けるし、時間も読める好地点だ。
先週は上流へ歩いたので、下流へ歩いた。遠くに武蔵小杉のタワーマンション群が見える。週の始めに台風が来て大雨が降ったので、川の水は少なくない。
この時は何を話したかよく覚えていない。奈緒と2回もデートできたことが嬉しかったのと、この先どうしようかと考えていたからだと思う。でもこうして会って二人で話していると何となく心が休まった。奈緒もそうだと思う。
20分くらい歩いて、引き返してきた。それからコーヒーショップでコーヒーを飲んで別れた。来週もどうかと聞いたら、そうしましょうとの返事がもらえた。奈緒は母親に頼まれた買い物があると言ってデパートへ向かった。
◆ ◆ ◆
その週の水曜日、9時過ぎに奈緒が電話をかけてきた。今頃、それに彼女からかかってきたのは初めてだった。
「飯塚です。ご相談があります。今、よろしいですか?」
丁度、お風呂から上がったところでタイミングがよかった。
「何、なんでも相談にのるけど」
「1か月前に職場が変わったのですが、上司から交際を申し込まれました。最初に食事に誘われてお受けしたのが悪かったみたいです」
「それでどうしたいの?」
「悪い人ではないんですが、断りたくて」
「どうして?」
「相性が悪いと言うか、好きになれそうにありません」
「じゃあ、断ればいいじゃないか」
「どういう風に断ったら、心証を害しないかと思って、上司ですから」
「言い方か? 誰でも断られると心証を害するものだけど、率直に今はそういう気持ちになれませんとか、今は結婚を考えていませんとか言ったらどうかな」
「それでもいいんですが、その心証をできるだけ小さくする言い方はありませんか?」
「一番確実なのは恋人がいるとか婚約している人がいるとか言えばいい。嘘でもいいから」
「食事をした時に決まった人や付き合っている人はいないと言ってしまいました」
「そうか、しゃべり過ぎたね」
「迂闊でした」
「それなら、好きな人がいるとか、思っている人がいると言うしかないかな」
「具体性に欠けると思います」
「うーん、難しいね。じゃあ、ずばり、今プロポ―ズを受けていてどうしようかと親に相談しているではどうかな? 具体的だろう」
「付き合っている人はいないと言ったので、嘘っぽいですね」
「じゃあ、覚悟を決めるんだね。これから上司との関係が悪くなっても仕方ないと。それで、お付き合いはお受けできません、職場で噂になるとお互いに困ることになります、と言ってみれば。男はこれを一番恐れている。相手が相当な覚悟を持って真剣に交際を考えていればそれでも交際を求めてくるかもしれないが、遊びと思っているなら、絶対に引くと思う。私と付き合って何かあると噂にしますよと脅しているように聞こえる。地位のある人ならなおさらだ」
「良い言い方かもしれません。セクハラにもなりかねないと思うかもしれせん。そう言ってみます。勉強になります。ありがとうございました」
どんな上司か知らないが、奈緒に交際を申し込むとは見る目がある。彼女の良さを分かっている。でも派遣社員の部下と遊びたいと思っているだけかもしれない。そうなら許せない。
うかうかしていると今のように奈緒の前に素晴らしい男が現れて交際を申し込んで彼女はそれを受けるかもしれない。居ても立ってもいられなくなった。奈緒のことがとても心配になってきた。
こんな思いは遠い昔にあった。恋に落ちるってこういうことだった。それからは奈緒のことが気になって、彼女のことばかり考えるようになっていた。
二子玉川は丁度二人の最寄り駅からは中間地点になる。どちらも30分くらいで着けるし、時間も読める好地点だ。
先週は上流へ歩いたので、下流へ歩いた。遠くに武蔵小杉のタワーマンション群が見える。週の始めに台風が来て大雨が降ったので、川の水は少なくない。
この時は何を話したかよく覚えていない。奈緒と2回もデートできたことが嬉しかったのと、この先どうしようかと考えていたからだと思う。でもこうして会って二人で話していると何となく心が休まった。奈緒もそうだと思う。
20分くらい歩いて、引き返してきた。それからコーヒーショップでコーヒーを飲んで別れた。来週もどうかと聞いたら、そうしましょうとの返事がもらえた。奈緒は母親に頼まれた買い物があると言ってデパートへ向かった。
◆ ◆ ◆
その週の水曜日、9時過ぎに奈緒が電話をかけてきた。今頃、それに彼女からかかってきたのは初めてだった。
「飯塚です。ご相談があります。今、よろしいですか?」
丁度、お風呂から上がったところでタイミングがよかった。
「何、なんでも相談にのるけど」
「1か月前に職場が変わったのですが、上司から交際を申し込まれました。最初に食事に誘われてお受けしたのが悪かったみたいです」
「それでどうしたいの?」
「悪い人ではないんですが、断りたくて」
「どうして?」
「相性が悪いと言うか、好きになれそうにありません」
「じゃあ、断ればいいじゃないか」
「どういう風に断ったら、心証を害しないかと思って、上司ですから」
「言い方か? 誰でも断られると心証を害するものだけど、率直に今はそういう気持ちになれませんとか、今は結婚を考えていませんとか言ったらどうかな」
「それでもいいんですが、その心証をできるだけ小さくする言い方はありませんか?」
「一番確実なのは恋人がいるとか婚約している人がいるとか言えばいい。嘘でもいいから」
「食事をした時に決まった人や付き合っている人はいないと言ってしまいました」
「そうか、しゃべり過ぎたね」
「迂闊でした」
「それなら、好きな人がいるとか、思っている人がいると言うしかないかな」
「具体性に欠けると思います」
「うーん、難しいね。じゃあ、ずばり、今プロポ―ズを受けていてどうしようかと親に相談しているではどうかな? 具体的だろう」
「付き合っている人はいないと言ったので、嘘っぽいですね」
「じゃあ、覚悟を決めるんだね。これから上司との関係が悪くなっても仕方ないと。それで、お付き合いはお受けできません、職場で噂になるとお互いに困ることになります、と言ってみれば。男はこれを一番恐れている。相手が相当な覚悟を持って真剣に交際を考えていればそれでも交際を求めてくるかもしれないが、遊びと思っているなら、絶対に引くと思う。私と付き合って何かあると噂にしますよと脅しているように聞こえる。地位のある人ならなおさらだ」
「良い言い方かもしれません。セクハラにもなりかねないと思うかもしれせん。そう言ってみます。勉強になります。ありがとうございました」
どんな上司か知らないが、奈緒に交際を申し込むとは見る目がある。彼女の良さを分かっている。でも派遣社員の部下と遊びたいと思っているだけかもしれない。そうなら許せない。
うかうかしていると今のように奈緒の前に素晴らしい男が現れて交際を申し込んで彼女はそれを受けるかもしれない。居ても立ってもいられなくなった。奈緒のことがとても心配になってきた。
こんな思いは遠い昔にあった。恋に落ちるってこういうことだった。それからは奈緒のことが気になって、彼女のことばかり考えるようになっていた。