メガネくん、もとい、春希さんは実際に存在していた。一緒にオープンキャンパスに来てくれた沙織は、気を利かせて先に行ってしまった。

「あの、こんなこと言うの本当に変で気持ち悪いかもしれないんですけど」

 言葉を選ぶ。春希さんは、私を見た時に驚いた顔をした。ううん、どちらかと言えば、沙織の方を見た時にだったけど。

「夢を最近見ませんか?」
「リッちゃん、あ、ごめん。勝手にそう呼んでて、君も?」
「リッちゃんで良いです。私も春希さんの夢を見るんです」

 春希さんが友達と過ごすところとかをゲームとか映画のように俯瞰的に見ていた。毎日繰り返し見るたびに、春希さんの優しさに恋に落ちて、ここまで来てしまった。

「僕とリッちゃんになる夢を見ていて、あ、じゃあもしかして、この大学にメガネくんが居るってこと?」
「待ってください、え、待って」

 考えていた事を知られていた恥ずかしさに、カァアアッと頬が熱くなっていく。勘違いしてる春希さんに直接伝えるのも躊躇われる。でも、今日のことも夢に見るのだろうか。

「メガネくん、誰か分からないけど探してあげようか?」
「ちが、違うんです」
「え?」
「春希さんです」
「メガネくんが?」
「はい」

 告げる予定のなかった思いが伝わってしまってる恥ずかしさに、全身砕け散りそうだった。この思いを伝えるつもりで今日来たわけじゃないのに。

 お互い言葉を探しながら、見つめ合う。一瞬が一生のような気がした。先に口を開いたのは春希さんの方。

「あのさ」
「はい」
「僕は、リッちゃんのこと好きになってたみたいで。こっそり覗き見してたような罪悪感はあるんですが、その、現実でももっとお互い知り合って行きませんか」

 嬉しいような悲しい提案に、頷きたくなくて唇を噛み締める。知り合って付き合えればいい。でも、知られてしまってるのなら、いっそのこと。

「私、春希さんのこと好きなんです。らしい、はまだ探し途中なんですけど、あの、だから、私と一緒に探してもらえませんか。私らしさ」

 遠回しではきっと伝わらない。わかってるのに、ひよってしまった。

「うん、一緒に探せるならこれ以上願ってもないことかも」

 でも、あまりにも優しく微笑んでくれるから。幸せすぎて、つい余計なことまで願ってしまった。

「いつかは恋人になりたいです」
「本気で言ってる?」

 口から勝手に春希さんに向けて飛んでいった言葉は、もう取り消せない。それならと、つい続けてしまう。
 
「優しさも、辛いことも、勝手に知ってます。全部含めて好きです」
「僕も一生懸命なとこ、不安なこと勝手に知ってるよ。全部含めて夢なのに好きになってた。現実なのかなこれ」

 たったフタ文字の言葉に、体が舞い上がりそう。もし、春希さんがここに居なかったら、私は不安で仕方なかった。初めて好きになれた人。叶わない以前に、居ないなんて夢だなんてことが真実になってしまったらと怖かった。
 
「現実でよかったです。春希さんに、会いたくて好きで、会いに来ました」
「嬉しくて、舞い上がってるから変なこと言うよ。僕、リッちゃんに何をしてあげれるか分からないけど。今すぐ恋人になりませんか」

 こくこくと必死で頷いて、言葉の出ない喉を押さえる。なんて言えばいいのか分からない。

 好きの気持ちが溢れ出して来て、もう言葉にならなかった。

 言葉を出せない代わりに、強く抱きしめる。目の前に存在する春希さんを。

 ぎゅっと抱きしめた体温が暖かくて、本当に存在することを証明してくれていた。


<了>