ギルバートは毎日私に愛を囁き続ける。強引に迫ったりはしないけれど、私の心は少しずつ揺れてきた。しかし、どうしてもブレーキが掛かってしまう。
「ギルバート様は高貴な方なのでしょう?私のような余所者と恋をすることは許されるのですか?」
 元恋人は何度も私に愛していると言ったが、最後は「住む世界が違う」と私を捨てた。文字通り違う世界の住人である私たちが結ばれる未来などあるわけがないと思った。
「ミサをもう一度抱きしめられるのならば、私は他に何もいりません。たとえ許されなくとも貴女を愛します」
 彼の目は決意に満ちていた。

 ある朝起きると、メイドの一人が部屋を出ないように言った。
「国王陛下がいらしているのですよ」
 彼女は私に、国王の権威がどれほど強いか教えてくれた。王権神授説に基づく国王の権力は、何人も逆らうことが出来ない。王の命令は絶対であり、法そのものである。魔界の住人は信仰心が強いらしい。徹底した血統主義であり、国王は世襲制らしいが、現国王は史上最も力強い狼男だという。そして、なかなかの暴君らしい。
 この国には古来より決闘の文化があり、その結果は絶対である。数々の決闘を制した男の末裔が今の国王だという。
「ギルバート様が国王になられたら、この国はもっと良くなるでしょうね」
 ギルバートが王子様。洗練された所作も、この国を変えたいという願いも、全て正真正銘の王族たるゆえんだった。選民思想の塊である国王と博愛主義者のギルバートは折り合いが悪く、城は彼にとって居心地が悪いらしい。あの日見た巨大な城が、彼が本当にいるべき場所だった。
「すみません、父は今帰りました」
 何事もなかったかのように、ギルバートは私の部屋を訪れる。
「ギルバート様は、騎士ではなかったのですね」
「ええ、この国の第一王子です」
「なんで、王子様が騎士道なんて……」
 これでは、私は王子を跪かせ誑かすとんでもない悪女ではないか。不敬罪で首をはねられてもおかしくない。
「騎士の上に立つ者が騎士道を理解していなければ示しがつかないでしょう?それに、国王とは神に仕える騎士のようなものですから」
 ノブレス・オブリージュを体現する王子は気高かった。
「王様は世継ぎが必要でしょう」
 私は声を絞った。私の言わんとしていることが分かったのか、諭すようにギルバートが答える。
「ミサ、私が国王として即位するときは馬鹿げた血統主義を廃止します。誰にも貴女を傷つけさせはしない。人間の王妃に誰にも文句は言わせない」
 ギルバートは真剣な瞳で、私の手を取った。
「確かに今の私には王子といえども、国王に抗う権力はありません。ならば代わりに命を賭します。命に代えてでも、貴女だけはお守りします」
「それは、国家への裏切りにあたらないのですか」
「貴女のためなら神にでも背いてみせましょう」
 真っ直ぐな眼光に嘘偽りはないのだろう。彼の手を素直に握り返せたらどんなに良いか。でも、私にはその勇気が無かった。
「でも、貴女を愛することが罪であるとは到底思えない。神は私たちを祝福してくださると信じています。貴女に出逢って私は運命という言葉の意味を知りました」
 私を安心させるような優しい口調で言うと、私の頬を撫でた。